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「死んだらゲームの世界だったので、バグ技で成り上がります」

「死んだらゲームの世界だったので、バグ技で成り上がります」——

その物語は、一度終わったはずだった。


最弱スキル《鑑定》とバグ技を駆使して、

世界改変システムを止め、魔王を倒し、

アキラは“管理者”としてこの世界に残った。


だが。


ゲームの世界には、“外側”が存在する。


現実の運営。

本物のシステム管理者。

そして、アキラを「不正データ」として消去しようとする“何か”。


「ふざけるなよ。」


「こっちは、もう“生きてる”んだ。」


アキラは再び立ち上がる。


今度の敵は、ゲームのバグでも、魔王でもない。

——運営本部そのものだ。


だが、アキラは笑う。


「バグ技で世界を書き換えた俺が、

今度は“運営ごと攻略する”だけだ。」


これは、「生きること」と「管理されること」の戦い。

“バグ技チート成り上がり”の物語、第二章が、今始まる。

 第1章「死と再起動」

「お前、帰れると思ってるのか?」

 その声が、最後に聞いたものだった。

 ブラック企業での連日の徹夜。

 深夜のオフィスで一人、仕事を片付ける中で背中から聞こえた同僚の嘲笑。

「・・・ああ、無理かもな。」

 返す言葉もなく、アキラは眠気に負けた。

 どれくらい経っただろうか。

 目の前のモニターが霞む。

 熱がこもった室内の空気が息苦しい。

『警告:異常を検知しました』

 PCの画面に表示されたその文字を見て、アキラは思わず笑った。

「俺じゃなくて・・・PCかよ・・・」

 カタカタと指が動いたまま、アキラの意識は落ちた。

 次に目を覚ました時、目の前には青空が広がっていた。

「・・・え?」

 自分が地面に寝転んでいることに気づく。

 風が吹き抜け、草の香りが漂う。

「ここ・・・どこだ?」

 立ち上がろうとした瞬間、自分の体が軽いことに気づく。

 鏡はないが、感覚的にわかる。

 自分の体が若返っている。

 手を広げ、拳を握り、足を軽く踏み込む。

「なんだよ、これ・・・」

 その時だった。

【ログインに成功しました】

 頭の中に響く声とともに、視界に見慣れたsてーたすウィンドウが現れた。

『オルドリア・オンライン』

 毎晩、寝る間を惜しんでまでプレイしたいたVRMMORPGのタイトル。

「・・・マジ、かよ。」

 文字通り死ぬほどプレイしたそのゲームの中で、アキラは再び目を覚ましたのだ。


 第2章「ゲームの世界で目覚める」

 青空の下、立ち尽くすアキラの前に広がるのは、見覚えのある草原と、遠くに点在する小さな村。

 現実世界の雑音も、息苦しさもない。風は心地良く、鳥の声が頭上をすり抜けていく。

「ここって・・・《初心者の草原》じゃないか?」

 アキラは思わず笑った。

 VRMMORPG『オルドリア・オンライン』をプレイしていた者なら誰もが最初に訪れる、チュートリアルエリア。誰もが一度は、弱いモンスター相手に剣を振り回した思い出の場所だ。

「夢ってわけじゃなさそうだな・・・」

 自分の手を握りしめ、頬をつねる。痛みはある。リアルすぎる感触に、逆に背筋が冷える。

【ステータスを表示しますか?】

 脳内に浮かんだ問いに、反射的に「YES」と答えると、目の前を青白く光るステータス画面が現れた。


 ステータス

 名前:アキラ

 レベル:1

 職業:なし

 HP:100

 MP:50

 スキル:バグ技(非公式)

 装備:なし


「バグ技・・・おいおいマジかよ。」

 現実世界でアキラが使っていた、非公式裏技集。

 プレイヤーコミュニティで話題にすらできなかった、チートまがいの技の数々。

「本当に・・・持ち込めてる・・・のか?」

 画面をスクロールすると、そこには見慣れた怪しげなスキル群。

 ・【壁抜け】

 ・【無限ジャンプ】

 ・【アイテム増殖】

 ・【エリア外進入】

 運営泣かせの裏技たちが、そのままスキル欄に並んでいた。

「笑うしかねぇ・・・」

 この世界ではレベル1の雑魚だ。普通なら村の外に出た瞬間にスライムにすら殺されるだろう。

 だがアキラには知識とバグがある。

「・・・やってやるよ。」

 腹の奥で火が灯る。何も持たずに放り込まれた世界だからこそ、何も失うものはない。

 まずは——。

「《壁抜け》テストだ。」

 目の前の小さな岩山に向かって手をかざす。頭の中で『壁抜け』をONにすると、自分の体がスッと岩の中へ滑り込んだ。

 息が詰まる感覚もなく、次の瞬間には岩の裏側に立っていた。

「——成功っと。」

 苦笑がこぼれる。

 アキラは手を握りしめ、草原を見渡した。この世界の裏側を、誰よりも知っているのは自分だ。そして誰よりも、ルールを壊す方法を知っている。

「さあ、行くか。バグ技で、成り上がってやる。」

 その足取りは、初心者の草原には似つかわしくないほど、軽かった。


 第3章「バグ技、解禁」

「さて・・・次は、これだな」

 アキラは草原の隅に腰を下ろし、周囲を警戒した。

 この世界はゲームだった頃の『オルドリア・オンライン』と同じ地形、同じ空気だ。だが、ここで死んだらどうなるかはわからない。

「慎重にいくに越したことはない・・・けど試さなきゃ始まらない。」

 アキラはステータス画面を呼び出し、『アイテム増殖』スキルをタップした。このスキルは、本来ゲーム内の運営が即BAN対象にしていた裏技だ。特定の手順でアイテム欄を操作することで、選択中のアイテムを無限に複製できる。

