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第2話 君とマッチングするべき道

 

 俺達は駅前のロータリーを抜け、駅ビルに併設するショッピングモールに駆け込む。

 

 後ろを振り返ると、黒服の男たちがこちらを見失わない程度の距離を保ちながらついてくる。


(何なんだよアイツら……!)


 俺はただ彼女に腕を引かれるままに走った。息が切れる。周囲の買い物客が驚いたように視線を向ける。

 流石の黒服達も周囲の冷たい視線を受けて、俺達を追う速度が落ちたようだった。だんだんと彼らとの距離が開いていく。


「なぁ! あいつら見えなくなったぞ!」

「ホント?」


 やがて彼女は足を止め、俺の手は掴んだまま、プリクラ機の並ぶゲームコーナーに飛び込んだ。そして一台のプリクラの筐体(きょうたい)の中に布のカーテンを強く引き、俺を中に押し込む。


「一体、何だって言うんだよ」

「しーっ」


 狭いカーテンの内側。外のざわめきは途切れ、機械の液晶の光と、低い駆動音だけが響く。暗がりの中で、彼女は息を整えていた。


 ――次の瞬間、彼女が頭から黒いウィッグを外した。


 現れたのは、光を跳ね返すようなショートカットの金髪。両耳にはパールのついた小さなピアスが二つ。さっきまでの“清楚な黒髪の女の子”とはまるで別人だった。


「……っ!」


 声が出なかった。目の前にいるのは、普段からテレビやSNS、で見たことのある存在だったからだ。そういった界隈に(うと)い俺でも知っている。たしかフォロワーも何百万とかいるんじゃなかったか。

 彼女は数万人を前に歌って、おどって、しゃべれる超人気アイドル――如月(きさらぎ)レナ。


「キミは、確か――き……」

「私は如月レナ。まぁ、それは芸名で本名は鳳城詩織(ほうじょうしおり)。……遠山だなんて嘘をついてごめんね、カイト君」


「それはさっき、わかってたけど。まさか……本物?」

「本物」


 彼女は頷いた。


「どうしてこんな……?」


 彼女は一呼吸おいてから話してくれた。


「父が決めた“顔合わせ”から逃げてきたの。私、日本ではちょっと有名な財閥の娘でね。」

「鳳城……。ってちょっと待てよ……! もしかしてあの鳳城ホールディングスか!?」


 如月レナは首を縦に振った。


「選りすぐりのIT、通信、金融、不動産企業を傘下に持つ化け物グループじゃねぇか」


「みんなそういうよね。そんなこんなで私には、許嫁(いいなずけ)がいてね。今日、正式に紹介されるはずだった。でも、もう親元を離れてアイドル活動をしている私はそれが嫌で……どうしても嫌で。それで、逃げ出したの」


 俺は狭いプリクラ機の中で、唾を飲み込む。


「じゃあ、駅で俺に声をかけたのは……?」


「追ってきた黒服に見つからないため。変装をした上で彼氏がいるって思わせれば、彼らの目を一瞬でも(あざむけ)けると思ったの。もし、見つかっても少なくとも強引には連れ戻せない」


「でもあの時、俺がもし、キミなんか知らないって言ったらどうするつもりだったんだよ」


 俺が呆れながら言うと、彼女は答えた。


「私が焦りながらカイトくんの後ろを通ったとき、偶然スマホの画面が見えちゃったの。カイトくんの画面に待ち合わせ時間が表示されてたのもね。」


 彼女は続ける。


「あ。ちなみにそのマッチングアプリ、私がお仕事で最近紹介したやつだから、何となく覚えてたんだよね。待ち合わせ時間を過ぎても相手が現れずに、腕時計を見ながらキョロキョロしてるキミだったら勢いでいけるかなーって」


 説明を聞きながら納得する部分もあったが、どう考えても博打にも近い“異常な行動力”なのは間違いない。やはり表で活躍する人間というのは、どこか突き抜けているものなんだろう。


 そう考える俺の思考を読んだかのように、彼女は俺の額にデコピンをした。


「いてっ!」

「今、私のこと、“変な女”とか思ったでしょう!?」

「そんなこと思わないよ。ただ、“めちゃくちゃ変な女”だなって」


 彼女は二度目のデコピンをした。


「いて!」


 彼女は笑った。――自然に。


「じゃあさ、カイト君。ずっとここにいるわけにもいかないしアイツらが帰るまで、今日一日でいいから私の代理彼氏になってよ」


 そう言って彼女は綺麗な顔立ちで至近距離の俺をまっすぐ見つめた。

 なんてずるい女だ! 百万人単位のフォロワーがいるのは納得だ。


 俺は息を吐いた。


「まったく。カフェの後、すぐに帰るつもりだったんだけどな……」


 肩をすくめると、彼女の表情がふっと和らいだ。


「ありがと!カイト君、じゃあよろしく!」


 俺はしばし黙ったのち、小さく頷いた。


「……わかったよ」


 その時、外から若い女子学生達の声が近づいてくる。


「あ、流石にそろそろ出ないとね」

「そうだな、一旦移動しよう」


 俺たちはフードコートへ足を運んだ。人混みに紛れるのが目的だが、如月レナ――いや、“詩織”がお腹が空いたとだだをこねたからだ。まったく、隠れる気があるのかないのか。


