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最終話 君が選んだ道と、俺が選んだ道


「あーあ。ありゃあ逃げられそうにないなぁ。悪いなレナ。俺が観覧車に乗ろうって言ったばっかりに」

「ううん。“コレ”があったらどこへいっても一緒だもん」


 彼女はバッグの中で見つけた発信機を俺に見せた。そして続ける。


「それに、もう逃げないよ」

「そうか」

 

 観覧車が地上に戻る。


 ゴンドラのドアが開いた瞬間、緊張が押し寄せてきた。


 出口周辺には、黒いスーツの男たちが既に待機していた。無線機を握り、周囲に散らばっている。

 観覧車から降りてくる家族連れやカップルは、彼らの存在に気づいてざわめいた。


 詩織(しおり)――いや、如月レナは、もう隠そうとはしなかった。黒髪のウィッグも外したまま。

 金髪と光るピアスを覗かせたままの姿で降り立った。


 人混みのざわめきが大きくなる。誰かがスマホを構えている。SNSに流れるのは時間の問題だろう。


 黒服のリーダーらしきオールバッグでサングラスの男が言った。


「詩織お嬢様、お迎えにあがりました」


 口調は丁寧だが、その目には逃げ道を許さない仕事人としての強さがあった。

 

 レナは息を呑む。その肩に、俺は自然と手を置いていた。


「カイト君?」


 俺はレナの前に一歩出て言い放った。


「待ってください」


 自分でも驚くほど、声ははっきりしていた。

 周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。俺は一歩前に出て、スマホを掲げた。画面にはさっき作ったばかりのマッチングアプリの画面。


「彼女は……今日は俺とデートをしています。アプリの規約にあるように、お互いの合意の上でここにいます。だから、勝手に連れて行かないでください」


 黒服たちが一瞬、顔を見合わせた。

 周囲の人混みが「如月レナじゃね?」「彼氏?」「デート?」「うそ!」とざわつく。

 スマホを構える人がさらに増える。


 注目が集まったこの場で強引にレナを連れ去れば、その途端、大騒ぎになる。大財閥に勤める黒服たちもそれは避けたいはずだ。いや、絶対に避けなければならない。


 レナも前に出て、はっきりと言った。


「今日は戻りません。

 でも……明日、自分の意思で父のもとへ行きます。だから、今日だけは自由にさせて。お願い」


「詩織お嬢様……」


 黒服のリーダーはしばし沈黙し、やがて無線に口を寄せる。


「……各員、撤退」


 無線の声が小さく飛び交い、黒服たちは一人、また一人と人混みに紛れていった。

 張り詰めていた空気が一気に緩む。観覧車の光が夜の街を照らし、人々はようやくざわめきを日常へ戻していく。


 二人きりになった橋の上。


 川面に映る光が揺れ、夏の風が髪を揺らす。詩織は深く息を吐いた。


「……ありがとう、カイト君」

「いや。ネットにさっきの動画とか写真、拡散されるかも」

「いいよ別に。炎上くらい乗り越えなきゃね」


 最初に俺が感じたの印象とおり、芯の強さを感じさせる子だ。


「そうか」


 レナは空を見上げる。

 その横顔には決意の影があった。


「もう逃げるばっかりじゃなく、話すよ。パパにも、事務所のことも、許嫁のことも。……自分で選ぶって。そんな私を見ててって」


「いいと思う」


 俺は頷いた。

 強い人だと思った。けれど同時に、少しだけ寂しかった。今日限りの代打の役割が、終わってしまう気がして。


「さて。デートの続き、どこ行く?」

「え?」


 俺が驚いていると、彼女が俺の腕を掴んで引っ張った。


「さ、いくよカイト君!」

「って、引っ張んなよレナ」


 バックに観覧車が見える、夜の公園――


 噴水の水がライトに照らされて虹色に光り、ベンチには散歩帰りの夫婦や学生が腰かけている。俺とレナはゆっくり歩いた。

 彼女は時折、スマホを見ては苦笑した。SNSではもう写真が出回っているのだろう。それでも、顔を伏せることはしなかった。


 さぁ、ここで終わりだ。


「今日は楽しかった。ありがとう、カイト君」


「そっか……。ま、お互いに“選ぶ道”は違うだろうけど頑張ろうぜ」


「うん……」


 別れ際、レナは振り返って手を振った。その笑顔は、最初会ったときよりもずっと自然で強かった。

 

 そして、彼女は夜の街の方へと溶けていった。



 * * *



 あれから数日後――


 如月レナは相変わらずテレビやSNS、動画サイトでひっぱりだこだった。ワイドショーでは「如月レナ、謎の男性と観覧車デート?」と騒がれ、SNSでは憶測が飛び交っていた。

 しばらくは大炎上を見せていた。だが彼女はそれを逆手に利用して、世間からの注目を大規模な“広告”として利用してしまったのだ。


 俺は講義の合間の学食でスマホを眺めながら、呟いた。


「……アイツ。転んでもただじゃあ起きないタイプだな」


 きっと父親とも話して理解を得たんだろう。

 そう思う一方で、心の奥にはぽっかりとしたさみしさが残っていた。


 そのとき――


 スマホが震えた。あの日、登録したまま放置していたマッチングアプリの通知だった。


『あなたが鳳城詩織(ほうじょうしおり)に評価されました。』


 胸が一度、大きく跳ねる。

 恐る恐るアプリの画面を開く。


 評価は星五つ。そこには短いコメントが添えられていた。


『最高の代打彼氏!』


 不覚にも思わず笑みがこぼれてしまった。

 代打でもいい。あの日、俺は確かに彼女と一緒に走ったのだ。


 画面を閉じ、まぶしい陽の光の差す窓の外を見上げた。


 俺の胸の奥にはまだ、あの時の彼女の歌声が残っている。



ここまでお読みいただきありがとうございました。

本作は「30分で読み切れる短編シリーズ」の一つとして執筆しました。忙しい毎日の合間や、ちょっとした休憩時間にでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


また、アキラ・ナルセのページ内「シリーズ」として、同じく【30分読破シリーズ】をまとめていますので、ぜひ他の作品もお楽しみください。


今後も、同じく30分程度で読める短編を投稿していく予定ですので、また気軽に覗きに来ていただけると幸いです。

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