16.異物扱いかいっ!
チリン、という、微かな音が頭の隅に響く。
それと同時に、首にかかる男の荒い息と重さが、フッと消えた。
「……おい、くだらないことで呼び出すな、とあれほど言っただろう。お前は自力で私に会いに来ることすらできんのか?」
キツく瞑っていた目を開けると、例の黒づくめが立っていた。
私に覆い被さっていた男は、もう一人の男のところまで吹っ飛ばされたようで、二人重なるように腰を抜かしている。
「はあ? 言ってる意味わかんないし。助けてとは願ったけど、アンタにお願いした覚えはないわ」
あまりに不遜な物言いに、思わず襟首をつかんでギャンギャン言ってやろうと思ったのだが、残念ながら首から下が全く動かない。
でもこの男の出現で、絶対的ピンチから脱出した、という安心感は持てた。
ふんむぅ、と唸って重たい体と格闘していると、ふわりと白い毛布をかけられ「しばらく動くな」と黒づくめにたしなめられた。
たしかに、今は身動きさえできない状態だからね、素直に受け入れることにした。
その場で黒づくめが男二人に向かい、トンと杖を床につく。その音を聞いた二人は、慌てて立ち上がり、すぐに直立不動の姿勢で次の言葉を待っていた。
「お前たち二人はこの場で解雇だ。師団から出て行け。地方なら魔術師ということで、まだ職には困らんだろう」
投げつけられた言葉に対して、二人はサッと蒼ざめた顔をしながら、撤回してもらおうと膝をついて、黒づくめに話しかける。
「そんな……お願いです。今日は少し悪ふざけをし過ぎてしまったので……もう一度お考え直しください。このようなこと、二度としませんので」
「お、お願いしますっ! 魔術師団員と地方の魔術師では格が違うんです。地方なんて嫌です」
格が違う? どういうことだろう、としばらく考えて、ああ、と合点がいった。
ハルと街の人たちからの情報をすり合わせると、魔術師団員ってのは思いっきりエリートコースに乗ってる人間で、団に所属していないってことは、エリートコースから転げ落ちた左遷組っていうわけだ。
日本の大企業とか銀行さんでもあるって話しだったわよね。ヘマをしたら、昇給や昇進を兼ねた、地方への片道切符が渡されるって。
この男が門番二人に言ってる内容は、たぶんそれと一緒の話なんだと思う。
ん? てことは、このいけ好かないスカし野郎、かなりの権力者か?
「お前たちに拒否する権限があるのか? 私は『出て行け』と言っている」
「ですが……」
黒づくめは蔑んだような目つきのまま、言葉を撤回することもなく重ねて言う。
「聞こえなかったのか? お前らの仕事はここにはない。これは私に用があると言ったはずだ。用件も満足に伝えられない門番など無能であろう。私は無能は嫌いだ」
拒絶の言葉を受けた二人は呆然としている。
そのうちの一人が、意を決したように厳しい目つきで言い返してきた。
「お、おお、お言葉ですが、師団長に会いに来た女は皆追い払え、と指示を受けておりましたので、この女もこちらで引き取ったまででして」
それを聞いたもう一人の男も、賛同するように話しを繋ぐ。
「そ、そうですよ。師団長目当ての女は毎日山のように来るので、適当にあしらうように言われてましたから……へへへ」
うっわぁ、コイツら最低。黒づくめに媚びへつらう態度ってば、小物感ハンパないわぁ。
首だけ二人に向けて見ると、私の視線に気づいたのか、憎々しげな目つきで見返された。
ひぃ、怖いぃ……射殺されそうな目つきから逃れるためにすぐに目線を外し、黒づくめの方を見た。
それに気づいたようで、黒づくめは私をチラっと見ると、また男たちに向かって話を続けた。
「私は女は通すな、とは言った。しかしこれは女ではない。ただの異物だ」
ん? 異物? しかも、ただの異物だって?
