20限目 世界寄席〈ワールド・クエスト〉の真打(4)
出番を告げる一番太鼓が鳴り響く。寄席の楽屋という場所は、2051年になっても、どこか古びた木の匂いと、白粉の香りが混じり合う独特の結界だ。
「……あーあ。参っちゃったわね」
鏡の前で、務諾威笑来(50歳)は独りごちた。
鏡の中には、20代の若手俳優も裸足で逃げ出すような、完璧な「整ったおじさま」の顔がある。しかし、一歩高座へ上がれば、その面立ちに、大奥の女中の艶っぽさや、長屋の噂好き女房の狡猾さが、魔法のように憑依する。
「なによ、バニャーって子。学生のくせに、あんなに客席の空気を持っていっちゃって……。静まり返りすぎて、あたしの入る隙間がないじゃないの」
笑来は、しなやかな手つきで羽織の紐を整えた。
かつて「オネエ系落語家」としてテレビのバラエティを席巻した頃のギラついた名残は、今や円熟味という名のヴェールに包まれている。
「学生落語家に負けて、あー、真打も形無しね、なんてSNSに書かれた日にゃ、あたし、三日三晩、からあげ自棄食いして寝込んでやるわよ……」
愚痴をこぼしながらも、その瞳は鏡の中の自分を冷徹に見据えていた。
言葉とは裏腹に、笑来の心拍数は驚くほど安定している。バニャーが作り出した「神聖な静寂」を、どうやって「庶民の脂っこい笑い」に塗り替えるか。その算段は、すでに彼の脳内にある100種類以上の「女の引き出し」から、最適なものが選び抜かれ、整理されていた。
バニャーが海の向こうを語るなら、あたしは地面の這い方を語るまで。
「……ふぅ。……リセット」
短く息を吐くと、笑来の纏う空気がガラリと変わった。
先ほどまでの意地の悪いベテランの顔が消え、どこか愛嬌のある、それでいて一筋縄ではいかない「町の観音様」のような、懐の深い色香が立ち昇る。
「さて……。学生さんにゃあ逆立ちしたってできない、泥臭い女たちの愚痴、たっぷり聴かせてあげようじゃないの」
出囃子が鳴る。
笑来は、しなやかに腰を上げると、バニャーとすれ違いざまに「良かったよ」と一言、低い声で(これは男のままの、師匠としての声だった)短く告げた。
そのままツカツカと、しかし優雅に高座への階段を上がる。
めくりが変わった瞬間、客席から地鳴りのような拍手が沸き起こる。
「……お待たせ。さあ、楽しい『噺』の時間よ」
口角をわずかに上げ、笑来は高座の座布団へと、鶴が翼をたたむように着座した。
第十四回 長~いマクラ
(高座に上がり、羽織を脱ぐか脱がないかというところで、ゆっくり客席を見渡す)
「……えー、まあ、なんですか。皆さんも忙しいでしょう?
さっきからあっちの角のお兄さん、スマホの通知が止まらないみたいで。目がチカチカしてる。……大変だねぇ、休んでる間も『誰か』に追いかけられて―――」
客席から笑い声が湧き出す。
「最近のネットってのは、王様ですから。
『もっと映えろ』『もっと稼げ』『もっと幸せそうなフリをしろ』……。
みんな、その王様に貢ぐために生きてるようなもんだ。
でもね、王様の命令に従って、キラキラした自分を演じて……。
ふと鏡を見たときに、そこに誰も映ってなかったら……ねえ、季節外れの怪談じゃないんですから。
……あ、タイムキーパーのお姉さんが、こっち見て『早くネタに入れ』って顔してる。
いいじゃない、そんなに急いでどこ行くの。デートの約束があるの?
どうせ5分もありゃ、清彦とサユリはくっつくんだから。あらいけない!先にオチ言っちゃったわ!
大丈夫、大事なのは、その前の『溜め』ですよ……。
ねえ、皆さん。
嘘で固めた百万フォロワー、そういうのを、世間じゃあ『紆波(うねり)』なんて呼ぶらしいですが……。
私に言わせりゃ、ただの『微熱』。その微熱がなきゃ、人間、冷たくなって死んじまう。
でも、からあげ一個の油の匂いで繋がる『自分』もあるんですよ。
……おや、もう5分喋った?
