始祖様は突然に
君は600年の眠りにつき、目覚めたことがあるだろうか?
もし君が現在進行形で、眠りにつこうとしているのなら、
一つ忠告しておきたい。
「家訓は慎重に決定しろ」
例えば――
「赤と黒……、それこそが我が一族を彩る色」
などと書いてしまうと、後悔することになる。
……
私はドラキュラ伯爵。そう君たちが吸血鬼と呼ぶ存在だ。
私は不死の存在と思われているが、実はそうではない。
限りなく不死には近いものの、滅することもあるのだ。
私は600年前、眠りについた。
「600年後、我が子孫に我が魂は戻る」
と予言を残して。
……
日本の某所
俺は怒羅鬼高次
だらしなく伸びた長髪に無精ひげ、
色褪せた黒のスウェットの上下に、
わがままボディ。
生気のない顔。
見た目はただの引きこもりだが、
あのドラキュラ伯爵の子孫だ。
数百年前に、子孫が枝分かれして、日本に移住してきたそうだ。
そして、今年は子孫にとって、大きなイベントがある。
600年前に亡くなった始祖様の魂が、
子孫の誰かに戻るらしいのだ。
昔から始祖様が戻るのは、直系の子孫だと言われていた。
だから正直、俺らにはあまり関係のない話だ。
ただ、始祖様が戻ってきたら、いろいろ厳しいことを言われるに違いない。
それが憂鬱だ。
しかし600年前の予言だと、もうそろそろタイムリミットを迎えるはずなのだが、一向に誰からも始祖様の魂が戻ってきたとは聞いていない。
あれは嘘だったのだろうか。
俺が屋敷の応接室でくつろいでいると、弟の天使がやってきた。
「兄貴。今日は稼げたか?」
と天使は言った。
「そうだな。仕手っぽい動きがあるって、噂になってたから、空売りしかけて、多少儲けたよ」
と俺は笑った。
「しかし、兄貴もデイトレなんて面倒なことよくやるよな」
と天使は言った。
「ホストのほうがめんどくさいだろ」
と俺は返した。
「ホストなんかカンタンさ。ちょっと客の血を吸って、眷属にしちまえば、いくらでも貢いでくれるんだから」
と天使は笑った。
「なんか、自力で稼ごうとか、そういうのを思わないのか?」
と俺は尋ねた。
「兄貴だって、自力で稼いでいる感じじゃねぇだろ。隙間をぬって、思惑を見抜いて金にする。ホストも同じだよ。人の心の思惑を見抜いて金にする」
と天使は笑った。
「さすが、口が上手いな。ところで始祖様って、復活するのか?なんか聞いてるか」
と俺は尋ねた。
「いや、聞いてねぇな。でも実際始祖様って存在するのかね。あんまり実感ねぇわ」
と天使は言った。
「本当だよな。すげぇ力持ってたというけど、実際どうなんだろうな」
と俺は首を傾げた。
応接室に姉の喜羅羅がやってきた。
「何何?始祖ちゃんの話。私も混ぜてよ」
と喜羅羅は言った。
「あれ姉ちゃん、今日は同伴ないの?」
と天使は尋ねた。
「同伴行こって誘われたんだけど、最近日が落ちるの遅いじゃん。だから時間をずらしてもらってんの」
と喜羅羅は答えた。
喜羅羅は都内某所でキャバ嬢をやっている。
弟の天使もホストクラブのナンバーワンだが、
姉もキャバクラのナンバーワンだ。
俺はソファーに横たわった。
頭の辺になにかごわごわするものがある。
なんだこれ……。
三角形の布?
「あぁ、それ私のパンツじゃん。なんだ高次が盗ってたんだ。返してよ」
と喜羅羅は俺を指さす。
「おいおい。兄貴。さすがに姉ちゃんのパンツ盗るとか、まじねーわ」
と天使は笑った。
「ちょっと待て。今ここに寝転んだらあったんだよ」
と俺は叫んだ。
「私がそんな所に置くわけねぇでしょ……。
うん……、
ちょっと待って、
あぁ3日前に、ぐでんぐでんに酔っちゃって、ここで服脱いで、お風呂に入ったんだった」
と喜羅羅はテヘとした。
「テヘじゃねぇわ。」
と俺はパンツを投げる。
「もうメンゴだよ。
てか、うちって室内も、服も基本的に黒と赤だけじゃん。
だから服見失うと、しばらく見つからないんだよね」
と喜羅羅は言った。
「そうそう。俺の名刺も黒地に赤の文字だから、客に名前見にくいよって言われるんだよ。
勘弁してほしいよ」
と天使はボヤいた。
「ちょっと待て天使。それ赤地に黒の文字だったら、いけんじゃね?」
と俺は言った。
「うわ。本当だ、高次ちゃんクレバーだね」
と喜羅羅は言った。
「なんだよ。クレバーって?」
と天使は言った。
「うん、何クレバーって?」
と俺は言った。
「うん……。知らないの?私も知らない。たまにお客さんが、君はクレバーだねって言ってくれるの」
と喜羅羅は笑った。
「じゃあ。ホメ言葉ってことじゃん」
と天使は言った。
「OK。わかったクレバーだな。俺はクレバー」
と俺は笑った。
(とぅんくーーー)
急に胸が痛くなった。
「なんか今とぅんくって聞こえなかった」
と喜羅羅は言った。
「あぁ。聞こえた。これって初恋の時の音だよな」
と天使は辺りの様子を伺っている。
初恋ーーー。
こんな瞬間に初恋なんてあるはずがない。
なんだこれは。
(とぅんくーーー)
再び胸が痛くなった。
「胸が痛い」
と俺は言った。
「どうしたの。あの日のアレ」
と喜羅羅は尋ねた。
「いやいや。兄貴は男だし。初恋のほうだよ」
と天使は言った。
「いやいや。初恋的なフラグないし」
と俺はもうろうとしてきた。
(とぅんくーーー)
再び胸が痛くなった。
「うぉー!!!!トルネード!!!!」
と俺は叫んだ。
「どうしたの。高次?トルネードってなに?」
と喜羅羅は俺の肩を触る。
「姉ちゃん。トルネードっていうのは、野球の投げ方だよ」
と天使は笑った。
ダメだ。体の制御が効かない。
「馬鹿者が……。ひれ伏せ!!!子孫達よ」
と俺の意思に反して口が開く。
「高次……、どうしたのーーー。
あぁ身体の制御が効かない」
と喜羅羅は言い、俺の目前にひざまずく。
「姉ちゃん。なに言ってんの?
えっ俺の身体の制御も効かない」
と天使は言い、俺の目前にひざまずく。
「我は始祖。汝らの先祖であり、偉大な指導者なり」
と俺は叫んだ。
もしかすると、俺の身体に始祖様が……
「高次が始祖様に……」
と喜羅羅は言った。
「兄貴が始祖様に……」
と天使は言った。
「クレバーは賢いという意味だ」
と俺の身体を通して始祖様は言った。
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