引越し作戦!
第三章 1
翌日の月曜日。亜希子は家に帰ると俊と愛し合いたい気持ちを抑えて、俊に手伝って貰いながら荷造りを始めた。
荷物を詰めるダンボールは、府中からここへ引っ越して来た時に取ってあったのが役に立った。
荷物は殆ど亜希子一人の物だけなので、大した量ではない。
毎日荷造りを進めながら、大家さんに契約解除の連絡をして、郵便物の転送の手続きや電話とインターネットの移転、それに住民票の移動等、やらなければならないことは山ほどあって、その週は目が回る忙しさだった。
俊がこの部屋に侵入する時に割ったガラス窓は、引越しの準備をしていて割ってしまったことにしようと思う。その分は敷金から引かれてしまうだろうけど。
それから、まだどうするか考えあぐねている、俊を連れて行く方法。
大きな衣装箱か何かに入れて、そのまま荷物として運ぶ……なんてことも考えたけど、きっと重過ぎて引越屋さん一人では運べないだろう、私が手伝うとしても、落としたりして中に隠れていることがバレてしまうかもしれない。その方法では上手く行かない気がする。
となるとやはり別行動にして、引越屋さんが来る前に俊を家から出しておくのが良いと思う。
そして私が引越屋さんと二人で引越しを済ませた後で、誰にも見つからない様に俊をあのマンションの部屋に入れる……。
でもその為には朝このアパートを出てから検見川浜のマンションで引越が終わるまで、俊は誰にも見つからずに何処かに隠れていなければならない。
そんな場所があるだろうか。相談すると俊はとても不安そうな顔をする。でも他に良い考えは無いのだから、なんとかやるしか無い。
私が考えたのは、朝まだ暗いうちから家を出て、経堂から始発の電車に乗って新宿に行く。そして暫くは山手線に乗ってグルグル回り続ける。そして映画の上映が始まる時間になったら映画館に行って、そのまま最終回までずっと場内にいる。
映画館ならば、上映中は暗いので人から顔を見られることは無い。休憩時間に明かりが点いている間は、キャップを深く被って、本を読んでいるか寝ている振りをして俯き加減でいれば良い。
ただ、このままの姿では知人にでも会えば分かってしまうだろうから、変装した方が良いと思う。
まずイメージをがらりと変える為に髪の毛を染めて茶髪にする。耳にピアスとかするのも良いと思うけど、自分でやるのは怖くて出来そうにないのでやめる。
それに服装も、真面目に勉強ばかりしていた俊なら絶対着そうにない様な、柄のついた派手なシャツや、だぶついてわざと腰を下げて履くジーパン等も良いかもしれない。
会社の帰りに小田急線の下北沢で降りて、何件か若者向けのショップや古着屋を回り、それらしいシャツやジーパン。それにスニーカーとキャップを買って回る。俊に着せると思うと買い物は楽しい。
そして、上手く出来るかどうか自信が無かったけれど、ヘアーマニキュアを買って、やり方を出来るだけ詳しく店員に教えて貰う。
家に帰ると俊に買って来た服を着せてみせて、また悪戦しながら髪の毛を茶髪に染める。
俊の髪は綺麗な栗毛色になった。ストレートでサラサラしているので、ふと俯き加減の横顔を見ると女の子の様に見える。
金曜日までの5日間で何とか荷造りも済ませると、明日はいよいよ引越しの日になった。俊は朝の5時に家を出なければならないので早く寝ることにする。
部屋の中は積まれたダンボール箱や荷物でいっぱいになっている。その間に狭く布団を敷いて、俊と抱き合って眠る。どうか引越しが上手く行きます様に。
土曜の朝4時半に起きて、俊をまだ夜が明け切らない外へ送り出す。
部屋の電気を消したままそっとドアを開けて、辺りの様子を伺う。
隣の部屋の住人は仕事に行っているし、その向こうの部屋の窓は真っ暗で寝静まっている。
