4、死神と呼ばれた男現る
修道院に来て、あっという間に3か月が過ぎた。修道院の生活はそんなに苦ではなかった。他にやることがないからだ。
ここは警備が厳重なので、お父様はここにしてくれたようだ。とても静かで、忙しい。でも貴族令嬢は優遇されていて、勉強時間がもらえる。平民の修道女たちは交代制で1日中仕事をしているから、それに比べれば楽なもんだ。
朝6時に起きて食事の手伝いをする。当番でなければ朝の清掃をする。食事が終われば、神様に祈りを捧げる。当番制の洗濯、掃除、昼食の仕込みの手伝い、診療講習がある。診療講習は診療室で、治療や薬について学ぶ。
その後、令嬢たちは授業を受ける。神学、政治、社会、歴史、経済、数学、国語など、必要な教養を学ぶ。午後にも、令嬢講習がある。マナーにダンス、刺繍だ。頼めば好きな講習が受けられる。
修道院には孤児院もあるので、慰問活動もカリキュラムに含まれている。将来のために子供と接することに慣れるという意味もある。講習が済めば自由時間がある。
ここは町から離れているから、講習に来る先生は週一回など、交代で来ている。先生が泊まる部屋もある。客室は壁紙も貼ってあってきれいだ。
私は、許可をもらって警備の衛兵から護身術を習っていた。なぜかと言うと、治療の時に暴れるハンターたちがいるからだ……。
令嬢だけでは治療をさせないが、たまたま空いた修道女がいなかったので、私と他の令嬢で治療をしたことがあった。その令嬢が不慣れで、痛みに激怒したハンターが暴れ出した。すると、その令嬢はなんと私を盾にしたのだ! 私は近くにあったさすまたで制圧したが、私の非力な力ではかなりきつかった。危険な時に武器があるわけでもない。あと、あの令嬢は許さん。護身術を習っていることは、もちろん報告されないが、令嬢たちが衛兵たちを見に来るので、令嬢界隈ではピニオンさんは平民の男と一緒にいると噂になっているかもしれない……。
令嬢たちは3か月で全員いなくなる。残っているのは私だけだ。最初に会った令嬢たちももういない。
「さようなら、ピニオンさん」
みんな、私を嘲笑って出て行く。私はもちろん気にしない。ここで暴れたら、報告されてしまうからだ。自由になるためにも一旦ここから出ないといけない。
「ピニオンさんがずっといるから、私たちも寂しくないわね。オホホホ」
嫌味を言われても気にしない……。わけないでしょ。そういう時はイタズラで芋虫や蜘蛛なんかを持って来て仕込んだりした。令嬢たちは泣いて大騒ぎする。いてもおかしくないから、誰も私とは言わないだろう。イヒヒヒ。……性格は治らなかった。
長くいるから、修道女の友達もできた。私と同じ年のヘミだ。私は普段着だが、ヘミたち修道女は、白い帽子と修道着を着ている。
「ピニー、へスターさんから手紙が来ているわよ」
「ありがとう」
ヘミから手紙を受け取った。へスターはワンスの名字だ。差出人のドーンはワンスの弟。私は部屋に戻るとベッドに寝転んで手紙を読んだ。
ワンスからの報告書。
『マナーの先生が今も付いていますが、二人ともやる気がなくて全く上達しません。いまだにお茶会には参加していません。
旦那様は相変わらず、奥様に何の権限も与えていません。メイド一人もクビにできないでしょう。ずっとお客様のような扱いです。
エラお嬢様の傷はすっかり消えました。
お嬢様の助言通り、私たちはみんな、二人に合わせて上手くやっております。』
「ぷぷぷ」
私はその内容に満足した。後ろめたさが減るから、傷が消えたのは本当に良かった。ワンスも私に合わせて、エラと書いている。
ドーン宛てにお礼の銅貨二枚を、表から分からないように紙で包み封筒に入れた。この国ではお金を郵便で送っても問題ないが、郵便には保証がないので安全策で送る必要がある。安全にやり取りするには、銀行の振り込みを使うのが一般的だ。
さて、時間もあるから診療室の手伝いでもしに行くか。エプロンを付けると部屋を出た。私は暇があると、こうやって点数を稼いでいる。
診療室には修道女のレニーが一人でいた。レニーは15歳の女の子だ。診療担当のときは修道着の上に、スモックを付けている。真ん中の大きな机の上で、洗濯物をたたんでいた。他の場所の洗濯ものもある。時間が空いている者で手分けしてやるのだ。
「手伝いに来たわよ」
「ピニーさん、いらっしゃい」
レニーとも仲良しだ。私も洗濯物をたたむ。レニーはベッドカバーを広げて言った。
「ピニーさんの家が寄付してくださった寝具が、とても気持ちがいいです」
「あはは、それは良かった」
うちの領地は綿花の栽培地だ。綿織物の工場もしている。生産量は地域分しかしていないから多くはないけど、生地は良質だと評判だ。お父様が、私がここに来る時に大量に寄付してくれたのだ。修道院の人たちにとても喜ばれた。
外が騒がしくなった。神官が怪我をしたハンターの男を連れてきた。私が洗濯物をベッドに移動させ、レニーが診察する。神官は案内が終わると出て行った。
男は細い切り傷だらけだ。どんな魔獣かしら? 私は救急箱を出して机に置いた。男はそわそわしている。レニーが傷を拭きながら聞いた。
「どうしたんですか?」
「俺は、聖騎士に化けた悪魔に追いかけられたんだ! ここまで追ってくるかもしれない」
『!』
私たちは驚いた。悪魔の話は、神学の授業でも聞いたことがある。悪魔は人に憑りついて行動するのだ。そして、悪魔祓いの人が悪魔を払って追い出す。この国の聖騎士はカイゼル・ケニン伯爵しかいない。この切り傷は、剣の切り傷だったのね。痛そう……。
でも、実体化するには魔力消費が激しいので、悪魔はしないと聞いている。聖騎士が憑りつかれたということ? そんなことがあるんだろうか? 現状では、悪魔のことはよく分かっていない。この男の人は普通の人に見えるし……。
外が騒がしくなる。キャー! と黄色い悲鳴が聞こえるような。逃げてる声ではなさそう?
「来た! 奴だ! 俺は隠れる。衝撃を与えれば正体を現すから」
『えっ!?』
男は私たち二人を残して、反対側のドアから出て行った。
「私たちも逃げましょう!」
「うん」
でも、遅かった。正面のドアが開いて、恐ろしく冷たい目をした、美しい男が立っていた。黒づくめのその姿は、まさに死神……。
私たち、完全に逃げ遅れたわね……。しまった。私は冷や汗をかいた。




