6、悪魔の再来
「まさか、伯爵様に回し蹴りをするとは! ここで、そんなことをするのはピニーしかいないわよ。伯爵様は修道女の間でも人気なんだから」
「そうなんだ……」
「ピニーさんは伯爵のこと、あれって言ってましたよ」(ピニーさんぐらいよね)
「え!?」(ピニーは貴族だからまあ、あれって言ってもいいのかな)
休憩室でヘミとレニーと私の三人でお茶を飲んでいる。今日のことをレニーが話すと、ヘミが口に手を当てて驚いていた。私は目をつむって汗をかいた。
「本当に驚きましたよ。ピニーさんはやっぱり変わっています。私たち平民と友達だし」
まあそうね。私は、あだ名もさん付けもいいよと言ってある。二人は身分に関係なく親切でいい子たちだ。
私は今まで友達がいなかった。ここにいつまでいるかも分からないし、いい子になるなら友達がいてもいいわよね。友達ができてとても楽しいと思った。
「ハンターの男が嘘を言ったからね……」
私は言い訳をした。ヘミがハンターの男がどうなったかを話した。
男は指名手配犯で、魔獣狩りをしているところを伯爵に見つかり、森から修道院に逃げ込んだのだった。伯爵は修道院に到着すると、それを神官に告げて、衛兵が捜索していた。
捕まった男は悪魔に憑りつかれていて、伯爵はその場で処刑した。聖騎士は、悪魔が憑いた指名手配犯を処刑する権限を持っている。男の遺体は森にある墓地に埋葬されることになっている。死神と呼ばれるのも納得だわ……。
男は付き合っていた女性を別れ話のもつれから、殺してしまったらしい。レニーが怯えてつぶやいた。
「残酷ですね」
「本当にそうだわ。普通に別れなさいよ」
「まったくです」
私の言葉にヘミも同意した。人は変わってしまうのか、嘘をついて付き合うことで揉めるのか……? 親子でも難しいんだから、男女も難しいわよね。
休憩室に令嬢が入ってきて、お茶の用意をし始めた。茶葉は自由に使える。お菓子はお客様用しかないので、各自の持ち込みが許されていた。お客様用の古くなったお菓子はみんなで分けている。
修道院はメイドをつれてこれないので、自分のことは自分でする。そうすることで良き妻や母として、夫や子供の世話をすることができるようになるのだ。まあ、都会にいる高位貴族令嬢はやらなくていいだろうけど。田舎の令嬢には必要なのよ。
私たちは休憩を終えて、二人は持ち場へ、私は部屋に戻った。
それから数日後、応接室に呼び出されると、黒いコートを着た伯爵が立っていた。
「お前の素性を調べた。地方社交界でも非常に評判の悪い令嬢で、そのせいでここに来たらしいな」
うわ……私を調べたの? 私はそれには答えず、目をそらして聞いた。
「どのような御用件でしょうか?」
「お前のような悪魔憑きが修道院にいるのは心配なので、また見に来た」
伯爵は私の右肩を指さした。
「案の定、また憑いているぞ」
「えっ!? そう言われても」
全然分からない。本当に憑いているのか、疑わしいわ。私は疑いの眼差しで伯爵を見る。伯爵はそれに気づくと、顎を上げて私を見下ろした。
「どうやら、お前に憑いているわけではなく、お前を恨んでいる者に憑いているようだな。心当たりがありすぎるだろ」
それは否定しないが、お前に言われたくないわ! くそ~、でも言えない。私の顔が歪む。伯爵の手が伸びると、私は驚いて身をすくめた。私に憑いていなければ、私が殺されることはないわよね! 誰か~、助けて~!
伯爵は指をはじいた。光が出る。
「取ったぞ」
「あ、ありがとうございます」
しまった、またお礼を言ってしまった。思わず横を向いて口を抑えた。修道院に来てから、謝るのも、お礼を言うのも当たり前になってしまった。いいことなんだけど、こいつは失礼すぎて言いたくない。
伯爵は丸テーブルの席に座った。
「お礼に、お茶をもらおうか」
「はい」
出すしかないわね。私は休憩室に行って、お茶の用意をした。そこへ、令嬢二人が来た。一人が戸棚のほうにいて、声がした。
「茶葉がないわ」
私がテーブルに出していたので、持って行った。
「使っていたから。はい」
「ありがとう」
私はトレーにティーセットを乗せて休憩室を出て行った。
応接室に入ると、テーブルにお菓子とティーセットを置いた。カップにお茶を注ぐ。伯爵は私を観察していた。
(再婚して連れ子がいる複雑な家庭のようだが、他人が干渉することでもないな……)
「どうぞ」
私はトレーを持って下がった。粗相はないはず。ちゃんと出せた! 伯爵はカップを持つと、お茶を優雅に飲んだ。
「ぶはっ! 何だこれは」
「えっ?」
伯爵がお茶を吹いた。険しい顔をして、カップをテーブルに置く。私は伯爵が置いたカップを手に取って、顔を近づけた。胡椒の香りがする! 何で!?
そこへ、ノックがして返事をする前にドアが開いた。さっき休憩室にいた二人が、お茶を持って現れた。
「お茶をお持ちしました。あら、もうお召しになっていました?」
「いや、もらおう」
「はい!」
二人は嬉々として寄って来た。私は自分が出したティーセットを片付けた。お菓子は持って来てないからそのままにした。
伯爵は二人の出したお茶を飲む。私はその様子を後ろで見ていた。
「悪くないな。君の名は?」
「わたくしは、ノーブル男爵家のマリエッタです」
「そうか」
伯爵は穏やかに答えた。私はそれを聞いて、応接室から出て行った。
あいつらね! 茶葉を渡したときに、ポットに入れられたんだわ! また失敗してしまった……。
私が休憩室で片づけをしていると、マリエッタたちがティーセットを持って入って来た。
「マリエッタだけずるいわ」
「今度はあなたにまかせるから」
私は言った。
「あなたたちね!」
「なんのことかしら?」
二人ともニヤニヤしてしらばっくれる。私は片付けを済ませたので、休憩室を出て行こうとする。
「あなたのイタズラに比べたら、かわいいものでしょ」
小声でマリエッタが言う。私はドアを閉めた。あんたにイタズラした記憶がないわよ! というか誰にイタズラしたか、数が多すぎて覚えていない。あの二人はライバルだから、どうせ仲たがいするだろうなと思うことで、気分をなだめた。だけど、静かな廊下を歩いているうちに気持ちは落ち込む。あの人たちは、この先も私がここに残っても構わないと思っている。
私がしてきたことが、私の人生を変えてしまうのね……。自分の身に起きて、やっと気持ちが分かった気がする。イタズラをしてきたことを本当に後悔した。惨めになって涙が出てきた。早く部屋に戻りたくて、私は走り出した。
カイゼルは渡り廊下で、神官と話していた。建物の中を走っていくピニオンに気がついた。




