昔語り その1
その男が僕の前に現れたのは、僕が五歳の時だった。
当時の僕は、自分がこんな役割を与えられるなんて思いもしなかった。
「はじめまして、アレクサンドル。今、この世界は君の魔力を必要としているんだ。私に力を貸してくれるかい?」
話しかけてきた男は『ケン』と名乗った。
ケンは圧倒的な存在感があって、僕は恐くなって両親の元へ駆けていった。
そんな僕を母上は優しく抱きしめて、いくらか落ち着いてくるのを見計らって、僕を諭すように話しかけてきたよ。
「アレク、あなたはこれから八卦一族の『シン』として、世界を守るためにその魔力を使うことになるでしょう。新たに『使役物』を使う力の制御は大変でしょうが、あなたにならできるはずです。期待しています」
最初は母上が何を言っているのか、意味がわからなかった。キョトンとして黙っていたら、母上が哀しそうな顔をされるから、ニッコリ笑って頷いたんだ。
八卦一族とは? モノを使う力?
よくわからないけれど、それをやることで母上が喜んでくれるなら、一生懸命に頑張ろうと思ったんだ。
僕が頷くのを確認したケンは、その右手を僕にかざした。すると突然に僕の頭の中には、歴代のシンの知識が一気に流れ込んできた。
あまりの知識の多さに、僕自身が壊れるんじゃないかと一瞬感じたよ。それでも今こうして生きているってことは、それに耐え得ることが出来たってことなんだろうね。
あ、そうそう、『ケン』や『シン』『ソン』っていうのはね、僕たち固有の名前ってワケじゃないんだよ。
その時代の『シン』や『ソン』が死ねば、ケンが次の代の者を見いだして、その役を引き継ぐ。そうしてケン以外は世代交代するんだ。
誰が次の一族の者になるのか?
それはケンにしかわからない。
前に一度聞いたことがあるんだけどね。どうやって知るの? と。
それによると、前任者が倒れた場合、次の一族の者はケンの頭の中に自然に浮かんでくるんだって。
だから対象者に会いに行って、その役目を受け渡す。
それもケンの仕事なんだそうだ。
君たちは僕たちのことをどこまで知っているかな。
八卦一族とは世界を守る八人で構成されている。
それぞれが使役するモノを用いて、世界に異変をもたらす現象を取り除く。これが我々の役割。
そんな我々をさらに使役するのが『ケン』だ。
人口が増えすぎれば不穏分子を動かしてその数を調整するし、世の中に脅威となる存在が現れれば、速やかにこれを排除する。
一体いつから、と問われれば、答えることができないくらい昔から続いていることなんだ。
ケン以外はみな、魔術以外の力、つまり使役するモノを操る力を使う。魔術っていうのは、それぞれの加護を受けた国以外では使えなくなっちゃうからね。
ん? サーラちゃんってば、わけがわからないって顔してるね。なら、加護と魔術について簡単にレクチャーしてあげようか。
例えば僕。
エンリィで水の加護を受けているから、国内では普通に魔術を使えるよね? それが一歩他国へ出向いた途端、魔術が使えなくなってしまう。これは水の加護がない場所へ移動してしまったからなんだ。
基本的な生活魔法は使えるけれど、魔法陣を用いての魔術っていうのは使えない。なぜなら、魔術っていうのは、その国の加護を受けた者だけが使えるシステムなんだ。
もっとわかりやすく言い換えると、加護とは『魔術を使用できる許可証』っていうところかな。
これはどんな人でも例外なく適用されている。
じゃあ、他国で魔術を使えるようになるには?
答えは『新しい国で申請して改めて新しい加護を受ける』
つまり、新しい許可証をもらいに行くってことなんだよ。ちなみに新しい加護を受けたら、前の国での加護が消えちゃうから、新しい国でしか魔術は使えなくなるってこと。
だから今、ここエンリィの中では、カシアス君は魔術が使えない。
一刻も早く話をまとめて自分の国に帰りたいのは、魔術が使えないっていう不安、つまり攻撃されても対抗する手段がほとんどないことが関係してるかもね。
安心して。君たちを攻撃しようなんて気持ちはないから。ただしエンリィの人間を傷つけたのなら話は別。
徹底的に叩き潰すから、覚えておいて。
さて、どこまで話したかな? ああ、一族の役割についてか。
さっきも言ったように、役割を果たすには、圧倒的な魔力が必要なんだ。ほら、他の国に行ったら魔術に頼ることができなくなるでしょ? だから我々はモノを従えて、排除すべき人物に対応するんだ。
だって、いちいち他国に移動した時に加護の申請をし直して、排除した後にまた新しい国で加護の申請をやり直すなんてこと、時間もかかるし、すんごく面倒だもんね。だから、魔術に頼らない使役物を使うことにしてるんだ。
ホント合理的な考え方だと思わない?
