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The untouchable hero  作者: ずび
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4 最後の日常

 清々しい秋晴れの行楽日和だった。この天気が続いてくれるのであれば、明後日の遠足が中止になる事はないだろう。気分が高揚していたのは、遠足が楽しみなのか、はたまた小春と二人で出掛ける約束をしていたからか。今ならば後者と言い切れるが、当時の俺は前者だと語ったに違いない。


「ごめん、待った?」

「……別に」


 小さく頭を下げる小春に、俺は憮然とした態度をとった。分かりやすい程にツンデレだった。集合時間の二十分も前からここでウロウロしていたと言うのに。

 待ち合わせたのは隣町の駅舎の前、目的地はそこから更に二駅行った先にあるデパートである。一体そんなところまで何をしにいくのだ、と言えば、明後日の遠足に持っていく菓子の調達である。そんなのは近場のスーパーでも出来るのにわざわざ遠出をする理由は、単に俺が小春とデートじみた事をしたかったからだ。それ故に出来るだけ知り合いには顔を合わせたくなくて、待ち合わせ場所も少し遠くしている。

 小春にとってはいい迷惑だろうが、彼女はそんな態度をおくびにも出さなかった。それどころか、親以外と出掛けるのは滅多に無いからと喜んでくれたので、妙に照れてしまった。


「あれ、ノエル君、それ……」


 小春が指差したのは俺の右の掌であった。

 浮かれていたのがマズかったのか、ここに来る途中に転んで擦りむいてしまったのだ。大して痛くもない怪我なら、傷口を洗い流して唾を付けて放っておくのがいつものノエルスタイルだった。駅のトイレで洗っただけだ、と小春に述べると、小春はポーチの中を漁り真新しい絆創膏を一枚取り出してみせた。花柄が賑やかなピンクの絆創膏だった。そしてそれを手に俺の右腕を掴んでくるからたまったものではない。


「いらねぇって!」

「でも痛そうだし……」

「もう痛くねえよ! そんな女っぽいの貼れるかっ!」

「ダメだよ、ばい菌入っちゃうでしょ?」


 小春は口を尖らせて俺を叱る。ここで強引に断ろうとすれば、小春は十中八九泣き出して、お出かけどころでは無くなってしまう。この場での見栄を取るか、わざわざ遠出を提案した自分の勇気を取るか、天秤にかけた結果、俺は渋々小春にされるがまま、絆創膏を右手に貼ってもらった。

 いかにも女子が好きそうな可愛い絆創膏だった。本当に恥ずかしい。知り合いには絶対見られたくない。

せめてもの抵抗として、俺は右手をずっとポケットに突っ込んでおく事を決めた。一方の小春は、俺の世話を焼いたのが満足だったのか、ニコニコと太陽のような笑顔を振りまいている。


「えへへ、楽しみだね」

「……ん」


 呑気なものである。俺の心中なんてきっと全く察していなかっただろう。


「私、電車乗るのって初めてかも!」


 屈託なくその言動が出てくる辺りがお嬢様たる所以だ。

 俺はそんな楽しそうな小春とは裏腹に、このお出かけの場面を万が一でも誰かに見られてはいやしないかと落ち着かない視線をあちらこちらに走らせていた。別に普段から一緒に居るのにそんな事を気にしても仕方ないだろうにと思っていても、小春の服装はフリル付きのブラウスに大きめのカーディガン、下はペンシルスカートに黒タイツと、とても小学生とは思えない大人の色気を漂わせている上にそんな格好が割と様になっているのだから、気になってしまうのも仕方ない。

 普段は精々モコモコした気合いの足りない森ガールみたいな格好の癖に、と毒づいてみても自分の、タンスの一番上に入っていたTシャツとお気に入りでよれてきたハーフのカーゴパンツと言うやる気の無いコーディネートを見て溜め息しか零れない。

 滑稽を通り越して失礼である。金持ちのパーティに私服で行ったかのような気分であった。隣で歩くのも少々恥ずかしくなって来た頃に、小春が俺の手を不意に取った。


「ほら、早く乗ろうよ!」


 いつの間にか電車が来ていたようだった。

 休日なので車内は満席。座る事が出来なかったが、小春はそのフェミニンスタイルを無碍にするようなはしゃぎっぷりで車内広告を読み上げたり電光掲示板を見て歓喜の声を上げたりと、元々座っているつもりはなかったようだった。

