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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

"驯鹿"

掲載日:2025/12/17

雪原に這いつくばった両手の感覚が既に喪われて居る


なんなら服も着せて貰えて居ないし、全身が本当は麻痺して居るのかも知れなかった

もしかすると、あちこちに凍傷も有るのかも知れないが解らない



這いずるのを止めて呆然として居ると、じゃらりと音がして首輪が引っ張られた

こんな躰にされても窒息は苦しいらしく、僕は無意識に両手を首輪に当て、微力な抵抗を試みたが、直ぐに今度は背に、もうすっかり慣れてしまった鞭の打擲が和音の様に加わった



「トナカイさんは、そりを引きませんと」


首輪と繋がれた後ろのそりから、少年の声がする

端的に言うと彼は狂っていた


より厳密に表現するなら、彼は(本人の言葉を信じるなら)人間に会うのは僕が初めてらしく、一般的な常識をほとんど有して居なかった


暖かで優美な山奥の彼の屋敷には、数え切れない程の本が在り、彼はそれを通じて得た物のみ、人間についての知識を持っている様だった



「もうやめて……僕はトナカイじゃない」


絶え絶えになりながらの言葉だったが、言い終えるや否や、次の鞭が背に跳ねた



「あなたはトナカイです」



「そうで無いとすれば、何なのでしょう?」



良い終えて、彼はもう一度僕を打擲する

血だけでなく背中の肉が飛び散る感覚が在り、怖くなった僕は泣きながら再びそりを引き始めた


少年は満足したらしく、それから屋敷に戻るまでの間は一切の言葉が後ろから聞こえてくる事は無かった




「これも本で読みました」


「『トナカイはジビエで食すると良い』らしいです」



屋敷の前まで辿り着くと、少年は顔だけをこちらに向けてそう言った

……と言うのも、よく視ると彼の眼は僕の事を視て居なかったからだ


なにか遠く、眼の前に無いものを視て居るのかも知れなかった



───早く逃げないと


僕はようやく首輪を外して貰い、恐慌を起こしながら荒々しく酸素を吸い込んで居たが、差し迫ってそう思った

しかし衰弱し過ぎて居るのか、立ち上がる事すら出来なかった


或いは、もう僕は本当に、肉躰がトナカイになり始めて居るのかも知れなかった



とにかく、這ってあろうと逃げなくてはならない

しかし眼前の自分の手を視て、僕は少なからず絶望を感じた

凍傷で紫になった幾つかの指は、とっくに取れて無くなってしまって居たからだ


思いもよらない事に思考が停止して居る内に、少年はポケットから出したナイフを持って、もう僕の肩を掴んで居た



「待って──」


僕が言葉を発する頃には、もうナイフは肩に突き刺さって居た

少年は刺したナイフを斜めに捻り、傷口を(恐らく切り開きやすくする為に)拡げると、そのまま僕の背を一直線に切り裂いた



「あ……あ………」


振り向くと、傷口が視える


怖かった

これだけの状態にされながら、痛みが一つもしなかった事が



「やめて……」



少年はぶつぶつと独り言を繰り返しながら血抜きの方法について思い出して居た様だったが、僕がそう言うとようやく反応を視せた



「こうしていると、気の毒には感じますね」



「せめて美味しく頂戴します」


少年が口の周りを血に紅く染めながら、強引に捩じ切った僕の肉を口に運んだ

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