じゃあ、そろそろ、からあげでも揚げますかね。
今じゃアプリのテクノロジーもアゲアゲなんてぇ、そんなお話で……」
第十五回 新作落語「映えの騙し愛」
「めくりにこう書いてございます。新作落語『映えの騙し愛』。
……えー、務諾威笑来はマクラが長いとSNSで叩かれております。
"即レスしろ"、"タイパが悪い"と、まあ便利な言葉で急かされる時代でございますな。
けれども皆さん、短気はいけません。
二〇五一年、何でも即レス、何でもタイパ。
たまには、からあげが揚がるまで、じっくり腰を据えて嘘に付き合っていただきましょうか」
「最近の下町はすっかり便利になっちまって。空にはドローン、道には自動配送ロボット。
ハイテクが日常を塗りつぶしても、この商店街だけは昔ながら。
醤油の匂い、揚げ物油の爆ぜる音。
香ばしい煙が、未来よりも先に立ちのぼっております。
ここは老舗弁当屋『ニュー・アサヒ』。
ご主人は幕内源吉(まくのうち・げんきち)さん。
奥さんは徳子(のりこ)さん。
忙しくて手が回らないもんですから、清彦という若いアルバイトを雇いました。
これがなかなかの腕前。揚げ物を任せりゃ天下一品。
源吉も徳子も、大助かりでございます」
ところがある日――。
源吉、揚げ物鍋の前で腕組みをしている。
『おい、徳子。清彦の野郎、三日も無断欠勤だ。
あいつの"揚げ"のセンスは抜群だが、根が真面目すぎる。
何かあったに違いねえ。ちょっと様子を見てきてくれ』
『もう、あんたは人使いが荒いんだから』
徳子、エプロンを外して清彦のアパートへ。
『清さん、生きてるの? ……あら、真っ暗じゃない。どうしたのさ』
万年床に伏せった清彦、幽霊みたいな声。
『奥さん……僕、もう駄目です。恋患いなんです』
『えっ?』
徳子、咄嗟に髪を整える。
『恋わずらい……? まあ清彦さん。あんた、あたしが狙いだったの?
困るわよ、あたしには源吉っていう不器用な亭主がいるんだから。
でも、その情熱……嫌いじゃないわよ?』
『……何言ってるんです。僕が好きなのは、この画面の"サユリちゃん"です』
差し出されたスマホの画面。
フォロワー百万人、絶世の美少女。
徳子の不徳は、たちまちに氷点下に」
笑来は扇子をスーッと頭の上から座布団下まで下ろす。
「奥さんはスマホの派手なエフェクトに飾られた"サユリちゃん"を、眉間にシワ寄せて一瞥する。
『……ふん。 こんなAIでこねくり回したみたいなお顔がいいって言うの?
わかったわよ、旦那に伝えておくわ!』
よろめきかけた、不徳の徳子さん、急いで旦那様の元に帰ります」
第十六回 清彦のデートチャレンジ
「徳子が店に戻ると、ニュー・アサヒの厨房は油の匂いとともに不穏な空気が立ちこめていた。
『どうだった?』
揚げ鍋の前で仁王立ちの源吉が、ひっくり返しかけた唐揚げを箸でつつきながら聞く。
徳子はため息をついた。
『恋患いですって。相手は……インフルエンサーの姫よ』
『はあ?』
その瞬間、源吉の手元で、じゅわっと不穏な音。唐揚げの一つが黒く焦げる。
源吉はそれを無言でつまみ上げ、ぽいっとゴミ箱へ放り投げた。
『なんだ、ネットの姫か! 清彦のやつ、三日も油を放っておいて、
衣で飾ったデジタルの天ぷらに惚れたってのか!』
『天ぷらじゃないわよ、AI加工の美少女よ。フォロワーは百万人!』
『百万人!? うちの商店街の客より多いじゃねえか……』
しばし沈黙。
源吉は急ににやりと笑った。
『よし。そんなに好きなら、そいつの"オフデート企画"に応募させりゃいいんだ』」
―――
《解説:オフデート》
近年、ネットで人気のある"リアル系キャラ"(実在の人物インフルエンサー)の間では、「オフデート企画」が定番の集客手法になっています。
これは、抽選などで選ばれたファンと実際にデートをするという企画です。ただし参加できるのは、ある程度ルックスがいい応募者に限られます。なぜなら、この企画の本質は"恋愛"そのものではなく、"見られること"だからです。