 車内ではなにかに捕まって黙っているもんだと教えてやると、今度は借りてきた猫もかくやとばかりに何も話さなくなり、何度も声をかける俺が阿呆の極みであった。

 目的地のデパートに着いてから、俺はわざわざ小春に強く言い聞かせた。


「言っとくけど、今日は週明けの遠足のオヤツを買いに来ただけで、べ、別にお前と来たくて来たんじゃないから! 小春はオヤツ選ぶのとか、きっと家のお手伝いさんが全部やっちゃってきたろうから、俺がちゃんと教えてやらなきゃと思っただけなんだぞ! それだけだからな!」


 わざわざこんな事を言い出す辺り、俺がいかに面倒くさい男か分かってくれるだろう。言われた小春はキョトンとはしていたが、やがて滲み出るような微笑みでこう返した。


「……うん、そうだね。ありがとう!」


 残念ながら、俺と小春のやり取りは、終始こんな感じだった。

 俺は常に「小春の事なんて別に好きでもなんでもねえし。お前に仕方なく付き合ってやってるだけだし」と言う態度を頑なに崩そうとしなかった。

 それでも小春は俺を嫌わず、俺に嫌われたと感じたりもせず、微笑みと共に俺に頷いてみせたりするのだ。当時の俺は割合本気で「コイツ馬鹿なんじゃないか」とか、失礼な事を考えていたが、今になって思えば、きっと小春は俺の度の過ぎたツンデレを看破していたのだと思う。

 この位の年齢なら、男よりも女の方が精神の成長はずっと早いのだ。小春が余裕のない俺の恋心を察して呆れながらも付き合ってくれていた……と言う可能性は大いにある。


「なぁ、オヤツ買いに行く前に、昼飯食わねえか?」


 この一言を絞り出したのは、デパートに入ってから既に小一時間経った頃だった。

 その間俺達は、ペットショップコーナーで犬猫を眺めたり、本屋で大して興味ない雑誌を立ち読みしてみたり、買う気も金も無いのにアクセサリーショップを冷やかしてみたりしていた。お互い、食品コーナーをまるで立ち入り禁止区域であるかの様に忌避し、話題に出す事さえしなかった。中々オヤツを買いに行こうとしない俺だったが、小春は不審感を抱く様子も無く、俺の後ろをチョコチョコと着いてきていた。

 小春とのデート染みたこのお出かけは、何故か俺の念願叶ったり、であった。俺は何故彼女がオヤツオヤツとごねないのか不思議だったが、下手に突ついても良い事はないのだろうと思い、何も言わなかったのだ。


「お昼……そうだね、何食べるの?」


 チラリと覗いたフードコートは予想通りの混み具合であった。休日の昼間は、フードコート最大の書き入れ時である。が、運良く丁度食事を終えた老夫婦を見つけ、彼らが食器を返しに立ち上がった隙を見て、そこに滑り込んだ。

 駆け込む俺達を見つけて、老夫婦は微笑ましげにこちらを見つめていた。


「うわぁ……ラーメン、たこ焼き、カレー、ハンバーガー……凄い一杯ある!」


 小春はデパートのフードコートで食事をした事がなかった。軒を連ねる店の看板とメニューを眺めて、物珍しさに目を輝かせて笑っていた。

 冷静に考えれば、ハンバーガー屋とラーメン屋が隣同士と言う光景はミスマッチだ。小春が物珍しそうにしているのはそう言うアンバランス具合もあっての事だったのだろう。俺は両親と良く来ているので、勝手を知っていた。このフードコートに出店しているラーメン屋はあまり美味しくない。


「……あそこの蕎麦屋は結構美味いぞ」


 そんなに食った事がある訳じゃなかったのだが、少し通ぶって言ってみせる。何かと格好を付けたかった。


「でも、おつゆが服に跳ねると、お母さんに怒られる……」


 丈余り気味のカーディガンを摘む小春は寂しそうに呟いた。きっと俺が聞けば目玉が飛び出るような値段なのだろうと、髪留め紛失事件の時の父親の苦虫を口一杯に頬張ったような顔を思い出しながらそう感じた。