「大丈夫」
俊はジーパンに明るい色のTシャツとニットのトレーナーを着て、茶髪に染めた頭にはつばの広いキャップを被る。そして口にはマスクをして。肩にはディパック。
これならきっと俊のことを知っている人に出会っても、言葉を交わさない限り分からないだろうと思う。
肩に提げたディパックには、今日一日分の食料が入っている。
それから、もし何かあった時はすぐ連絡が取れる様に、新しく契約した携帯電話を持たせた。
「じゃあね」
「うん。気を付けてね」
「アキコも引越し頑張ってね」
無事に検見川浜のマンションで一緒に暮らせます様に……と願いながら俊の後姿を見送って、部屋に戻る。まださすがに早いのでもう少し寝ていようと思う。引越屋さんと約束した8時までにはまだ3時間もある。
ダンボール箱に囲まれた布団に横になる。7年暮らしたこの部屋とも、お別れなんだなと思う。
過ぎてしまえばアッと言う間だったけど、思えばいろんなことがあった。
何よりこの部屋に住んでいた殆どの間、私には隆夫がいた。でもそのことを思っても、今の亜希子には未練の様な物は感じられない。
7時30分にセットしておいたアラームが鳴って目を覚ます。俊は予定通り山手線の中にいるだろうか。携帯のメールを確認する。
『今無事に山手線に乗ってるよ。最初は空いてたけど段々混んで来た。ずーっと寝たフリしてるよ』
どうやら無事に電車の中にいる様だ。それでも少し心配な気持ちに駆られながら、歯を磨き、朝食に買っておいたサンドイッチを食べる。
やがて表に軽トラックが止まる音がして、ノックと共に「ごめんくださーい、引越のスガイです」と元気な声が呼び掛けて来た。
「はぁい」
とドアを開けると、派遣されて来た引越屋さんは似合わない明るい色のユニフォームを着た50歳くらいのおじさんだった。
「今日は宜しくお願いします」と帽子を取って頭を下げるおじさんに「はい、こちらこそ」と挨拶を交わすと、おじさんは慣れた手つきで荷物を運び出し始める。
荷物は洋服や様々な小物や書籍、それに食器類等が入った6個のダンボール箱と、4個あるポリエチレンの収納ケース。
大きな物は一人用の洋服ダンスと食器棚、それに運び易い様に分解しておいた組み立て式のラック。
電化製品は21インチのテレビとミニコンポのセット。電気炊飯器と電子レンジ。それに冷蔵庫と洗濯機。
重い物は二人で担ぎながら、せっせとホロが付いた軽トラックの荷台に運んで行く。
1時間も掛からずに全部運び込んでしまい、今から出発すればお昼頃には向こうへ到着することが出来そうだった。
荷物の無くなった部屋の中を見ると、こんなにもちっぽけだったのかと思う。ここにあった7年間の暮らしは、瞬く間に霞の様に消えてしまった。
しばし佇んでから、部屋を出て軽トラックの助手席に乗る。
「それじゃ、行きましょうか」とおじさんはエンジンを掛けてトラックを発進させる。
そっと携帯を開いてメールを見る。
『映画館に入ったよーお客さん僕入れて5人くらいしかいないよー朝だからかな』
予定通り映画館にいる。あんまり観客が少ないというのは心配だけれど。次の回になればきっと人も増えるだろう。
『なるべく目立たない様に気を付けてね。こっちも順調だから、辛抱強くしてるんだよ』
と返信する。大丈夫、きっと上手く行く。と悲観的な想像はしない様にして携帯を閉じる。
軽トラックは世田谷通りを左折して、三軒茶屋から首都高速に乗る。一ノ橋ジャンクションと浜崎橋ジャンクションを経由して、レインボーブリッジを渡り、湾岸線を走って行く。
過ぎて行く海を眺めていると、自分がしていることは何だろう……という思いが沸き上がってくる。まるで止めることが出来ない滑り台を降り始めてしまった様な感じだ。
