猫の急襲──うちの猫がときどき自称美少女になるけど、ツンデレ・ポンコツで可愛すぎるスピンオフ
【R15】肌色成分多めの描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。ただし過度な期待をされると、猫タイムが訪れ、盛大にがっかりする仕様となっております。
残業を終え、へとへとになりながらアパートの玄関を開けたのは夜22時過ぎだった。
「ただいま……」
返事のない静かな部屋に足をふみ入れ、カバンを床に置く。
脱いだ自分の靴を揃えようとした、まさにその時だった。
パタン、と脱衣所のドアが開く音がした。
湯気とともに廊下へ出てきたのは、風呂上がりのコハクだった。
だが——問題はその格好である。
コハクは頭からバスタオルを1枚被っているだけで、まさに、今お風呂から上がったままの姿だったのだ。
24歳相当の美人が……である。
ダボダボTシャツの上からでも目立っていた主張の激しいスタイルが、目の前で露わになっている。
湿った髪と肌が、室内灯の光を反射していた。
「うおっ!?」
これはヤバイ。
本能的な危険を感じ、俺は思わず超スピードで目をそらした。
「あ、主。おかえりー」
そんな俺の動揺をよそに、コハクはいつもの調子で無防備に近寄ってくる。
濡れた長い髪が肩に張り付き、湯上がりの火照った体温と石鹸の甘い香りが、ダイレクトに鼻腔をくすぐった。
「ねえ、髪の毛乾かしてよ」
「その格好のままでちか寄るなよ! 俺の理性が壊れるだろ!」
俺は両手を前へかざして制止しようとしたが、コハクはお構いなしに距離を詰めてくる。
「何言ってるのよ、早くしてよ。冷えちゃうでしょ」
頭では分かっている。
こいつの正体は、茶トラだ。
中身は四足歩行の猫なのだ。
だが、目の前にいるのはどう見ても圧倒的なスタイルを誇る自称24歳美少女である。
健全な男として、この状況に耐えられるわけがない。
俺の思考回路はどうにかなってしまいそうだった。
このまま抱きつかれでもしたら、俺の理性が本当に持たない。
いや、相手は猫だぞ!? 猫なのに、なんでこんなに危険なんだ!?
「ちょっと! 待て! タイム! 落ち着け!」
焦った俺は後ずさりし、狭いアパートの部屋の中で逃げ場を探した。
「落ち着くのは主でしょ。ちょっと、逃げないでよ! ちゃんと乾かしてって言ってるでしょ!」
コハクは痺れを切らしたように、しなやかな手足を床につき、クラウチングスタートのような姿勢をとった。
そして、四つん這いのまま野性的な動きで猛追してくる。
まさに猫のような滑らかさで迫ってくる姿は、絵画のように美しく……そして、どこか怪奇現象のようでもある。
美女がすごいスピードで床を這ってくるのだから、美と恐怖がせめぎ合っていた。
「くるなよ! 服を着ろ服を!」
目の前に迫るコハクに対し、俺はとっさに身を翻した。
まるで闘牛士のように、すんでのところでその突進を避ける。
身をかわされたコハクは勢いを殺しきれず、俺の背後へと勢いよく走り抜けていった。
俺の後ろにまわったコハクの動向を探るべく、振り返ろうとした。
──が、しかしだ。
脳裏に、これから見えるであろう情景が恐ろしい精度で想像された。
走り抜けたコハク。
その姿勢と状況を思い出し、俺の背筋に冷たいものが走った。
振り向けば、間違いなく視線の置き場に困る。
いや、困るどころではない。
だが、すでに振り向きかけた体は止まらなかった。
「う……あ……」
覚悟を決めた瞬間、目の前には予想だにしない情景が広がっていた。
「逃がさないんだから!」
振り返った瞬間、コハクは壁を力強く蹴り、その反動を利用して驚異的な跳躍力で俺に向かって飛びついてきていたのだ。
宙を舞う自称美少女のシルエット。
頭のバスタオルをたなびかせながら、あり得ない勢いで迫りくるその凄まじいインパクトに、俺の口からは情けない悲鳴が漏れる。
「うわぁっ!?」
咄嗟の防御本能で、俺は目を瞑りながら正面に向かって両手を突き出した。
パシッと、俺の掌が飛び込んできたコハクの身体に触れる。
ポンッ。
室内に軽い音とともに白い煙が弾けた。
次の瞬間、俺の腕の中にズシリと収まったのは、しっとりと湿った小さな茶トラ猫だった。
「……にゃー」
猫に戻ったコハク。
さっきまでの怒濤の猛攻が嘘のような穏やかさがあった。
「ハァ……ハァ……」
胸元で不満そうに「なによ」と言いたげに鳴く愛猫をしっかりと抱きかかえ、俺はその場にへたり込み、深く深い溜め息をつきながら床へ崩れ落ちた。
「……よかった。助かった……」
抱え上げたコハクは、いつもの小さな茶トラだ。
これならどれだけ抱きしめても、頭を撫でまわしても何の問題もない。
「にゃ〜ん」
「はいはい。今乾かしてやるからな……」
俺は膝の上にコハクを乗せ、バスタオルで丁寧に拭いてあげる。
コハクは気持ち良さそうに「ゴロゴロゴロ……」と喉を鳴らし始めた。
今夜もなんとか、俺の理性と健全な生活は保たれたらしい。
胸を撫でおろしながら、俺は世界一手強い愛猫の頭を優しく撫で続けるのだった。
本編も公開中です。ぜひ読んでください。
本編に比べて、やや刺激が強いので、短編として別に公開します。
本編はこれよりは、マイルドですが、甘々です。




