100.なんでっ!
その状態から解放されたのは、シンが再び自分の意思で動きはじめた時だった。
彼自身は目を閉じていたらしく、頭を上げたのに合わせて軽く首を回し、ゆっくりと目を開く。
「ああ、僕は一瞬眠っていたようだね……びっくりさせた? 珍しくあの人に、僕個人のお願いをしたものだから……その代わりかな」
まだ目の焦点があってない状態だが、私の方をみて話しはじめる。
「それにしても、急に僕の体の扱いが雑になってきたなぁ。まぁ、ギブアンドテイクだから文句は言えないけど」
訝しげにシンをみていると、彼は私の様子などお構いなしに独り言のように再び話を続ける。
「しかしこんな無茶なことして……かなりの魔力を使うだろうに。それだけ君の存在が気になるってことかねぇ? でもちょっと困るなぁ。この術って、それなりに僕にも負担がかかってくるから……消耗がひどくて疲れるんだよ」
気だるく笑う様子は、さっきまでの得体の知れない誰かではなく、私の知っている、いけ好かないシンに戻っている。
気がつくと、すでにコンの姿は無く、あの王太子もどきを騙っているダーのところへ向かったのだと予想がついた。
大丈夫。さっきまでの無表情からは、誰を攻撃すれば私を動揺させることができるか、なんてわかる訳ない。今は素知らぬふりをして無難にやり過ごす、我慢の時なんだろう。
「ふふ、そんなに構えなくても。嫌われちゃったかなぁ。今ここには僕と君の二人しかいないんだよ? 少し話すくらいいいと思わないかい?」
「アンタと話したって。結局私のこと殺すんでしょ? 話すなんて意味ないじゃん」
噛みつくように身構えて返事をしたら、クスクスと小さく笑う声がする。何がそんなに可笑しいのか意味が解らず、私は眉間に皺を寄せた。
「あー、そんな顔しないの。可愛いのが台無しだよ」
「アンタに見せる可愛い顔なんてありゃしないもの、平気よっ」
シンは尚も楽しそうに口元を手で隠しながら話し続ける。
「前回はケンからの指示だったからね。殺すのが当たり前だと思ってたんだ。でもね、君を生かす方法も無いことは無いんだよ」
ん? 無いことは無い? つまり、私がこの世界で生き続ける方法があるってことなのか?
含み笑いをするシンを毛嫌いしていたが、私の知らない情報を握っているのだと考えると、俄然興味の対象になってくるから不思議なものだ。
「ねえ、そんな情報があるなら、意地の悪い笑い方なんかしないでよ。素直に教えてくれたらアンタのこと、少しはヤなヤツって認識はしなくなるから」
「へえ、イヤなヤツ認定を解除してくれるのか……なら、サーラちゃんさぁ、もう少し僕の側に来てくれてもいいよね?」
チョイチョイと手招きして、シンは自分の隣へと私を呼び寄せる。
どうする? 私。
情報のために近づくか。それとも突っぱねて、臨戦状態を崩さないように無視するか。
ホントの気持ちを言えば、シンの申し出など無視したい。いや、無視するのが当たり前だと思う。
でも逃げ出すこともままならない今の状況では、他の打開策が浮かばないということも真実だ。
ここはひとつ、腹をくくってシンの懐に飛び込んでみるか……
あれこれ考えていると、ヤツは実に愉快だと言わんばかりの表情で、茶化しながら私に話しかけてくる。
「早くしないと拗ねちゃうよー。僕のご機嫌をとっておかないとさー、困るのはサーラちゃんだしぃ?」
「なっ……」
くーっ。なんで私がシンなんかに命令されなきゃいけないのさ。しかも『僕可愛いでしょ』感を演出したりして。いったいダレトクやねん。
不満たらたらでシンを睨みつけても、余裕の笑みを浮かべて自分の隣を指差している。
「アンタの側に行く以外で何か、選択肢はないの?」
「ないね、残念だけど」
即答かいっ!
