月夜の噴水
大きな月が、ぽっかり雲にうかんだ夜だった。
雲にかかって傘がみえると、たっぷりとしたスープにもみえる。
おいしそうな月に見とれたいので、上をむいてのんびりと歩く。
「ねーえ、遊ばない?」
通りがかりに、色白の美人に誘われたが、ゆっくりと首を振った。
「ね。じゃあ私どう。」
少し太めな、色っぽい熟女に惹かれかけるが、これも断る。
遊びに来たわけではないのだ。・・多分。
石畳の街角、一歩入った路地は陰で少々薄暗い。
細い路地ばかりを歩けば、昼間でも少々怖い場所も多々あるが、慣れれば夜でもそう難しくないものだ。
微かな月明かりを頼りに、細い路地をすり抜けるように進む。
慣れた道をするりといくつか曲がれば、すぐにいつもの薄暗い広場が現れた。
中心ある噴水が、微かな月光を浴びて青く輝いている。
「よう、キー坊。」
「あら、キー君今日も来たの。」
ふらりと集まった仲間が、次々に声を掛けた。
「・・長老は?」
「あそこは少し家が厳しいからね。来れるのかな。」
「まあ来れなければそれでいいんだけどな。」
好き勝手に喋る仲間を尻目に、壁際に座った。
こういうところでは大人しくしているのがルールだ。
時々そこいらで盛った甘い声が聞こえるが、我慢である。
「お、来たぞ。長老だ。」
「長老だ」
「長老、来れたんだね」
ひときわ身体が大きく、よろよろと歩く爺さんが噴水の上に座ると、あたりはしん・・と静まり返った。
「我らに祝福在れ」
「祝福在れ!」
一声を境に、長老がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「皆のもの、ニンゲン懐柔計画は進んでおるか・・・?」
「俺は魚屋を虜にしました!!」
「俺は3つの家から餌を貰っています!!懐柔済みと考えていいでしょう!!」
「目下最後の標的を狙っています!!目標達成には時間が必要かと!!」
周囲から、次々と声があがる。
ふむ、と長老は頷いた。
「我々猫の、天国をここに作りあげようぞ。焦らず、騒がず、可愛がられつつ、自由で在れ。よいな?」
「はい!」
「それでは解散。子孫繁栄は程ほどにナ。」
うずうずしている若者に釘を刺して、長老はそう言って噴水を降りた。
今から彼は喉によさそうな草でもを物色しにいくのだろう。
噴水は相変わらず青く輝き、広場は薄暗い。
そこには、何十匹という猫達が、あつまって座り込んでいる。
時折端の方で甘い声が聞こえたりするが、皆気にしない。
なぜなら、ここは集会場なのだから。
今日も町のどこかで、猫達は月夜の噴水に集まる。
猫天国繁栄計画は、今日も着々と進んでいる・・・かもしれない。
自宅にも猫がいます。
いまの子は家猫なので集会には出ませんが、昔いた子は周囲のボスでした。
集会に出たらきっと、どう人間を懐柔するかどの子も真剣に話すことでしょう。
だいぶ昔の作品ですが、猫愛のあまり掲載に踏み切りました。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。