3、修道院生活の始まり
ピニオンがいなくなると早速エレオノーラは、ワンスにピニオンの部屋を開けさせて中に入った。
「何もないじゃない。ちょうどいいわ。この部屋は私が使うわ」
「お嬢様、部屋の権限はすべてご主人様が管理されています。今そのようなことを進言すれば、印象が悪くなりますよ」
ワンスは声を潜めて、エレオノーラに言った。
「せめて、3か月は過ぎないと。それより、今のお部屋を充実させてはどうでしょうか」
「そ、そうね」(危ないわ。お母様だっていまだに自由にできないのに、早々にぼろを出すところだった。今まではあの子が人目を引いたから、気にしなくて良かったけど、これからは私たちだけになるから気を付けないと……)
エレオノーラは厳しい目をした。ワンスは目を細めてじっとエレオノーラを観察していた。
(部屋を開けろと言った時は驚いたけど、エレオノーラ様は今までと全然違うわ。猫を被っていたのね……)
屋敷の中を歩きながらソルビエは、夫のスタンリーに言った。
「ねえ旦那様、そろそろ私にも屋敷の仕事をさせてくださいな。子爵夫人として!」
「君はそんなことをしなくていい。君と娘には、社交マナーの先生を付けよう。そろそろ、お茶会に行ってもいい頃だろう」
「え、そうなの? おほほほ、優しいのね」(お茶会に平民が行ったら、いいターゲットにされるだけだわ)
ソルビエは冷や汗をかいて部屋に戻った。
(そんなことじゃないのよ。もっと好きなものを買ったり、旅行をしたり、自由にお金が使いたいの! 贅沢がしたいのよ。本当に、ケチな人ね)
ソルビエは出かける用意をすると馬車に乗って屋敷を出た。それを窓からエレオノーラが見ていた。
「お母様、また恋人のところに行くのね。お父様に見つからないといいけど」
エレオノーラはため息をついた。
ソルビエは、モントルにある恋人のジャンの家に行った。
「おお~、ソル来たか。金はどうだった?」
「ダメダメ。あの人、私には全然使わせてくれないの。少額でも申請しないとダメだし、貴族の買い物はほとんどツケ払いなのよ」
ソルビエは目をつむってお手上げのポーズをした。
「なんだよ。当てが外れたな」
(本当にそうよ。せっかく貴族の奥様になったのに、これじゃあ計画が台無しだわ)
私は自分が裕福な家に嫁ぐことができないから、子供を使うことを思いついたの。顔のいい男と付き合って、エレを身ごもった。男に子供ができたと告げるとあっさりいなくなった。それは、私にとっては都合が良かった。生まれた子供は、二人の髪と目の色と違った。エレの美しい容姿を見て奇跡だと思ったわ。
(あの子は外見は天使だけど、中身は私と変わらないのよね)
私は貴族の情報を仕入れるために、モントルの劇場近くのレストランで給仕をしていた。エレが15歳になると、同じように劇場の近くの花屋で働かせた。エレの可憐さに花屋は売り上げも伸びて、店主も大喜びだった。ある日、エレが言った。
『私、マクレガー子爵の亡くなった奥さんにそっくりなんですって』
『何だって!』
これを使う手はないと思った。スタンリーのことを調べて、劇場に来た時にエレに花を持って売りに行くように言っておいた。エレの話では、あいつはエレを見て驚いたそうよ。
『お母さん、あのおじさん私のことを聞いてきたわよ。だからお母さんのことを話した』
『よくやったわ。エレ』
私はエレを軽く抱きしめた。スタンリーはしばらくしてレストランに私を訪ねてきて、こう言った。
『君たち親子を支援したい。君には私の妻の役をしてほしい』と、
願ってもいないことだった!
『私にはエレオノーラと同じ年の娘がいる。エレオノーラにはあの子の姉妹になってほしい』
『もちろんです』
私は了承した。
『では、手続きはこちらで済ませる』
夢にまで見た生活が手に入った! そして継子のピンも追い出すことができた。でも、お金が自由に使えなければ意味がないわ。あの人は私とは本当の夫婦になるつもりはない。本当に愛妻家なのね。あの乱暴な継子と同じで、厄介だわ。ピンの奴、私のエレに傷をつけて。跡が残ったら使い物にならないじゃない!
「おい、どうしたんだ?」
「あ、別に」
ジャンが黙っていたソルビエに声をかけた。ソルビエは何事もなかったように、目をつむってジャンに唇を寄せた。
修道院までは3時間かかる。昼食を宿場町で済ませて、馬車は崖の端を登っていた。左手には森がある。
ワンスは上手くやってるかしらね。
(もちろんですよ! お嬢様。エッヘン)
なんかワンスの心の声が聞こえてきそうだわ。ワンスなら大丈夫だろう。
修道院が見えてくる。神殿もあるので敷地は広い。切り立った崖の上にあり、細い橋のような道でこちら側と繋がっている。まるで空中に浮いているようだ。私は崖の高さにゾッとした。
なんてところにあるの? 元は監獄だったのかしら? 絶対逃げ出せないわね。
修道院に着くと馬車は帰って行った。神官に案内してもらう。
「ここは元は、古い砦だったんですよ」
わぁ良かった、監獄か聞かなくて。印象悪くなるもんね。私は口を押さえた。こんな何にもないところに、昔の人は何で住んだんだろ。
修道院の廊下は空気が澄んでいた。ここは気持ちがいいわ。来て良かった……。
「あれを見て! ピニオン・マクレガーよ! とうとう家を追い出されたのね」
「まあ、本当だわ」
クスクスと行儀見習いに来ている令嬢二人が、こちらを見て笑っていた。一気に空気が悪くなったわ。私はムスッとした。知らない人だし。
「ここの森には魔獣が出ます。ハンターたちが怪我をしては、ここに治療に来ることが多いです。その治療も覚えてもらいますよ」
「はい」
「貴族の方は、個室が用意されます。こちらをお使いください」
一室に案内された。中は木の壁と床のまま、机とベッド、クローゼットだけのこじんまりとした部屋だ。赤と白のチェックのカーテンがせめてもの華やかさね。
今日からここが私の住処か。




