自動筆記童話「ダルマおとしの高層ビル」
ダルマおとしでできた高層ビルの屋上で、ボクは雲のうえへとながながのびるキリンのクビを見あげていた。
ゆっくりとすすむキリンのクビはとてもねむたげで、いまにもおれて地面へとたおれてしまうんじゃないかと不安になる。
でも、そんなことおきないなんてことはみんな知っている。だからこうやってキリンのクビを見あげながらボクたちは毎日アクビができるんだ。
「それで飛び降りるの? 飛び降りないの?」
アクビをするボクのよこでカノジョはいう。ボクのカノジョは赤い目がクリクリかわいい、ふさふさの白ウサギさん。鼻をふむふむさせて、アクビをしているボクの顔をのぞいている。
ボクはカノジョと心中しにきたんだけど、きっとボクは助かってしまう。だってボクの鼻にはクモがいるから、きっとおっこちたボクのからだを糸でつりあげてしまうはずなんだ。そこでボクは宙ぶらりんになって、ひとりでぶらぶらぶらさがって、とてもキモチワルくなってしまうんだ。
「行かないの? だったら先に行っているわ」
カノジョはぴょんとはねると、ダルマおとしの高層ビルからとびおりて、すぐにみえなくなってしまった。ボクは悲しくなった。ナミダだけをダルマおとしの高層ビルからとおい地面にむかってぽとりとおとし、ボクは宙ぶらりんのキモチのまま、ひとりぼっちでたっていた。
「どうかしたのかい?」
ボクがあんまりに悲しそうにしていたものだから、キリンさんがクビをかしげてきいてきた。
「カノジョがいってしまったのです」
ボクが泣きながらこたえると、キリンさんのながいクビはダルマおとしの高層ビルをぐるぐるとまわって、ボクのヨコに顔をならべてきた。
「それは悲しいね。でも、どうしてキミは追いかけないんだい?」
ボクはクモについて説明した。鼻の穴にゆびを入れて、クモの糸をひっぱりだしてみせる。
「なるほど」
キリンさんはながいまつ毛でまばたきしながら、ボクの鼻からのびる糸をみる。ボクはちょっと恥ずかしくなって鼻をかくした。そうしたら、鼻のなかのクモがぷりぷりと怒りだしたんだ。
「こら、暗いじゃない! これじゃあお化粧ができないわ」
鼻の穴から顔をだしたクモは、ファンデーションとマスカラと口紅とコンパクトとカーラーをそれぞれの脚にもって、ボクに文句をつけた。
「ごめんね」
「ああ、もう情けない顔! そうやってすぐ謝れば許してもらえると思っているんでしょう?」
クモはボクの思っていることなんかぜんぶおみとおしで、だからカノジョは先にいってしまったんだとおもうと、ますます悲しいキモチになって、ボクはずずっと鼻をすすった。
「きゃあ! いきなり鼻をすするなんてひどいじゃない! ああ、せっかくセットした毛並みが台無しだわ」
ボクの鼻にすいこまれたクモはボクの鼻みずでびしょびしょになってしまった。
「ごめんね」
「もういいわ!」
そんなボクとクモのやりとりにあきたのか、キリンさんは大アクビをしながら、ダルマおとしの高層ビルにまいたクビをほどいた。ボクはカノジョにおいていかれ、クモにあいそをつかれ、キリンさんにまであきられてしまった。ボクはやっぱり宙ぶらりんのキモチで悲しくなって、鼻からたれたクモの糸をいじりながら、体育すわりをして空をながめた。
「空はこんなにカラッポなのに、どうして悲しくないのかな?」
「それはお日さまやお月さまがいるからだよ」
ボクがぽつりとつぶやくと、とおりすがりのコウノトリさんがおしえてくれた。
「ああ、コウノトリさん。だったらボクはお月さまになりたいな。だってお月さまはお星さまとともだちで、みんなで空をかざるから。お日さまは自分ばっかりかがやいて、きっと空に嫌われてるよ。コウノトリさん。ボクはどうしたらお月さまになれるかな?」
でもとおりすがりのコウノトリさんはもうとおりすぎてしまっていて、ボクのコトバはやっぱり宙ぶらりんになってしまった。
こうしてボクがやっぱり悲しくなっていると、いきなりダルマおとしの高層ビルがドスンとゆれて、ボクのカラダがとびはねた。
「あらあら、なにごと?」
ビタンとしりもちをつくと、化粧なおしをしていたクモもびっくりしてボクの鼻のなからとびだしてきた。
「キリンさんがひまだからダルマおとしをはじめたみたい」
ボクにあきたキリンさんはクビをぶるんぶるんとふりまわして、ダルマおとしの高層ビルを一段一段とばしていた。だからボクは一段一段ダルマおとしの高層ビルといっしょにちいさくなっていって、最後にはダルマさんといっしょにキリンさんのクビにとばされてしまったんだ。
「コウノトリさんこんにちわ」
空をとんだボクとクモとダルマさんは、とおりすがりのコウノトリさんにあいさつする。
「ごきげんよう」
コウノトリさんに見おくられて、ボクらはこうして月までついたんだ。
「月はピカピカなんだね。ニス塗りのボクみたいにピカピカなんだね」
はじめて月にきたダルマさんがピカピカのお月さまに感動してそういうと、クモがカーラーで毛並みをととのえながらダルマさんのまちがいをただした。
「月にニスなんて使わないわ。この匂いはそうね、薔薇水の入った化粧水を使っているわね」
ツルツルでピカピカなお月さまの肌は、モップをもったたくさんのウサギさんたちのおかげで、いつも化粧水でうるおっている。そんなお月さまにボクはうれしくなって、ウサギさんたちにまじってボクも化粧水をぬりはじめた。
「ツルツルピカピカ、キレイになーれ」
ウサギさんたちがうたってる。
「ツルツルピカピカ、キレイになーれ」
ボクもうたう。
「ツルツルピカピカ、キレイになーれ」
ダルマさんもうたう。
「あら、アタシのほうがキレイだわ」
クモは自分に化粧水をぬりながらいう。
「ああ、たのしいなぁ」
そうやってボクらがせっせと化粧水をぬっていると、一ぴきのウサギさんが声をかけてきた。
「あら、遅かったじゃない」
赤い目がクリクリかわいいボクのカノジョの白ウサギさん。
「ごめんね」
「もういいわ。でもせっかく来てくれたのに残念ね。あたし、月には飽きちゃったの。だから先に行ってるわね」
そういってカノジョはぴょんとはねると、お月さまからとびおりてしまった。
「あ、まって」
ボクはカノジョがいってしまうと、また宙ぶらりんな悲しいキモチになってしまうから、今度はちゃんとカノジョについていこうとおもって、すぐにお月さまからとびおりたんだ。
「きゃあ、怖い!」
そうしたらクモが糸をだして、ボクのカラダを宙ぶらりんにぶらさげてしまった。鼻の穴からのびる糸はお月さまにつながって、ボクのカラダは夜空のうえでぷらぷらり。
「コウノトリさんこんばんは」
とおりすがりのコウノトリさんがボクのよこをとんでいる。
「ごきげんよう」
あいさつをかえしながらとおりすがるコウノトリさんに手をふりつつ、ボクはいいかげん宙ぶらりんにもちょっとなれてきた気がして、もうちょっとこのまま宙ぶらりんでいるのも悪くないかな、とおもった。