間違った男
書かないと言いつつもまたもや彼氏視点書きました。彼氏の駄目さ加減があまり気分が良いものではないのでご注意下さい。
どこで自分は間違ったのだろう。
「新郎は~」
結婚式の日は、主役は花嫁だと言われるが確かにそうなのだろう。
幸せそうに隣りの席でにこやかに微笑む女性は、誰もが綺麗だと賞賛されていた。
けれどこの女性との結婚は、自分が望んだことではない。
だから正直に言うならこのような披露宴など、どうでも良かった。
彼女が美人だろうと妻として既に入籍済みな事実に気が滅入る。
なぜ隣りに座る女性は、彼女ではないのだろう。
頭の中はそればかりが巡った。
どうにか意識の片隅で笑顔を浮かべてはいるはずだが、そんな自分に吐き気がする。
自業自得だと友人たちは言い、会社の同僚は逆玉で上手いことやったなと嫌味を言うがそんなことはどうでも良かった。
ほんの一年前までは順風満帆だった。
学生時代からの付き合いの彼女は良い女だった。
ほっそりしたスタイルに儚げな雰囲気とは別に意思の強さのギャップがたまらなかった。
手に入れたら大事に大事にしようと決めていた。
「浮気するなら別れよう」
付き合いを申し込んだときに約束だと言われた言葉に自分は軽い気持ちで「俺が別れるって言わないなら付き合ってるってことだよ」と約束した。
でも軽い気持ちで交わした約束は長くは続かない。
昔から付き合ってきたその時々の本命の彼女とは別に、一時的な遊びの女に事欠かなかった。
彼女さえ傷付かなければ自分は自分で処理用の女がいて当たり前だった。
だが彼女らにどうやっても浮気はバレる。
周囲がわざわざ教えたりするからだ。
ほとんどの彼女とはそれで振られた。
歴代の彼女たちよりもっと真剣に彼女のことは大事だった。
大学卒業したら仕事で稼いで貯金がある程度貯まったら結婚しようと思っていた。
だがそれと浮気は別だ。
彼女に飽きたわけではない。
ただ彼女には男の単なる欲望の相手はさせたくなかった。
自分と彼女との行為は、いつでもどこか深い気持ちのこもったものだったからだ。
いつでも彼女と抱き合うのは、心の奥で幸せな気持ちが満たされる心地がした。
ただそれだけでは若い男の欲望は満足しない。
だから気を遣わず手早く快楽を得るためには、浮気は仕方ないことだ。
自分の両親もそうやっていても家庭は問題なく機能している。
だから浮気をすることに躊躇などなかった。
「お前、いい加減にしないと捨てられるぞ」
親友と思っている男に何度も忠告されたが、所詮は戯言だと忠告は無視した。
彼女は自分の浮気に気付いても今までの子たちのように別れを口にはしなかったし責めもしなかった。
自分の浮気にいつ気付いたのかは分からない。
いつからか浮気について仄めかされはしたが、歴代の彼女とは違って振られたりしなかったから安心していた。
彼女は自分を理解して許してくれているんだと都合の良いように考えていた。
思い違いだったというのは、彼女に別れを告げたときに判明した。
結婚資金が目標額に届きそうな頃にまさかの転機が訪れた。
会社で直にお世話になっている上司からお見合いを迫られた。
「結婚を前提とした恋人がいます」
最初にはっきりと断ったのに上司は可愛い娘の頼みだからと推し進めてきた。
転職など考えてもいない状態で上司の心証を悪くしたくなかった。
お見合いをするだけして断ればいいと安易に考えていた。
「お見合いするんだ」
彼女の友人が自分と同じ会社に勤めていることからバレるのは時間の問題だと思って素直に教えた。
もちろんするだけしてきちんと断るから安心して良いとはっきりと告げた。
「そうなの」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
それがまさか自分と別れられることから浮かべた笑みだとは想像させせずに見合いの日を迎えた。
お見合いは当たり障りなく終わったが、すぐに上司から告げられた。
「娘が君との結婚を望んでいる。今の恋人や浮気相手とは結婚前に手を切りなさい」
「ちょっと待って下さい! 私は今の彼女と結婚するつもりで……」
「君は頭が良いと思っていたが? 見合いをすると決まった段階で娘との結婚は決まっていた。仕事の面では評価できても女癖の悪い君を娘に沿わせるのは反対だ。だが、娘はどうしても君が良いんだときかないんだ。だから結婚する以上は浮気はやめてもらうよ。君も会社での地位は欲しいだろう?」
自分だけが知らなかった。
会社の人間は皆お見合いの時点で上司の娘と結婚するのを当然だと捉えていた。
彼女の友人もそうだった。
たまたま一人で休憩室にいる彼女の友人を見つけて声をかけた。
「君は俺の結婚の話を知っていたのか?」
「……おめでとうございます。会社内ではその話は有名ですよ。彼女にも私がきちんと話しましたから」
