3 豹変
「ただいま。」
「真琴、おかえ……。なんだそれは。」
「たぬき。トラックに飛ばされたところを発見して、病院に連れて行ったら頭から離れなくなっちゃって……。」
「…………。」
狸は家に帰るまでの離れることはなく、結局連れ帰ることになってしまった。早く離れてほしいものだが、私の頭上は居心地がとても良いのか離れる気配はまったくない。
兄はじっと頭上の狸を見つめている。狸を見る機会なんて早々ないから誰だってそんな風に見るだろう。だが、兄の目線は厳しい気がする。
「どうしたの、ちょっと顔が怖いよ。」
「その狸、トラックに轢かれたんだよな。その様子じゃ、ピンピンしてるな。」
「うん、病院の先生も無傷だって言ってた。」
「……!今すぐそいつをこっちに渡せ。捨ててくる。」
「捨てるって……。言い方ひどいよ。それと、私だって離そうとしてるんだけど、頭にしがみついてて離れないの。狸より先に私の頭皮が離れちゃう。」
見せるように狸を引っ張ってみると、案の定びくともしない。
「ちょっと待ってろ。」
兄は2階へ駆け上がって行ったかと思えば、すぐに降りてきた。手にはペパーミントのアロマオイル。兄が勉強するときによく眠気覚ましとして使っているやつ。それを思い切り狸の鼻に近付けた。
「そいっ。」
「フギャっ!」
狸は飛び跳ねて私の身体から転げ落ちた。兄は転がっていった狸を素早く掴むと、玄関を飛び出してハンドボール投げのように狸を投げた。兄のハンドボール投げの記録は42m。狸は吹っ飛んでいった。
「ちょちょちょ、ちょっと!あの子狸なんだよ、生きてるんだよ!?小動物にしていい行いじゃないでしょ!」
「あいつはもしかしたら……。」
「……?」
「いや、なんでもない。あの狸はトラックに跳ねられても無傷だったんだからあれぐらいどうってことないだろう。それと、もうあの狸には関わるな」
「いやいやいやいや……、して良いことと悪いことがあるでしょう。それに、どういうことなの?あの狸をどうしてそんなに嫌ってるの?」
私の非難の声を無視して、兄は玄関にミントのオイルをふりかけている。兄は普段こんな暴力的なことは一切しない平和主義。はっきりいって、今の兄は異常だ。
「ふむ、紛れおったか」
「おじいちゃん、いつからそこに?」
兄の奇行を少し離れたところで見ていると、私の隣にはいつの間にか祖父が立っていた。
「紛れるって、どういう意味?」
「稀におるんじゃ、良くない生き物が。」
「さっきの狸が?頑丈で力が強いこと以外は普通の狸だったけど……。」
「ほほほ、だと良いがのう。そうだ、これをやろう。」
何やら意味ありげに言った祖父は、ズボンのポケットから鉄でできた手袋のようなものを取り出した。
「なにこれ。」
「籠手じゃ。」
「なんで!?こんなの貰ったって使い道ないよ!ていうかポケットになんでこれが入ってるの、どうやって入れたの!」
「ほほほ、いずれ使うときがくるやもしれんのう。」
「答えになってない……。」
押し付けられたものは仕方ないので、鉄の籠手を抱えて部屋に置いてくることにした。未だにオイルを撒いている兄と祖父は無視だ。
この籠手、サイズが私にぴったりである。一体いつサイズを測ったのか、そもそもこれはどこに売っていたのか、何故これを必要だと思ったのか、全てが不明である。
「もう、今日はやけに疲れた……。夜ご飯までまだ時間があるし、ちょっとだけ寝ちゃおう。籠手はそこらへんに置けばいっか。」
私は制服から着替える事もなくカーペットの上に寝転び、手近なクッションを枕代わりにして眠ることにした。
次に目を開けたとき、そこは見慣れた自室ではなく、森の中だった。