モノとは、時に動物や植物であったりもするかな。一番従わせやすいのは、君たちが蟲と呼んでいるモノだね。
ケンに手を引かれて砂漠の国アーリンに行ったのは、僕に合う蟲を探すためだった。
不思議なもので、どの蟲を従わせたいのか、その時の雰囲気とかで、自然とわかっちゃうんだ。
僕の場合は、君たちも知っての通り、サソリだった。
衝撃だったよ。数多くある蟲たちの中で、あの子だけが光り輝いていたんだ。
他の蟲たちが群れを成したり、使役してくれと言わんばかりににじり寄ってくる中で、あの子だけは特別な存在だった。
媚びもせず、群れることもせず、従うことを是としない。そんな孤高を醸し出す特別なモノだった。
この生き物を従わせたい、共に歩みたい。
この子を支配下に置ける存在になること。
それが幼かった僕が『シン』として生きていく自信に繋がると思った。
何度も失敗を重ねて、ついにあの子を従わせることができた日、僕は誇らしげに両親に報告しに行ったんだよ。
「父上、母上。見てください。この子がこれから僕を支えてくれるモノです」
自慢のサソリを得意げに披露しようとした謁見の間は、次の瞬間、地獄へと早変わりした。
この凶暴なサソリを使役できちゃうんだ、という驕りと、ちっぽけな自尊心を悟られてしまったのか、完全に支配下に置けていると思っていたサソリが暴れ始めたんだ。
僕は慌てた。サソリは、従わせようとすればするほど、僕の支配下から逃れようとして余計に暴れ続ける。こんなに手がつけれなくなるなんてこと、考えたこともなくて。
呆然としている僕の横を通り抜け、両親の周りにいた人々を次々になぎ倒していった。
最悪なことに、その勢いは止まる気配もなく、両親へと矛先が移動した。慌てて警備を呼ぼうとしたけど、サソリは待っちゃくれなかった。
腕の一撃で父上を、振り返りざまの尻尾で母上を跳ね上げると、二人とも人形のようにパタリと倒れて動かなくなった。
部屋の中にはサソリと僕だけしか居なくなってしまった時、ようやくその暴走が静まったんだ。
突然の出来事に、僕の頭がついていかなくてね。両親が倒れているのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
どれだけ時間が経ったのか、それがほんの数秒後のことだったのか理解はできなかったけど、父上がピクリと動くのを見たんだよ。
ハッとして駆け寄ると、父上は微かな息をしながら薄っすらと目を開けて、ぎこちなく笑ってくれた。
「私がこの国を守る役目はここで終わる。これからはアレクがエンリィを支えろ。お前には私以上の責任を負わせることになるな。国と世界を守ることがアレクの使命だ。脅威は全て排除。できるな?」
これが父上の遺言だった。
母上はと振り返ってみると、既に事切れているようで、体や頭が変な角度で曲がっていた。苦しまずに済んだのがせめてもの救いだったかもね。
こうして僕は、五歳でエンリィの王になったんだ。
ただ、いきなり両親と重臣たちが居なくなってしまったから、今まで頭を押さえつけられてきた連中が黙っていなかった。
確かに五歳児の言うことなんて聞くわけないだろうし。面白いようにいい奴と悪い奴がわかったよ。
父上の遺言通り、脅威は全て排除しなければならない。
だから僕の王としての最初の仕事は、サソリを使って悪い奴の首を刎ねたこと。あまりに始末し過ぎて、最後の頃にはいかに綺麗に首を飛ばすかって考えちゃったし。
それからはケンが僕の後ろ盾になってくれた。
常に一緒に行動してくれたし、一族の拠点も一時的にエンリィに置いてくれたし、国の運営も一族のみんなが代わりにやってくれた。
拠点は、僕がある程度成長して国を動かせるようになってから砂漠に戻っちゃったんだよね。まあ、これはケンが亡くなってからしばらく経ってからのことだったけど。
僕は八卦一族に育てられたといっても過言ではないかも。だから、国や世界を守るためにはケンや一族の助言は重要だと思っているんだ。




