妖精王の幸せ
長い時を生きる妖精王は妖精の悪戯を諌めたり、いろんな場所にある妖精の住まう森を守ったりと忙しかった。
彼は元は人間だった。死んだ後に神から生前の善行を褒められ、願いを叶えて貰えることになった。
「お願いを聞いて貰えるのですか? でしたら私は、身分の違いで別々に生きた恋人に会ってみたいですな。ですが私は90歳まで生きたし、彼女ももう生まれ変わっているでしょうな。会えたら嬉しいですが、会えなくても良いのです。こんな風に話ができて楽しかったです。ありがとうございました」
彼は欲がなく。
つい秘めた思いを吐露していた。
まるで思い出話のように。
聞いて貰えただけで嬉しかったと、お礼までして。
彼が思っていた通り、愛しい人は生まれ変わっていて会えなかった。
けれど神は彼に言うのだ。
「長く生きる妖精になって、転生した彼女と話してみると言い。ここに呼んでやれなくてすまないな」
「いえいえ、そんな。私こそポロッと迂闊なことを申しました」
「良いんじゃよ。それがおぬしの未練だったのだろう。いろいろと辛いことも多い人生じゃったな。よう頑張った」
「……ありがとうございます。その言葉だけで、報われた気がします」
「そうか、それは嬉しいな。彼女に会えたら、人間に顕現して話せるようにしてやる。その後は寿命を迎えてまた輪廻に加わることになる。まあ、楽しんでおいで。会えば魂が惹かれて、目が離せないようにしておくから」
「分かりました、神様。私の為にいろいろと、ありがとうございます」
そんな感じで妖精になったのだが、元来面倒見の良い性分だった為に、いろいろと妖精達の為に動いた。
森を守ったり、人間に悪さをして報復されそうな妖精を庇って謝罪したり(巫女に目をつけられて消滅させられそうな奴を助けたり)、良い人間には悩みを聞いたり祝福を与えたりと、真面目だったことで感謝されて格が上がっていった。いつの間にか力が増えて、妖精王になってしまう。
そんなだから愛しい人には、なかなか会えないでいた。いろんな場所を移動するけれど、そこそこでトラブルを解決しているから時間を取られてしまう。
人間の寿命は100年もない。
いろいろと動いている間に、愛しい人は何度も転生していた。
妖精王になっても力を使い過ぎると疲労し、数百年の眠りに就いてしまう。そんな感じですれ違いが起こり、漸く会えたのがローズナだった。
彼女はまた貴族に生まれており、妖精の一人がかけた悪い祝福にまでかかっていた。
「あの時の悪さだな。妖精の力が彼女にまでひどいことをしたのか」
ガックリと肩を落とす妖精王に、周囲の妖精達はアワアワと慌てた。いつもスマートに物事を熟なす彼が、まるで泣きそうな様子だったからだ。
「大丈夫、妖精王様」
「泣かないで」
「どうしたの?」
「意地悪されたの?」
「お腹空いたの?」
「違うんだ。懐かしかっただけなんだよ。みんなありがとう」
「そうなのぉ?」
「何ともないのね」
「良かった」
彼のように前世の記憶を持つ妖精は少ないから、懐かしい気持ちは理解が難しいのだろう。
彼は空元気を見せて、元気そうに振る舞うことにし、彼女の様子を見守っていた。
健気に尽くす彼女 (ローズナ)には、彼女を利用することしか頭にない婚約者 (エルラーク)がいる。彼女は王女と婚約者の態度にも目を瞑り、恋する雰囲気を楽しんで16歳を迎えるつもりのようだ。
悪い祝福のことは伝えることもせずに。
やるせない気持ちだったが、彼女の気持ちを無下にはできない。死を覚悟した上での決意なのだから。
悪い祝福のせいで体が弱っている彼女には、常時人が付き添っており彼が近づくことはできなかった。
妖精だとて室内を覗くことはせず、散歩や買い物に行く時に様子を眺めるだけだった。
ある時。
グラバッド子爵邸の厨房に入った妖精が、何か異変があったようだと教えてくれた。
妖精は食べなくても生きていけるが、甘いものが好きなのだ。排泄器官がないので、全てがエネルギーとなる。
彼は気になり、この時初めて子爵邸へ入り込んだのだ。そしていつも一線を引いていた彼女が、婚約者に純潔を奪われたことを知ることになる。
世界の調和の為にいつも仲裁役をしていた彼は、憎しみに支配されて婚約者を殺めたい衝動に駆られていた。
けれど彼女の父や侍女、そして彼女本人が婚約者に責任を取らせようとしていたことを知る。
「それならばこの怒り、もう少し仕舞っておくことにしよう」
彼の苦しい衝動の現れとそれが収まったことを、周囲の妖精達は感じていた。
「妖精になっても、怒れる心は同じなんだな。強い力を持っているからこそ、自制しなければならないのに」
反省を口にする彼の気持ちを、妖精達は慮っていた。彼はいつも穏やかで、彼にイタズラや軽口をたたいても、けっして怒ることがないことを知っていた。
彼が怒るのはいつも、自分以外が理不尽に出会っている時ばかりだったから。
そして彼女を見つめる表情から、きっと大事な人なのだろうことも気付いていた。
その後彼は直接手を出すことなく、事態は終息を見せた。
白髪の老魔導師が城へと呼ばれた際、一時的に彼が変化して成り代り、本物の彼ならば知り得ない情報まで婚約者と国王らに伝えることになった。
ただ説明する前から、王妃は分かっていた様子だったが。
彼女が隣国へ渡った際には、彼も空を飛んで着いて行った。