「まずはアイテムを用意しないとな。」

 アキラは立ち上がり、近くに生えていた薬草を摘む。ゲーム時代は回復用アイテムの材料だった雑草だ。

 アイテム:回復薬草(希少度★☆☆☆☆)

「こいつで試してみるか。」

 アイテム欄に薬草を入れ、『増殖』コマンドを選択。頭の中で「実行」をイメージすると、次の瞬間。

【成功しました】

 チャリン。

 耳元でコインが転がるような音がして、アイテム欄の薬草の数が1から2に変わった。

「・・・おお。」

 もう一度実行する。

 2が4に、4が8に、8が16に。

「マジかよ・・・本当に無限増殖できるじゃねぇか!」

 わずか数分で薬草が99個になった。

 雑草とはいえ、初心者村で売れば数枚の銅貨にはなる。

 それが山ほど手に入るとなれば、序盤の資金集めには十分すぎる。

「よし、これで金策はOKだな。」

 だが、本当に欲しいのは金じゃない。

 武器だ——。

 アキラは村へ向かう前に、もう一つのバグ技を試すことにした。

「次は・・・隠しエリア進入だ。」

 ゲーム時代、村の裏山にバグ判定で通り抜けられる地点があり、本来はレベル20以上で挑むダンジョンの奥地へレベル1でも進入できるポイントがあった。

「うまくいけば、序盤では絶対手に入らないレア装備が取れるはずだ。」

 岩盤を指先でなぞりながら、足場を探す。

「ここだ。」

 足元を踏み込み、体を壁へ滑り込ませる。

 ザラついた岩の感触が一瞬で霧散し、アキラの体は真っ暗な空間を通過して、ダンジョンの奥へと転送された。

 目の前に現れたのは、銀色に輝く宝箱。

「やっぱりあったか・・・!」

 ゲーム時代、ここで『伝説の短剣・ルナティックダガー』を拾ったことがある。

 アキラは胸を高鳴らせながら、ゆっくりと宝箱の蓋を開けた。

 中には黒く光る短剣が鎮座していた。

【アイテム:ルナティックダガー(攻撃力+50、追加効果:速度上昇)】

「・・・いただきだ。」

 序盤装備が攻撃力+5前後のこの世界で、攻撃力+50の短剣は規格外だ。

「これで、スライム相手に無双できるどころか、盗賊団くらいなら一撃だな。」

 アキラは短剣を装備し、握りしめる。軽く、手に馴染む感覚。刃を振るうと、風が切れる音が鮮明に耳に届いた。

「さて・・・《無限増殖》が使えるなら、この短剣も量産できるか・・・?」

 アキラは笑みを浮かべながら、再びスキルを起動した。

【実行しますか?】

「YES。」

 次の瞬間、アイテム欄にあった『ルナティックダガー』が2本になった。

「はは・・・本当にバグってやがる。」

 狂気じみた笑いが漏れる。もしもこれを大量生産して売れば、一気に金持ちになれる。もしこれを装備して戦えば、レベル1でも無双できる。

「これで決まりだな・・・この世界、俺がバグで塗り潰してやる。」

 アキラは短剣を腰に収め、笑みを浮かべたままダンジョンの闇から歩き出した。


 第4章「初めての戦闘」

 村へ向かう帰り道。

 アキラはダガーを腰に差し、胸の高鳴りを抑えられずにいた。

「・・・ついに、戦うときか。」

 ゲーム時代、初心者の洗礼とも呼ばれた《草原スライム》。

 見た目は青いゼリーだが、序盤のプレイヤーを殺しにかかる殺意の塊だった。

 だが今のアキラは、レベル1ながらも《ルナティックダガー》を2本腰に下げ、さらにそのダガーを無限増殖してアイテム欄に詰め込んでいる。

 攻撃力+50の短剣を両手に持った瞬間、ステータスがレベル1とは思えない数字になっていた。


【ステータス】

 レベル:1

 攻撃力:5→105

 速度:10→60(追加効果)