でもこの先に待っている物が何なのかということに恐れを抱いてはいなかった。自棄になっているつもりもない。行くところまで行ってやれという開き直りとも違う。
自分にも説明することは出来ないけれど、止めることは出来ないと思う。
一方で僅かに残っている冷静な亜希子は思う。せめて俊のお父さんにだけは、俊が無事に生きていることを伝えておいた方が良いのではないか。まだ俊がいる場所や私のことは秘密にしておくとしても……。
やがて高速道路は京葉線の線路と平行して走り出し、葛西臨海公園とディズニーランドを横目に過ぎて、習志野インターチェンジを降りる。
そして新興住宅地の建ち並ぶマンションの中を走り始める。
広い車道を快調に走り、検見川浜駅から程近いそのマンションへ着いた。
おじさんは手際よく荷物を台車に乗せてはエレベーターで5階まで上がり、部屋に荷物を運び込んで行く。
冷蔵庫や食器棚等は間取り図で決めておいた場所に置いて貰う。
亜希子も手伝って、1時間くらいで全ての荷物を運び込んでしまう。
伝票にサインして料金を支払うと「それじゃ、ありがとうございました」と頭を下げておじさんは帰って行った。
時間はまだ1時半だった。こんなに早く終わるなんて。
携帯電話を出して見ると、俊からの新しいメールが入っている。
『一回目が終わったら沢山人が入って来たよ。今から2回目たけど、面白かったからもう一度観ても退屈しないかも、良かった♪』
ホッと笑顔になって返信を打つ。
『私も無事に着いたよ、荷物を運び入れて、ひとりで整理してるところだよ』
あとは俊が誰にも見られずにこの部屋に入ることが出来れば成功だ。
俊には最終回が終わるまで映画館の中にいて、検見川浜駅に着くのは終電近くになる様にと言ってある。
早く俊の顔を見たいのはやまやまだけれど、ここで焦って計画が失敗してしまっては元も子もない。
逸る気持ちを抑えながら、運び込んだダンボールを開梱して、家財道具を出して片付けていく。細々とした食器や調味料等を食器棚や冷蔵庫に入れて行く。
六畳間には造り付けの押入れがあるので、上の段に布団を仕舞い、下の段には衣装ケースを入れる。
この前俊が引っ張り出した画材等が入っているダンボールは、経堂の部屋でも殆ど押し入れに入れっぱなしだったので、そのまま押入れに入れる。
窓の無い四畳半の板の間は、昼間俊が一人でいる部屋にするつもりなので、小さなテーブルや椅子等を買ってあげようと思う。
そういえばお昼を食べていないと思い、何か買いに行こうと家を出る。
ドアを閉めて鍵を掛け、外に面した廊下を歩き始めると、ちょうどエレベーターから降りた買い物袋を提げたおばさんが、こちらへ歩いて来るところだった。
「こんにちは」と声を掛けられて亜希子はぎこちなく「どうも……」と返事をして会釈する。
通り過ぎた後、暫くしてそっと振り返って見ると、そのおばさんは亜希子の部屋の3つ向こうのドアを開けて入るところだった。
昔は引越しをすれば両隣やご近所に菓子折り等を持って挨拶に回ったものだけど、今はそういうご近所付き合いは一般的にもあまりしないで済ます人が増えているという。
亜希子はこのマンションで一人暮らしという体裁なのだから、下手に親しくなって家を訪ねられたりしたらまずいことになる。
近所付き合いはなるべくしない方が良い。その為には孤独を愛する女でも演じていればいいのだ。
マンションの敷地から広い道に出ると、遠くに京葉線の高架が見える。
その方向へ7~8分歩くと駅だった。駅までの時間は経堂にいた頃とそう変わらない。
土曜のせいか駅前に来ると結構人が出ている。子供を連れた家族連れやカップル、若い人たちもいる。
殆どの人はきっとこの辺りに住んでいる人なのだろう「……これから私も、この街に住むことになりました。宜しくお願いしま~す……」と心の中で言ってみる。