 ならたこ焼きでも食うか、と言うと、今度は歯に青のりが付くのを心配しはじめる。

 埒があかないので、俺はモジモジしている小春を置いて、たこ焼きを二人前買いにレジに並んだ。コロコロと手際よくたこ焼きを転がす店員の姿を覗き見ている先客はおよそ四人いた。

 その中でも最後尾、つまり俺の前に並んでいた客が格別な異彩を放っていた。白髪混じりのぼさぼさの髪は、まるで灰色に燃える炎のように無造作に跳ね回り、姿勢は前屈みと言える程に猫背だった。身に着けている緑色のブレザーとスラックスは、草臥れてしわくちゃであったが、見覚えがある。小春が受験に落ちた私立松乃河原学園の、高等部の制服だ。時折町中で見かける程度だが、進学率の高い新鋭の私立と言うことで町全体の注目度が高く、よく噂の対象になっていたのだ。

 どうして休みの日なのに制服なんて来ているんだろうか。部活帰りだろうか。この髪の毛は一体どうしてこんな色なんだろうか。

 と、目の前の少し不気味な白髪男を見上げて、俺はしばし硬直してしまった。


「……なんか用か?」


 白髪男が振り返って、ゆっくりと口を開き、首を傾げた。

 こちらを覗くギョロ付いた目は、まるで餌を探すカエルである。そんな不気味な目の下に真っ黒な隈が浮かんでいるのだから、軽くホラーであった。小さい子供が見たら絶対に泣いてしまうだろう。


「え……?」

「見てた。お前、オレを」


 たどたどしい日本語で、彼はそう言った。

 確かに見ていたけれど、それで因縁をつけられてはたまらない。目の前の男からは、何と言うか、合法的な臭いが一切しなかったのだ。首を横に振ると、白髪男は不審そうではあったが、俺から眼を離してレジに向き直る。

 その男の番であった。


「たこ焼き、十個、十個」


 白髪男はそう言った。受付の女性店員はキョトンとしている。


「えぇと……?」

「十個を、十個」

「………………」

「十個を十……じゅ、じゅ……じゅっつ? 十個。十が十欲しい」

「…………あ、あの」

「あー……て、テン、オブ、ジュウ? テン、ジュウ、おーけー?」


 コイツはどこの国からやってきたのだろうか。日本語圏でも英語圏でもないのだろう。

 肌の色も目の色も、黄色人種である事に違いは無い。髪の色が国籍不明だが。それにしても、この店員も少々察しが悪い。マニュアル以外の事が出来ないアルバイトなんだな、と俺は子供ながらに偉そうに考えていた。


「店員さん、十個入りのたこ焼きを十人前って事なんじゃないのかな?」


 このたこ焼き屋は六個入りと十個入りの二種類があった。十個入りの方が当然値が張るが、たこ焼き一個辺りの単価は十個入りの方が安くてお得なのだ。

 俺が男の背後からそう助け舟を出すと、店員は合点がいったように目を剥いて「あぁ、なるほど! 十人前……十人前!?」と驚いていた。白髪男はウンウンと大袈裟に頷いた後、ポケットから皺だらけの万札を取り出して、店員に手渡した。

 店員は困惑気味にお釣りを手渡していたが、彼は満足げに微笑んでいた。口端が不自然にヒク付く、邪悪な微笑み方だった。物心ついたあたりで見てたヒーロー番組の敵怪人にこんな風に、顔を引き攣らせて笑うヤツが居たと思う。実際この白髪男が悪の怪人だと言われても、俺は何の違和感も感じなかっただろう。化物が人間の皮を被っているのだと言う方がよっぽど納得ができる。男の振る舞いはそれほど気味悪く、不自然だったのだから。


「ありがとう、助かる、坊主」

「……どう、いたしまして」


 店員から番号札を受け取ると、その男は俺に小声で礼を呟き、がに股で客の群れの中に消えていった。その背中をしばらく眺めていた俺を現実に引き戻したのは、店員の「お次のお客様どうぞー」の一言であった。