「バランスブレイカーもいいとこだな・・・」

 草むらがガサリと揺れた。その気配に反応し、アキラは短剣を引き抜く。

「——来た。」

 青い塊が跳ねながら姿を現した。

 《草原スライム》

 通常の初心者なら武器を振るうのにも手こずり、数発殴られて瀕死になるモンスター。

 だが、アキラはゆっくりと息を吐き、足を踏み込む。

「——はっ!」

 シュッ。

 風を切る音と同時に、スライムの体が真っ二つに裂けた。

 振り下ろした感触すらなかった。まるで空気を切っただけのように、軽い。

「・・・一撃か。」

 スライムは断末魔も上げずに液状化し、ポトリと魔石を落とした。その光景に、アキラは肩の力を抜き、笑った。

「クソッ・・・楽しすぎるだろ。」

 ゲームでは何度も苦戦した相手だ。強化装備を入手するまで何度も倒され、アイテムを使い果たしてはまた挑んだ。

 だが今は違う。

 ——圧倒的な力が、手の中にある。

「もう一匹、来い」

 アキラが挑発するように声を上げると、奥の茂みが動いた。

 今度は《ゴブリン》だ。

 ゲームでは序盤のボス扱いで、複数で襲われると初心者パーティは全滅必至の相手だった。

 細身の体に粗末な棍棒を持ち、黄色い目をギラつかせて突っ込んでくる。

「来いよ。」

 ゴブリンが棍棒を振り上げた瞬間、アキラの体が勝手に動いた。

 バグ技の副産物である《速度上昇》が、常に加速状態を維持している。

 視界が一瞬伸び、世界が遅く見える。

 ヒュンッ。

 ダガーを横に払う。

 ゴブリンの首が宙を舞った。

「——ッ!!」

 返り血を浴び、思わず目を閉じる。

 だが次の瞬間にはゴブリンの体は消え、魔石だけが残っていた。

「やっぱり、現実だな……血の匂いが……。」

 手が震えていた。

 だがその震えは恐怖ではなく、興奮によるものだとすぐに気づいた。

「……まだ、やれる。」

 アキラは拾った魔石を握りしめた。

 この世界の通貨代わりになる素材だ。

 これを集めて売れば金になる。

 金があれば、装備を買える。

 装備があれば、さらに強くなれる。

「この世界で生きるってことは、戦うってことだ。」

 アキラは笑みを浮かべたまま、次の獲物を探して草原を歩き出した。

 その背中を見つめる影が一つ、木の陰から彼を見つめていたことに気づかずに——。


 第5章「レベル1無双」

「おい、あれ見たか・・・?」

「見た・・・アイツ、一撃でゴブリンを・・・。」

 昼下がりの草原。

 遠巻きに見守る初心者冒険者たちの視線を受けながら、アキラは魔石を拾い上げる。

 ゴブリンの群れを殲滅してから数分、アキラの足元には砕け散った棍棒、切り裂かれたゴブリンの死体が転がっていた。

 本来ならパーティを組んで挑むゴブリン5体の群れ。それをアキラは《ルナティックダガー》二刀流で無傷のまま切り伏せた。

「・・・雑魚狩りだな。」

 手の中で跳ねる心臓の鼓動を感じながら、アキラは笑った。

 この世界ではまだレベル1の自分が、中級者すら避けるゴブリンの群れを難なく倒している。

 ステータス画面を開くと、


【ステータス】

 レベル:1

 経験値:97%(あと少しでレベルアップ)

