24.復活!
目が熱をもっているようで開けられない……
ずいぶん泣いて疲れたのだと思う。いつの間にか寝てしまっていたようだ。
気づくとベッドに寝かされていた。左手は何かを握っていたようで、無理やり目を開けて確認したら、なんとラッセルの服を握りしめていた。当然至近距離に彼がいる。
「う、あ、ごめんなさい。服……シワになっちゃったみたいで……」
「気にしなくていい」
何の感情もこもっていない、短めの返事が返ってくる。
普段なら、こんな対応をされると、言い返すくらいの私なのだが、今朝はそんな気力さえ出てこない。今はこのぶっきらぼうさが心地よく、ありがたかった。
ふわっと目蓋が温かくなって、顔全体がスッキリしたような気分になった。両手を頬に当てて軽くさすっていると、
「不細工な顔を晒すのも気の毒だったので、多少手直ししておいた」
ラッセルが何かの作業しながら教えてくれた。触って確認したら顔のむくみが取れたようで「ありがとう」と小さくお礼を言った。
そのままボーっとしてベッドの上に佇んでいたら、私の前にラッセルが近づいて杖を振り、町娘風の着替えが出来上がった。
「少し出かけるぞ」
短く前置きして移動の魔術を使うと、どこかに連れていかれた。
着いた場所は、舞台みたいなフロアがある観劇場のようだった。
「ここは?」
「見ての通り観劇場だ。今日は歌劇があるようだな」
いつの間にかラッセルも、周りの人に馴染むような格好をしていた。連れ立って中に入ると、ちょっとしたホールで、音の響きをよく考えた設計になっている。
座席に案内されて少ししたら、すぐに演者が舞台にのぼり、待ち時間もほとんどなく演劇が始まった。
神話を基にしたと魔女と女神のお話だ。
混沌の魔女と秩序の女神との対立で荒れ果てた土地。女神を護るべくひとりの兵士が剣をとる。魔女の使い魔と兵士の激しい戦いの末、兵士が魔女にトドメの剣を突きつける。
女神を護りきったお礼に、と魔力を授けられ、その兵士が始祖となって新しい国を造る、という類いの物語だった。
子供でも知っている有名なお話、と小耳に挟んだ。そのせいか、老人から子供まで観劇する人たちの層は広かった。
観劇が終わって続々と退場する人たちに紛れて、私も移動する。すぐ近くの食堂に移り、ゆったりとしたスペースの中で昼食が運ばれてきた。
「この国でゆっくりとした食事など、あまりする機会もなかったであろう。時間は気にせずに今は食事を楽しめ」
ちょっとしたレストランのようで、コース料理が次々と運ばれてくる。
本当ならば、ひとつひとつの作品に舌鼓を打ち、感想を事細かに喋っているのだろうが、今の私にはそこまでの気力がでてこない。
確かに食事は美味しいし、見た目も豪華で楽しめているはずなのだが、心の中に空いた穴を冷たい風が通り抜けていくような感覚で、腹の底から楽しむ余裕がない。
聞かれた問いに最低限答えて、あとは黙々と口を動かし、食事は終了した。
店を出て、通りから離れるように移動すると、また魔術で別の場所に到着したようだった。
小高い丘の中腹で、色とりどりの花が咲いている花畑の中に移動したらしい。
おもむろに敷物を敷いて、座り出すと、ラッセルは本を読み始める。
「食後の休憩だ」と言いながらそのまま本の世界に没頭する彼を見て、私も敷物に座って花の揺れる様を黙って眺めた。
そういえば、小さい頃近所のおばあちゃんから草花遊びを教えてもらったなぁ、と思い出し、花冠やら葉っぱのオブジェを作り始めた。最初はボーっとしながら、次第に夢中になって次々に仕上げていく。
「ほう、なかなか上手いものだ」
フッと顔を上げると、ラッセルが花冠を作る私を覗いていた。ほんの数センチの距離に、心臓が跳ねる音がする。
「あ……ち、小さい頃ね、よく遊んだの」
