10.こらっ、絞めんな!
「全くサーラってば浮気モンなんだからな」
ハルってば、男のクセにまだネチネチと文句を言っている。
「もうっ、ハルったら女々しいよっ。たかがほっぺにチュッとしたくらいでいつまでも」
「だって今までは俺の特権だったんだぞ、サーラのチュウはっ」
「え……そ、れは……まあ、そうだったけどさぁ……」
言ったハルと言われた私で、同時に真っ赤になってしまい、ハルも私もお互いに目を背けてモジモジ。
「まあまあ、ハル君も落ち着いて。サーラちゃんも悪気はなかったんだし。今回だけ挨拶ってことでどうかな」
フィルのとりなしでなんとかその話はひと段落することにした。
だってホントに挨拶の意味だったんだけど な。
確かに私も男性免疫ないから、人間の姿だったらたぶんあんなことしないわよ。ネコになってる時はネコの本能、というか習性? が強いようで、スキンシップ多めになっちゃうのよねぇ。
「えっと、お腹も減ったことだし、とりあえずカフェテリアに行こうか」
「そうね、私にも何か食べさせて。ハルは、さっきの女子に会ったらニッコリ笑って片手あげるだけでもやってよね。好印象男子目指すわよ!」
「えー、無理ー。女の子だよ? 相手は」
情け無い声をだすハルに、クルリと振り返って、キツい声で言ってみた。
「それ出来なきゃ、今日からフィルと一緒に寝る」
「が、頑張りマ……ス」
ハルはイケメンなんだから、女子慣れしたら人気でると思うんだよねぇ。女子遭遇率上げておいてからのスパルタで会話させる、ってのが早道かな、私も頑張ろう。
そうして向かったカフェテリア、お嬢さん達はいなく、拍子抜けした感満載で寮に戻った。
「あーあ、ハルがヘタレだからこんな面倒なことなったんだからね。明日から学校始まるんでしょ。もしもお嬢さん達と会ったら、ニッコリ笑顔で挨拶するのよ。あとはフィルがフォローするから」
半分白くなった顔でコクコク頷くハルを尻目に、私はフィルと詳細な打ち合わせをした。
『何がなんでも爽やかハルを演出するぞ』を合言葉に、私とフィルはパシッと手を合わせて頷きあった。
あっという間に夜になり、そろそろ就寝という時間を迎えた頃。
何か、心がざわつくようなそんな月の光を浴びて、なんとなく外へ行かなければならない、という気持ちになる。
ハルが寝付いたのを見計らって、ベッドからスルリと抜け、寮の外へと歩きだす。
共有エリアにほど近いところで、空気がザワリと揺れる気配がした。
気がつくと、私の前には黒髪をなびかせる男が一人立っていた。
「お前、何者だ。あの魔女の匂いがする」
くっ……ろい……
男の印象は、文字通り『黒』
全身黒づくめで黒髪ってこともあるけれど、刺すような眼差しと冷え冷えとした声音。
全体的に夜、もしくは闇を纏ったような雰囲気を醸し出しているのだ。
関わりたくない……直感的に思った私がとった行動はあまりにも安置で……
「にゃ、にゃあ」
周りから、一切の音が消えたかのような沈黙と無言の責め苦。
「……なんの余興だ、それは」
ひいぃぃ、ごめんなさーい。
アナタガコワイカラデス。
感情の抜け落ちたような言葉を向けられる度、全身の毛が逆立ってしょうがない。
カカワリタクナイデス。
「面倒だな……これでどうだ」
黒づくめが持っていた杖を一振りしたら私の体がふわっと宙に浮いた。
パアッと光が全身を包み、水鏡にも映らないのに人間の姿に戻った。
何をされるかわからない状態だったので、ギュッと体を固くしていたのだが、人間に戻れたことで、少し安心した気持ちになり、リラックスした態勢となる。
「うっわぁ、戻ってるし。ラッキー」
体のあちこちを触りながら、思いっきり伸びたり屈伸して状態を確かめた。
「あ、でもずっとこの姿なのかなぁ、それともまたネコとの二重生活かしらん。とりあえずは水鏡なしの人間の姿にお礼を言うべきかしら? ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてお礼を言うと、彼の方からカラーンと杖を取り落す音が聞こえた。
ん? と頭を上げてみると、片膝をついて両手で頭を抱えて蹲っている様子。
「あのー、大丈夫ですか? 具合が悪くなったなら、どこかに連絡して助けでも呼んできましょうか?」
「お……まえ……私に今何をしたっ。何者なのだっ」
ひぇっ。すごい顔して睨まれてるし……
何をした、って聞かれても。
ワタシハナニモシテマセン、です。
ユラリと立ち上がると杖を取り直し、私に向かってそれをかざす。
グッと首に圧がかかったかと思うと、ギリギリと締めあげながら宙吊りにするように体が持ち上がる。
「ガッ……ぐ、ぐる、じい……」
ハクハク口を開けて空気を取り込もうとするが一向に苦しさから逃れられない。
「お前からあの魔女の魔術が飛んできたぞ。なんだ、この気分は……気分の揺らめきなど、久しくなかったのに」
恨めしそうな声色と合わせて、ギっと歯を食いしばるような仕草をしている。
イライラを私にぶつけるかのように、締め上げる首への負担がどんどん増してくる。
もうダメかも、と意識が遠くなりかけたその時、どこから飛んできたのか、黒づくめの男の手元にビシッと小石が投げつけられた。
拘束が緩み、私の体はドサッと地面に落とされた。
急激に肺に入ってくる空気と落とされた痛みに一瞬意識が遠くなるが、まだ身の危険から逃れられてないと感じ、無理やり体を起こして黒づくめに対峙する。
荒い息のまま黒づくめを睨んでいると、斜め後ろから第三者の声が響いた。
「おやめく……、そ……れは……様の……ござ……すれば」
助けてくれた人の方から声が聞こえるが、意識が飛びかけの状態でしっかり聞き取るなんてことはできない。
途切れ途切れに聞こえる声は、黒づくめに対する注意のような言葉だったらしい。
「ほう、あの方も執着するものができたか」
嗜虐的な笑みを浮かべた、その表情のまま、私を冷めた目で見つめている状況は変わらない。
「わかった、ここまでとしようか」
少しの間をおいてから、ふん、と鼻を鳴らしつつ私に向けていた杖を外し、制止を促した声の主に対して話しをしている。
ちょっと距離があったので、話の内容がうまく聞き取れなかったが、仲裁に入ってくれたのは確かだ。
クラクラする頭をなんとか働かせて後ろを振り返れば、灰色のマントとフードが繋がったローブを着ている人が間に入ってくれたらしい。
フードを目深に被っているので顔は見えないが、声の響きからは若い男だと判断できる。
この人がいれば大丈夫よね、黒づくめの攻撃から守ってくれるんだから、後ろに隠れさせてもらおう。
「ふぅ。助かっ……ってもう居ないって早すぎんじゃん」
お礼を言おうと頭を下げようとしたら、灰色のマント君はすでに消えていた。
「なんでよっ、助けてくれるんじゃなかったのかよぉっ」
再び黒づくめと二人っきりになり、まだ安全は確保されていないのだ、という自覚と、自身の保身の為に体を強張らせる。
私たちの対峙はまだ続くようだ。