「オフ」と言いながら、デートの様子はオンラインで実況配信されます。
視聴者は、選ばれた相手に嫉妬しつつも、デートの行方を食い入るように見守ります。
重要なのは、その後。
デートは一見うまくいったように終わりますが、次の報告配信でインフルエンサーがこう言うんです。
「やっぱり、ちょっと合わなかったかな~」
この一言で、視聴者はほっとします。
「自分にもまだチャンスがある」と思えるからです。
その安心感と疑似恋愛の継続が、ファンの結束を強め、投げ銭が一気に増える。
つまりこの仕組みは、
1.希少性(抽選デート)
2.嫉妬と没入(実況配信)
3.安堵と希望(破局報告)
4.応援課金の増加
という心理の流れを巧みに利用した、人気維持・収益拡大のモデルなんです。
恋愛というより、感情設計されたエンターテインメントと言えるでしょう。
―――
「徳子さんは『オフデート?』と聞き返す
『俺の若い頃の背広を貸してやる。
これで"IT企業の社長"にでも化けちまえばいいんだ。
デートしてフラれて、思いを吹っ切るんだよ!」
そう言うや否や、源吉は店の奥へどたどたと消えた。
しばらくして、埃まみれの衣装ケースを抱えて戻ってくる。
『これだ!』
広げられたのは、三十年前のスリムなセットアップ、ダブルのスーツ。
深いネイビー。光沢のある生地。肩はきりりと張り、ウエストは絞られている。
ところが今の時代のレトロ回帰ブームでこの形は“超最先端”。
セレブ御用達、ヴィンテージ一点物扱いである。
徳子さんはそれを両手で持ち、しばし遠い目をした。
『……まあ、懐かしい』
源吉がちょっと得意げにする。
『どうだ、まだイケるだろ!』
『若い頃の源吉さん、このスーツ着てね……本当にステキだったわ。
商店街のチャック・ノリスって呼ばれてたのよ?
今はねえ……あんなにお腹が出て、スーツのボタンどころか、
ズボンのチャックさえ締められないけど』
『うるせぇよ! 余計なお世話だ!』
源吉、エプロンの紐をきつく結び直すが、腹は引っ込まない。
なんとかしてやるから出て来い、と無理やり清彦は店呼び出される。
目の下にクマ、頬はこけ、まるで揚げ油を三日間吸っていない人間の顔である。
『ほら、着てみろ』
半ば強引にスーツを押しつけられ、清彦はおそるおそる袖を通した。
――ぴたり。
肩も、腕も、ウエストも。
誂えたようにぴったり。
徳子が目を丸くする。
『あら……』
源吉も二度見。
『へえ…三十年前の俺は、そんなに細かったのか?』
清彦が鏡の前に立つ。
寝癖を整え、徳子がワックスを塗り、源吉が古びたサングラスをかけさせる。
『……どうでしょう』
そこには、少し怪しいが、どこか羽振りの良さそうな若社長に見えなくもない。
言われなければ、揚げ物担当アルバイトには見えない。
源吉は少し考えて、にやりとした。
『よし。これで"成金IT社長・清彦"だ。
名刺は……"CEO"って書いときゃそれっぽいだろ―――
社名は――"株式会社ニュー・アサヒ・テック"で、どうだ!』
清彦は鏡の中の自分を見つめながら、小さくつぶやいた。
『……サユリちゃん、待っててください』
その背後で、源吉がぼそり。
『待ってるのは、だいたい請求書だぞ』
さあて、ネットの映えと下町と見栄が交差する、奇妙な作戦がこうして始まったんです」
第十七回 虚飾のインフルエンサー
「では、ネット姫の楽屋裏を、ちょっと覗いてみましょう――。
―――今日もサユリは、巨大ディスプレイに映し出された
"今月の収支レポート"を見つめて、がっくりとうなだれていた。
『……広告収入、ずいぶん減ったわよね……』
フォロワーはかつて百万人超えのトップインフルエンサー――だったこともある。
だが現実は非情である。
再生数は右肩下がり。
コメント欄は『懐かしい!』と『まだいたの?』が半々。
投げ銭は飛ぶが、昔ほどではない。
サユリもこの業界に入って、もう十年になる。
十年前は、ただ笑うだけでトレンド入り。
くしゃみをすれば切り抜き動画が量産され、
