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19.王子? 聞いてないしっ!

 サランディアさんの家に入ろうとした時、後ろの方で、ざわりと空気が動いたような気がしたので、振り返り確認した。


 そこにいた人物が、なぜそこにいるのかが理解できず、ドアノブに手をかけた状態でしばらく固まってしまった。

 と言っても、ネコ姿だったので抱っこされたまま前脚をかけた格好、というのは、あまり人前には見せらるモンでもない状態だったのかもしれないが。


「なぜお前がここにいる?」


 向こうも私がサランディアさんの家にいるのが意外だったらしく、開口一番の声がそれだった。


「そのままそっくりアンタに返すわ。アンタこそ、サランディアさんの家に用事なんかないでしょうに」


 ちょっとムッとしたので、思わず憎まれ口を聞いてしまった。

 ハルも振り返ったままだったが、そちらに体ごと向きを変え、私を地面に降ろしてから丁寧に挨拶した。


「お久しぶりです、ラッセル様」

「久しいですな、カシアス様。あれ以降体調を崩されることもないようで何よりでございます」


 おや、お互いの挨拶を聞くに、やはり知り合いのようだ。しかしハルに対して、ずいぶん丁寧に扱うし違う名前を呼んでる。

 カシアス? 誰それ、ハルのこと?

 体調崩してたの? よくわからないよね。


 顔にハテナマークを貼り付けてハルを見ると、苦笑いをしながら私に向かって説明してくれる。


「サーラ、今まで言わなかったんだけどさ、俺の名前、カシアス・ハルムート・ルシーンっていうの。ちなみにこの国の第三王子」


 ふーん、ホントはカシアスって言うのか……って第三王子っ……何それ、聞いてないしっ!


「ん? だってエクセルって言ってたじゃん。王子なんて今さら言われても……」

「エクセルはレティの親戚の名前だよ。ルシーンって名乗ったら、バカか警戒されるかじゃない」


 そりゃそうだ。自分から王族や高貴な人間です、よろしくって言う人なんか聞いたこともないもの。

 しっかし、そりゃビックリだわ。縋った相手が王族って……どんだけファンタジー感出してんだよ、全く。


 驚愕の表情でハルを見ていたら、後ろから再び声がかかる。


「おい、そのままの格好だと何かと動きづらいであろう。カシアス様に人型に戻してもらうが良い」

「え? 私はまだ魔力制御の方法がわからないので、サーラに魔法をかけるなど無理ですが」


 ヤツ、ことラッセルの無茶振りに、ハルが慌てて断りを入れた。


「心配ございません、私がカシアス様をサポート致します。この杖にお掴まりください」


 ハルの側に近づいて、自分の杖に掴まらせると「右手をあの者に向けて」と細かくレクチャーしていく。話しを聞きながらコクコク頷くハルの右手が光ったかと思ったら、私の体も同時に光り始め、ふわっとした感覚と体が温かくなるのを感じる。やがてそれが収まると人間の姿への変身は完了していた。


「おっふう、戻ったわ、ラッキー。魔術師団に行って以来かしらね」


 自分の体をさすり、一応伸びたりして状態を確認してからハルの方に向き直った。

 ハルは私を見て、固まったままフルフルしている。

 あれれ、免疫ついたと思ってたんだがまだ無理だったか……と苦笑いして考えていたところに、ガバリ、とハルが抱きついてきた。


「サーラっ! すごいよね、俺、君を変身させることができたよっ!」

「だぅ……と、ああ、ありがとね。助かったよ……」


 びっくりしたのは私だけで、ハルは私が女だとか薄着だとかは全く頭にない状態のようだ。

 興奮したままのハルは、今度はラッセルのところまで駆け寄って、お礼やら感想やらを一気にまくし立てている。


 あ……アイツ、笑ってる……

 よく見ないとわからない表情だが、ラッセルの口元が微かに緩んでいるのが見てとれた。


 なんだ、ハル相手だと優しい笑顔できんじゃん。その表情を見つけた嬉しさと同時に、ほんの少しだけチクリと刺さるような感覚が胸に湧いた。


 その感情の理由は自分でもわからなかったので、変に探るよりフタをして知らないフリをした方がよい、と咄嗟に判断して思考を停止させた。


 サランディアさんの家は、私がハルに連れられてこの家を出て行った時とほぼ同じ状態のようだった。そこだけ時間が止まったような、景色の一部が切りとられたような、そんな印象を受けた。


