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20.火事だーーっ!

「誰かーーっ、消火器ーーっ! ハル、水出してーーっ!」


 焦って叫んで周りをみても、誰も動く気配はない。


 ハルを見ると、呆然としていて私が喋っていることすら気づかないようだ。

 ラッセルは普段と変わらずの態度のまま、右手をかざして家が燃える様を見続ける。


 私は、咄嗟にラッセルを正気に戻して消火を手伝ってもらった方が確実、と判断し、急いで彼の腕に手をかけた。


「ねえ、家が燃えてるし、飛び火しても危ないからさ。消して欲しいんだけど……」

「お……前、なぜっ私に? (さわ)、れ、るっ」


 ギョッとしたような表情を私に向け、びくんと跳ねるように体をひくつかせたようだった。


 至近距離まで行かないと分からなかったのだが、ブツブツと小さく何かをつぶやくーーおそらく呪文のようなものーーような状態で右手を差し出していたようだった。


 かなりの精神集中を強いられていたようで、私が触ったことによって、一瞬、集中が途切れ、ラッセルは軽く体勢を崩す。


 家に向けていた右手が外れると時を同じくして、家を包む炎が一気に膨れ上がる。


「きゃあっ。熱っつーっ、ヤバいって」

「くっ……邪魔をするなっ」


 ふうっと大きく深呼吸をしてから、もう一度家に向かって右手と、今度は杖を持った左手も重ねるように前へ突き出し、炎に対峙するように立っていた。


 炎が一際高く上に登ったと思ったら、だんだんと勢いが弱くなり、ようやく鎮火に至った。


 その場に家が燃えていた気配はなく、焦げ臭いにおいや燃えカスは一片も残されていなかった。


「ええ? なんで? 家どこよ、燃えてたんだよ?」

「サーラ、あの炎は魔力で制御されていた炎だよ。延焼もしないし焦げて周りやその場所に被害を出す、なんてこともない」


 何それ。早く教えてくれればよかったのに。

 不貞腐れてハルに不満をぶちまけると、


「ごめん、炎の色とか日常から、俺にとっては当たり前のことで、慌てる要素が全くないと思ってたんだ。ラッセル様の魔力がすごく綺麗だったんで見惚れてたし。サーラは魔術を知らないんだって頭がなかった」

「魔術っていろんなことができるんだね。びっくりして慌てちゃった」


 都合の悪さをごまかすように、照れ笑いをしながら話してると、ラッセルが私たちの近くまで歩いてきた。


「おいっお前、月宮沙羅。怪我はないか?」

「え? アンタが私の心配なんて、槍でも降ってくるんじゃないかしら?」


 冗談まじりに軽口を叩いたら、向こうは私の軽口などきれいサッパリ無視して、再度確認のための質問を繰り返した。


「怪我はなかったか? 鈍い痛みなどもないのか?」

「な、何よ、そこまで心配しなくても平気だよ。これ、この通り」


 腕をブルンブルンと振り回し、屈伸までして体調が万全なことをアピールした。


「そうか、大事ないならよかった」


 あからさまに安堵の息をつかれて、そこまで大変ななにかをしでかしていたのか、とアゴに手を当て考えてみた。


 うーん、なにも思い当たらない……

 一体どういうことなんだろう。


 不思議な顔をして首を捻っていると、ラッセルがやれやれと呟きながら、私に説明をしてくれた。


「私が術をかけている間に私に触れただろう。普通の人間ならば、魔力が反発して遮った者に裂傷や衝撃が向けられるものなのだ」

「あ、あの時か。だからアンタびっくりして飛び退いたのね」


 ラッセルは神妙に頷きながら、さらに話を続ける。


「しかも、体に触れる前に弾かれるのが当たり前なのだが……お前に魔力が備わってなかったのが幸いしたようだ」

「そっかあ、だからさわれたんだね。あ、でも一瞬グワッと熱くなったよね、あれなんで?」


 そう、家が燃えている間、不思議と熱くなかったのに、炎が膨らんだ時、一瞬だけ熱さが顔、というか体全体を覆ったのだ。


「あれは……私が体勢を崩した一瞬、魔力制御のバランスが崩れたのだ。普段ならやらないような簡単なミスだ。しかし、そのせいでお前を危険に晒してしまった……申し訳ない」


