無へ向かう電車
電車通勤。それは鬼畜だ。
人の呼吸がうるさい。
人の体温が不快だ。
人の匂いも好きになれない。
回避する方法はない。
だから今日も、電車に乗る。
立つ。
座っている人の中に、足を組んでいる人がいる。
その前は避ける。
足を組む人は、自分を「偉い」と勘違いしていそうで怖い。
それは家の中だけにしてほしい。
駅に着くたび、人は増えていく。
スマホをしまう。
片手でカバンを持ち、もう片方でつり革を握る。
目を閉じる。
「無」に入る。
気づけば、降車駅だ。終点。
皆が一斉に立ち上がる。
ドアが開く。
人は押し合いながら外へ流れ出る。
その流れに押され、降りる。
問題は階段だ。
いつも位置を把握できない。
目の前に階段があれば、どれだけ楽か。
(まだ次の電車に乗らなければならない。)
今日も、思っていた場所に階段はない。
もしかすると日替わりで移動しているのかもしれない。
――ただ、覚えられないだけだ。
次の電車は十分後に発車する。
十分もある。余裕だ。
その余裕こそが、階段を覚えられない理由かもしれない。
再び、電車の中。
私は座らない派だ。
隣に「ヤバい人」が座る可能性を排除するため。
逃げることはできる。
だが、「逃げた」と思われるのが嫌だ。
だから最初から座らない。
……「ヤバい人」と言うのは大げさかもしれない。
繊細なだけだ。
クシャクシャ音を立てて食べる人。
それが服に飛んできそうで落ち着かない。
ブツブツと独り言を言う人。
内容次第では恐怖すら感じる。
「ありがとう」を百回唱える人なら、まだいい。
だが、「死ね」や「クソ」と呟く声は、やはり怖い。
そんなこんなで駅に着く。
ここからは徒歩だ。
帰り。
仕事が終わり、また電車に乗る。
乗りたい。
だが、来た電車には乗れなかった。
人が多すぎる。
早く帰りたい。
次の電車に、ようやく乗る。
疲れているので、スマホはいじらない。
スマホは疲れる。
目を閉じる。
また「無」に入る。
気がつけば、家だ。
風呂。
食べる。
寝る。
次の日。
また電車に乗る。
それを、繰り返す。
一週間後、
私の人生は終点に着いた。