 亡くなった時にいたベッドに、サランディアさんの残した何かがないか、と一瞬期待したが、昔からこの家には誰も住んでいなかった、とも思わせるくらいに生活感が抜けていた。


 ーー人が住まないと家が死ぬーー

 日本にいた時には、そんなことを言っている人もいたが、この世界では、家が(さび)れてる、というようなこともないように感じた。


 もしかしたら、サランディアさんの魔法がかかっているせいなのかもしれないが、扉を開けると、すぐにでも彼女が出てきそうな、そんな空気を感じたりもした。


 何か形見になるものはないのか、と辺りを見回したが、さして置いているものもなく、落胆しながら玄関扉を後ろ手に閉めて外に出た。


「ハルにサランディアさんの形見がないか探したんだけど……何にも残していかなかったみたい。私は家をもらったけど、ハルには何も渡せないよね。ごめん」

「気にしないで。サーラとはたくさん話ができたから。思い出だけで充分だよ」


 そう言って気遣ってくれるハルに、やっぱり家を使ってもらうかどうかを考えたりしていたら、ラッセルが近くに寄ってきた。


「な、何よっ。私、なにも悪いことしてないわよっ」

「この家はお前に、とあの魔女が言ったのか?」

「そうよ、私が好きにしていいって言われたのよ、文句ある?」

「ふむ、そうか……ならばどうするかな」


 ラッセルがサランディアさんの家に右手をかざし、ゴニョゴニョと何かをつぶやくと、その手の中の一本の杖が現れた。


「これをカシアス様に。魔女からの贈り物です」

「これは? サーラの杖? 私にですか?」


 ラッセルはコクリと頷いて、それをハルに渡した。


「これからは、この杖を媒体に魔力をお使いください。必ずあなた様の役に立つように、と魔女の魔力も備わっていることでしょう」


 杖はサランディアさんがいつも持っていた杖らしく、かなり使い込んでいるような味わいをだしていた。


 ハルはその杖を受け取ると、軽く目を閉じてギュッと握りしめ、小さく「ありがとう」と礼を言った。

 ラッセルに対してなのかサランディアさんに対してなのか、はたまた別の第三者に対してなのかはわからなかったが、ひたすら感謝をしていたことに変わりはなかった。


「お前……やはり私のところに来ないか?」

「嫌よ、せっかくハルが魔術覚えたのに。頑張って勉強してもらえば、アンタに頼らなくても日本に戻してもらえるかもしれないじゃん」


 プリプリしながら喋ってると、諭すように私に向かってラッセルが話す。


「これからカシアス様は魔力制御の修練に入られる。魔力の調整は精神の疲労や過度なストレスがかかる場合がある。彼の負担になりたくなかっら、同居を止めるべきだ」


 そう言われるとぐうの音も出なくなる。

 確かにハルの勉強の妨げになるなら、同居はマズい。

 しかーし、しかしだよ……コイツの世話になるのは……くうう、私の無けなしのプライドが邪魔をする。


「いいもん、私ここで暮らしてみる。魔法が使えなくたって……ってアンタ、ちょーーいっ! 何してんのよっ!」


 そう、慌てたのも当たり前。

 ヤツの右手がカッっと光ったと思ったら、サランディアさんの家から炎があがって燃え始めたのだった。


「ふんぎゃーーっ、火事だーーーーっ!」

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