「そうか……この国では見たこともない遊びだ。今度子供たちに教えてやってくれ。喜ぶと思うぞ」
今日はずいぶんと親切だ。人を褒めたり声をかけるのも苦手なことだろうに、無理して頑張っているのが窺えて小さな笑いが込み上げてくる。
「……お前の国に戻る手段は今のところ見つからない。だからこの国で生きてみないか。私にしてみれば、この国は過ごしやすい国だと思うし、お前、いや君にとっても悪くないと思う。生活する分には私が後見となり面倒をみよう。どうだろうか」
普段と違うラッセルの物言いに、呆気にとられてしばしの間ジッと見つめてしまった。
向こうも見つめられるのが不慣れなせいか、都合が悪そうな表情で視線を外す。
「ふふふ。なんだかいつもと違うわよ、アンタ。ていうか、最初の頃に比べて、どんどん変わってきている。そうね、アンタのその変わりようを眺めて暮らすのも悪くないわね」
考えてみれば、過ぎ去った時間をいつまでも嘆くなんて、私らしくなかった。現状を受け入れて、その上でどうするべきか、と考えるのがいつもの私ではなかったか?
自分が悲劇のヒロインになるなんて、そんなこと望んでいない。全力全開で前向きに生きることが私のモットーだったはず。
日本に戻れないならしょうがない。この世界を、現状を受け入れよう。
「今日はありがとう。精神的にショックが強すぎて、どうかしてたわ。もう大丈夫よ。新しい土地に引っ越して新しい仕事を始めるようなもんだよね。だから平気。心配してくれてありがとね」
人生崖っぷちだったら何も恐いものはない。
前進あるのみよっ!
「よっしゃあーーっ!」
パンっと両頬を手で叩き、気合いを入れ直してから勢いよく立ち上がった。
ラッセルに改めて向き直る。
「月宮沙羅、復活しました。明日っから新しい人生を始めます。サポートよろしくお願いしますっ!」
もうこの人に頭を下げる下げない、なんて小さなコダワリはない。
丁寧に一礼して背筋を伸ばしたら、気分もスッキリした。その気持ち良さに思わず笑顔が溢れ、対面していたラッセルも小さく笑う。
「本当に大丈夫になったようだな、なら戻るか」
杖を持つ手を広げると、あっという間に出発地点に戻った。
そのまま顔の前に手をかざされたと思ったら、急に睡魔に襲われてまどろみの中に吸い込まれていく。
気がつくと、次の日の朝だった。
夢を見る暇もなく、ぐっすりと眠っていたようで、頭も心もスッキリとした気分で迎えられた。
「おはようございます。昨夜は早々に寝てしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いや、私の方で強制的に眠らせたのだ。リセットするには一番だと思ってな」
あら、最後まで気遣ってくれたんだわ。
有り難い。今日からは心機一転、一から勉強しなきゃね。頑張るぞ。
朝食を軽くとってひと段落すると、一冊の本を手渡された。なんだろう、とペラペラめくっていると、
「昨日の観劇でみた内容について書かれている。子供向けだが、文字の練習には一番だろう。始めるぞ」
「ぅえ? アンタが教えるの? 他の人でいいのに……」
「不服か?」
「い、いや、大変お忙しいかと思いまして……」
「私以外はすべて割り振られた仕事を持っているからな。一番時間調整できるのは私だ。しかしながら、私の時間も有限だ。心得て学べ」
ニヤリと笑ったラッセルが、テーブルを挟んで私にこう言った。
「私のことを心配してくれるならば、私を煩わせないようにすぐに覚えてくれるであろうな。優秀な生徒であることを期待しておく」
ぐぬぬ……
やっぱり優しいと思ったのは昨日だけだったわ。相変わらず腹黒のイヤミ野郎に変わりなかったし。
こうなったら、意地でも勉強してやるわっ。
アンタが驚くほどの成果を出してやるんだからねっ!