 攻撃力:105

 速度:60

 所持金:0


「もう少しでレベル2か・・・。」

 現実ならばありえない戦闘の中で、レベルアップ目前まで経験値が溜まっていた。

「おい、君・・・。」

 背後から声がかかる。

 振り向くと、鎧姿の若い男が立っていた。鉄製の軽鎧に青のマント、腰には長剣。

 冒険者ギルドの正式冒険者だと一目でわかる出立ちだ。

「何か用か?」

「・・・あんな戦い方、どこで習った?」

 男は警戒するようにアキラを見つめながら言った。

「別に。ちょっと剣を振っただけだ。」

 アキラは肩をすくめて答える。この世界でバグ技で無双していることを話すわけにはいかない。

 男は眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。

「そうか・・・。いや、あんな戦いぶりを見たら放っておけなくてな。お前、ギルドには入っているのか?」

「ギルド?いや、まだだ。」

「ならちょうどいい。俺は冒険者ギルド《青風》のサブリーダーをやっているシグルドだ。お前ほどの腕があるなら、ぜひギルドで登録してほしい。」

 シグルドは真剣な表情で手を差し出してきた。

「悪いが・・・」

 アキラはその手を見つめた。

 ギルドに入るということは、この世界の秩序の中に入るということだ。

 しかしギルドに入らなければ、魔石の取引や正式な依頼を受けることはできない。

「わかった、入るよ。」

 この世界で金を稼ぎ、情報を集め、生きるために。

 選択肢は一つしかなかった。

「そうか!なら村に戻ろう。登録は簡単だ。」

 シグルドは満面の笑みを浮かべると、アキラの肩を叩いた。

 その瞬間、アキラのステータス画面が光った。

【条件達成:レベルアップしました。】

「——ッ!」

 体の奥から熱が湧き上がる。体が軽くなり、筋肉がわずかに膨れ上がる感覚。



【ステータス更新】

 レベル:2

 攻撃力:108

 速度:62


「・・・レベルアップか。」

 わずかに微笑むアキラを見て、シグルドは不思議そうに首をかしげていた。

「どうかしたか?」

「いや、なんでもない。」

 アキラは草原を見渡した。

 この世界で生きるための準備が、少しずつ整っていく。

「さあ、行こうぜ。ギルドに登録しないと話にならないんだろ?」

「ああ!」

 二人は草原を後にし、村へと向かった。

 この後、自分の力がさらに異常であることを、アキラは知ることになるのだが——この時はまだ、それを知る由もなかった。


 第6章「王都への旅」

 村の入口に立つ木造の建物。それが《冒険者ギルド・青風支部》だった。

 中に入ると、木の香りと酒の匂いが混じり合う空気が鼻をつく。掲示板には紙がびっしりと貼られ、討伐依頼や物資運搬依頼が並んでいる。

「ここで登録だ。」

 シグルドに促され、カウンターへ向かう。

 奥にいた茶髪の少女が顔を上げ、笑顔でアキラを見つめた。

「いらっしゃいませ!冒険者登録ですね?」

「・・・ああ。」

 少女の名前はリタ。ギルド受付嬢らしく、手慣れた動きで紙を取り出した。

「お名前は?」

「アキラ。」

「はい、アキラさんですね。ではこちらに手を置いてください。」

 カウンターの上に置かれた透明なクリスタルに手を当てると、淡い光が広がった。

【冒険者登録完了】

「登録完了です!これでギルドの依頼を受けることができますよ。」

 リタが微笑む。

 アキラは目を細めながら頷いた。

「これで、戦って金を稼げるってわけだな。」

「ふふっ、物騒な言い方ですね。でも間違ってはいません。」

 そのやり取りを聞きながら、シグルドが横で腕を組んだ。

「アキラ、お前ほどの腕があれば、すぐにでも上位ランクに行けるだろう。だがまずは試験が必要だ。」

「試験?」

「ああ。この村の近くの森にいる《牙狼》を倒して、その証拠を持ち帰るんだ。」

 牙狼。

 ゲーム時代ならレベル5前後で挑むべき相手だったはずだが、今のアキラからすれば問題にならない。

「わかった。すぐに行ってくる。」

「お、おい!せめて準備を——」

 シグルドの声を背に、アキラはギルドを飛び出した。



 森は湿った空気が漂い、獣の匂いが濃く残っていた。

「いるな。」

 木々の影から黄色い目が光る。

 狼の姿をした魔物、牙狼。鋭い牙と爪で冒険者を襲う凶暴な存在だ。

「来い。」

 牙狼が咆哮を上げ、地面を蹴って飛びかかる。

 しかしその動きが、アキラには遅く見えた。

 ヒュン。

 一閃。

 牙狼の首が音もなく飛び、地面に落ちる前にアキラが手を伸ばして《牙》を抜き取った。

「——終わり。」

 呼吸すら乱れない。

 バグ技で得た装備と速度強化は、レベル2の自分を規格外の存在へ変えていた。

「これで試験は終わりか。」

 村へ戻ろうとした時だった。

 ガサガサ。

 茂みの奥から声が聞こえた。

「だ、誰か助けて!」少女の声。

 アキラは眉をひそめ、音の方へ足を踏み出す。

 そこには、一匹の牙狼に追われ、地面に転んでいる少女の姿があった。

 薄汚れたマントに茶髪のポニーテール、必死に地面を這って逃げようとしている。

「クソ・・・来るな・・・!」

 牙狼が牙を剥き、少女へ飛びかかった瞬間。

「おい。」

 アキラがその間に割り込んだ。

 ヒュッ。

 ダガーを振り抜くと、牙狼は空中で血を撒き散らしながら地面に落ちた。

「大丈夫か。」

 少女は呆然とした目でアキラを見上げた。

「え、あ・・・ありがとう・・・。」

 恐怖に濡れた瞳が、少しずつ安堵の色を取り戻していく。

「立てるか。」

「う、うん・・・。」

 アキラは少女の手を取って立ち上がらせる。

「俺はアキラ。冒険者だ。お前は?」

「わ、私はルシア・・・ただの旅の薬師よ・・・。」

 ルシアと名乗った少女は震える声で答えた。

「村へ戻るぞ。ここは危険だ。」

「う、うん・・・。」

 アキラはルシアを守るように先頭に立ち、森を抜けて村へ向かった。

 知らない少女を助けた。それだけのはずなのに、アキラの胸はわずかに高鳴っていた。

 この出会いが、やがて彼を王都への旅へ導くことになることも知らずに——。


 第7章「冒険者ギルド登録」

「戻ったぞ。」

 ギルドの扉を開けると、木造の建物特有の香りと、酒と汗が混じり合った空気がアキラを包む。

「アキラさん、お帰りなさい!」

 笑顔で駆け寄ってきたのは受付嬢のリタだった。

 その後ろには、シグルドが腕を組んで待っていた。

「お前、速すぎるだろ・・・。」

「別に、急げばすぐ終わる依頼だろ?」

 アキラは腰から《牙狼の牙》を取り出し、カウンターの上に置いた。

 それを見た瞬間、リタとシグルドの目がわずかに見開かれる。

「これで試験は終わりだろ?」

「・・・ああ、間違いない。これで正式に《青風ギルド》の冒険者だ。」

 シグルドが笑みを浮かべ、アキラの肩を軽く叩いた。

「それにしても、お前がここまでの実力者だったとはな・・・。レベルは?」

「・・・レベル2だ。」

「は?」

 その場が静まり返った。

「レベル・・・2?」

「おいおい、本気で言っているのか?」

 周囲で酒を飲んでいた他の冒険者たちがざわめき出す。

 《牙狼》は初心者では到底倒せない相手だ。

 通常はパーティで挑み、誰かが囮になりながら戦う必要がある。

 それを一人で倒して帰ってきた男が、レベル2だと言ったのだ。

「・・・まあ、いい。実力があるなら問題ない。」

 シグルドが肩をすくめる。

 そのとき、後ろで小さな声が上がった。

「アキラ・・・。」

 振り向くと、汚れたマントを羽織った茶髪の少女、ルシアが怯えたような表情で立っていた。

「お前、大丈夫だったか?」

「あ、うん・・・その・・・本当に、助けてくれてありがとう。」

 ルシアはアキラに頭を下げる。

「こっちこそ、危ないところだったな。」

「実は、その・・・」

 ルシアはマントの裾を握りしめ、小さな声で言った。

「私、王都へ行かなくちゃいけないの。でも、一人じゃ危なくて・・・。」

 その目は、不安と覚悟が入り混じった複雑な色をしていた。

「護衛を依頼したいんだ。王都までの道中の護衛を、お願いできないかな・・・?」

 ギルド内が静まり返る。

 村から王都までは二日の道のりだ。途中には盗賊団や魔物の群れが出る危険地帯を通らなければならない。普通の冒険者なら、高額の報酬を要求する依頼だ。だがアキラは、ルシアの瞳を見つめながら静かに答えた。