スーパーに入り、簡単なオニギリと唐揚げの入ったパックと、ペットボトルのウーロン茶を買う。
マンションへブラブラ歩いて戻りながら、あの人たちの中で、私の姿はどんな風に映ったのだろう……と考えてみる。
きっと主婦には見えないだろうし、カッコ良いキャリアOLという訳にもいかないだろう。一人暮らしの寂しいOL? 単なる売れ残り? 行かず後家? 今はそんな言い方はしないのかな、寂しい女? というより、そもそも私のことなんか誰も見ちゃいないだろう。でもその方が良いんだ。何しろ目立たない方が良いのだから。
大方部屋の片付けも一段落して、外はもうすっかり暗くなっている。
携帯を見ると俊からのメールが届いている。
『ヤッホー! また同じ映画観るの嫌だから~今二つ目の映画館にいるよ。チケット売り場はガラスで仕切られてたから、顔もそんなに見られなかったから大丈夫だよ。コレの二回目が終わったら映画館から脱出するよ』
映画館を移ったって? もう、危ないことするんだから……。でも一日中同じ映画を4回も観てちゃ嫌にもなるか、無事だったのなら良いか。と思い直して返信する。
『こっちも順調だよ! 俊の部屋とか早く見せたいよ。検見川浜駅に着いたらメールしてね』
俊からのメールが来ていたのは7時23分だった。映画の最終回が始まる前の休憩時間だったのだろう。
映画が2時間くらいなら終わるのは9時半頃だ。それから新宿で中央線に乗り、東京駅で京葉線に乗り継いでここまで来るのに1時間半くらいはかかるだろう。だとすれば検見川浜に着くのは11時半くらいだろうか。
俊がこの部屋に入るところを誰にも見られてはならない。本当はもっと遅い時間、それこそ深夜の3時や4時頃の方が確実ではないかと思うけど、電車も走っていないそんな時間まで俊が待っていられる場所は無い。
もう引越し屋さんもいないし、誰にも見られる心配はないので、メールが着たら着信音が鳴る様に携帯を設定する。
テレビを点けて、チャンネルをパチパチと変えながらニュース番組等を見てみるが、俊の事件についての報道は無い。
いよいよ俊を迎える時間が近くなって、そわそわし始めると、ピピッ……とメールの着信音が鳴った。画面を開く。
『今新宿駅で電車に乗るところだよ、東京駅で乗り換える時またメールするね』
あと1時間半くらいで俊が来る。
それから1時間が過ぎると、家を出て駅へと向かう。
駅前のコンビニに入って週刊誌を立ち読みしながら連絡を待つ。
まだかまだかとそわそわしていると、11時20分になって携帯がメールの着信を告げるバイブレーションを起こした。
サッと出して見る『今駅に着いたよ』。
読みかけの週刊誌をレジに持って行き、お金を払うと外へ出る。何も買わずに出たのでは、立ち読みばかりして買わない人、と言う印象が残ってしまうかもしれないから。とにかく誰の印象にも残りたくない。
コンビニを出て小走りに駅へ向かう。京葉線の駅は高架になっており、改札はホームから階段を降りたところに広く作られている。
ホームに電車が入って来た音がする。
俊の携帯番号をプッシュする。ここまで来ればメールではなく、話をした方が早い。
「もしもし、俊? 何処にいるの? 私も駅に来てるよ、今改札の前」
『はいはい、僕も今ホームから階段を降りてるところだよ……』
改札の側へ来て俊の姿を探す。階段から降りてくるまばらな人影の中に、こちらに向かって手を振っているキャップを被った今時の若者然とした姿があった。
俊……間違いない、今朝経堂のアパートから、まだ夜が明けきらない暗い街の中へ、手を振って歩いて行った俊が、今ここに来た。無事に来た。
