1、婚約者に婚約破棄される
「ピニオン! お前との婚約を破棄する! お前のような悪役令嬢とは結婚できない。私はサンディと結婚する」
男爵がいない時に呼びつけて、何かと思ったら。メイドの肩に手を置いて婚約破棄ですか。私はゆがめた口元を、扇子で隠しながら聞いていた。
悪役令嬢とは、恋愛劇のライバルキャラのことだ。私も劇場で見たことあるけど、社交界では私に悪役令嬢というあだ名が付けられている。
男爵家の応接室には、私、ピニオン・マクレガー子爵令嬢と、アーヴィン・ダジメント男爵令息、メイドのサンディの三人だけ。私はサンディを品定めする。おかっぱの黒髪、上目づかい、華奢な体に豊満な胸。自分の眉がピクリと動く。上等ですわ! 私は扇子をぴしゃりと閉じた。
「分かりました。婚約は破棄しましょう。お父様には言っておきます。では、これで」
私はさっさと帰った。ちょうど良かった。婚約は親同士が勝手に決めたことだから。あんな脆弱なくせに浮気者なんて、私にふさわしくないですわ!
「おほほほ!」
馬車の中で高笑いしてみせた。でも、家に帰ったら帰ったで頭が痛い……。私の頭痛の種、それは……。
「お帰りなさいませ。お義姉様」
私はその声の主、義理の妹、元平民のエレオノーラをキッと睨みつけた。お母様と同じ薄紫の髪と菫色の瞳。見るたびにイライラする!
お父様はまだ帰っていないから、私は無視して部屋に戻った。
「お嬢様ったらまた、エレオノーラ様を無視して、困ったものね」
「今に始まったことじゃないじゃない」
「いいのよ。みんな」
メイドたちが聞こえよがしに言い、いい子ちゃんのエラがなだめるのはいつものことだ。部屋に戻ると鏡に映る自分を見た。私はお父様に似て、焦げ茶色の髪に緑の瞳で、見た目はお母様にまったく似ていない。
私が13歳の時にお母様は病気で亡くなってしまった。とても美しい人だった。一人っ子だった私はずっと泣いていた。両親からかわいがられていたけど、それからお父様との関係は変わってしまった。
私が料理人に、「これは食べないから、他のものを作って」、メイドに「やっぱりこっちにする」と我儘を言ってやり直させると、お父様が小言を言うようになった。それがおもしろくなくて、令嬢たちのリボンをほどいて泣かせたり、アーヴィンの服にクリームのお菓子をつけたりと、いたずらして楽しんだ。
ドレスも宝石も、お母様を失った穴は埋められなかった。それは、愛妻家のお父様も同じだと思っていた。
でも、違った。数か月前、再婚相手に平民の親子を連れてきたのだ。年が同じ義妹は、お母様と髪と目の色が同じだった。私はそれを見て、お父様から愛想をつかされたんだと思った。お母様と似た子供の成長を見たほうがいいのよね。継母のソルビエは濃い紫の髪と赤い瞳の意地悪そうな顔をした女だったから、多分こっちは関係ない。
私はもちろん仲良くしなかった。それを見てお父様は、
『エレオノーラと仲良くしないさい』
と、また小言を言う。私は返事をしない。おもしろくなくてまた、舞踏会で他の令嬢に意地悪して、おもしろがっていた。これ以上お父様に睨まれるわけにもいかないので、エラにはちょっかいを出せないからだ。おかげで誰からもお茶会に呼ばれなくなった。
幸いなのは、エラとソルビエが社交界には出ていないこと。お父様も平民を連れて行くわけにはいかないものね。でも、エラの評判が社交界に流れて、隠された華なんて呼ばれてるらしいわよ。逆にこっちは、口が悪くなる一方だわ。まるで私が平民みたい。
お父様が帰ってきたので、婚約破棄の報告に行く。執事のマイクに執務室に通された。お父様に説明をした。
「そういうわけです。よろしいでしょうか?」
「話は先方から直接手紙が来ていた。それによると、お前から断ったと書いてあった」
はぁ!? あいつめ! 〇ソが! おっと、また悪態をついてしまった……。
「……お前の言ったことが正しいだろう。婚約は解消する。下がりなさい」
ほっ、良かった。私は執務室から出た。あいつめ! でもこれで性悪な男と結婚しなくて済んだわ。
ダジメント男爵はうちの隣の領地だ。お互い子供一人だから、孫にうちを継がせるとか言う話になってたけど、人を、子供を産む機械みたいに言わないでほしいわ。お母様だって体が弱かったから、一人しか産めなかったって言ってたわ。私は直接お母様に聞いていた。
『私にはなんで、兄弟がいないの?』
そしたらお母様はちゃんと説明してくれた。でもそれは、早く別れるからだったからかもしれない……。令嬢なんて、大事に育てられても結局その役目のためよね。私は下を向いた。
食堂で四人で夕食を取っていると、ソルビエが婚約破棄の話をしてきた。
「ピニーがダメなら、エレはどうかしら?」
はっははは! どうぞ。ソルビエはエレと呼んでいる。私はエラのほうが魚みたいでお似合いだと思う。
「そんな……」
エラは顔を赤くする。お父様は無表情だった。
「いや、止める。男爵とは距離を置く」
へ~。まあ、男爵側が嘘をついたからな。お父様はこれでもやり手の領主だ。再婚相手以外はね。ソルビエは苛立った顔をした。お父様は知らんぷりした。やっぱり、お父様はソルビエに好意があるわけじゃないのよね。
でも、いっそのことエラが後を継いでもいいかもね。それならその先、私はどうしたらいいんだろう……。
自室のバルコニーで肘をついて考えた。結局、結婚するしかないのかな。アーヴィンのことをふさわしくないと言ったけど、誰なら自分にふさわしいのか?
王子とか? こんな田舎の子爵令嬢には無理だわ。それに第一王子には、もう婚約者がいる。ウィンター公爵令嬢だ。第二王子は性格に問題があるらしい。
他の令息で、王子をしのぐ人気と言われているのが、ローデン公爵家の四男、カイゼル・ケニン伯爵だ。成人すると母方の伯爵家を継いで、地方都市モントルの領主になった。光魔法が少し使えることで聖騎士として、悪魔祓いをしている。社交界にはほとんど姿を現さないが、シルバーブロンドの髪に、水色の瞳の美しい人らしい。私も見たことはない。でも、氷のように冷たいと評判の人で、令嬢たちを軽蔑の眼差しで見るという話だ。いつも黒い服を着ていて、ついたあだ名は死神。……ダメじゃんそんな人。
私が結婚に後ろ向きなのは、お父様との関係のせいよね。お父様とお母様みたいに、仲がいい夫婦ならいいかなと思う。そう考えるとお父様は悪くなかったのかも。昔は優しかったし……。
お母様が生きていたらきっと違っていたのかも。あの親子が来ることもなかった。なぜか、あの親子を見てるだけでとてもイライラするわ。
私は二人のことを考えて思わず、バルコニーの手すりをぎゅっと強く握りしめた。




