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フコウ園

作者: コンタクトレンズが似合わない人

フコウ園


とある街の片隅に、不幸園と呼ばれる公園がありました。不幸の公園、縮めて不幸園。色とりどりの花々に蝶が飛び回り、大きな噴水の近くには鳩が休んでいて、そのすぐそばには昼寝に最適な大きさのベンチがあります。そして年季の入った遊具が静かに日向ぼっこをしています。決して広いとは言えませんが、窮屈さは感じさせません。この公園は、緑豊かでとても心地よい場所と評判ですが、それは昼間だけ。この公園は、橙色の光に真っ黒な長い影がくっきり浮かび上がってくるような時間になると、遊び足りない子供たちも、一休みしていた老人も、うたた寝をしていたサラリーマンも跳び起きて慌てて公園から出て行きます。その時にここは、がらりと誰もいなくなって抜け殻のような場所になってしまうのでした。

夕方になるとどんな人もみんな帰ってしまうのは、この公園にちょっとおかしなうわさがあったからです。


ある日、一組の若い男女がこの不幸園にやってきました。彼らは夕方になっても公園から出ていこうとせずにずっとベンチに座って仲良くおしゃべりをしていました。

そんな彼らを見て、帰ろうとしていたお婆さんが声をかけました。

「ちょいとお前さんたち、早くお帰り。このままここにいると、幽霊に不幸にされてしまうよ」

彼らはまだ公園のうわさについて知らなかったため、お婆さんの言葉は全く信じませんでした。お婆さんが心配そうな顔をしながら去って行ったあともずっと彼らは仲むつまじくふざけ合っていました。

そんなときです。ざわり、と風の色が変わり、木々の葉が不気味な音を鳴らしました。それに気づいた男の人は何気なく噴水のほうへ目を向けました。すると突然、噴水の水が二人めがけて勢いよく飛んできて降りかかりました。二人が驚いてベンチから飛び降りてもホースで狙われているかのように追いかけてきます。二手に分かれて逃げていくと、それは男の人のほうを狙って追い詰めていきました。男は逃げ惑ってブランコのあるほうへ走っていくと、いきなりブランコが動き出して男の顎を強く殴りました。

彼はたちまち気を失ってしまって、女の人はそれを呆然と見ていました。すると、彼女の頭の中に、このような声が響いてきました。

『幸せなやつは許さん。ここに来たやつはみんな不幸になってしまえ』

どうやら少女の声であるようだったけれども、それにしては口が悪くて、とても強い恨みが込められていました。

女の人は震えあがって、倒れたままの男の人のことも忘れて公園から一目散に逃げていきました。


また別の日、二人の女子高生がこの公園にやってきました。彼女たちは、この公園の「夕暮れ時に、この公園にいる幸せな人は幽霊にいたずらされる」といううわさについて知っていましたが、下校途中に大雨が降ってきたがために、やむなくこの公園の土管のなかに避難してきたのでした。

「やだ、よりによってここで雨宿りするなんて」

二人の少女のうち一人は、びしょ濡れになった長い髪を手でとかしながら文句を言いました。

「仕方ないよ。ほかに雨宿りできるところないし」

もう一人の少女は濡れた眼鏡をハンカチで拭きながら笑いました。長髪の少女が何気なく腕時計を見やると驚き、心配そうにつぶやきます。

「もうこんな時間! 例の幽霊が出てきていたずらされなきゃいいけど……」

「大丈夫。幽霊は影がはっきり見えるとき以外はでてこないんだって」

眼鏡の少女がとてものんきそうに答えます。

「詳しいね。やっぱりあなたは物知りだわ」

「そんなことないよ。単にうわさ話が好きなだけ」

長髪の少女が感心すると、眼鏡の少女は軽く笑いました。長髪の少女はちょっと土管の外の土砂降りを見やると、また彼女のほうへ向きなおって言いました。

「しばらく止みそうにないしさ、ここにいるっていう幽霊の話、詳しく聞かせてよ」

彼女は「いたずらをされる」といううわさだけは知っていましたが、それがどうしてなのかは知らず、それがずっと気になっていたのです。彼女がとても興味津々に訊いてくるので、眼鏡の少女はすぐに「いいよ」と嬉しそうに笑って、彼女にこのような話を聞かせました。


昔、この街にとある少女がいました。彼女は女の子であるにもかかわらず、口が悪く短気で、乱暴者であったがために、学校では嫌われ、いじめられていました。そのうえ彼女は、いつもはずれくじを引いてしまうような究極の悪運の持ち主で、近所を歩いていて剛速球の野球ボールが自分に飛んできたり、外にいたとき真上から鳥の糞が降ってきたり、コンビニで買い物しているときに強盗が押しかけてきたり、そういうことが日常茶飯事でした。しかし彼女は、それに慣れきっていて、「自分が不幸なのは当たり前だ」と思うことで毎日を過ごしていました。