自動改札機に切符を入れて出てきた俊と並んで歩く。こんな風に外を並んで歩くのは始めてだった。嬉しい様な、照れてしまう様な感じがする。歩いていても水の中でつかむところもなく浮遊している様な、心元ない感じがする。
俊はキャップは被っているけれど、マスクはしていない。交番は駅の向こう側にしかないので、警察官に出くわすことはないかもしれないけど、ちょっと心配になって辺りを警戒しながら俊の少し前を歩く。
「大丈夫だよ、新宿にいても映画館の中も誰も僕の顔見る人なんていなかったよ」
今日一日無事に過ごして来たことで自信を持ったのか、私が警戒しすぎるという様に、余裕のあることを言う。
「何言ってんのよ、どれだけ心配したと思ってるのよ」
辺りをはばかって小声で、でも厳しい顔をして言うと。
「うん、ごめん」
と黙ってしまう。まだ安心なんてしてられない。私はここで一人暮らしを始めるという体裁なのだから、男の子と一緒に歩いているところを思わぬ知人にでも見られたら大変だ。
知った人に見つからずにマンションまで歩いて行って。そこから5階の部屋までは、他の住人にも見られずに俊を部屋の中に入れなければならない。
駅から離れると途端に暗い道になり、歩いている人も少なくなる。
マンションに着くと、エレベーターを使うのは危険だと思ったので、脇に付いている外階段から5階まで登ろうと思う。
まず亜希子が登って、階段や廊下に誰も人がいないことを確認したら上から合図する。そうしたら登って来るようにと打ち合わせする。
時間は11時40分。さすがにまだ窓に明かりの点いている家が多いけど、エレベーターホールや各階の廊下はひっそりとして人影は無い。
亜希子はゆっくりと足音を忍ばせて5階まで登ると、息を弾ませながら踊り場の縁から身を乗り出して、下から見上げている俊に手を振って合図する。
すると俊の姿が中へ消える。階段を登り始めたのだろう。
亜希子は俊がここまで登ってくる間、誰にも見つかりません様にと願いながら、階段や廊下の物音に耳を澄ませている。
無事に俊が登って来た。まずは一息つく。今度はまっすぐな廊下を歩いて、部屋の前まで辿り着き、ドアの中へ入ってしまわなければならない。
亜希子が先に行き、ドアを開けたらそのままの状態で待っている。そこへ俊が後から足音を忍ばせて向かうことにする。
部屋は外階段のある一番端から数えて6番目のドアだ。先に亜希子がそっと廊下を歩いて部屋へと向かう。
ドアの前まで来ると鍵穴にそ~っと鍵を差し込んで、ゆっくりと回す。カチャッと小さく音がしてロックが解ける。ノブを回してドアを開く。少しだけキーッと軋む音が響く。
向こうの端まで見渡せる廊下に人影は無い。ドアを開いたまま俊が待っている外階段の方へ手を振って合図する。
背中を屈めて忍者の様な格好でスタスタと俊が足早にやって来る。
思わず吹き出しそうになりながら、それでも真剣な俊の顔を見て笑いを堪える。
開いたドアの中に俊を入れて、そのまま自分も入ってドアを閉める。
鍵を閉めて、その上チェーンロックまでガチャリと掛ける。
玄関脇のスイッチを入れて電気を点けると、部屋の中に立った俊が亜希子を見ている。
「成功?」
「うん、俊は? 本当に誰にもヘンな目で見られたりしなかった?」
「うん」
「そう……上手く行ったね」
「うん」
と言うと俊は顔を崩して嬉しそうに笑った。その途端緊張が解けて亜希子も笑顔になる。
もう大丈夫だ。あまり大きな声を立ててはならないと思いつつ、目尻から涙を流して、二人してヒーヒーと笑う。
「良かったね、俊、上手く行った上手く行った……」
小声で囁きながら抱き締めて、今日から暮らす新居で始めてのキスをする。
まだ荷物も片付け終わっていない畳の上で、布団を出すのももどかしく、そのまま縺れ合った。