vol.3 立て籠もり事件
[Ⅰ]
女に銃を突きつける暴漢は、尚も周囲に威嚇する。
「いいか、テメェら! 少しでも変な動きをしたら、これでぶっ殺すからな! ジッとしてろ!」
拳銃を片手に、男は血走った目で息を巻いている。
総司はその光景を見るや、いつものクセで、スーツのジャケットの内側にサッと手をやった。
だが、今は拳銃を携帯してないのを思い出し、バツの悪そうな顔になる。
そして男を刺激しないよう、平静を装ったのだった。
総司はとりあえず、成り行きを冷めた目で傍観した。
なんというか、悟りの境地のような目であった。
(あ~あ……ここで立て籠もり事件とはね。ついてない。しかし、さっきのゆったりしたカフェの雰囲気が一変したな。さて、どうするか……。こういう場合、警察は無理をせず、被害者の安全考えて、犯人を刺激しないのが常套手段だ。だから、下手すると半日以上、このカフェに立て籠もられるパターンもあり得る。仕方ない。こんな所で使いたくはないが、アレを試すか……ン?)
すると程なくして、カフェの入り口に警察官と思わしき制服を着た者が2人やってきた。
だがしかし……次の瞬間、「パンッ、パンッ」という2発の乾いた銃声が響いたのである。
入った瞬間、玄関にいる警官の足元目掛けて、男が銃を撃ったのだ。
「来るんじゃねぇ! 来たら、ここにいる奴等をぶち殺すからな!」
「やめるんだ! 関係ない人達を巻き込むんじゃない!」
警官も銃を構え、言葉で応戦する。
「うるせぇ、ポリ公! 来たら本当に、こいつ等をぶっ殺すからな! 来るんじゃねぇ。離れろ! ポリ公が離れないのなら、まずはコイツから殺す!」
男は連れてきた若い女を羽交い締めにし、こめかみに銃を押し当てた。
その剣幕に警官2人は動揺する。
「な!? グッ……」
「ヒッ……お、お願い……撃たないで……殺さないで……誰か助けて……」
若い女は身体を震わせ、か細い声で小さく助けを求めた。
警官の1人が同僚に囁いた。
「一旦下がろう……奴を刺激するとまずい。アイツは薬の常習者だ。既に被害者がいる」
「チッ、仕方ない」
警官2人は苦虫を嚙み潰したような表情で、少しづつ後ろに下がる。
カフェの入り口周辺は、野次馬による人だかりができ始め、騒然としつつあった
警官はそこで、胸に掛けられた無線マイクを手に取った。
「至急、至急、本部、応答願いします……麻薬中毒者による立てこもり事件が発生、場所は赤石町……3番地、イタリアンカフェ、ボーノです」
警官が外で無線連絡をする中、男は入口に行き、ドアの鍵を閉めた。
そして女を羽交い絞めにしたまま、店内の中央へときたのである。
総司は殺伐とした中、頬肘をつきながら、ぼんやり眺めていた。
(はぁ……探偵業を届け出た日に、いきなり事件に巻き込まれるとはな。因果な商売になりそうだ。まぁいい。さて……では、解決の手順を探るとしよう)
総司は集中し、被害最小限にこの男を止める方法を強く願った。
すると次の瞬間、あの奇妙な色が総司の視界に浮かび上がってきたのだ。
だがそれを見るや、総司は少し顔を顰めた。
なぜなら、3つの物体にマーキングがあったからだ。
(3つかよ。なになに……あそこの無人の椅子を横のスペースに移動し、それから……このすぐ隣のカウンター席に置かれているあのボトルウイスキーを、カウンターテーブルの端から半分出ている近くのシルバートレイに乗せ、そして……あの女子高生の鞄を手前の床に置くのか。うわぁ……超面倒くさいパターンだな。というか、あの女子高生の鞄かよ。大事そうに抱え込んでるし……結構、難易度高いな。まぁいい、まずは他の2つを先に片付けよう)
暴漢が店内の中央で威嚇する。
「おい、オメェ等、動くなよ。少しでも動いたら撃ち殺すからな!」
男の凄みに店内の客達は萎縮する。
そして男がぐるりと周囲を見回した次の瞬間、総司は席を立ち、隣に空席に移動したのだ。
続いて総司は、その椅子を歩行スペースに移し、すぐさま自分の席へと戻った。
その間、僅か3秒ほどの出来事であった。
「ん?」
男はそこで総司の方を振り向いた。
総司は平静を装いながら、席についている。
「動くんじゃねぇぞ。ふん」
男はそう言って視線を戻した。
総司は知らんふりしてるところだ。
だが、女子高生は今の総司の行動を見るや、首を捻り、訝し気に目を細めていた。
恐らく、椅子を動かした意味が分からないのだろう。
(ふぅ……危ない危ない。とりあえず、椅子は動かした。次はあのボトルウイスキーだな。この隣にあるからなんとかなる。よし、今だ!)