しかしある日、このようないいわけではどうにもならない出来事が起こりました、彼女がまさにこの公園に来たときのことです。彼女は、遊具の黒い影がくっきりと浮かび上がってくるような橙色の日の光に、滑り台の上で見とれていました。不幸なことが当たり前だと思っている彼女は、このような景色を見るというようなささやかな幸福を深く噛みしめることが好きでした。

彼女が階段を降りようとすると、誤って足をくじいて転げ落ちてしまいました。地面で痛みに悶えていると、誰かが大丈夫ですかと、声をかけてきました。彼女より年上の男の人のようでした。人に親切にされるのは彼女にとって珍しいことで、少しだけ嬉しく思いました。しかし、それは一瞬だけでした。彼女が目を開けたときにその瞳に映ったのは、まがまがしく光るナイフでした。

彼はたまたま通りかかった通り魔でした。彼女が助けてと叫んでも、このときは公園には誰もいませんでした。その男は気味の悪い笑みを浮かべて、こう言いました。

「運が悪かったな、お嬢ちゃん」

そして、彼女の胸にそれを突き刺しました。

運が悪い、ということは彼女自身がいつも思っていることでしたが、他人からはっきり言われるのは初めてでした。自分でわかっていることだからこそ、この言葉は彼女の心に深くえぐりました。そして、自分以外の人間への恨みが湧き上がりました。

どうして、どうして自分ばかりがこんな目に遭うのだろう。なぜ自分はこんなに運が悪いのだろう。なぜ自分だけが不幸なんだろう。

彼女は泣きながら最期に叫びました。

「みんな……ここに来たやつみんな、不幸になってしまえばいいのに!!」


「へえ、それはかわいそうな話だね」

真剣に話を聞いていた長髪の少女は、悲しそうな顔で外の滑り台を見やりました。

「あくまでもうわさだけどね。ほとんど作り話だろうし」

眼鏡の少女は何でもない顔で隣の彼女と同じ方向を見ました。

眼鏡の少女が話し終えるころには雨はすっかり上がっていました。

「よかったぁ。すぐに止んで」

長髪の少女は外に出て伸びをしながら振り返ります。

「そうだね。運が良かったよ」

嬉しそうな彼女に眼鏡の少女が明るく答えたときでした。

ぞわり、と二人の背筋に寒気が走りました。雨に濡れたせいで風邪を引いたのかな、と眼鏡の少女が呟いて歩き出し、長髪の少女がそれに続いていこうとすると、突然彼女に強い風が吹きつけ、その反動で彼女はぬかるんだ土の上で足を滑らせ、すぐ前にいたもう一人を押し倒すように転んでしまいました。その拍子に前の少女の眼鏡が飛んでいき、ばしゃりと水たまりの泥水が派手に飛び散りました。後ろの少女がごめんっ、と言いながらとっさに顔を上げると、すぐ近くにあったシーソーの椅子の手すりに友達の眼鏡が引っかかっているのが見えました。すぐに取りに行こうと立ち上がって、そのシーソーに近づいて手を伸ばすと、誰もいないはずのシーソーが、ガタンッと勢いよく傾いてその眼鏡を遠く投げ飛ばしてしまいました。そしてそれはずっとむこうにあった植え込みの中へと落ちました。

彼女たちが呆然としていると、このような声が聞こえてきました。

『運がいいだなんて、そんな幸せなやつは許さん』

それには強い怒りが込められていました。彼女たちは怖くなって眼鏡を見つけるとすぐさまその公園を後にしました。



眼鏡の少女が話したうわさ話が本当のことなのかは誰も知りません。しかし、夕方に現れる幽霊は幸せな人が大嫌いだということは、誰もが知っていました。

しかしある日のこと、この公園の幽霊にも転機をもたらす出来事が起きたのです。


幸せな人がいたずらをされてしまうという時間帯になって誰もいなくなったこの公園に、一人の若い男がやってきました。彼は深い溜息を吐きながら、噴水の近くのベンチにどっさりと腰掛けます。彼もこの公園のうわさを知っていましたが、独りになりたいという今の自分には都合がいいと思ってやってきたのでした。

男は周りを見渡すと、持っていた鞄を枕にしてそのベンチに寝転がり、暗くなりかけた空をぼんやりと見て、そのまま眠ってしまいました。

夏の終わりごろの少し涼しくなってきた風が、さわさわと公園の草原と男の短い髪を揺らしました。その男はその公園に入ってからベンチで眠るまで、ずっと曇り空のようなどんよりとした眼をしていましたが、眠っている顔は、不思議とそのような雰囲気はほとんどなく、とても気持ちよさそうなものでした。

