2、ミスをして修道院に送られる。終わった
翌日の午前中、お母様の部屋の前でエラを見つけた。何をしているの? 私は眉をひそめた。エラはドアノブに手をかけた。
「何をしているの!」
「あっ!」
私は強くエラの手首を掴んだ。
「部屋を間違えました。痛い! お義姉様、痛いわ! お離しになって!」
エラが大きな声を上げる。私はハッとした。掴んだ手を見ると、私の磨かれた長い爪が、エラの手首に食い込んで血が流れていた。
しまった!! とうとうやってしまった! 怪我をさせては、言い訳できない! 私は青ざめて、手を離した。メイドが声を聞きつけてやってくる。
「お義姉様がやったのよ!」
エラは泣き出した。いつもと違って、大声で訴えていた。メイドはエラのケガを確認する。掴んだところも跡がついて赤くなっていた。メイドは私を軽蔑の眼差しを向けると、エラに手を添えて連れて行った。私は動かずに、歩いて行く二人を呆然と見ていた。
そこまでするつもりじゃなかった……。お母様の部屋に入ろうとしたから、カッとなって……冷静になっても、もう遅いわね……。
私は執務室の前で待っていた。横にはマイクがいる。中から話している声が丸聞こえだった。ソルビエの怒りの声がした。
「あんまりだわ」
「お義姉様を怒らないで」
「でもこれ以上は、身の危険を感じるわ」
「なら、お義姉様を修道院に行儀見習いに出したらどうでしょう」
「……そうだな。これ以上の我儘は看過できない。3か月修道院に送ることにしよう」
そんな……。でも仕方がない。私が悪いんだもの……。
ドアが開いて二人が出てきた。ソルビエは私を見るとフンッと横を向く。もう敵対心を隠しもしなかった。エラも無表情で目を合わさなかった。さっきの態度と違う。
入れ替わりで執務室に入った。お父様は執務机の椅子に座っていた。冷たく言い放つ。
「説明しないさい」
私は理由を含めて説明した。
「分かった。お前を修道院の行儀見習いに行かせることにした。首都の学校にも、問題行動で断られていたからな。ちょうどいいだろう」
それはかわいいイタズラに、尾ひれがついただけよ。
学園の寄付金は莫大だから、家庭教師で済ます令息令嬢もいる。令嬢には修道院での行儀見習いもある。神殿の寄付金集めだ。行くと知識や敬虔さが身に付いたとされ、婚約に有利になる。
ここにいるよりずっといいかもしれない……。
「ダジメント男爵はお前たちの婚約を諦めていない。お前が戻ってこなければ諦めるだろう。だから期間は決めない。お前が令嬢らしくなったら戻ることができる。そして、行く前にエレオノーラに謝るんだ」
「分かりました」
癪だけど仕方がない。そういえば私、誰にも謝った記憶がないわ。
——婚約は諦めていないのね。おじ様らしいわ……。あの家族には呆れた。
お父様はちゃんと考えてくれてるんだなと思った。
「手続きまで時間があるから、準備しておくように」
「はい」
私は執務室を出た。エラに謝りに行くか。もう我儘は止めないと……。
修道院ってどんなところだろう。寒くないといいけど。
二人の部屋がある客間に来た。ソルビエの部屋の方から声がする。
「あの小姑みたいなピンを追い出せたわ。上手くいったわね」
「本当、せいせいしたわ。思った通り、貴族の令嬢だから我儘で自滅したわね。3か月じゃなくてずっと戻ってこなければいいのに!」
この声、エラ!? ……なんなの、いつもと全然違う……。私は聞き耳を立てた。
「それならいい方法があるから大丈夫よ」
何!? まさか暗殺? これが本性なの……。お父様、なんて奴らと再婚したのよ! しかも私のことを陰でピンとか言って! 今度からあんたはエビよ!
「報告書を送ってくるはずだから、素行が悪い報告書とすり替えて戻ってこれないようにするわ」
ほっ、小物で良かった。お父様は、ソルビエに決まった金額しか渡していないから、人を雇うお金は持ってないわよね。
今謝っても意味がないわ。戻ってくるのは、もう無理かもしれない……。それなら、今やることは山ほどあるわ。
エラはサイズが合わないから私のドレスは着られないけど、宝石類は処分しとかないと無くなる可能性がある。戻ってこれない間に部屋も家もどうなるか分からないから、全部売ってお金を用意しておこう。
私はまた執務室に戻った。先にお父様に謝って練習しておく。
「お父様、本当にごめんなさい。もうしないわ。修道院で行儀見習いを立派に努めます」
「分かった」
「家を出る前に部屋のいらないものを整理したいので、処分してもいいでしょうか」
「いいだろう。好きにしないさい」
「ありがとうございます」
ふう、良かった。これでいい子になるアピールができたわ。
私は部屋に戻ると、買取業者を呼んだ。衣料品と宝石を全部売ると、銀行に行って小切手を偽名で預金した。帰りの馬車の中で、連れてきたメイドのワンスにお願いする。
「ワンス、あなたにお願いがあるの。1か月に一回あなたの家経由で、屋敷の様子を報告してちょうだい。お礼は、一通につき銅貨二枚をあなたの家族に送るわ。仕送りが減らせるでしょ。特別な事があれば、別に送ってくれても構わない」
ワンスはお金に目がないから引き受けてくれるはず。ワンスは目を輝かせて言った。
「分かりました!」
分かりやすくて良かった。
「それと、私がいなくなったら、私の悪口をかまわず言ってちょうだい。エラとソルビエに合わせれば、みんなクビにならずに済むはず」
「お嬢様……。分かりました」(お嬢様って思ったよりいい人だったのね)
ワンスが羨望のまなざしで私を見た。良く思われるのは悪くないわね。まあ、メイドにしてみれば悪口はいつもと変わらないから、問題ないだろうけど。
修道院から許可が下りて、出て行く日が決まった。私の部屋はスッカラカンになった。残ったのは、持って行く地味な普段着だけだ。
鍵をかけていくけど、多分手入れの隙を見てエラは入るはず。何もなくて驚くでしょうね。くふふふ。私は握った手を口元に当てて、小さく笑った。
ワンスには部屋を使わせないように頼んである。お母様の部屋はお父様が管理しているから大丈夫ね。あの時も鍵はかかっていたはずだった……。
出ていく日になった。お父様とエビ、エラが外に見送りに出ていた。私はお父様に挨拶する。
「では行ってまいります」
お父様はうなずいた。それから、エラに向き直る。
「エラ、あの時は本当にごめんなさい。反省しています」
「え、ああ。はい」
お父様の前では受け入れるしかないわよね。エラと言ってやったわ。私は今まで名前なんか呼ばなかった。エラはエビに小声で何か言っている。
「大人しくなってすぐ戻ってきたらどうしよう」
「大丈夫よ。旦那様はすごく疑り深いの。お金には厳しいし」
私はメイドのワンスのほうを見る。ワンスは目立たないように手を下げたまま指で丸のサインを出す。私は微笑んだ。馬車に乗って出立した。
まさか、家を出て行くことになるとはね。地方社交界では噂になるだろうな……。




