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因果律の修正者  作者: 書仙凡人


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vol.1 仕組まれた世界

   [Ⅰ]



 とある街の歩道で、慌てて立ち止まる若い男がいた。

 男の名は、宇田川総司。年は28歳。長袖のシャツに、黒いボトムというラフな恰好だが、そこそこ鍛えられた長身で、短髪の割と整った顔の男だ。

 特徴を挙げるなら、額の中央から右のこめかみ付近にかけ、スジのような手術痕があることだろう。

 総司の視界には今、赤っぽい色で縁取りマーキングされた空き缶があった。

 縁取りのマーキングの色は、サッカーボールで遊ぶ付近の少年に向かって伸びている。

 それを確認した総司は、空き缶を慌てて拾い、急いで少年に向かって投げた。

 空き缶は放物線を描きながら少年のほうへと落ちてくる。

 すると次の瞬間、少年の蹴ったサッカーボールが壁に大きく跳ね返り、空き缶に衝突したのである。

 空き缶はボールに弾かれ、道路の方へと宙に大きく舞った。

 そして、そこを走る運送トラックのフロントガラスに空き缶はぶつかったのだ。

 運送トラックはそこで急ブレーキを踏んだ。

 総司から見て反対車線の道路には、一台のベビーカーがあり、中には泣き叫ぶ赤子の姿があった。

 その手前には急停車した一台の運送トラック。

 そう……間一髪、ベビーカーは衝突を免れたのだ。

 総司は茫然とした表情で、眼前の道路を見つめ、小さく呟いた。


「まただ……やはり、思った通りの結果に導かれた。どういうことだ一体……そんなバカなことが……」

「キャァァァ!」


 母親と思わしき若い女が、悲鳴のような叫び声を上げ、ベビーカーに慌てて駆け寄る。

 そこで女は、へなへなと力が抜けたように崩れた。


「よかったぁ……無事で」


 運転手が窓から顔を出す。


「誰だ、空き缶を投げやがった奴は……って!?」


 その直後、男は眼前のベビーカーを見て息を呑んだ。


「べ、ベベベ、ベビーカー!? バ、バカヤロー! もうちょっとで、轢くところだったじゃねぇか! 母親なら、ベビーカーから手を放すんじゃねぇよ! スマホばっか見てんじゃねぇ! ったく」


 この状況を理解した運転手は、焦った表情で怒声を上げた。

 そして、ハンドルをグンと深く切り、車を発進させたのである。

 どうやら運転手はベビーカーに気付いてなかったのだろう。

 するとそこで、付近にいた白髪の男が総司に近づいた。

 それは杖をつく、年経た老人であった。


「お前さん……結果的にナイスな判断だったぞ。アンタが投げたあの空き缶のお陰だよ。アンタがあそこに空き缶を投げなんだら、赤ん坊は今頃、あの世行きだったかもな」

「え? ええ……まぁ結果的にそうなりましたね……」


 総司は言いにくそうに返事した。

 老人はそこで、少し離れた前方に目を向ける。

 そこには10歳くらいの子供がおり、驚き眼でベビーカーを見ているところだ。


「しかし、あんな偶然もあるんだな。あの子が蹴ったサッカーボールに、アンタが投げた空き缶がぶつかり、その勢いで空き缶がトラックのフロントガラスに当たったんだからな。今の感じじゃ、ドライバーも多分、あれで気付いたんじゃないのか。あそこで減速した感じだし。すごい偶然があるもんだよ」

「本当……すごい偶然ですよ。本当に……」


 総司はおずおずとそれに答えた。

 これには理由がある。

 実はこの直前に、総司の目にあるモノが映りこんだからだ。

 そして、その現象に総司はずっと悩み続けているのであった。


「しかし、大事にならなくてよかった。こんな年寄りの目の前で、生まれたばかりの赤ん坊が死ぬのは勘弁してほしいからな。さて……ではな、若いの」


 老人はそういうと、この場から去っていった。

 母親もそそくさとベビーカーを押し、道路から歩道に移動する。

 そして道路は、車が行き来する元の姿へと戻っていったのだ。

 だが、総司だけは茫然と立ち尽くしていた。

 思いつめた表情で――



   [Ⅱ]