ラーメンをすすれば"国民的すすり姫"と呼ばれた。
しかし今はどうだ。
新人が毎日三百人デビューし、
全員が『史上最高の透明感』と紹介される世界である。
『若い子はいいわよねぇ……毛穴がフィルターいらずだもの』
サユリは自分の顔に最新の“若返り補正AI”をかけながらため息をついた。
補正率は年々上昇中。いまや原型は企業秘密である。
『実益も兼ねて、オフデート企画も続けているけど……』
モニターには、過去のデート配信のダイジェストが流れる。
高級レストラン。
夜景クルーズ。
バーチャル花火。
どの男性も、最初は目を輝かせる。だが話題はだいたい三つに集約される。
・自分の会社の話
・仮想通貨の話
・サユリの顔が小さい話
『……ホント、見かけだけで中身のない人ばっかり』
デートは盛り上がった"風"で終わる。
翌週の報告配信でサユリはこう言うのだ。
『やっぱり、ちょっと合わなかったかな~』
するとコメント欄は歓喜に沸き、投げ銭が飛び交う。
――これが仕事。
――これがビジネスモデル。
だが最近、心が追いつかない。
『そろそろ結婚して引退しようって思っているのに……』
そうつぶやきながら、オフデート応募リストをスクロールする。
・医者。
・投資家。
・宇宙観光パイロット。
・メタバース地主。
どれも似たり寄ったりだ。
そのとき、指が止まった。
『……株式会社ニュー・アサヒ・テックCEO、清彦?』
プロフィール写真が表示される。
レトロなダブルスーツ。
きりっとした目元。
どこか令和の香りが漂う若社長。
『……あら、ルックスもいいじゃない』
企業情報を読む。
――"伝統と未来を揚げるテクノロジー企業"。
『揚げる……?』
一瞬引っかかったが、深くは考えない。
『最後に、もう一回オフデートしてみようかしら』
自分でも驚くほど、静かな声だった。
『これで駄目だったら……』
サユリは画面を閉じ、少しだけ真顔になる。
『……お見合いサイトに実名で登録しよう』
十年守ってきた芸名を、あっさり捨てる覚悟。
その瞬間、マネージャーAIが無機質に告げた。
《次回オフデート配信、予想同時接続数:過去三年で最高値》
サユリは微笑んだ。
『……皮肉ね。本気になりかけた時に、視聴数が戻るなんて』
未来の姫と、油の匂いの若社長。
配信開始まで、あと三日である。
第十八回 地獄のオフデート
「高級ホテルのラウンジ。清彦は『ハイテク企業の社長』として、サユリの前に座った。
『……お待たせ、サユリ。僕の自家用シャトルが少し遅れてね』
『キヨさん! 素敵!』
サユリはキラキラしたオーラを全開にする。
だが、彼女の瞳の奥には、浮遊するドローンカメラのレンズが常に映っていた。
これは、一〇〇万人が見守る『嫉妬』の公開実況なんです。
『キヨさん、そのスーツ、ヴィンテージかしら? 肩の張り方が……個性的ね』
『あ、ああ、これは……レトロ感覚のリバイバルさ。ハハハ……』
清彦は冷や汗を流しながら、源吉に教わった「社長っぽい笑い方」を繰り返す。
ところが、会話が盛り上がった最高潮の瞬間。サユリのスマホから無情なアラートが鳴り響いた。
『あ……ごめんなさい! 配信の回線がパンクしちゃった!』
サユリが慌ててデバイスを操作した瞬間、彼女を包んでいた「美少女フィルタ」が、
バグを起こして消滅した。現れたのは、厚化粧で目の下にクマを作った、疲れ切った一人の女性。
同時に、清彦も緊張のあまり激しく動いた拍子に、背広のボタンが「ブチンッ!」とはじけ飛んだ。
中から出てきたのは、ヨレヨレの『ニュー・アサヒ』のTシャツ。清彦は観念した。
『……バレた。僕、ただの弁当屋のバイトです。このスーツ、借り物なんです』
サユリは、フィルタの切れた素の顔で、呆然と清彦を見つめた。
『……。……なんだ、あんたも偽物だったのね』
だが、彼女はプロだった。すぐに予備のカメラに向かってあざといウィンクを飛ばす。
『はーい、皆さん! 今日のデートは"偽装CEO"の大失敗でしたー!
