傘化け
ある日高校からの帰り道。
今日はいつも通る道とは違う自宅へは遠回りである道を歩いている。
早く帰りたいという気持ちはとても強い。
ただでさえ自身の髪や瞳の色は目立ち、目を引く存在になっているのだ。
人からの視線が痛いほど自身注がれる。
「気にするな俺。これには正当な理由があるのだから耐えろ」
心の中の声を押し殺しながらもその道を行く。
その先には赤い番傘をさした老婆がゆっくりと歩いている。
日傘として使い、散歩でもしているのだろう。
こんな光景はどこにでもある。
だが、問題は老婆が使っている番傘にある。
アレに気づかないで使ってるのかを突き止めなくては
一縷が遠回りをして帰る理由。
それは老婆の番傘を追いかけているからだ。
ただの人から見ればそれは真っ赤なただの番傘だ。
だが、一縷には違う姿が見えていた。
番傘には大きな一つ目に、大きな口から出された長い舌。
それが気持ち良さそうに老婆に持たれ、揺られている。
老婆の持つそれはただの番傘ではなく「傘化け」という妖怪だったのだ。
それでも突然老婆に「あなたが今持ってる傘は妖怪だよ」だなんて言えない。
笑って「冗談はよしなさい」とか「馬鹿馬鹿しい」と言われるに決まっている。
それに俺の姿を見て怯えてしまうかもしれない。
そんなことを考えているうちに老婆は傘化けと共に一軒の家に入っていった。
どうやら自宅のようだ。
これではもう傘化けを捕まえるどころか話しかけることすらできない。
「あーあ、仕方ないか…」
もっと早く行動を起こせばよかったと軽く後悔しながらも身を翻した。
前を向いたその先には釘バットを持った見覚えのある姿がこちらを睨みつけていた。
「いつもの通学路で待ち伏せていたのに、来ないと思えば…老婆をストーカーか、変態鬼!」
「それは誤解だ正一!おまえも見ただろ、あの傘化けを!!」
「黙れ変態鬼!今日こそ祓ってやる…!!」
「その呼び方はやめろ!って、うわあああああ!」
釘バットを振りかざし、鬼のような形相で正一は一縷を追いかける。
逆鬼ごっこの始まりだ。
********
「はぁ…やっと撒いたか」
息切れしながらも我が家の玄関に入りしゃがみ込んだ。
さすがの一縷でも正一の持つあの札付き釘バットで殴りかかられたらただじゃ済まない。
鬼は人間よりも遥かに強く、並大抵の攻撃ではびくともしないはずだが、正一の釘バットには釘だけでなく、術の施された札が貼ってある。
その為、鬼である一縷でもダメージを負ってしまう。
だから全速力で逃げてきた。
「くそ、正一の奴め…本気で追いかけてきやがった」
青ざめた顔をしながらも深呼吸をして息を整える。
今は傘化けをなんとかしなくてはならないため、正一に構っている暇は無いのだ。
「とにかく、あの傘化けをどうにかしねぇとな…」
あの傘化けは悪さをしている訳ではないが人間と妖怪、霊との共存は難しい。
それを知っているからこそあの老婆の所にいる傘化けを剥がそうとしている。
傘化けを放っておくことで老婆に何かしらの被害が及んだ場合には、この地域の妖怪や霊のことを任されている自分に責任が問われるのだ。
ああ、責任…お金が…
「なんとしてでも傘化けを婆さんの所から剥がす!絶対にだ!」
**********
翌日、老婆の家から一番近い電柱影にて
「よし、行けっ!ぽん!」
「ラジャー!」
元気よく返事をした化けたぬきは犬の姿へと変化し、老婆の家の戸をそっと開ける。
自分が乗り込んだ場合は犯罪になる。
そんな時はこれ、動物のせいにする!これ完璧!
犬の姿になったぽんが戸を開けると傘入れの中にあの番傘、傘化けの姿があった。
「やい、傘化け!僕と一緒に来てもらうぞ!」
「……ぐぅ、ぐぅ」
寝ているだとー!
いや、かえって好都合だ!
ぽんはそっと傘化けを横にして咥え、戸から出ようとした。
できるだけそっと、静かに。
ガッ!!
あれ?おかしいな~?
傘化けが戸につっかえて通れなくなった、
それもそのはず。
ぽんはこの家に入る時に自分の体が通るほどしか戸を開けていない。
傘化けを横にして咥えている時点で通れないことは確定していた。
馬鹿なことをした。
「通れない!こうなったらゴリ押しだ!」
力いっぱい傘化けを押し付ける。
「あィだだだだだだ!!やめちくれ!!折れちまうよおおおおうがああああ!!!」
「うおぉー!とーおーれーー!!」
「ぎゃああいああああ!!」
流石に傘化けも目を覚まし戸につっかえ折れてしまいそうな程の激痛に耐えている。
その様子を外から見ていた一縷は呆れながらももどかしい気持ちでいっぱいだった。
くそ…我慢できん!