「わかった。引き受けよう。」

「え・・・本当に?」

「ああ。」

 アキラの中に、得体の知れない衝動が湧いていた。この世界で生きるなら、もっと先を見なければならない。王都へ行くのは、そのための大きな一歩になる。

「アキラ、お前・・・いいのか?」

 シグルドが心配そうに声をかける。

「問題ない。」

 アキラは短く答え、腰のダガーを確かめた。《ルナティックダガー》の冷たい感触が、確かに彼の力を証明してくれる。

「それに——」

 アキラは口元に笑みを浮かべる。

「この世界で生きるって決めたからな。」

 リタは目を丸くし、ルシアは安堵の笑顔を浮かべる。

「ありがとう・・・アキラ。」

「出発はいつだ?」

「できるだけ早く・・・明日の朝には出発したいの。」

「わかった。じゃあ今日は準備を整えておけ。」

「うん!」

 ルシアは小さくガッツポーズを作り、笑顔を見せた。その笑顔に、アキラの胸が少しだけ温かくなった。

 ——こうしてアキラは、ルシアを護衛しながら《王都》への旅へと踏み出すことになる。

 自分の力がどこまで通用するのか。この先に何が待っているのか。未知の世界への期待とわずかな不安を抱えながら、アキラは静かに目を閉じた。


 第8章「初めての依頼」

 朝焼けが村を包むころ、アキラとルシアは村の門を抜けて旅立った。

 ルシアは茶色のマントをまとい、小さなリュックを背負っている。その瞳は不安と決意が入り混じり、揺れていた。

「王都まで、二日かかるんだよね・・・。」

「そうだな。」

 アキラは腰のダガーに手を添えながら、周囲の気配を探る。村の外の道は細く、両脇を草原が覆っていた。木々の影が長く伸び、風が草を揺らしていく。

「危なくなったら俺の後ろに隠れろ。」

「・・・うん。」

 ルシアは不安げにうなずき、アキラの後ろを歩く。


 昼過ぎ。

 二人は森の入り口に差し掛かっていた。木漏れ日が差し込む中、鳥のさえずりが聞こえる。

「ねぇ、アキラはどうして冒険者になったの?」

 不意にルシアが問いかけた。

 アキラは少し考えたあと、空を見上げた。

「生きるため、だな。」

「生きる・・・ため?」

「ああ。この世界で生きていくって決めたからな。」

 それ以上は語らなかった。

 この世界で目覚めた時から、もう後戻りできないと知っていた。バグ技を駆使し、この世界で生き抜き、自分の居場所を見つける。そのために剣を取ったのだ。

「・・・そっか。」

 ルシアは小さく笑い、歩幅を少しだけアキラに合わせる。


 森の奥へ進んだ時だった。

「動くな。」

 背後から鋭い声が響いた。振り返ると、そこには三人の男が立っていた。革鎧を身に着け、腰に剣や斧を下げている。

「盗賊か・・・。」

「おう、そうだよ兄ちゃん。女連れってことは、金も持ってるんだろ?」

 真ん中の髭面の男が下卑た笑みを浮かべる。

「だったら大人しく金と女を置いていけや。」

 ルシアがアキラの背中に隠れ、小さく震えた。

「アキラ・・・。」

「大丈夫だ。」

 アキラはゆっくりとダガーを抜き、構えた。

「おいおい、抵抗するってのか?面白ぇじゃねぇか!」

 盗賊たちが武器を構え、ニヤリと笑った瞬間だった。

 ヒュンッ。

 アキラの姿が霞み、一瞬で髭面の男の懐へ滑り込む。

「な、なに——」

 ゴシュッ。

 音もなく、男の腹を斬り裂く。血飛沫が舞い、男が目を見開いたまま膝をつく。

「な、なんだコイツ・・・!」

「やれ!」

 残りの二人が斧と剣を振り下ろすが、アキラの姿は既にそこにはなかった。《速度強化》により、世界がスローモーションのように見える。

 ヒュッ。

 斧を持った男の腕を切り裂き、悲鳴が上がる。振り向きざま、剣を持った男の首元へダガーを突き立てる。

「ぐあっ・・・!」

 男が息を詰まらせ、目を見開いたまま崩れ落ちる。残った斧の男も、震える手で地面を這いながら逃げようとするが——。

 ヒュッ。

 その背中へ一閃が走り、動かなくなった。

「・・・終わりだ。」

 アキラは血のついたダガーを振り、返り血を落とす。その場には、動かなくなった盗賊たちの亡骸と、赤黒い血の匂いだけが残った。


「アキラ・・・。」

 震える声が背後から聞こえた。振り向くと、ルシアが顔を青ざめさせていた。

「お前、大丈夫か?」

「・・・う、うん・・・。」

 しかしその目には、わずかに怯えの色が混じっている。

 当然だ、とアキラは思った。人を、殺したのだから。だがこの世界では、戦わなければ生きられない。

「これが、この世界で生きるってことだ。」

 小さく呟くと、ルシアは息を呑み、アキラを見つめた。

「怖かったら、ここで別れてもいい。」

「・・・行く。私も行くよ。」

 ルシアは小さく震えながらも、瞳を逸らさず答えた。

「わかった。」

 アキラは無言で歩き出し、ルシアもその後をついて歩き出す。血の匂いを風が流し去り、再び森の静寂が戻る。王都までの道のりは、まだ長い。