これ以上引き延ばしてコイツの機嫌が悪くなる前に行くしかないか。
私は軽いため息をお供にシンの隣にペタンと座った。
「どうよ、隣来たわ。だから教えて」
「はいはい。サーラちゃんが不満なのは充分承知しているよ。でも、少しだけ機嫌直して? 僕が哀しくなっちゃう」
いつの間にかシンの両手の中に私の両手がすっぽりと収まって、さらに私の顔を覗き込むように小首を傾げてくる。
シンはただ見ているだけだととても美しく、いつまでも眺めていたいと思わせる端整な顔だちをしている。
その目には、見ている者を酔わせるような不思議な力があり、私も気を抜くとフラッとシンに身も心も預けそうになってしまう。
確か『魔眼』と言っていた。
大抵の人は知らないうちにシンに屈服するんだろうが、私の場合、何故かそれに対しての耐性がついているようで、彼の思い通りに動かせない人物として認定? もしくは警戒か? とりあえずはそんな感じに思われているようだった。
「僕がこうしてサーラちゃんに触るの、嫌?」
そう尋ねるシンは、先ほどまでの余裕のある表情とは真逆の、少し不安気な雰囲気を伴う表情だ。
トクーーーーン……
心臓をキュッと掴まれた時に感じる音が聞こえるようだ。
ああ、しかもこの表情。私が一番弱いヤツだ。
こんな表情されちゃうと、ギュッと手を握りかえして『大丈夫、私が側にいる』と励ましてあげたくなっちゃうじゃん。
私は最大限の配慮をしながら、シンへ返事をする。
「ううん、嫌いじゃないよ。アンタとは友達としてなら付き合えると思う。それ以上は……ごめん」
だって私はラッセルがいいと思っているもの。
無愛想で一見冷たそうな表情をしているが、相手を思いやる気持ちは人一倍だし。大事にされている感がビシバシ伝わってくる。それに、周りへの気遣いと丁寧さは、皆に絶大な信頼を得ている証拠だ。
彼からの愛情を十分に感じている今、他の男性からのアプローチなど考えられない。彼は私に早く会いたいと言ってくれた。私も同じ気持ちだ。
こんなところにいつまでも居られない。早くラッセルの元に戻って、これから聞き出す『生き延びられる方法』を伝えるんだ。
「そう、まあいいよ。それならまず第一段階は、友達として付き合おうか。友達なら手を繋ぐくらいいいよね?」
そう言って右手をガッチリと掴まれて、有無を言わさず手を繋がされた。指が交互に絡まる、いわゆる恋人繋ぎってヤツですよ。
なんで恋人でもないアンタと恋人繋ぎなんだよ……今日何度目かわからないため息をつき、どうでもいいや、と半ば投げやりにハイハイと返事をして、シンの気の済むようにさせることにした。
シンの方は、私が拒否しないことに満足したのか、とても嬉しそうにニコニコとしている。
「ところで、隣に来たんだから、私が殺されなくても生きられる方法ってのを教えなさいよ」
せっつくように喋って、このビミョーな甘ったるい時間を早く切り上げたかった。
「うーん。サーラちゃんが拒否するかもしれないから……やっぱり教えたくないなぁ」
「はあ? 約束と違うじゃん。私は約束を破るヤツは嫌いだよ? 私も大事な約束をしたら、それを守って生きてきてるんだ。アンタもキチンと守る男になんなさいよ」
素直に教えてくれないシンに、ムッとしながら文句を言う。
「わかったよ、言うから。ご機嫌直して? じゃあ、今から大事なお願いを一つだけするから聞いてくれる?」
「教えてくれるんだったら、一つも二つも聞いてやるわ。何?」
「んー……じゃあさ、これ聞いたらサーラちゃんは『はい』ってひとことだけ声に出してみて。いい?」
「そんなの、教えてくれるんだから当たり前でしょ」
「ホントだね? これは大事な約束だよ」
「わかったから、早くして」
勿体つけた言い方に多少のイラつきを覚えながらも、シンに言葉の続きを促す。
ゆっくりと息を吸ったシンは、信じられない言葉を吐き出した。