「ああもう!頭使えよ!静かにしろよ、バレるだろ!!もっと慎重に行動しろッ!!」
大声を出してその家の前にまでぽんを迎えに行ってしまっのだ。
やっちまった。
そしてら家の中から声がした。
「あらまぁ、これはどういう状況かしら…?」
自分の番傘を咥えながら玄関の戸につっかえる犬、そしてその犬に外から指示を出している地元ではまあまあ有名な鬼。
まずい、バレた。
**********
「あらあら、そういう事なら直接言ってくれてもいいのに~」
老婆はニコニコしながら狸の姿に戻ったぽんを膝に乗せて撫でていた。
ぽんもそれが気持ちいいのか目を細くしてうっとりとしている。
自宅にある傘を盗まれそうになっていたというのに「この傘に何かあったの?」と優しく問いかけることしかしなかった老婆に一縷達は安堵した。
事情をゆっくりと説明し、老婆の持つ番傘が傘化けという妖怪であることを伝えた。
老婆は驚いたという顔はしたものの、慌てることもせずにまた笑顔で話し始めた。
「この傘はね、昔…結婚する前に夫から借りていた傘なの。ずーっと借りたまんま!それがまさか…妖怪だったなんてねぇ、ふふっ」
傘化けは申し訳なさそうに目を伏せる。
「正体がバレてしまった以上、この家にはいられない」
「どうしてなの?」
老婆は不思議そうな目で傘化けを見つめた。
何故この家にいられなくなるのかと問うように見つめていると傘化けは小さな声で話し始めた。
「最近の人達ゃ妖怪を嫌うからなぁ…。俺もどうせ嫌われんだべ…?」
…
短い沈黙の後、老婆はまた笑い出した。
「ふっ、ふふっ」
「ウチは何かおかしい事言ったかね…?」
流石の傘化けも老婆が笑い出した事に驚いてしまった。
ずっと使っていた番傘が妖怪であったという事に恐怖を感じないなんておかしい、そう思っていた。
「人に嫌われることが嫌な妖怪なんて可愛いじゃないの。滅多に見れないはずの妖怪に出会えるなんて幸運じゃない。…残り少ない人生だけど、最期まで貴方を使わせてくれる?」
老婆は傘化けから離れず最期まで一緒にいようとした。
自分が死ぬ時まで傘化けを番傘として持ち歩こうと言うのだ。
さすがの一縷もこれでは手は出せない。
「また一緒に散歩してもいいんかい…?花見をしてもいいんかい…?」
大きな一つ目から大粒涙が雨のように流れる。
「また散歩して桜を見に行きましょう。そこでのんびりとお茶でもしましょうか。あと…貴方の名前を教えてくれないかしら?」
涙でいっぱいの番傘、傘化けは満面の笑みで応えた。
「ウチの名前は〈すすろ〉!すすろだ!!」
一縷は老婆すすろに一つ約束をしてその家を去った。
**********
桜は全て散り、梅雨へと変わろうとする頃、一縷の元に一つの報せが来た。
例の傘化けと生活を共にしてきた老婆が亡くなったとのことだ。
報せを受け取った一縷は静かに老婆が住んでいた家の前に立った。
家の中には親族と思われる人達が集まって白い棺を囲み泣いていた。
そして、あの傘化けは静かに一縷の前に佇んでいた。
「…楽しかったか?」
「桜、とっても綺麗でさぁ、団子も美味かったんでなぁ…サヨナラも言えたさ」
一縷の静かな問いに窓に写る白い棺を見ながらゆっくりと答えた。
「でも、寂しいなぁ…!」
雨は降っていないのにすすろは濡れていた。
老婆が若い頃からずっと共に生活していた彼は本当に寂しいと思ったのだろう。
寿命の違い故に仕方のない事であるが、それでも彼は辛いのだろう。
「約束、守ってくれるんかい…?」
「ああ、勿論だ。」
約束。
一縷は老婆が亡くなった後のことを気にしていた。
老婆がいなくなる事によってすすろが悪さをする妖怪になっては困るからだ。
だから約束をした。
『全部終わったら俺の所に来てくれないか?家が広すぎる割に俺と化け狸しかいないから寂しいんだ』
すすろは老婆の家に一礼した。
何か吹っ切れたかのように一縷の方を向くと肩の高さにまで飛び跳ねた。
飛び跳ねたすすろを掴み、すすろの傘を開いて肩にかけた。
「改めて、傘化けのすすろと申す!そろそろ名前をおしえてくれるかい、旦那?」
背後の傘から明るい声が飛びだした。
一縷はゆっくりと老婆の家に背を向け、歩き出す。
「俺は鬼、字裡一縷だ」
「よろしくしてなぁ、一縷の旦那!」
一つ目に大きな口のついた赤い傘化け。
彼は鬼である一縷の2番目の子分となった。