 トレーの上にはアイスとポテト。周囲には学生カップル、子供連れ、老人の夫婦。どれも俺にとっては“普通”の風景。

 だが、彼女にとってはそうではない。


「こういう場所、初めてかも」


 詩織は、再び被った黒髪ロングのウィッグ姿で、アイスを小さなスプーンですくい、目を細めた。


「うーん、おいし!」

「やっぱ財閥の令嬢やアイドルをやってると、こういうところには来られないのか?」


「うん。誰かに撮られて、SNSに載せられちゃうもん。たった一枚で何千、何万もの評価がつく。……だから、怖い、かな」


「なるほどな。有名人も大きな対価を払ってやってんだな」


 俺はストローを加えてオレンジジュースを口に含んだ。


(うわ、甘い)


「でも、今日は普通の女の子になれてる。カイト君のおかげ!」


 彼女は笑った。俺の名前を自然に呼んで。胸の奥がくすぐったい。

 俺は冗談めかして彼女に言った。


「じゃあ、マッチングアプリで本当の普通のデート、してみるか?」


「え?」

「ちょうどこのアプリあるし。詩織も使い方知ってるんだろ?」


 詩織は目を輝かせて頷くと、スマホを取り出した。こういったことも経験がないのだろうか。


「やってみたい!」

「おし、俺は今から新規登録するから」


 俺達は互いに教え合いながら、簡単にアカウントを作り終えた。


「ここを押して、詩織にフレンド申請っと」

「あ、きたきた! 承認ね!」


 彼女は子供のように目を輝かせた。

 

 画面に「おめでとうございます。鳳城詩織さんとマッチしました」の文字。

 詩織は手を叩いて笑った。


「こうやって始まるんだね。楽しい!」

「ってお前、このアプリ案件でつかったんだろ?」

「あの時はあくまで“如月レナ”であって、“鳳城詩織”じゃないもん」

「そういうもんかね」


 俺達は待ち合わせ時間を現在時刻に設定し、デートのスケジュールを設定した。


「えーっと、今が午後2時11分だから、今から本当のデートだねカイト君!」

「そうだな」


 アイスを食べる小さな音。カップにスプーンが当たる高い音。その全部が、不思議な安らぎを与えた。

 

 だけど、それは長くは続かなかった。黒服たちがフードコートの出入口に何人か見えた。


「まじかよ、見ろよ詩織。時間の問題だぞ……」


 俺は息を吸い込み、彼女にテラス席の向こう側に映っている巨大な乗り物を指さす。


「あの観覧車。カップルを装って乗ろう」


 ショッピングモールに併設された高くそびえる“大観覧車”。


 人混みを抜け、俺たちは再び駆け出した。

 外階段を登り切り、観覧車の乗り場に到着。素早く俺がタッチ決済で支払いを済ませるとゴンドラが回ってきた。


 係員の誘導に従って俺達はオレンジ色のゴンドラに乗り込んだ。

「お二人様ですねー。いってらっしゃーい」



 観覧車の中。

 狭いゴンドラに二人。息を切らし、しばし笑い合う。


「ドキドキしちゃうね!」

「おまえな……」


 窓の外、街並みが少しずつ小さくなる。夕暮れが始まり、オレンジ色の光が二人を照らす。


 俺は向かい合った詩織の子供のような瞳の見たが、長くは持たずに景色に視線をスライドさせた。

 

 静かな時間が流れる。

 やがて、詩織はぽつりと呟いた。


「普通のカップルって、こうやって気ままにデートするんだよね」

「ん? まあ、そうだろうな」

「いいなあ。私も、いつか、誰かを好きになって、その人と結婚したい」

「……」


 俺は少し考えてから言った。


「詩織、君には今、“三つの道“がある」


 詩織は、きょとんとして俺の目を見た。


「何? カイト君ってば急に……」


 俺は真剣に続けた。


「一つ目は財閥の娘として、どこかのそうそうたる大企業の取締役の元に嫁ぐこと。これは華々しく、おそらく失敗もない誰もが羨む道」


「うん」


「二つ目は今、詩織が言った、極々普通(ごくごくふつう)の恋愛を経て結婚して、慎ましくも暖かい家庭を作ること。これは、統計上ではきっと多くの人が歩んでいる誰もが望む道。」


「うん」


「そして最後は、アイドルとして表に出続けること。これは派手だけど、安定はなく、楽しいことばかりじゃない。でも……」


「……でも?」


「その人の頑張り次第で、より多くの人を魅了して、より多くの人を幸せにすることができる道」


 詩織は黙っていた。


 観覧車が頂上に近づく。


 やがて、彼女はゆっくりと黒いウィッグを外した。その金髪が赤く、夕陽に輝き、ピアスが光を跳ね返す。

 

 彼女の雰囲気が変わった。

 空気でわかる。今、ここにいるのはもう鳳城詩織(ほうじょうしおり)じゃない。


 そう――“如月レナ”。多くの人を魅了し、幸福を生み出す者。


 そして、彼女は息を吸い込むと、俺以外の誰にも聞かれていない、小さな空間でコンサートを始めた。

 透き通る声。人の心を掴む力。その瞬間だけ、世界が彼女を中心に回っていた。


 歌い終えると、彼女はまっすぐに俺を見た。


「カイト君。私は、やっぱりこの道を選ぶよ」

「そうか」


 俺はただ頷いた。胸の奥が熱くも涼しい。


 観覧車がゆっくりと降下していく。

 地上に近づくにつれ、再び現実が迫ってくる。出口では黒服たちが大人数で待ち構えている。



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