そんなときです。べちゃ、というおかしな感触がして、男は飛び起きました。額がなんだか濡れているようです。それを触って確かめてみると、鳥の糞がついていました。

男が唖然としていると、近くにあったばねのついたパンダの遊具が、ブルブルと威嚇するように震え始めました。男はそのことに気付くと、彼の耳にあの幽霊の声が聞こえてきました。

『のんきに寝るだなんて、そんな幸せなやつは許さん。そんなやつは……』

「あれ? おれ、今、幸せそうに見えたのか?」

『えっ?』

ぴたり、と遊具が止まりました。男はベンチに座りなおして、そのパンダ見つめて考え込むと、やがて納得したように手を叩きました。

「そうか、つまりおれはまだ不幸じゃないってことなんだな。だからいたずらされたのかぁ」

男の顔はぱあっと晴れました。それに反応してか、パンダはゆらりと揺れた後、間をおいてからまたぶんぶんと激しく揺れました。男にはそれが、頷いているように見えて、さらに嬉しくなりました。

「そうかそうか。おれはまだ幸せだったんだ! たかが一回や二回、就職に失敗したくらいでどうして自分が不幸だなんて思ったんだろう!」

『いやそうじゃなくて』

「ありがとう! 不幸園の幽霊さん! おれ頑張るよ!」

たじろいだような声をよそに、男はやってきたときとはまるで違ういきいきした笑顔で飛び出していきました。

遊具のパンダの影の上に浮かび上がった少女の影は、男がいなくなったあとしばらく呆然と立ち尽くしていました。

『……なんて変なヤツだ……』

幽霊はそうつぶやくと、パンダを小さく揺らしながら考え込みました。

案外、幸せそうに見える人々も、そう見えるだけで、彼女が思っているほど幸せなわけでもないのかもしれない。自分以外はみんな幸せだと思うのはただの錯覚で、みんなそれぞれに、表には見せない不幸を抱えているのかもしれない。不幸なのは自分だけ、などというのはただの思い込み、言いかえれば思い上がりなのかもしれない。

落ち着いて考えていくうちに、彼女は悩みを抱えていた男に間違っていたずらをしてしまったことが恥ずかしくなりました。

『……一体あたしは……何をやってんだろう……』

彼女は顔を真っ赤にしてうずくまり、そのままふっと消え去りました。


その後、この公園にまた新しいうわさが生まれました。そのうわさが少しずつ広まっていくにつれ、夕方になると誰もいなくなってしまっていた公園に、何人かの人がやってくるようになりました。そしてその人たちはやってきたときは暗い表情をしていますが、みんな幸せそうな顔になって帰っていくのです。

今日も、この不幸園に一人の幼い男の子がいました。彼は泣きはらした顔をして、ブランコに独り座っています。

「おかーさんなんてだいきらい。いつもおこってばっかり……」

小さくつぶやきながら、ブランコをこぎ始めました。そのときです。あまり強くこいだつもりはなかったのに、いきなりブランコが大きく揺れだしました。男の子が驚いて止めようとしても止まりません。まるで誰かがこいでいるみたいに、ブンブンと激しく揺れ続きます。

男の子が怖くなって泣き出しそうになったとき、目の前に見える自分のブランコの影に、少女らしき影が映っていたのに気付きました。

『叱ってくれるお母さんがいるなんて、そんな幸せなやつは許さん』

そんな幽霊の声が彼には、どこか悔しそうでぶっきらぼうでもあるけれど、とても優しいお姉ちゃんのような声に聞こえました。それを聞いたとたん、男の子は不思議と安心して、嬉しくなってきました。しまいには自分からもっとブランコの勢いをつけてけらけら笑いだしました。

男の子がブランコをこいでいると、すっかり長くなった影の向こうに、人影が現れました。その女の人は男の子を見つけて、彼の名前を呼びます。男の子はそれに気付くと、あっと声を出して、すぐにブランコを止めました。そしてブランコから降りると、自分の乗っていたブランコに向かって笑顔で手を振ってから、そのまま彼女のもとへとかけていきました。


沈みかかった夕日の光に映し出された男の子とお母さんの影が、手をつないで帰っていきます。

「ねえねえおかーさん、ぼくさっきいたずらしてもらったよ。ぼくって『フコウ』じゃないんだね」

男の子の嬉しそうな声が、あの幽霊に聞こえていたのでしょうか。男の子がいなくなった後もしばらく、すこし照れるようにブランコが揺れていました。


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