其の2
その後、私と鈴音は彼女の家へと場所を移し、電話で美夏ちゃんと連絡を取り、彼女にも鈴音の家に来てもらいました。
「ねぇ、本当にアヤコさんを見たの!?」
玄関先で私達の顔を見るなり発した言葉がそれでした。いつもより幾分かテンションが上がってます。
「まぁ……とりあえず上がって! その話は鈴音の部屋でね……」
鈴音の怯え方は尋常ではなかったのです。普段から怖いものが苦手な彼女だったので、その心中は察するに余りあります。
まず、私は彼女を落ち着かせることにしました。
「大丈夫だよ! 仮に鈴音が見たのが都市伝説のアヤコさんだったとしても、連れて行かれなかった訳だし、もう終わったのよ、気にする必要なんて無いのよ!」
「……本当に? もう平気なの?」
いつもの元気さが微塵も感じられない。かわいそうに、余程怖い思いをしたに違いない。
「ねぇねぇ! アヤコさんてどんな顔してた?詳しい話しを聞かせてよ!」
「美夏ちゃん……」
彼女も悪い子じゃないんだけど、どうも好奇心には勝てないようで。言うなれば、自分の欲望に正直に生きている的な……
「ありがとう、おねぇさま……もう大丈夫です」
「ホント? 少し顔色悪いけど……」
「ええ……さっきまで体の震えがとまらなかったけど、おねぇさまと美夏ちゃんが一緒に居てくれるおかげで今は大丈夫」
「本当に?」
「うん。それに……二人には何があったのか知って貰いたくて……」
「そう言うことなら聞くとしますか」
「待ってました鈴音さまっ!!」
美夏ちゃんの目が輝いていたのは言うまでもない。
「あれは、美夏ちゃんと別れて一人で家に向かっていて……それから――」
彼女の話はこうでした――
交差点の信号が赤に変わり、彼女は立ち止まりました。
何の変哲もない交差点、特に異変とかも無く、学校での怪談のこともすっかり忘れていたそうです。
周囲は数人の大人達、信号が青に変わると皆一斉に歩き始めます。
道路の反対側からも数人の人達が歩いて来ます。
その中で、彼女は自分に向けられている視線に気が付いたそうです。
背筋に走る悪寒――彼女の対面している人影の中から現れた一人の少女。
歳は自分と同じか少し下くらい――
顔は前髪に隠れてよく見えなかったけれど、口元でそれが笑っていることが分かりました。
彼女は恐怖で凍りつき、一歩も前へ進めません。
その時、彼女の脳裏に浮かぶある記憶、『交差点のアヤコさん』――
彼女はそれに違いないと直感しました。
けれど体は恐怖で動かず逃げることが出来ません。「もう駄目だ!!」と思った時に自分の名を呼ぶ声が響きました。
それが私の声だったのです。
周囲の凍りついた空気は一瞬で元に戻り、目の前で不気味に笑う少女の姿は消えていたそうです。
確たる証拠は無いのですが、その消えた少女はアヤコさんに違いないと彼女は言うのです。
もちろん、私は何かの見間違いだと思うのですが、彼女の怯え方は普通ではありません。 ひょっとすると心霊現象というのは存在するのかと考えさせられる出来事でした。
「凄い!! 凄いよ鈴音! 『アヤコさん』は実在したんだ。これは早速ツイッターで世間に広めないと!!」
美夏ちゃんの目はキラキラと輝いていた。想像どおりのリアクションだった……
「美夏ちゃん、酷いよぉー! 私は怖い目に会ったんだからねっ!!」
「あははは……ごめん、ごめん。でも、桜井先輩の言うとおり終わった事なんでしょ? もう、ビクビク怯える必要なんて無いよ」
「それでも私は怖いの!! 特に今晩は私と馬鹿アニキの二人しか家に居ないんだからっ!」
それを聞いて私は思い出した。隣の家は夫婦で旅行に出掛けると母親が羨ましそうに話をしていたのである。
「あっ、そうか! おじさまとおばさまは旅行に出かけたんだよね」
「そうなんですよ、おねぇさま!! こんな時なのに、二人だけで三泊四日の旅行に行っているんですよ? 信じられますか!?」
「はははっ……それは、それは……」
「そこで、一つ提案があります――」
鈴音は真剣な顔で言葉を続ける。
「両親が不在の間、おねぇさまと美夏ちゃんの二人は私の部屋に泊まって貰います!」
「えーっ!?」
「これはお願いではありません。決定事項なのです!」
鈴音は有無を言わせない表情で言った。
「そんなー、私達に拒否権は無いのかいっ!!」
美夏ちゃんは食い下がるが鈴音も譲る気は無い。
「私は美夏ちゃんの為に怖い話しをしました。だから今度は美夏ちゃんが私のお願いを聞く番です」
「うー、そりゃ、話しを聞かせてとは言ったけどさ……」
「人が何かを得ようとすれば同等の代価は必要なのです。これは等価交換です!」
「はー、分かった……泣く子と鈴音には勝てないか……」
「明日奈おねぇさまも泊まってくれますよね?」
鈴音はこちらに振り向きジッと私の目を見詰める。
「はいはい、私は大丈夫よ、家も隣だし問題無いわ」
「ヤッター!! おねぇさまが居れば鬼に金棒です!」
「まぁ、あんな事があったし、今回は特別だからね!」
「はーい、分かってまーす!!」
こうして、私と美夏ちゃんは鈴音の家に泊まることになりました。
それは怖がりな鈴音の気持ちを落ち着かせる為でしたが、この後にあんな事が起きるとは微塵にも思っていなかったのです。