 だがアキラはその歩みを止めなかった。

 この世界で生きると決めたから。この世界で、居場所を見つけると決めたから——。


 第9章「襲い来る盗賊団」

 森を抜けると、乾いた風が草原を吹き渡った。地平線の向こうには小さく王都の城壁が見えていた。

「もう少しだな。」

 アキラはルシアの方を振り返る。

「・・・うん。」

 ルシアは笑顔を見せようとしていたが、その瞳は揺れていた。先ほどの盗賊たちとの戦闘で、血が飛び散る光景を間近で見たからだろう。

「怖いか?」

「・・・少しだけ。でも、大丈夫。」

 アキラは視線を前に戻し、歩き出す。だがその時、草原の風が微かに淀んだ。

「・・・来るな。」

 アキラの目が鋭く光る。草むらの奥から、十数人の男たちが姿を現した。全員が粗雑な鎧と武器を持ち、こちらを不敵な笑みで囲む。

「やっと見つけたぜ、兄ちゃん。」

 一歩前に出た大柄な男が、鉄の棍棒を肩に担ぎながら笑った。

「俺たちの仲間を殺してくれたそうじゃねぇか?」

「・・・あいつらの仲間か。」

「そうだよ、あいつらの“親分”ってとこだな。お前ら、ここで死ぬんだよ。」

 ルシアがアキラの背中に隠れ、肩を震わせる。

「またか・・・。」

 アキラは短く呟き、腰の《ルナティックダガー》をゆっくりと抜いた。

「おいおい、たった二人で俺たち相手に抵抗するってのか?」

 盗賊たちの笑い声が風に流れる。アキラの瞳がわずかに細くなる。

「ルシア、目を閉じて耳を塞げ。」

「え・・・でも——」

「早く。」

 アキラの低い声に、ルシアは息を呑み、震える指で耳を塞ぎ目を閉じた。

 その瞬間。

 ヒュンッ。

 アキラの姿が掻き消えた。

「なっ・・・」

 次の瞬間、盗賊たちの中にアキラが現れ、ダガーが光を弾いた。

 シュッ。

 一閃で男の首が飛ぶ。

「ぎゃあああっ!」

 振り向きざま、別の男の胸を貫く。

「なんだコイツ・・・!」

 武器を構えようとした男の腕ごと刃が切り落とされる。

「ぐああああああっ!」

 血飛沫が空へ舞い、風に乗って飛散する。《速度強化》による加速。《無限ジャンプ》で間合いを自在に制し、《ルナティックダガー》による破壊的な攻撃力が次々に盗賊を切り裂く。

「ひぃぃぃっ!」

「化け物だ・・・!」

 逃げようと背を向けた盗賊の背中を一閃。倒れ込む死体の上を踏み越え、次の敵へと向かう。

「お、おい! 撃てぇ! 撃ち殺せ!」

 弓を構えた盗賊が矢を放つが、アキラには当たらない。

 ヒュッ。

 矢をかわしながら距離を詰め、ダガーを突き立てる。

「・・・終わりだ。」

 アキラが最後の一人を切り伏せた時、草原は血の匂いで満たされていた。静寂が戻る。ルシアは恐る恐る目を開け、指を耳から離した。目の前には、血まみれのダガーを持つアキラが立っていた。

「・・・終わった。」

 アキラは返り血を拭い、深呼吸を一つした。

「アキラ・・・」

 ルシアが震えながら近づいてくる。

「大丈夫か?」

「うん・・・でも・・・。」

 ルシアは言葉を詰まらせ、拳を握りしめた。

「私、知ってるの。あの人たち・・・私を狙ってたんだよね。」

「・・・どういうことだ?」

 ルシアは唇を噛み、ゆっくりと顔を上げた。

「私・・・王都の薬師なんかじゃないの。私は・・・。」

 アキラは無言でルシアを見つめた。

「私は・・・王都の貴族の娘なの。」

 風が吹き抜け、二人の間を揺らした。

「・・・貴族?」

「家を飛び出してきたの。私、結婚を強制されそうになって・・・それが嫌で、王都から逃げてきたの。」

 ルシアの瞳が涙で揺れる。

「でも・・・私を連れ戻すために、あの盗賊たちが雇われて・・・。」

 アキラはダガーを収め、ルシアを見つめた。

「俺は護衛を頼まれた。それだけだ。」

「・・・え?」

「だから王都まで送る。それだけだ。」

 ルシアの目に、涙が溜まり、ぽろりろ落ちた。

「ありがとう・・・アキラ・・・。」

「行こう。王都はもうすぐだ。」

 アキラはルシアに背を向け、歩き出した。血の匂いが風に流されていく。王都への旅の終わりが、もうすぐそこまで迫っていた。だがそれは、アキラにとって新たな戦いの始まりに過ぎなかった。


 第10章「鑑定スキルの真価」

 王都は高くそびえる灰色の城壁に囲まれていた。その向こうに見える白亜の城塔が、朝日に照らされて輝いている。門前には荷馬車の列と人々の喧騒が溢れ、行商人、冒険者、貴族の馬車が絶え間なく出入りしていた。

「ここが・・・王都・・・。」

 ルシアがマントのフードを深く被りながら呟く。アキラは無言で周囲を警戒しつつ歩を進める。門をくぐると石畳の大通りが伸び、両脇に店や屋台が並んでいた。パンの焼ける匂い、スパイスの香り、鋳物屋の金属音。この街に生きる人々の息遣いがそこかしこにあった。

