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其の3

 私は鈴音と二人で近くのスーパーに夕飯を作る為の食料を買いにやって来ました。

 美夏ちゃんは一度自宅に戻り、宿泊用の荷物をまとめてから鈴音の家に来る手筈になっています。

 食材を買ってスーパーから出る頃は空も夕焼けに染まり、辺りが暗くなるのもそう遠くないと言った時間帯でした。

「ずいぶんと食材を買ったけど、こんなに必要だった?」

 私は食材の入ったスーパーの袋を手に下げて鈴音に言った。

「もちろん! 暫く一緒に生活するわけだから沢山買っておかないとです」

「言っておくけど、おじさまとおばさまが帰ってくるまでだからねっ!」

「えー!? おねえさまだったら、ずっと一緒でも鈴音は構いませんよ?」

「『えー!?』って何よ? 家が隣どうしなんだから、そんな必要無いでしょ! 意味分かんないわよ」

「ぶー……そんなに嫌がることないのに」

 そんな他愛ない会話を続けながら私達は歩き続けました。

 けれどその時、鈴音の様子が変わりました。何かをジッと見詰めるように前方を見ています。心なしか怯えて震えているようにも見えました。

「ん? どうしたの鈴音……?」

「お、おねえさま……あれ……柱の陰に、昼間見た『アヤコさん』の姿が……」

「なんですって―!?」

 私は彼女の視線の先に目を凝らします。けれど、彼女が言うような人の姿など何処にもありません。

「――? 何も見えないよ?」

「おねえさま……私、怖い……」

 彼女は私の陰に隠れ震えています。その様子から決して嘘や冗談などでないことが分かります。

「鈴音こっちよ、来て!!」

私は彼女の手を引っ張って十字路を左に曲がりました。帰り道を迂回する形になりますが、そのまま進むことに危機感を抱いたからです。

 なるべく人通りの多い道を選び、それが功を奏したのか、どうにか彼女の家まで無事に辿り着くことができました。

 恐がりの彼女が見た幻想であったのかもしれません。ですが、私は家の中に入り、何事もなく帰ってこられた事にホッと一安心したのです。

 そこで、私達は自宅に荷物を取りに戻った美夏ちゃんと合流し、先程起こった出来事を話したのです。

「え――っ!? 本当ですかソレ!! かぁー、私も一緒に行けば良かったなぁ……」

「美夏ちゃん……残念そうね……」

 彼女は本心で悔しがっています。その理解し難い思考パターンに私と鈴音の二人は引きぎみです。

「でもさぁ、変だと思いませんか、桜井先輩?」

「えっ、何が?」

「だって鈴音が見たのが『アヤコさん』なら、何で交差点じゃなかったんでしょう? こんなケース初めてですよ」

「う――ん……私に聞かれても分かんないわよ。もしかして、鈴音が見た物は怖いと思う心が創りだした幻覚かもしれないし」

「明日奈おねぇさま、あれは絶対に幻覚や見間違いなんかじゃないです! あれは……」

 鈴音は少し興奮気味に話す。でも、私は彼女の言葉を手で遮り、諭すようにこう言った。

「いい鈴音、気の所為だと思うことが大切なの! 何かの身間違いだと思うことで恐怖は薄まり、やがて消えていくから。いつまでも幽霊に怯えてビクビクしてられないでしょ!」