男が視線を戻した隙に、総司はカウンター席に行き、ウイスキーボトルをカウンターテーブルに半分乗っている落ちかけのトレイに乗せた。
そしてすぐ元の位置に戻ったのである。
鮮やかな動きであった。
店内の者達も、銃を持つ男に気を取られて気付いていない。
ただ1人を除いてだが。
(さて……残るは、あの子の鞄だが……どうしよう。ン?)
ふとそんな事を考えていると、総司は女子高生と目が合った。
女子高生は首を傾げながら総司を見ているところだ。
(もしかすると俺の行動を見てたのか……案外余裕あるな。まぁいい、好都合だ)
総司はそこで手帳だしてササッとペンを走らせると、そのページを破って丸める。
そして男を注視しながら、隣の席の女子高生に投げた。
女子高生はそれを受け取り、文字を読む。
するとその直後、『はぁ?』とでも言いたそうな感じで口を開け、総司を不審そうに見たのだ。
総司の書いた内容は、『君の鞄を貸して』というストレートな内容だった。
こういう反応になるのも無理もない話である。
女子高生はペンを取り、今の紙に何やら書き始めた。
それから紙を丸め、男を注視しつつ、総司に投げ返してきたのだ。
総司がその紙を広げると、そこにはこう書かれていた。
なんでアンタに貸さきゃいけないのよ、と。
総司は女子高生を見る。
女子高生は眉根を寄せ、口を尖らせていた。
一緒にいる男子高校生はポカンとしながら、そのやり取りを見ているところだ。
(チッ……言い方が悪かったか。仕方ない、少し遜っとこう)
総司は手帳のページを新たに一枚破り、ペンを走らせた。
内容は、『そこの可愛いお嬢さん、私に貴方の鞄を貸していただけませんでしょうか? この状況を打破する為に必要なのです』というモノだった。
総司はその紙を丸め、女子高生に投げた。
女子高生は紙を見る。
すると怒った表情でペンを走らせ、総司に投げ返してきたのだ。
総司がそれを広げると、そこにはこう書かれていた。
『何わけわかんないこと言ってんのよ、貸すわけないでしょ、バーカ』と。
総司もさすがにイライラしたのか、思わず女子高生を睨んだ。
続いて声を出さずに、『いいから貸して』と口を動かした。
女子高生は『いやよ』と口を動かす。
2人は睨み合う。
そして尚も続けた。
『いいから貸しなさい』
『いやよ』
『いいから、貸せ』
『バーカ』
総司は「ぐぬぬ」と声が少し漏れ出た。
(チッ……この女子高生め。仕方ない……もっと遜るか)
総司は仏に拝むかのように合掌し、お願いした。
『頼む、貸してください』
すると、女子高生はイライラが募ったのか、思わず立ち上がったのだった。
「さっきからなんなのよ!」
(あ……馬鹿……しかも、立ち上がって大声出す奴がいるかよ……)
総司は額を抑え、天を仰いだ。
「ちょ……姉ちゃん」
向かいの男子高校生が、引き攣った表情でそう呟いた。
だがしかし、ここまで大胆な行動を暴漢は見逃すはずがない。
「なんだとぉ! そこのガキィ! 殺されてぇのか! だったらテメェからぶっ殺してやんよ!」
男は迷わずに、女子高生へ銃口を向けたのであった。