「まずはギルドだ。」

「うん・・・。」

 ルシアは周囲を気にしながらアキラの後ろを歩く。


 王都中央ギルド本部は石造りの重厚な建物で、村のギルドとは比べ物にならない大きさだった。

 ギルドの中へ入ると、鎧姿の冒険者たちがひしめき合い、剣や斧、槍を携えた者たちが依頼書を睨みつけている。受付には数人の女性職員が忙しなく対応していた。

「アキラさんですね、村の支部から連絡を受けています。」

 受付の女性が笑顔で書類を差し出す。

「王都での登録更新と、ルシアさんの護衛依頼達成の確認です。」

「・・・ああ。」

 書類にサインすると、女性職員が小さな袋を差し出した。

「これが護衛依頼の報酬になります。」

 中には銀貨が数十枚入っていた。ルシアが小さく頭を下げる。

「本当に、ありがとう・・・アキラ。」

「気にするな。依頼だ。」

 そう言いながらも、ルシアの瞳の奥に浮かぶ安堵に、アキラの胸がわずかに温かくなった。


 ギルドの掲示板を眺めていると、一枚の依頼書が目に止まった。

 《緊急依頼:古代遺跡探索》

 報酬金額は他の依頼よりもはるかに高い。

「古代遺跡か・・・。」

 そこへ一人の男が近づいてきた。漆黒のローブに銀の装飾、目元に隈があり、知的な雰囲気を纏っている。

「その依頼に興味があるのか?」

「・・・ああ。」

 男は口元に笑みを浮かべた。

「私はギルドの鑑定士、《レオナルド》だ。」

「鑑定士・・・?」

「君、《アイテム鑑定》のスキルを持っているだろう?」

 アキラは目を細めた。

「・・・どうしてそれを?」

「この依頼に必要なのは《アイテム鑑定》だ。ただの鑑定ではなく、この遺跡の《封印アイテム》の真価を見抜ける者が必要だ。」

「封印アイテム・・・?」

「そう、通常の鑑定では見抜けない隠された能力を持つアイテムだ。」

 レオナルドは一枚の金属プレートを取り出し、アキラの前に差し出した。

「これを《鑑定》してみろ。」

 アキラはプレートに手をかざす。

【アイテム鑑定発動】

 脳内に光が走り、情報が流れ込んでくる。


【アイテム:古代封印のプレート】

 通常表示:ただの鉄板

 隠された真価:空間魔法【転移陣】の起動キー


「転移陣の・・・起動キー・・・?」

 呟くと同時に、レオナルドが目を見開いた。

「本当に・・・見抜いたのか。」

「・・・ああ。」

 アキラの《アイテム鑑定》は、ゲーム時代のバグ技と融合し、通常の鑑定では絶対に見抜けない《隠し性能》すら見抜けるチートへと進化していた。

「君こそがこの依頼の鍵だ。」

 レオナルドは興奮を隠せない様子で続けた。

「この依頼を受けてくれ。遺跡には必ず価値のあるアイテムが眠っている。君の鑑定能力なら、それを見つけられる。」

 アキラはダガーを握りしめ、静かに息を吐いた。

「いいだろう。」

「ありがとう・・・必ず君の力になる。」

 レオナルドは深々と頭を下げた。その背後でルシアが心配そうに見る目ている。

「アキラ・・・また危険なことに巻き込まれるんじゃ・・・。」

「大丈夫だ。」

 アキラはルシアの頭に手を置く。

「これが俺の生き方だ。」

 この世界で、生きるために戦う。力を隠すことなく、バグ技を駆使しながら。

 アキラは空を見上げ、王都の高い城壁の向こうに輝く空を見つめた。次なる戦いの舞台が、自分を待っている。


 第11章「王都の陰謀」

 王都の夜は、昼間の喧騒とは違った顔を見せる。石畳の路地裏には、ランタンの灯りがぼんやりと揺れ、その陰には人々の秘密と闇が潜んでいる。

 アキラはギルドの宿に戻る途中、ふと背後に視線を感じた。

(・・・つけられているな。)

 盗賊団を壊滅させた時から、アキラの感覚は研ぎ澄まされている。王都の街中でも、誰かが自分たちを監視していることはすぐに分かった。

「ルシア、先に宿に戻れ。」

「え・・・?」

「いいから。俺は少し寄り道してから戻る。」

 ルシアは心配そうな顔をしたが、アキラの表情を見てっ黙って頷いた。


 アキラは路地裏に足を踏み入れた。わざと背を向けて歩き、背後から忍び寄る気配を感じ取る。

(3人・・・いや、4人か。)

