12、ハンターになる
あっという間に3年が過ぎた。点数稼ぎも無駄な努力だった。私はもう20歳だ。適齢期を迎えたけど、今となっては結婚という重圧のないこの暮らしに慣れつつあった。
普通の仕事より作業は楽だし、生活全般のことも学べた。平民でも暮らしていけそうだけど、一人は大変だから修道院暮らしでもいいかなと思った。
解熱剤や、傷薬などの庶民が使う薬も作れるようになった。
そして私は、とうとうハンターになった。神官長から許可をもらって、森の手前でたまに小さい魔獣を狩っている。森の奥は瘴気が濃いので大きい魔獣がいる。森の端は、大きい魔獣から逃れた小さい魔獣が来るのだ。
私は小さな弓を使う。ホーンラビットでも距離がある方が安全だ。魔獣は普通の動物に角があるので、名前にホーンを付けて呼ぶ。
魔獣は瘴気を出し、瘴気に当たると気分が悪くなって倒れることもある。瘴気が体内に入れば死に至る。聖女がいれば助かるが、この国にはいないので、ほぼ助からない。
私の矢が、逃げるホーンラビットに当たった。ホーンラビットは消滅して、魔鉱石だけ残る。魔獣は瘴気と魔鉱石の魔力でできているので、死ぬと消えてしまうのだ。
今日は三体仕留めた。上出来だ! 上手く狩りができているのも、ここは人里離れていて、狩りをする人がいないからだ。
私は修道院に帰る。崖の橋も慣れたけど、この高さはやっぱり怖い。谷の眺めは壮観だ。崖が曲がっているので町までは見えないけど、川が遠くまで見える。
弓や剣を保管庫に先に返しに行くと、トルファに会った。トルファも、もう立派な青年だ。
「また、魔獣狩りに行ったんですか?」
「うん。今日は三体も捕れたよ」
「いいなあ~」
魔鉱石は高く売れるから、トルファは羨ましがっていた。衛兵は怪我をしてはいけないので、魔獣狩りは禁止されている。もちろん令嬢も禁止なのだが、私がお願いして修道院に責任がない誓約書を書いた。家にも、もちろん秘密だ。
神官長室に行って、魔鉱石を三つとも渡した。
「ピニオンさんは、我々の救世主です」
神官長は魔鉱石を受け取って喜んだ。へへへ、役に立ててうれしい。
貴族からの寄付は、ほとんどが令嬢たちの宿泊費と食事、警備の人件費に使われてしまう。令嬢たちの料理を作るために、高級料理のシェフを雇っているのだ。他に、建物の補修に回る。別途資金があれば働く人たちの食事や、冬支度に余裕ができる。
私は対価として神官長から、銀貨一枚をもらった。いくつ持って行っても、一回の対価を同じにした。銀貨一枚あれば、おやつ代でもおつりがくる。他に買うものといえば、下着ぐらいだ。服は穴が開いても繕って着ていた。ヘミにいいかげん買ったらと言われたので、今は見習の白い神官服を着ている。これなら支給品なのでタダだ。上着の丈も膝下なので動きやすい。布の付いた神官帽も被っている。ヘミはそれを見て呆れていた。
ワンスに渡す現金がいるので、預金を下ろしに行かなくていいのも助かる。修道院は両替もしてくれる。
私は神官長室を出て、廊下を歩いて休憩室に向かった。
ワンスの手紙によると、ピニオンは地方社交界では死亡説が確定していた。世の中の噂とはいい加減なものだ。やれやれ。
お父様は相変わらず、エビに権限を与えず、エラも社交界には出さなかった。お茶会には出て、令息とも交流があるようだが、あの子も20歳だから適齢期を迎えたのにどうするつもりだろう。もしかして手元に置いておくだけ? 自分の親がそんなことをするとは思いたくない……。
アーヴィンは相変わらず、結婚はしていない。新しい婚約者の話もない。ダジメント男爵との関係もそれきりになっている。
たいした変化もないので、手紙の頻度も3か月から半年と下げた。お金だけは毎月ドーンに送っている。
悪役令嬢気質も抜けたと思う。もう、どっからどう見ても、立派な貴族令嬢を通り越して、平民の娘にしか見えない。3年も放置した結果だ。
ダンスも忘れた、ということはない。しっかり日課に含まれている。でもこれだけ時間が経つと、舞踏会に行く日があるとは思えないし、あの家があの平民親子に乗っ取られても、どうでもよくなってきた。私は見捨てられたのだろう……。これも確定だ。
ここでもすっかりベテランで、今も新しく来た令嬢たちの案内をしている。もう私が悪役令嬢のピニオンだと知っている人はいないし、今の私の姿を見れば、そう思う人もいないだろう。
行儀見習いの令嬢たちは入れ替わり立ち代わり来ては、帰っていった。もう羨ましいとは思わない。私は私のやり方で生きていく。
休憩室に入り、お茶の用意をして座った。
ただ、悪魔猫だけはいる。いてもあまり気にしていなかったけど。手をなめている姿はどこからどう見ても普通の猫だ。猫に話しかけるなんて馬鹿げているけど、久しぶりに聞いてみた。
「あなたは、今も悪魔のサルティーなの?」
猫はぴたりと止まると、こちらを見た。目の下が破れて赤くなる。
「!」
『そうだ』
今も私を監視してるんだ!
「伯爵を待っているの? あの人はもう来ないわよ。気が長いのね」
『悪魔に時間は関係ない。呼ばれれば、どこにでも存在している』
「つまり、今呼ばれたから来たということ?」
『まあ、今はそうだな』
最初も呼ばれたとか言ったな。じゃあ、さっきまでは普通の猫だったってことか。監視しているわけではない? いや違うな。でなければ、この猫はここにいないはず。
『我々は、同時に存在することもできる』
「悪魔にも時間はあるけど、私達にはその違いが分からないということ?」
『そうだな』
呼ばれれば誰にでも即対応できるということか、すごい。しかし……。私は猫じゃらしを取り出すと、さっさと振る。この猫じゃらしは、伯爵が置いて行ったものだ。
『あ、やめろ!』
悪魔猫は、猫じゃらしを追いかけた。悪魔は憑りつくことでしか、ここには存在できない。あはははは。猫から赤い目が消えて、普通の猫に戻った。この猫はこの修道院の周辺を縄張りにしていた。みんなも見かけるとご飯をあげたりと世話をしている。
修道女が休憩室にやって来た。
「あ、またマークが来ているわね。ご飯をあげるから来なさいよ」
猫は、誰かが付けたマークという名前で呼ばれている。サルティーは悪魔の名前だから誰にも教えられない。猫は修道女についていった。
ここは穏やかで、これが私の日常だった。
私にとって貴族なんかもうどうでもいいのよ。そういえば結婚から逃げたいと思っていたわね……。
私も仕事に戻ろう。
席を立った。ドアにもう一人の悪魔がいたのに気がついた。すっかり忘れていたのに……、伯爵がドアに立っていたのだ。