 たこ焼き六個入りを二つ注文する。左手だけで財布を開けて、その左手でお代を支払う俺を店員はまた妙な目で見たが、恥ずかしい絆創膏が貼られた右手をポケットから出す気はさらさらなかった。番号札を受け取る際に、当然と言えば当然だが「少々お時間がかかると思いますが」と言われた。

 文句を言っても仕方ない。小春の待っている席に戻る。

 すると、どうだろう。

 小春の向かい側、つまり先程まで俺の座っていた場所に、見知らぬ女性が座っていた。

 ショートボブの赤毛の女だった。レザージャケットにデニムパンツ。組んだ長い脚が眼を引いた。先程の男は言語能力が日本人離れしていたが、こちらは顔立ちが日本人離れしている。夏の空みたいに青々とした瞳、浅黒い肌。彫りの深い顔立ち。俺はたじろいだ。外国人だ。初めて見た。

 座っているだけなのに、どこかの雑誌のモデル写真を切り出してきたかのように様になっている。それだけスタイルが良かった。そんな女が、テーブルを挟んだ向かいに居る小春に、身振り手振り何かを話している。

 彼女の朗らかな微笑みとは対照的に、小春の顔色は暗い。どうしたもんかとたたらを踏んでいたら、小春は目敏く俺を見つけて、大きく手を振った。俺の存在に気がつくと、モデル女は整った顔立ちをいやらしい笑みで歪めた。


「あららぁ小春ちゃん、もしかしてデート中だった?」


 モデル女は流暢な日本語でそんな事を言った。小春は恥ずかしがって顔を赤くして何も言わないので、代わりに俺が「デートじゃねぇよ」と言っておいた。

 小春は何も言わなかったが、モデル女は何かを感じたようで「そこは肯定しておくもんよ、少年?」などと溜め息混じりに小さく囁く。俺の反論はもとより受け付ける気はなかったのだろう、モデル女は早々に立ち上がった。ヒールの高いパンプスを履いているせいで、その女の身長はとても高く感じた。実際、本当に高いのだろう。彼女は俺を見下ろして、許可も無く俺の頭に手を乗せて、髪をグシャグシャと掻き乱した。

 ぞんざいな手つきであった。


「あーあ、邪魔なガキ。折角小春ちゃんと仲良くお話してたのになー」


 本気で言っているのかどうか判断しかねる声色だった。きっと普段冗談を言わない人間で、ふざけた感じに慣れていないのだろうと、俺は勝手に思い込んでいた。


「んじゃ、小春ちゃん。またそのうちに」


 モデル女は小春に向けてウインクしながらそう言い残すと、鼻唄を歌いながら歩き去っていく。先程男が消えていった方向と同じだった。


「……小春、あの女と知り合いなのか?」

「う、うん。一応」


 小春は俯き加減にそう呟いた。何となく思う事は、きっと小春はあの女が苦手なのだろう、と言う事だけだ。


「松乃河原学園の理事長の娘さん。猟舞(かるま)ジュディ、って言うの」

「……へぇ」


 松乃河原学園。先程も軽く触れたが、小中高大一貫の、いわゆる良いとこの私立校で、小春が受験に失敗したところだ。斬新な教育カリキュラムを組んでいるとかで、偏差値だけで見れば日本ではトップレベルであった。当時はまだまだ新興の学園であったのだが、教育の質は優良だとネットでの評判は良かった。

