性交
第二章 3
土曜日になった。月曜の夜この部屋にシュンイチが来てから、今日で6日目になる。
昨夜はシュンイチに事件のことについて聞いてみようと思ったのに、あんなことになってしまい、失敗してしまった。
もう少し時間を置いた方が良いのだろうか。もう少し気持ちが通じるまで、でもきっと何とかしてあげなきゃ、何とか。
今日は休みだし、折角の良い天気なので、何処かへ出掛けてみたいところだけど、シュンイチは外へは出られない。なのでシュンイチの観たい映画のDVDをレンタルショップで借りて来て、家で観ようということになった。
一人で外へ出ると、シュンイチの家の前に止まっていたパトカーの姿が無くなっている。
それとなく近付いて、その家の表札を見ようとしたが、取り外されてしまったのか、表札が掛かっていたらしい跡だけが壁に残っている。
閉まっている門には『立ち入り禁止』の黄色いテープが貼り付けてある。
その上から覗き込む様にして壁の中を見ると、外された郵便受けが地面に置いてある。
人影が無いのを確かめて、そっと門を開くと身を屈めてテープを潜り、中に入って郵便受けに表示された名前を見る。
文字は薄くなっているけれど、確かに「越川康弘・詩織・俊一」と書かれている。
やっぱりこの家だったんだ……名前も本当にシュンイチだった。その家は二階建ての小じんまりした一軒家で、窓を覗いてみたが中は真っ暗で、ひっそりとしている。
商店街に入ると、駅までの何箇所かで警察官が通行人やお店の人等と話しているのを見かけた。やはり警察の捜査は続いているんだ……。
気になりつつも素知らぬ顔をして通り過ぎ、駅前にあるレンタルショップへ入る。
俊一が観たいと言った作品を探す「スパイダーマン」か「ロード・オブ・ザ・リング」のどちらか三部作の揃っている方。
まだ新しいせいか「スパイダーマン」の第三作は棚にズラリと並んでいるケースのどれもが借りられていて、空箱ばかりだった。
なので三部作が全て揃う「ロード・オブ・ザ・リング」の方を三枚借りて、観ながら食べるお菓子や飲み物と、それに夕御飯の材料も買って帰る。
帰って来てドアを開いて驚いた。中から「アハンアハン……」と言う女性がエッチしている声が聞こえて来る。アッと思って中へ入ると、俊一が戸棚に隠してあったアダルトDVDを出して見ている。隆夫が無理矢理置いていった物だ。
「コラッ、もう~何見てるのよ~」と言って慌ててプレーヤーのスイッチを切って取り出す。
「はは、エッチだなーアキコはこんなの見てんの?」と言いながら笑っている俊一の股間が膨らんでいるのを見つけてドキッとする。
「もう~子供がこんなの見てちゃダメでしょ」と誤魔化して片付ける。
「さ、早くコレ見ないと長いんだから、三本全部今日中に見られなくなっちゃうよ」
と言って借りてきた「ロード・オブ・ザ・リング」の第一作をプレーヤーに掛ける。
始まると俊一は夢中になって見ている様子だった。
評判の映画だったらしいけど、亜希子には感性がズレてしまっているのか、登場するキャラクターの誰にも共感して見ることが出来ない。それにストーリーがややこしくて分かり難いので、退屈してしまう。
それぞれが二時間を越える長い作品が三部作もあるので、二本目が終わる頃にはもう夕方になってしまった。
あまり面白いとも思えないので亜希子は夕飯の支度に取り掛かることにする。
始めてだけれど、ビーフシチューを作ってみようと思う。それに豪華なサラダも付けて。
用意が出来た時映画はまだ第三作の途中だったけど、俊一はお腹が空いたので食べたいと言うので、映画は中断して御飯を食べることにする。
始めてだったので煮込み加減とかどうかと思ったけど、どうやら美味しく出来たので良かったと思う。俊一も美味しそうに食べてくれる。
楽しそうに食べながら俊一が「ねぇねぇ」と言ってきたので「なぁに?」と聞き返すと「アキコって彼氏はいないの~?」という質問。
「へへーんだ、どうせいないわよ~」とふて腐れた様に答える。
「へぇ~でもあのDVDみたいにエッチはしたいんでしょ」と言われ、顔を赤らめて思わず「そんなこと大人に言うもんじゃないわよ!」と語気を強めてしまった。
驚いたのか俊一は「ごめんなさい」と言ってシュンとしてしまう。意外な反応に思わず可愛いと思ってしまうけど、初めて俊一に対して大人の立場を確立出来た気がして、直ぐには許してあげず、そのまま怒ったフリをしている。
シチューを食べ続けながら亜希子はむっつりして、取り繕う様に俊一が話しかけようとしても「そう」とか「そうだね」と素っ気無く答えるだけにしている。
食事が終わると黙って食器を片付けて、流しで黙々と洗い始める。
わざとガシャンガシャンと音を立てて、怒っている感情をアピールする。すると、いつの間に来たのか、後に立っていた俊一が腕を回して抱き付いて来る「ああ~もう何するのよ!」と振り払おうとするのを、尚も力を入れて縋り付いて来る。
「ねぇ、アキコ……」
「何よ!」
と語気を強めて言う。
「僕のこと好き?」
「……何よ、どうしたのよ」
素知らぬ顔をして答えながら、手を止め、振り向いて俊一を見る。
「だって、怒ってるし……」
「もう怒ってないよ」
「本当?」
少し可哀想になってしまう。
「本当だよ、大丈夫だから」
と言って再び洗い物を続けようとする。
「それなら、またこの前みたいにキスしてよ」
「えっ!」
「早くぅ」
「……」
仕方なく湯沸かし器を止めて手を振るい、顔だけを俊一に向けてチュッと軽くキスしてやる。
「そんなんじゃ嫌だ、もっといっぱいして」と服を引っ張るので、濡れた手を気にしつつ、もう一度キスしてやる。今度はちょっと長めに。
それでも俊一は「もっと、もっと……」と言って亜希子の顔に顔を押し付けて来る。
そんな俊一に少し気持ちが高ぶってしまい、俊一に身体を向けると、亜希子も反応し始めてしまう。
柔らかい唇が擦れ合い、赤ちゃんみたいな臭いがする。ムンとした自分のでない甘い温もりと共に、俊一の性が亜希子に伝わって来る。
俊一の熱い息がかかる
ふたりは結ばれたのだった……
いつまでもこうしていたいと思う。そしてこのまま二人が本当に溶け合ってしまえればいいのにと思う。
どんなにセックスをしても亜希子は妊娠しない。
もし私が普通の身体だったなら、きっと若い俊一の命を受けて当然の様に妊娠するだろう。
子宮の無い私の身体では、凄い勢いで打ち込まれた俊の命は、みんな死んでしまうんだ。でももし奇跡が起きて妊娠することが出来たなら、私は生まれて来る子供の為に命を捧げてもいい。
そしてまた考えてみる。俊君がもし自分の子供だったとしたら……私が38歳だから、俊君が17歳として、21歳の時に産んでいれば、このくらいの子がいてもおかしくはないんだ。
12年前に片方の卵巣と子宮を失ってから、私にはもう母性というものはあまり残っていないのではないかと思ってた。
でも今俊一に対するこの愛しさは、きっと母性という物ではないかと思う。そうだ、コレは母性に違いない。私にもまだしっかりあったんだ……。