私と門番の二人は呆然と固まる。
「ぷっ」
いつの間に来たのか、黒づくめの斜め後ろに控えていた灰色フードの男が、肩を震わせて笑いを堪えている。
「コークス、連れて行け」
「はい」
コークスと呼ばれた灰色フードの男は、門番二人を連行して部屋を出て行ってしまった。
パタンと扉が閉まると、黒づくめは私が横になっているソファまでやってきて、テーブルに腰をかけながら話してきた。
「さて、お前の方は回復したのか?」
「ふぇ? こんなの大したことないわ。もう動けるわよ、バカにしないで」
毛布を払いのけて立とうとしてるのに、相変わらず体から力が抜けて、軽く体を揺する程度にしか動けない。
黒づくめは、大きくため息をついた後、指を鳴らそうとしたが、一瞬その手を止め、ニヤリと笑って私を担ぎ上げ、そのままの格好で部屋を出て長い廊下にでた。
すれ違う人など全くいないのだが、丸太のように担がれているのは、女子として終わってる気がする。誰かに見られて笑われる前に早く下ろしてもらわないと。
「ちよっとおっ、何すんのよ。離しなさいよぉ」
「いいのか? ちょうど重かったし、構わんぞ?」
その場にドサリと落とされて、肩と腰を打ちつける。
「痛ったぁ。重いとかって……失礼ねアンタ。私の場合、ゴハンが美味しい年頃なのっ。こっちは動けないんだから、もっと優しくしなさいよっ」
「お前、自分の立場わかってるのか? 『お願いします』と言えたらもう一度抱き上げてやろう」
腕を組んで見下ろす黒づくめが、意地の悪い笑い顔をしながら私に言う。
まだ体の自由が利かない私は、芋虫のようにモソモソしながら歯をくいしばる。
「くっ……お願い……し、ますっ」
「お願い度が足りないようだが?」
「ああ、わかりましたよっ。お願いします、ご主人様っ」
満足気な顔をしたヤツは、再び私を担ぎ上げ、ククッと笑いながらまた歩き出した。
「何よ、何がそんなに可笑しいのよっ、全く」
不貞腐れて文句を言う私にヤツはこう答えた。
「私は感情を表面に出さないのが常だった。というより、感情が欠落していた、という表現が正しいか。あの魔女に与えたのでな。振り回される事象もなく、心が揺れることもなかった。しかしお前に会ってからというもの、様々な感情に支配される」
大きな観音開きの扉が開くと、誰かの部屋に着いたようだ。察するにコイツの部屋なのだろう、それらしき家具が目に入った。
ベッドの上にドサリ、と置かれ、でろんと伸びきった私は、更に話し続けるヤツをみた。
「たぶん、魔女へ与えたはずの感情が再び私に戻ってきたのだな。最初はこの感情の揺れに苛立ったが、排除することもできないとわかったので、少し考え方を変えることにした」
ひとり掛けのソファに移動して座り、私の方を向きながら、片肘をついているようだ。
「排除できないなら受け入れればよいと。感情が示すままに、私がどういった行動をとるのかを自分自身で検証してみようと。表現するなら……楽しむ。だな、たぶん」
「たぶんって何よ。楽しいなら楽しいでいいじゃない、ホント素直じゃないわね」
クククと笑いながら、片手で口元を隠してる。
「お前がいると、私の世界にも色が つくのを感じる。本当に不思議な感覚だ。魔術師の欲求を探究するのにうってつけな素材なのだ。だからお前、月宮沙羅」
お? 私の名前、忘れてなかったのか。あんまりお前お前言うから、てっきり忘れてるモンだと思ってたわ。
まあ、名前呼んでくれたんだから返事くらいするわよ。礼儀は大事にする方だからね。
「なによ、今日、アンタに迷惑かけたのは謝るわ。ごめんなさい。あと、また助けてくれてありがとう」
「そうか。迷惑かけたと思うなら、私に奉仕しろ、月宮沙羅。そして私のモノになれ」
はあ? 何だって?