 小春は声のトーンを落として、俺の耳に口を寄せた。


「……実はね、来年中等部に編入しないかって誘われているの」

「中学も受験あんだっけ、あそこ」

「猟舞さんは、編入試験も免除してあげるって言ってるんだけどね……」


 小春は困った顔をしている。随分と買われているようだ。と、言うかあの女にそんな権限があるんだろうか。


「ずっと推薦してくれてるみたいなんだけど……」


 小春は小さく溜め息を零した。


「……小春、行く気はないのか?」

「うん。元々お受験もお父様とお母様がどうしてもって言ったからだし……今もそれは変わらないよ。ジュディさんとも会う度にそう言ってるんだけど……」


 人並みの審美眼を持っているようで一安心した。

 しかしさっきの浮浪者みたいな男も松乃河原の制服を着ていたのだ。あんな変人も通える学園に小春を送り込むのは少し怖くさえ思えた。


「別に私はそう言うんじゃないけど……」


 小春は少しムクれた。松乃河原に行きたくない、と言う話だった筈なのに、どこにヘソを曲げる要素があったんだろうか。それは今になってもよく分からない。


「……これ、お父さんとかお母さんには相談したのか?」


 小春が受験に落ちたとき、小春の両親は酷く落ち込んでいたのを俺は小春から聞いていた。どうやら裏口入学も考えていたらしい、と俺の親父とおふくろがこっそり噂話していたのも聞いている。もしもこの話を小春の両親にしていたら、二人は諸手を上げて喜び、小春に迷わず松乃河原を受験させていただろう。


「してない。したくない。今の学校がいいの。自分で決めるもん、そんなの」


 小春は頬を膨らませてそっぽを向いた。彼女はあまり自分の両親が好きではなかった。俺との外出に関して、小春は一体自分の父親と母親に何と言って説明して、出てきたのだろうか。

 もしも「古川ノエル君と遠足のオヤツを買いに行きます」なんて言えば、まず間違いなく来られなかっただろう。小春の親は、俺みたいに汚い男のガキと小春が仲良くするのを快く思っていない。せいぜい小学生だってのに、気が早い事に妙な心配をしていたようだ。俺の親のようにあんまりなんでも自由にさせているのは俺自身もどうなのかと思うが、友達付き合いに口を出す親よりは余程マシだと思う。大事な一人娘なのは分かるが、だからと言ってあまりにも箱入りにし過ぎている。

 だから小春は親が嫌いだと思うのは……まぁ、少々自惚れが過ぎるような気もするけれど。


「それより、猟舞、だっけ。どこで知り合ったんだ? 受験の時か?」

「うん。私が受験した時、まだ高校生だったジュディさんに偶然会って、その時ちょっとお話したの。

 その時から……自分で言うのも変かもしれないけど、私結構気に入られちゃったみたいで……」

「それでしつこく勧誘を受けてる……って、訳か」

「しつこくって訳じゃないけど……でも、私が外で一人で居ると、良く会う気がする」


 一人の所を狙うって、ストーカーなんじゃないのか?女が女のストーキングって、何だか変な話にも聞こえるが、人の趣向はそれぞれだ……って、親父も言っていたし。

 警察に言った方が良いんじゃないか?……と、思ったりもしたのだが、無闇に話を広げて小春を怖がらせるのも悪い気がし、俺はそれ以上は何も言えなかった。


「あんまりしつこいようだったら、親に……」

「……言えないよ」

「あー、そりゃそうか……じゃ、俺に言えよ。その……絶対、何とかしてやるから」


 と、たまにスラリとこう言う事を平気で言える当時の俺の思考回路はどうなっているのだろうか。流石に今のセリフは臭過ぎる。いつもみたいにツンデレてればいいのに。

 小春はしかし、俺を茶化したりもせずに、嬉しそうに微笑んで「うん、よろしくね」と、そう返した。それがまた、俺の心臓を爆発させるのに十分な威力があって、俺は思わず彼女から全力で顔を背けてしまった。自分で言うのもなんだが、面倒臭い男である。


「い、言っとくけどこれはアレだぞ。その、なんだ……と、兎に角アレなんだ」

「アレって?」

「い、言わなくても分かれよ。小春はホントに馬鹿だな」

「むー……それは酷いかも」


 小春は俺が思っていた以上に不機嫌で、中々許してくれなかったが、俺が番号を呼ばれてたこ焼きを持ってきてやると目を輝かせた。「たこ焼きなんて初めて食べる」と彼女はまるで大冒険の果てに手に入れた秘宝を見つめるような眼をしながらそう言った。

 熱いから気をつけろ、と言ったのだが聞く耳を持たず、そのまま口に放り込み、はふはふと口をひょっとこみたいに尖らせている。酷く不細工な顔になったが、そんな状態でも彼女は楽しそうだった。

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