「余計なことを!」
思わずカッとなったがどうにか押さえ込んだ。
彼女の友人も自分のことを敵のように見ているのに気付いたからだ。
「まさか結婚してまで彼女と付き合いを続ける気ですか? 部長はあなたの素行はかなり前からチェック済みのようですからあの子の存在だって知ってますよ。不倫なんて無理ですよ。あの子だって承知しないでしょう」
「……」
「これでようやくあの子を自由にしてくれますよね」
「どういう意味だ?」
「だってあの子と付き合うときに約束したんでしょう? もっとも覚えてるとは私は思ってないけど」
「付き合うときの約束……ってまさか!」
「思い出しました? あの子あなたが浮気をして約束を破ってるのに自分まで約束を破りたくないってずっと付き合ってる間あなたからの別れの言葉を待ってたんですよ。結婚するなら当然今度こそ言ってあげますよね? 最後くらい男らしくけじめつけて下さいね」
それからしばらくして彼女に連絡を取った。
よく彼女と待ち合わせに利用していたカフェに向かい合って座っている彼女をじっと見つめた。
彼女の友人の話を聞いて自分がいかに愚かだったかが分かった。
どうやっても彼女を自分の元には留めておけないんだと理解した。
彼女は自分が呼んだ訳を分かっているのかいつものように穏やかに微笑んでいた。
これが見納めになるのかと胸が苦しくなった。
だが自分が最後をきちんと告げる必要があった。
「結婚するんだ。だから別れて欲しい」
心では苦しみながらもどうにかその言葉を口にした。
その言葉を耳にした瞬間の彼女の表情を自分は生涯忘れられないだろう。
いつでも浮かべていて欲しいと思っていた幸せそうな笑顔をはっきりと彼女は浮かべた。
「ありがとう」
彼女のお礼の言葉に涙が浮かびそうになるのを堪えてどうにか会計をすませて店から出た。
自分の裏切りで彼女は苦しんでいた。
理解したわけでもなかった。
彼女の友人の言葉で自分が何をすべきか悟ってその通りに実行できた。
あんな幸せそうな顔を自分に見せたのはどのくらいぶりだろう?
気付けば彼女はあまり笑わなかった。
自分はそんなことにさえ気付けなかった。
彼女と別れてから結婚まであっという間だった。
「おめでとう」
ふと気付くと披露宴では花嫁は衣装変更で席を外していた。
なぜか周囲には人はいず、目の前には男性が一人立っていた。
その人物は親友だと思っていた男だった。
「……お前、彼女と付き合ってるって本当か?」
彼女と別れてしばらくして親友からの連絡が全くなくなったことに気付いた。
愚痴を聞いて欲しくて電話すると「彼女が好きなんだ。だから彼女に近付くにはお前と友人でいるわけにはいかないから、悪いがお前とは縁を切る」と言われて愕然とした。
しばらくして共通の友人に連絡を取ると確かに親友は彼女に近づいていると確認できた。
「ああ。最近ようやく受け入れてもらった。だから彼女のことは心配するな」
冷ややかに告げる男はもう自分の親友ではないと表情が明確にしていた。
「どうして俺を裏切った?」
「裏切る? お前たちが別れて半年は待ってから彼女に告白してさらに半年近く彼女に俺を知ってもらってから付き合いに漕ぎ着けたんだ。裏切りにはならないだろう」
「親友の彼女だぞ!」
「ああ。だからずっと我慢していた。忠告だってしていただろう。でもお前は無視して好き放題していた」
「それは……」
「浮気は男の甲斐性だとでもいう気か? ……まさかだよな。彼女のお姉さんの話は知ってて、それでも平気な顔して裏切っていた奴に責める資格があるとでも? これからはせいぜい舅殿の顔色を伺って暮らすんだな。まあお嫁さんは美人だしお前さえ身を慎めば幸せになれるだろうよ」
「俺は彼女と結婚したかったんだ」
「……」
力のない自分の言葉に親友だったはずの男はそれ以上何も言わずに席に戻っていった。
彼女と付き合いだした親友は女っけのない男だ。
高校ではそれなりに付き合いもしていたようだが大学以降は浮いた話は聞かなかった。
一度お酒の席で親友に尋ねたら「好きな女には男がいる」とだけ呟かれた。
まさかそれが自分の彼女だったとは親友の気の長さが伺える。
自分に忠告しつつも彼女のことをずっと諦めずにいたのだろう。
……なんていう執念深さだ。
彼女も親友のその一途な思いに応えたのだろう。
どこがいけなかったんだ?
浮気は浮気じゃないかと思う気持ちがいまだ頭の片隅にあるが、だからこそ彼女は自分に見切りをつけていたのだろう。
自分が間違っているのをどうしても認めたくなかった。
「それでは花嫁の入場です!」
遠くからマイクで花嫁がピンクのドレスに着替えて自分の隣に立った。
「綺麗だよ」
これが彼女なら本当に良かったのにと思う気持ちに蓋をして、妻となった女性ににこやかに微笑んだ。