12.絶対的ピンチなのっ!
ハルとフィルの本格的な授業が始まった。
私は私で、あの黒づくめよりも強力な魔術師を探すべく、街を散策することにした。
あの黒づくめ……結局私だけ名乗って、向こうは名乗らずだったし……
「ホンッと失礼だしイライラするし。あんな人、私の人生でも出会ったことないくらい、一、二番に性格悪い人だよねっ」
と言っても、私の人生に関わってきたのって、だいたい女性だし。女子であそこまで性格悪い人ってなかなか見ないしね。
考えてみれば、こっちの世界に来てから、男子遭遇率が異常に高くなってる気がする。
おかげで男性にはかなり免疫ついたけどね。
ホントは向こうの世界にいる時に、このスキル磨きたかったけどさ。まあ、後悔してても始まらない、今の私は前進あるのみだ。
ちょっとだけ苦笑いな顔をして「行ってくるから」と軽く手を振って軽快に駆け出した。
うん、ネコの身軽さがこれほどありがたいとは思いもしなかった。
向こうで社会人やってる時なんか、絶対走らなかったしね。移動も電車やタクシー、バスとかで、常に楽な交通手段をとってたもの。
そこそこな数の階段を上ると息があがってしまう残念な体力に比べ、この体はとても軽くて持久力がある。機会があったら、どこまでいけるか試してみたいところだ。
心配顔の二人から見送りとは反対に、鼻歌交じりに意気揚々と街へと繰り出した。
ネコの情報網って意外と侮れないでしょ、と思い、街のネコちゃん達から情報を得ようとしたのだ。
街は学校の敷地から程なくしたところにあり、学生さん相手の店から学校や業者相手の店まである、かなり大きな街のようだ。
流通や交易も発達しているようで、人々が安心して暮らしていけるようなシステムが、既に構築されているように感じられる。
これなら大丈夫、早いうちに寮に戻れるでしょ、と自信満々で街の中に入りこ、んだものの、自分の計画とは少々違った展開になってきたようなのだ。
「……ウソでしょ。なんで巷のネコちゃん達と会話できないのよ。私、今ネコだよね、そうしたらネコちゃんと会話できる、って普通思うでしょうよ」
食料も豊富な街なので、残飯を処分するような場所に行けば、この街のネコと会話できると踏んでいたのだが……
そもそもネコちゃん達に遭えないのだ。ちら、と見かけて後を追っても追いつかず、やっと遭えたと思ったら威嚇されまくる。話すなんて芸当は夢のまた夢。
「お願い、話だけ聞いてよぉ……」
思い通りにならない状況に早くも気持ちが萎えてくる。
一匹、こちらをジッと見ているネコがいた。
もしかしたら話し合えるかも、と考えて側までいくと、ニャーニャー鳴いて何かを訴えているようだ。
んー、人間の言葉話してくれなきゃ今ひとつ、意味がわからないんだけど……
ファンタジー設定なんだから、どっかに話せるネコ、いると思うワケよ。このネコちゃんじゃダメだ、次行ってみよう。
ふと脚を止めて振り返ると、斜め後ろに入っていくネコを見つける。よし、アレを追う。
そうして辿り着いた先は袋小路。
木箱が重ねられた上に何匹かのネコを発見した。ラッキー、話聞いてくれるかな。
「あのー、私の話を聞いてもらえますかぁ?」
ギラン、と目を光らせるネコが二匹、警戒した鳴き声を出したと思ったら、一匹、また一匹と増えて私の周りをグルリと取り囲む。
「あのー、怪しいものではないんです。ちょっとお話しを聞きたいだけなん……」
とても友好的ではなさそうな気配に、一旦引こうとするのだが、周りを二重、三重に囲まれているので、逃げるに逃げられない。
こ、これはヤバい状況だ。袋叩きにあうならいい方で、噛み殺されても文句言えない雰囲気になってる。
ジリジリと少しずつ足を動かして、なんとか袋小路の入り口近くに移動できないかと画策する。少しずつ、気づかれないくらいずつ移動すれば、逃げ出すこともできるはず。
「ギャーン!」
群れの中の一匹が鳴き声を上げたと思ったら、私の脚に噛み付いてきた。
痛い! 跳び上がって別のネコの上にまたがる格好で逃げる。が、息つく暇もなくまた襲われる。
このままだと死ぬ。
死ぬまでいかないのなら、半殺しの状態で死ぬのを待つことになるか……
どちらにせよ、抵抗できないなら死ぬしかない状況だ。
いやぁっ! 私まだ何もやってないんです!
平凡な人生だった。
ボーっと毎日、本当にルーティーンのように毎日を無為に過ごしてきた。
好きな人に告白もしないで、これが恋だったのか、とさえ気づきもしないような学生時代。私にもいつか告白してくれるような人がいたら、それが運命の人なのよね、と信じて、自分で動きもしなかった。
そのまま就職。いづれ誰かに交際申し込まれて、平凡な結婚をするのが私のささやかな夢だったのよ。
なのに、まだ結婚どころか交際の「こ」の字も見てない人生なんだからっ。
未練ありまくりでしょっ!
別のネコなら噛みつかれる寸前、ギリリ、と体を捻り、なんとか攻撃を回避。袋小路をなんとか切り抜けた。
やった、抜け出せた……と安心して大きく溜め息をつき、助かったことを実感する。
ハッと気づくと地面に黒い影がヒョコヒョコと映り込む。
アイツらとは違う角度からの影だから、大丈夫、襲われることはない。
今度こそ、話し合えるネコちゃんにご対面……と顔をあげた瞬間、次なる眼前の展開に、ザーッと血の気が引いた。
犬だ。たぶん野良犬か。
残飯を食べるのはネコだけだとは限らない。当然、体がひと回り大きい犬だっているだろう。
アレに噛まれたら、たぶん終わる。
目つきがギラギラしてて、口の端からヨダレやら泡やら垂れ流してるヤツらの集団だ。
ヤバい、ヤバい。自分の五感と、第六感まで危険だと告げている。
ここは逃げるが勝ち。
咄嗟に判断し体を翻すが、タイミングはすでに遅かったようだ。
バッと跳び上がった先に犬が体当たりをかまして、私を地面に叩きつけた。
……っ痛っ。今度こそ逃げられないかも。
さっきの走馬灯がまた頭の中に繰り返される。
ごめんね、お母さん。親より早く死んじゃうなんて、私って親不孝者だよね。
あ、こっちの世界に飛ばされた段階で行方不明なんだから、あの時点で親不孝なんかなぁ。
死の瀬戸際に思うことが、そんなどうでもいいことなんかいな、と心の中でツッコミを入れてた時だった。
全身がゾワリと震えて、キツく目を閉じた。
ああ、これが死の瞬間か……
震えは一瞬だった。そして今度は全身がポワンと温まる感覚になり、目を閉じているのに、その先が光ったように思えたのだ。