 やや暑くなりだした5月下旬。

 ここは都心郊外の閑静な住宅街にある小さな公園。

 周囲には戸建ての住宅や、マンションが建ち並んでいるが、人は疎らだ。

 今は朝だが、通勤通学が終わった時間なので、子供達の姿もない。

 公園一帯を覆う赤土の広場には、色褪せたベンチや滑り台、そして定番のジャングルジムや桜並木といった物があった。

 そんな静かな公園だが、1つ特徴があるとするなら、小高い丘にある為、下に広がる市街地を一望できるところだろうか。

 見晴らしが良く、なかなかの眺めであった。

 そして、その見晴らしの良い展望台のような場所にはベンチがあり、それに腰掛け、街を眺めている男が1人いたのだ。

 この物語の主人公、宇田川総司、28歳、独身である。

 今日は少し暑いのもあり、上は半袖シャツに、長いボトムという出で立ちであった。

 しかし、表情に覇気はない。

 総司はここ最近、こうしてぼんやりと考える事が多くなっていたからだ。


(これまで何度も実験をしてきたが……ここまで来ると、もはや信じざるを得ない。この世界は……やはり、仕組まれた世界なのかもしれない。まさかとは思うが、どこぞの映画みたいに、仮想現実のシミュレーション世界なんてオチじゃないだろうな。はぁ……どうしよう。頭の怪我の影響で……こんなことになるとは……)


 総司はそれをずっと考え続けていた。

 それもそのはず、総司は頭部のケガが癒えてからというもの、時折、おかしなモノが見えるようになっていたからだ。


(最初のうちは、この怪我の影響で色覚異常にでもなったのかと思ったが、どうやら違うようだ。この奇妙な色は、俺が強く解決方法を願った時にだけ現れる。そして……その物体をどう動かせば、その問題を回避できるのか? その手順を示しているとみて、まず間違いないだろう。参ったな……なんか知りたくないことを知ってしまった気分だよ)


 総司はそこで大きな溜息を吐いた。

 見えてはいけないモノが見えてしまうようになったと、総司はずっと悩み続けているのだ。

 総司が何かを強く願ったとき、視界に入る特定の物体の色が、赤とも黄とも言えぬ色になり、そして動かす手順のような軌跡を示すからである。


(だが……考えたところで、この不思議な現象については何もわからないだろうな。医者に言っても、怪我の影響としか言ってくれないし。それよりも……これからどうするかだ。怪我の治療が長引いたのもあって、自分から刑事は辞めちまったからな。殺人犯に頭を割られて死の淵を彷徨ったが、生き延びてしまった以上、またこの仕組まれた世界で生きなきゃならない。知らなきゃ普通に生きられるんだろうが……さすがに、今までどおり生きれないよな。どうするか……ん?)


 総司がそんな事を考えていると、背後から近づく者がいた。

 それは茶色いサファリハットを被り、杖をつく、ジャージ姿の老人であった。

 見るからに散歩中といった感じだ。


「アンタ……ここに時々いるのう。仕事をしておらんのか?」


 総司は後ろを振り返った。

 すると総司はピンと来たのか、視線を戻す。


「誰かと思ったら、この間の爺さんか」

「隣に座らせてもらうよ。私も腰の調子があまり良くないんでな。よっこらせと」


 老人はそう言って、総司の隣に腰を下ろした。


「で、さっきの質問の続きだが、無職なのかね?」

「ご推察の通りですよ。半年ほど前に辞めて、それっきりだ」

「ふむ、職探し中ということか。今の若いもんはすぐに仕事を辞めるからな。アンタもそのクチか?」


 総司はムッとしながら老人を見た。


「違う。俺はこう見えて元刑事だ。色々と事情があるんですよ」

「刑事? これはまた変わった仕事をしてたんだな。何かやらかしたのかね? 誤認逮捕とか、贈収賄とか」

「そういうんじゃないです。コレが原因ですよ」


 総司は前髪を上げ、額の傷を指さした。


「大きな傷跡だな……公務中の事故かね」

「まぁそんなところです」

「そうか……だが、公務員なんだから休職して復帰すれば良いんじゃないかね? 民間企業と違い、その辺は融通利くと思うが? それが公僕の特権だろう?」


 老人のズケズケとした物言いに少し辟易しつつ、総司は眼下の街並みに目を向け、それに答えた。


「これはケジメです。俺の失態でもあるんでね。おまけに、この怪我が原因で捜査から外れることにもなったから……」


 総司はそこで腕時計を見た。


「ん? おっと時間だ」


 そう言って、総司は立ち上がる。


「おや、もう行くのかね? せっかく話も弾んできたのに」

「ええ、そろそろ定期診察の時間が近いんでね」

「そうか。アンタはまだ若い。そのうち、良い転機が来るさ。元刑事なら、探偵でもやってみたらどうかね? 似て非なるモノだが、その本質はどちらも同じだ」


 総司は少し考える素振りをした。


「探偵ね……とりあえず、考えておきます」

「私は時々、この辺りを散歩している。また会うこともあるだろう。その時、また続きを聞かせてくれ」

「それも、考えておきます。では」


 そして総司は公園を後にしたのだった。

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