11.性格悪っ!
「ねえっ、アンタ誰よ。いきなり首絞めるとか、初対面でありえないから。せめて名乗りなさいよ」
緊迫した状態に耐えられなくなって、たまらず私から黒づくめに話しかける。
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るものだ」
……おい、今さらアンタがそれを言うのか?
何者だとか言ってる口から、その言葉出るんかいな。
「まあいいわよ、私は月宮紗羅、日本人よ。こことは違う世界にある、日本って国から飛ばされてきたの。なんで飛ばされたかはナゾだけどね。たまたま近くにいたサランディアさんに拾われた」
「お前から魔女の匂いがしたのはそのせいか。少し前に大きな魔力の揺らぎがあったが、その時のようだな、お前がやって来たのは」
ふむ、と考え込むような仕草をしているが、私を見つめる目は一時足りとも離れない。
「自分より力のある魔術師になら『水鏡に月と私を同時に映るようにして変身を解除する』とかいう、面倒な変身の仕方も改善してもらえるかも、と言ってたわ」
案外このいけ好かない黒づくめが私を日本に帰してくれるかもしれない。不本意ながらもここは、コイツの機嫌をとっておくべきかも。
しっかしヤダなぁ、首絞めて殺されそうになったヤツに頭下げるなんて。屈辱以外、なんの感情も湧かないわ。
でもね、魔術師の力量なんて、私に判断できるはずもないし。今、自分の近くにいる魔術師には懇意にしておくしかない。
ここはひとつ、私の社会人としての器で、不満は顔に出さず笑顔でお願いしておくか。
「あなたがもし、サランディアさんより力のある魔術師だとしたら、私が月の力を使わなくとも人間の姿を保つ、ということもできるだろうし、私を元の世界、日本に帰してくれることもできますよね。何せ大、大、大マホウツカイサマだと思いますので」
ヤッバ……最後のとこ、ちょっと嫌味っぽかったかな。
「ほう、あの魔女が自分より力のある者を頼れと言ったか。だがあいにくと私は日本とやらに興味がない。残念だったな、魔女に手伝ってもらえ」
私の話しに一ミリも興味がないような言い方だ。こっちは人生最大のピンチが今だに続いているってのに、まるでただの世間話のような軽いモノの言い様だ。
「あいにく、サランディアさんが亡くなってね、頼れる魔術師が未だに見つからないのよね」
「ほう、ようやく逝ったか。今までは魔女が隠していたから、お前のことも気にならなかったのだな。魔女の護りがなくなった今、お前の存在が、ひと際カンに障る」
……カンに障るとかって、なんか失礼じゃない? コイツってなんか私をイライラさせるわよね。ウマが合わない? 反りが合わない? とか言うんだっけ?
「別にアンタに頭下げようと思ってないし。もっと優秀な人、いっぱいいるだろうから、その人にお願いするわよ」
目一杯の嫌味と不機嫌な声で、ヤツにあっかんべーをしながら言ってやった。
さっきは大人の対応してあげようと思ってたけど、やっぱ無理。
ぜーったい、ぜーったい、絶対頭下げないモンっ。フン、だ。
言い放った私に対して、おや、というような不思議な表情をする黒づくめ。
「ああ、それから」
ヤツに向き直って、ビシッと指を突きつけてから怒りを押し殺してぶっきらぼうに言った。
「アンタも少し他人に興味持ちなさいよ。いざっていう時、誰かに頼ることができないわ」
「私は頼られることはあっても頼ることはない、それよりも自分の心配ではないか?」
「人が心配してあげようって気持ちは素直に受け取りなさいよ。ホンッとイライラするんだから」
私の言葉を受けて、ヤツの冷たそうな顔がちょっとだけ緩んだように感じた。が、よくよくみると、そんな気配さえ微塵も感じさせないような顔つきのままだ。うん、気のせいだったよ。
くっそ……前言撤回、仏心だした私が甘かったわ。こんなヤツ、ネコに踏まれて反省すりゃいいさ!
ちょっとムカついていたから、私の物言いに、ヤツが何を思って次の行動を起こしたかなんて、この時点では気づきもしなかった。
「いいのか? 私より力のある魔術師などこの世におらん。最終的には私を頼ることになるだろうな。まあ探すだけ探してみろ。あとは……」
ひょいと杖を翳すとまたネコに戻ってしまった。げ、何すんだい、せっかく戻ったのに。
「変身は元に戻しておいた。最強の魔術師が見つからない場合は、私に泣きついて許しを乞うためにこれを鳴らせ」
私に向けていた杖を自分の左手に向いて、軽く一振りすると、その手には小さなベルが乗っていた。
ニヤリとしたいやらしい笑顔をこちらに向けると、その左手を突き出し、小さなベルを渡してきた。
イヤな男の割に可愛いものを準備するのね。
軽く振ってみると、カランとも、チリンとも鳴らない。
鳴らし方が甘かったのか、ともう一度、今度は大きく振ってみるが、やはり鳴らない。
不思議に思って、その鳴らないベルをみる。
「それはお前が本当に困った時にしか音が鳴らない。私に頭を下げる覚悟ができたら、これを鳴らすが良い」
「はん、こんなの使うこともないまま、この地を去ってやるわよ。アンタに頭を下げるよりも屈辱なことはないだろうからねっ」
魔術師は豪快に笑い、私に話しかける。
「お前のその心意気、嫌いではないな。屈辱に歪んだ顔をみるのを楽しみにしていよう。そのベルは私を苛立たせたお礼だ」
「嬉しくない褒め言葉なんてもの、この世にあったのね、初めて知ったわ。アンタ本当に偏屈だし」
口元だけでフッと笑うと、そのまま魔術師の周りに軽く風が起こり、それが鎮まった時にはヤツの姿は消えていた。
「なるほど、魔術師ってそうやって居なくなるワケですねぇ。ホンッと人騒がせよね、まるで台風みたい」
もらったベルはいつのまにか、首輪にうまく引っかかっていた。
大きさも音を確かめて触った時より小さくなってて、邪魔にならない仕様になっている。
たぶんアイツなりの気遣いかな、と思いながらニヤッと笑ってしまった。
「ホントよくわからん人だわ。まあ首絞められたお詫びとして受け取っておくわよ。あとさあ、ごめんなさいの一言くらい言えないモンかしらね、今度会ったら絶対言わせてやるわよ」
周りを見回すと、いつもと変わらない学校付近の景色と静まりかえった音。
つい今まで、ここに男が二人やってきて、私と話しをしていたってことが夢だったかもしれない、と思わせるほどの静けさだ。
だいぶ馴染んできたこの様子と雰囲気を再び肌身に感じ、やっと自分も普段通りの気持ちに戻ってきた、と実感する。
ふうっとひと息つくと、急に眠気が襲ってきた。
ハルのベッドに潜り込み、その中の暖かさに一層の安心感を覚え、一瞬のうちに深い眠りに身を委ねた。