「そうですね……嫌な事は早く忘れたいですね……」

 鈴音は弱々しく笑う。だが、少し無理をしているのが見て取れて辛い。

「大丈夫よ! その為に桜井先輩も私も鈴音の家に泊まりに来たんだから! 今晩はパァーッと騒いで、嫌な事なんて忘れちゃおー!!」

「美夏ちゃん……」

「そうそう! こういう場合は騒いで忘れるのが一番よ!」

「はい! 鈴音はもう大丈夫です。ありがとう、二人とも……」


 鈴音が落ち着いたところで、私達は三人で夕食の準備にとりかかりました。

 外もだいぶ暗くなった頃、玄関で扉のノブをガチャガチャと回す音が響きました。鈴音の兄である真一が帰って来たのです。

「ただいまー! おっ、良い匂いだな、今夜はカレーか!?」

 彼はキッチンの引き戸を開けて顔をヒョイと覗かせました。

「真一、帰って来たのね」

 家が隣同士ということもあり私と彼は昔からの顔馴染みです。私達は歳も一緒で、同じ中学校のクラスメイトだったこともありました。

「なんだ、桜井も来てたのか。それと鈴音の友達の……」

「あっ、小森美夏です。おじゃましています」

 美夏ちゃんは軽く会釈をした。

「おにいちゃん! 玄関の鍵をちゃんと閉めてくれた!?」

「大丈夫、ちゃんと閉めたよ」

 彼はそう言い終るとキッチンの引き戸を閉めて、自分の部屋がある二階へと上がって行きました。


 やがて時間は過ぎ、就寝する時間が近付きます。

 鈴音の部屋で三人が寝るには狭いという理由から、私達三人は一階の居間に布団を敷いて眠ることにしました。

 部屋に布団を三つ並べ、恐がりの鈴音は真ん中で、その両端を私と美夏ちゃんで固めるという形です。

 横になりながらも暫くの間、私達は会話を楽しんでいました。ですが、さすがに時計が12時を過ぎた辺りで私達は眠気に誘われるように就寝したのです。

それから少しして、私は体を揺り動かされて目を覚ましたのです。

「うーーん、何よ……まだ夜中でしょ?」

 眠い目を擦りながら時計を見ると、まだ深夜の一時五十分でした。

「おねぇさま、シーーーッ!! 声を立てないで!」

 鈴音が声を抑えて低い声で言った。

「うーー、何よ……こんな時間に……」

「庭から物音がするんです……誰かが歩いているような……」

「ん、音……?」

 私は耳を澄ましてみました。

「美夏ちゃんも起きて! お願いっ!!」

 彼女は美夏ちゃんの体を揺すって無理やり起こします。

「ムニャムニャ……もう食べられません……」

「ちょっと! ベタな寝言はいいから、目を覚ましてよぉー」

「あ……何? どうかした……?」

「シーーーッ!! 庭に誰か居るのよ!」

「庭……? 居る?」

 私達は息を潜めジッとしていると――

『ジャリ…………』

 それは小石などを踏み締めるような音。何かは分かりませんが、確実に何かが居ます。

「ひぃ! 今の音は!?」

 美夏ちゃんもやっと事態を把握したようです。そして、少しの間を置いてまた音が――

『ジャリ…………』

「居るわね……それも猫や犬よりも大きなもの……ドロボウ!?」

 庭から何かの気配を感じます。ですが、それはゆっくりとしたテンポで一歩ずつ移動しています。

 動物の足音という感じではなく、誰かが忍び足で歩いているようでした。だから、その時はドロボウだと思ったのです。

「ひぇー、何、何、何ぃー?」

「ふぇーん……何の音なのよォー?」

 鈴音と美夏ちゃんが手に手を取って震えています。

 私は息を殺して庭の物音を探りました――

 それは庭を横に移動したらまた元の位置に戻り、行ったり来たりを二度三度繰り返します。まるで家の入り口を探しているかのようでした。 

 けれど、その足音は暫くしたら庭から離れていきます。

「……諦めた?」

 少し安心しました。相手は家への侵入口が見つからず諦めて帰ったと思ったからです。

 けれど――

『ガチャ…………』

 玄関の扉のノブを回す音が響いたのです。

 それは去ったのではなく、玄関に移動していたのでした。

「いけない!!」

 それがもし泥棒なら、部屋の灯りをつけ家人が起きていることを知らせれば逃げていくだろうと思い、私は布団を捲り上げ起き上がろうとしました。

 しかし、次の瞬間――

『ギシッ……』

 床の軋む音――誰かが玄関から上がった音がしたのです。

 布団を捲り上げたまま、私の体は硬直し動けなくなりました。

 何が起きたのか理解できません。玄関の扉が開く音はしなかったのに、なぜかその者は家の中に上がって来たのです。

『ギシッ……』

 床が軋しむ音がこちらに近付きます。

 私は首を動かし横を向くと、鈴音と美夏ちゃんの二人が抱き合って震えている姿が目に入りました。

『ギシッ……』

 足音がまた一歩――非常にゆっくりではあるけれど確実にこちらに向かっていました。

 玄関から居間に続く廊下を何者かが歩いている。それを知ると同時に緊張による嫌な汗が頬を流れ落ちます。

『ギシッ……』

 足音は居間の入り口付近で止まりました。

その何者かは部屋の襖を隔てて廊下側に立っているのです。

 私は恐怖により頭の中が真っ白になり、この場でどう対処すべきなのかを考える事が出来ません。

 すると襖が音も無くスッと開きました。

 開いた凡そ15センチ程度の隙間からヌッと覗く人影――

 黒い影のようなシルエットに目だけがギラギラと光り輝いていました。それを例えるなら暗闇の中で光り輝く野生動物のような目です。

 これを見た瞬間、私は全てを理解しました。目の前に居る何かは、この世の者ではない化け物なのだと――

 その化け物に睨まれているからなのか、私は体を動かすことが出来ません。

何か強い力で押さえつけられているかのように体が動かない。たぶん、これが金縛りと言うものなのでしょう。力で抗ってもせいぜい身悶えるくらいがやっとなのです。

 私は大きな声を出して二階の自分の部屋で寝ている真一を呼ぼうと思いましたが、声が出ません。恐怖の為、声が擦れて声にならないのです。

 すると、廊下に居る化け物は15センチ程度の隙間から細長い白い手をスッと部屋の中に入れてきました。

 恐怖は極限状態です――

 その時、私の横でドサッと何かが倒れる音がしました。抱き合って震えていた二人が気を失って倒れる音です。

 なぜだかは分かりませんが、この時、体が楽になったのを感じました。金縛りが解けたのです。

 それと同時に怒りが湧いてきました。理不尽に怖い目に会わされた事と、かわいい後輩の二人を守らねばならないという思いから私は声を荒げて叫んだのです。

「こっちに来るな化け物!! ここはお前みたいな奴が来ていい所じゃない!!!」

 すると、その化け物は細長い白い手をゆっくりと引っ込め、自分自身もスーッと消えていったのでした。

「……消えた? ハァーッ、良かったぁー」

 私は安堵のため息を漏らし、その場にへたり込んだ。

 すると階段から足音が響き、誰かが下に降りて来た。それは私の叫び声を聞いて目を覚ました真一でした。

「ん~、何だよ今の声は……桜井の声か? こんな時間に近所迷惑な奴だなぁ……」

「遅い…………」

「へっ?」 

 真一は私の言葉の意味を飲み込めず目を丸くしていました。

「来るのが遅いって言っているのよ、この役立たず!!!」

 深夜の町に私の怒鳴り声が再び響き渡った。


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