騙された私に慰めのスパチャ、待ってまーす!』
配信が切れた後、サユリは崩れるように座り込み、
清彦が持ってきた「お土産のからあげ」を一つ口にした。
『……美味しい。AIレシピで作られたから揚げより、ずっと……』
後日。
『ニュー・アサヒ』の厨房には、驚くことにサユリがいた。
『清彦さん、今日のからあげ、ちょっと揚げすぎじゃない?』
清彦は照れ臭そうに、でも誇らしげに答える。
第十九回 嘘から出たカップル
「……さて、"嘘から出たまこと"なんてぇ言葉がございますがね。
あの嘘つきデートの夜から、数ヶ月後。
二人がどうなったかってぇと――これが驚いちゃいけません
八百屋の隣、元・クリーニング店の跡地に、やけに派手な看板が掲げられている。
『からあげ専門店・サユリ&キヨ』
ピンクと金文字。
横には、なぜか小さく"Since 嘘デート"。
これが今、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気店。
資金はどこから出たのかって?
サユリちゃんが、インフルエンサー時代に身を削り、
フォロワーを惑わせ(失礼!)、
必死に積み上げた広告収入と投げ銭――
……いやいや、“血と汗の結晶”でございます。
店先。
サユリが腕組みをして、揚げ場の清彦を睨んでいる。
『いい、清彦さん。あたしの全財産、この店に投資したんだからね。
もう後戻りなんてできないわよ!』
清彦は、揚げたての鶏を油きりのバットに移しながら、満面の笑み。
『大丈夫さ。この"むね肉アゲアゲ弁当"がありゃあ百戦百勝だ。
あのデートの前、偽物のスーツを着て胸をバクバク
――いや、アゲアゲさせてた僕の情熱を、そのままからあげに閉じ込めたんだから!』
油がぱちぱちとはぜる。
衣はサクサク。
中はじゅわり。
恋も同じで、揚げどきが肝心で。
評判は評判を呼び、
いまやデパートの高級名品コーナー、
さらには新幹線の駅弁売り場にまで進出。
弁当箱のフタには小さく書いてある。
《元・嘘つき同士の恋から生まれました》
『これ、あのネットの姫の?』
『CEOって弁当屋だったの?』
噂を肴に、みんな買っていく。
……で、そんな出来すぎた話、本当にあるのかって?
あたしも昨日、その店に行ってみたんですよ。
暖簾をくぐると、そこにはサユリちゃん。
フィルターなし。加工なし。なのにまあ――驚くほど綺麗な、"本物の笑顔"。
油の湯気の向こうで、軽やかにトングを振るっている。
『いらっしゃいませ!』
その声に、かつての配信の面影はない。
あるのは、腹の底からの明るさだけ。
あたしが言いました。
『からあげ、一つくださいな。いつものアツアツで揚げすぎなやつ』
するとサユリちゃん、いたずらっぽく笑ってこう言う。
『まあ師匠、ちょっと揚げすぎだったかしら?』
横から清彦が顔を出す。
『熱かったでしょう。ようやく僕らの仲も、サクサクと進み始めたもんで』
二人で顔を見合わせて、笑う。
嘘から始まった恋が、
油にくぐって、こんがり本物になった。
……なんてね。
――と、いうことらしいですよ?知らんけど。
これでお後がよろしいようで。
ーー続くーー