彼が強く彼女に惹かれたのは彼女が美人だっただけではなく、近くにいることで彼女の前世の片鱗を感じたからだと後から気付いた。
他の妖精から見ると、「美人にまいっちまったようだ」「真面目そうなのに、実は面食いなのね~」と思われていたのは心外だった。けれど彼も、大切な思い出を簡単に話す気にもなれず、妖精達は真実を知らぬままだった。
◇◇◇
前世の名前であるアクロテと名乗り、完全な人間に顕現した妖精王は、ローズナの住む場所へ頻繁に通う。
最初は牛乳を買いに。
次にはお肉を。
次は蜜柑を。
ローズナの息子であるエルンストは、初対面時からアクロテに懐き、彼の後を追って歩いていた。
彼は前世で培った商売の知識で、ローズナの家と取り引きを始めた。ローズナと出会う前に街に店を構え、順調な利益も出していたので、信用も得ていた。
元妖精王の力は人間の身にも宿っており、彼を好きな妖精も慕って集まってくるので、幸運体質が半端なく、何をしても儲かってしまうのだ。
契約はどこから見ても、ローズナ側が得をする内容だった。彼女達は嬉しいものの、それ以上に困惑してしまう。
それを見て彼は眉根を下げつつ、こう言うのだ。
「家族と縁が薄い私が、エルンスト君やローズナさん、マリアさんといると癒されるんです。フュードラさんのことは、勝手に父親みたいに思って頼りにしていますし。末長く取り引きして貰えれば、それだけで良いんです」
彼はフュードラと同じ黒髪と、黄緑の瞳を持つ美丈夫だった。それはエルンストとも同じで。
「頭も良いし顔もまあまあ。アクロテが婿に来てくれれば、俺も安心なんだけどな。ローズナはどう思う?」
すっかりアクロテを気にいっているフュードラは、少し茶化しながらローズナに尋ねた。
「彼は家の仕事も手伝ってくれるし、エルンストも懐いているから頼りになるわ。でも私は平民だし未婚で子供も生んでいるし、申し訳ないもの」
「そんなこと関係ありませんよ。エルンスト君は良い子ですし、子育てを頑張っている貴女のことを、僕は尊敬しています。それにローズナさんは綺麗で優しいし、僕も平民なのは同じですから。もし嫌でなければ、お試しでデートしてくれませんか? お願いします」
「まあ、情熱的。デートくらい良いのではないですか?」と、マリアが微笑む。
「そうですね。良いかもです」と頬を染めるローズナ。
「僕も行きたいよ、アクロテさん」とエルンストも参戦した。
「こらっ、エルンスト。邪魔しちゃ駄目だ」
「ええっ。僕だってアクロテさんが好きなのに~」
「じゃあ、三人で出かけようか? エルンスト君がいると楽しくなりそうだ」
「良いのですか? では三人でお食事に行きましょう」
「わ~い。ヤッター♪」
「まあまあ。もう本当の親子みたいですね」
「そうだな。たぶん他人が見ればそう思うだろう」
優しく微笑むフュードラとマリア。
ローズナとエルンスト、アクロテも同じように微笑んでいた。
エルンストはアクロテに、どこか懐かしさを感じていた。きっと前世の何処かで出会ったことがあるのかもしれない。楽しい思い出と共に。
ローズナはエルンストがいるから、独身で頑張ろうとどこか力が入っていた。エルラークとの思い出は恋愛と言う感じではなかったし、16歳で儚くなる前の児戯のようなもので。
エルンストは宝物だが、彼の行為自体は最悪の部類である。もし王女のことがなくて、どちらかが死なない状態であっても、絶対結婚なんてしていないだろう。たぶん、同じようにこの地に来ていたと思うローズナだ。
でも………………。アクロテはいつも、自分を包んでくれる気がしていた。自分だけでなく家族ごと全部、守ってくれるような安心感が。
もし結婚しなくても、ずっと傍にいてくれる気がした。
ローズナの考えは当たっていた。
アクロテは結婚しなくても彼らの近くで暮らし、商売で関わっていくつもりだった。
(ローズナは過去に愛した彼女とは違うけれど、彼女の考え方とか家族を大事にするところは変わっていないと思う。家の借金の為に政略結婚した彼女と。お互いに大変だったけれど、懸命に生きていたことは知っている。ただ結婚後は姿を見ることも叶わなかったけれど。僕はもう一度だけ、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ。もう望みは殆ど叶ってしまった。できるなら、家族になれればもっと幸せだけど)
余裕がある部分が心地良いのかもしれない。
彼は何も求めないし、経済的にも自立している。
(エルラーク様と比べても、もう2つ良い部分が。それにお顔もエルラーク様よりキリリとしているし、足も長くて筋肉質だわ。何と言ってもエルンストに好かれているし、髪と瞳の色もエルンストと同じだし。あらっ、嫌な部分が何もないわ。どうしましょう♡)
ローズナは恋愛偏差値が低く、近くにいたのはクズ (エルラーク)だけだった。
温かな瞳を持つアクロテに陥落するのは、思う以上に早いのかもね。
「モ~、モ~(妖精王様なら、良いんじゃない)」
「チュンチュン(妖精王様は、優しいよ~)」
牧場の牛も小鳥も、元妖精王の味方だった。
味方は多いもよう。
◇◇◇
こうしてアクロテは、苦痛知らずで長寿と強い力を持つ妖精王の地位を捨てて、人間に戻ったのだった。
とても満足そうに微笑みながら。