 ラッセルは私に頭を下げ、謝罪の言葉を言った。


「あ、そこは私も悪かったし。炎が安全ってのも、魔術中に触ることが危険だってのも知らずに飛び出したこちらにも非があるので……ごめんなさい」

「私からもラッセル様に謝罪を。サーラを止められなかったのは私の落ち度です。事前に知識として魔法や魔術のことを教えてあげるべきでした。すみません」


 ラッセルが頭を下げたことに動揺して、私が恐縮しまくってたら、ハルまで一緒に謝ってくれた。


「ふむ、そこでカシアス様に提案がございます。なるべくお聞き入れいただきたく思うのですが」


 ラッセルはアゴに手を当て、考えるような素振りで私たちに話しかけてきた。


「あなたが魔術の修練をなされている間、この者をお預かりしたいと考えておるのです。魔術についての知識もさることながら、一般的な知識も叩き込んでおきます故、ご安心ください」

「な、なんですってー! アンタのとこに行ったら奴隷扱い決定でしょうがーっ!」


 ジタバタして抗議する私の腕を掴んで、ハルから少し離れた場所に連れてこられた。

 だいぶ気を遣っているようで、小声で手早く私に状況を話しはじめた。


「いいか、よく考えろ。先程の私も体勢を崩したあの瞬間、制御を間違えば大惨事を起こしかねなかったのだ」


 その顔は恐ろしく真剣で、生半可な気持ちや小馬鹿にするための提案ではないということを悟るには充分な気迫だった。


「お前が不用意に動いて、カシアス様の修練を害することがあってはならんのだ。学校を出る頃には同居も可能なくらいの知識と常識を今のうちに学んでおけ」


 そう言われると、もはや抵抗したり不満を言ったりすることが、単なるワガママのように感じ、素直に従うしか道は残されていなかった。


「わかったわ……アンタの意見に従うわ。ところで、サランディアさんから私がもらった家はどうしてくれるのさ。あれはこの世界での唯一の私の財産だったんだよ、責任とってよ!」


 ここに住めなくたって、誰かに売ればお金になって、将来の生活の足がかりになるはずだったのに。跡形もなくなってしまった今、私の手元にある資金は全くない。一文無しの私が生きるため、先行きの見えない不安しかないのが現状だ。


「安心しろ。当面のお前の生活は私が面倒をみるし、賃金も稼げるようにしてやる。カシアス様の卒業時には、この家を使うがよい」


 喋りながら渡されたのは、サランディアさんの家のミニチュアだった。細部まで見事に再現されていて、そのきめ細かい出来栄えに感嘆のため息が漏れてきそうな、そんな感じだった。


「あら、可愛い。よくできているわ。部屋の飾りとしても十分楽しめるわね」

「ここにあった魔女の家を空間魔術で小さくしたものだ。必要な時には、もとの大きさにして住めばよい」


 え? 炎で燃やして跡形もなくしたのは、これを作るためだったのかしら? 様子を窺いながら尋ねると「そうだ」と短い肯定の返事が返ってきた。


 いつも仏頂面してるから、そんなことまで考えてくれてるなんて思いもしなかった。

 態度や表情ではわからない、優しい面がまだまだ隠されていそうなこの人に、少し興味が湧いてきた。


 この人が何を考えているかをもっと知ってみたい。向こうが私を研究対象として利用するなら、こちらも研究対象としていろんな面を見てみるのも悪くない。


 はじめて私がラッセルに対して興味を持った瞬間だった。


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