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肉詰めないピーマン

私の恩師、Y先生は大の酒飲みで美食家だ。この前なんか、「イタリアから生ハムを輸入した」と言っていたので見に行ったら、豚の足一本そのままの形の生ハムがY先生宅に鎮座していた。さすが出来る男はスケールが違う。

 豚の足から専用のナイフで生ハムを削り取り、ワインをちびちびやりながらそれをかじった。大層旨かった。今まで食べていた生ハムがビニールか何かだと思えたほどだ。


 先日、そのY先生に居酒屋に連れて行ってもらった。

 Y先生は席に着くや否や「大将! なんか生きの良いのが入っていたら刺身にして、適当に頂戴。あとピーマン」と告げた。

 ピーマン、って何だ、思ったけど口には出さない。Y先生の料理のセレクトが外れたことは今まで一度もない。強いて言うならば、Y先生は脂っこくボリュームの多い料理を好む傾向があるので、少食の私にはいささか重い事だけが不満だ。


 Y先生とサシで、日本酒をちびちびやりながら(と言ってもこの時点で半升ほど飲んでいる)刺身をつまんでいたら、「ピーマン」が来た。

 まさしくピーマン。見まごうことなきピーマンだ。

 半分に切って種とヘタを取り除いた生のピーマン、その上に揚げた肉団子が一つのっかっている。店長曰くこの生のピーマンに揚げ肉団子を詰めた(というより乗せた)「肉詰めないピーマン」が隠れた人気メニューなんだそうだ。


 私は「肉詰め」ピーマンがあまり好きではない。ピーマン自体は好きなのだが、肉詰めにしてしまうと、なんだかふにゃふにゃした食感になってしまうのが許せない。

 さて、この肉詰めないピーマンはどうだろうか。このサイズの生ピーマンにかぶりついた経験は無いので、少し不安だ。

 ピーマンに肉団子を乗せたまま、落とさないように口に運ぶ。

 最初に、しゃりん、と爽やかな歯ごたえ。青い匂い。ピーマンだ。

 間髪いれずに、肉汁が口に広がる。肉団子はつなぎや野菜を入れていないシンプルな作りだ。ぎゅむぎゅむと噛みしめると、そのたびに肉それ自体のうま味と、少しの塩気が口の中に広がる。

 旨い。まさに「肉を食っています!」という感じだ。

挽肉と塩、少しのスパイスを丁寧に練って作っているのが感じられる。そう言えば、ヨーロッパで食べたハンバーグもこんな味がしたっけ。

日本で一般的なパン粉や玉ねぎなんかを大量に混ぜ込んだ、肉団子やハンバーグあれは「肉」じゃない、別の何かだ。

いかにも肉な肉団子を噛みしめ、あと一歩で口の中が油まみれになってしまいそうな所を、ピーマンが爽やかな息吹でリフレッシュしてくれる。

生のピーマンは意外なほどに、甘い。苦味は感じられず、ハーブの様な独特の青臭さと、しゃきしゃきとした歯ごたえ、そして甘さだけが感じられる。

肉肉しい肉団子をぎゅっぎゅっと咀嚼し、ピーマンをばりんばりんと噛み砕く。そしていつの間にか運ばれてきたビールをグイッと。


ぎゅむぎゅむ、ぎゅっぎゅっ。

ばりん、じゃりん。

ぐびっ。

……ふう。


Y先生も、私も話し好きなのだが、この瞬間――ピーマンと肉団子が口の中で奏でる感触と音のハーモニーに集中している時は無言だった。ピーマンと肉団子から意識を離すのは、第二ラウンドに進むために口の中をビールの泡で洗い流している時だけだ。


刺身も確かに美味しかったはずなのに、肉詰めないピーマンのインパクトが強かったせいで、ほとんど覚えていない。

挽肉を奥歯で押しつぶし、口中に肉汁を行き渡らせる快楽。ピーマンの歯触りを、香りを、甘味を余すことなく楽しめる贅沢感。肉団子を生ピーマンに乗せるだけ、という簡単な料理なのに、私がこれまで食べた料理の中でもかなり上位の美味しさだ。

あれ以来、私はこの料理を再現しようとしているのだが、どうしても上手く行かない。

原因は分かっている。材料費をケチっているせいだ。特にピーマン。

ああ、いつか金持ちになったら、一番高いピーマンを取り寄せて、肉団子を乗っけて、ばりん、とやってやるんだ!


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