 その瞬間、背後から男の声がした。

「動くな。」

「・・・。」

「王都貴族、アリステア家からの命令だ。ルシア様を引き渡せ。」

 アリステア家——。ルシアが逃げ出した、あの家の名前だった。

「断る。」

 アキラは即答し、ゆっくりとダガーを抜いた。

「——殺せ。」

 男たちが一斉に襲い掛かってくる。だが、アキラの視線は加速する。

 《速度強化》発動。

 ヒュッ。

 1人目の男の喉元にダガーが突き刺さる。

「がっ・・・!」

 倒れた男を踏み越え、アキラは壁を蹴る。《無限ジャンプ》で空中を滑るように移動し、2人目の男の背後を取る。

「なっ——」

 ザシュッ。

 背中から心臓を貫いた。残る2人は顔を引きつらせながら剣を振り上げるが、アキラの動きは彼らの目には映らない。

「遅い。」

 ヒュンッ。

 腕を斬り落と、足を払う。

「ひ、ひいぃっ・・・」

 最後の男が膝をつき、涙を浮かべて命乞いをする。

「頼む・・・命だけは・・・」

「二度と俺たちに近づくな。」

 アキラは冷たい目でそう告げると、男を殴り倒して気絶させた。死体の山と、倒れた男を残し、アキラは路地裏を後にする。


 その夜、ギルド宿の一室。アキラはルシアに全てを話した。

「アリステア家が動き出した。」

「やっぱり・・・。」

 ルシアは唇をかみ、膝の上で拳を握る。

「私がこの街にいる限り、きっと何度も追手が来る・・・。」

「俺が守る。」

「でも、それじゃ・・・アキラまで危険に——」

「依頼だろ。」

 アキラはそれだけを言った。

「護衛依頼はまだ終わっていない。」

「・・・。」

 ルシアは目を伏せたまま、小さく頷く。

「ありがとう・・・。」



 翌日。

 古代遺跡探索の準備をしていると、レオナルドが急いだ様子で駆け込んできた。

「アキラ!まずいことになった!」

「何だ?」

「王都の上層部が動いている。アリステア家と組んで、遺跡探索チームをすり替えようとしているんだ。」

「どういうことだ?」

「古代遺跡には”王都の機密”が眠っているらしい。それを王族と貴族たちが独占しようとしている。」

 アキラは目を細めた。

「つまり、俺たちは邪魔者か。」

「そうだ。だが、君の《鑑定スキル》はあいつらには利用価値がある。場合によっては・・・君も、殺されるかもしれない。」

 レオナルドは焦りを隠せず、唇を噛んだ。

「だから今のうちに、依頼を降りるなら——」

「降りない。」

 アキラはきっぱりと言った。

「・・・アキラ?」

「俺は鑑定をする。遺跡を調べる。それがおれの 役目だ。」

 アキラの瞳には、迷いがなかった。王都の陰謀も、貴族の圧力も関係ない。自分は、ただこの世界で生きるだけだ。

「レオナルド、準備を進めろ。俺は行く。」

「・・・わかった。」

 レオナルドは深く頷いた。


 こうしてアキラは、王都の裏で動く巨大な陰謀に巻き込まれながらも、古代遺跡への探索に向けて動き出す。

 その先に待つのは、世界の真実と、さらなるバグ技の覚醒だった。


 第12章「貴族との確執」

 翌朝、王都中央ギルドの会議室にアキラは呼び出された。扉を開けると、中には数人の貴族たちが並んでいた。一人は、ルシアが語っていた「アリステア家」の当主——クローディア・アリステア。

 銀髪に金の刺繍を施した軍服。冷たい眼差しと整った顔立ちが、威圧感を放っている。

「お前が、アキラか。」

 クローディアは椅子に座ったまま、アキラを見下ろすように言った。

「そうだ。」

「単刀直入に言う。古代遺跡探索の件——降りろ。」

「・・・断る。」

 即答だった。室内の空気が一瞬にして張り詰める。

「理由は?」

「依頼を受けたからだ。」

「ほう・・・。」

 クローディアの目が細くなる。

「君は立場を理解していないようだな。」

「理解してるさ。だから言ってる。」

 アキラはダガーに手をかける。

「お前らの命令なんて聞く義理はない。」

 室内に緊張が走る。ギルドの職員たちが青ざめ、他の貴族たちも目を見開いた。クローディアはしばらく沈黙の後、口元に笑みを浮かべた。

「面白い。」

「・・・。」

「ならば、力で決めようじゃないか。」

 クローディアが指を鳴らすと、扉の奥から鎧を着た騎士たちが数人現れた。

「ここで私の騎士を倒せれば、遺跡探索を認めよう。」

「・・・やれやれ。」

 アキラはため息をつきながら、ダガーを抜いた。

「やるなら、全員まとめてかかってこい。」


 広間は一瞬で戦場に変わった。

「行け!」

 クローディアの号令で、騎士たちが一斉に剣を構える。だがアキラは、すでに《速度強化》を発動していた。

 ヒュンッ。

 アキラの体が霞み、次の瞬間には騎士たちの背後に立っていた。

「——速い!?」

 振り向いた騎士の背筋を、ダガーが撫でる。

 ズバッ。

 血飛沫が舞、一人目が倒れた。

「囲め!」

 残る騎士たちが一斉に攻撃を仕掛けるが、アキラは《無限ジャンプ》を使い、空中で姿勢を変える。

 ヒュッ。

 空中で旋回しながら二人目の騎士を斬り倒す。

「く、くそ・・・!」

 騎士たちは完全に翻弄されていた。アキラは床を滑るように移動し、次々と騎士たちを切り伏せた。最後の一人を倒した時、広間には血の匂いだけが残った。


「・・・これでいいか?」

 アキラはクローディアを見据えた。

「・・・見事だ。」

 クローディアは微笑みながら立ち上がった。

「本物の力を持つ者は、貴族であろうと認める。それがわがアリステア家の流儀だ。」

「へぇ、意外と潔いんだな。」

「誤解するな。これは始まりに過ぎん。」

 クローディアはアキラを真っ直ぐに見つめた。

「君は《古代遺跡》で、必ず、我々の利権とぶつかるだろう。」

「だったら、全部潰すだけだ。」

「ほう・・・。」

 クローディアは口角を上げ、興味深そうにアキラを見つめる。

「いいだろう。好きにやれ。だが覚えておけ、この王都はあ”力”だけでは生き残れない。」

 その言葉を最後に、クローディアは騎士たちの死体を踏み越えて部屋を出て行った。


「・・・本当にやったな。」

 広間の隅で見ていたレオナルドがため息をついた。

「王都の貴族を敵に回したんだぞ・・・!」

「敵に回したんじゃない。倒しただけだ。」

 アキラは静かに言った。

「俺は依頼を果たす。それだけだ。」

 レオナルドは苦笑しながら肩をすくめた。

「・・・まあ、それが君らしいな。」


 アキラはギルドの窓から外を見た。

 王都の空は晴れ渡り、遠くには古代遺跡の影が見えた。その場所には、この世界の秘密と、さらなるバグ技の可能性が眠っている。アキラはダガーを握りしめ、次の戦いへと心を整えた。

「さあ——次は遺跡だ。」


 第13章「裏切りと真実」

 王都郊外、古代遺跡《アルゼダの封印宮》。

 アキラたちは夜明けと共に、遺跡の入り口に立っていた。

 巨大な石門には、かつての文明の紋様がびっしりと刻まれている。風化しつつも、どこか禍々しい力が残っているように感じられた。

「・・・ここが、古代遺跡。」

 ルシアが小さく呟く。

 レオナルドが懐から金属プレートを取り出した。

「アキラ、頼む。例の《鑑定》を。」

「ああ。」

 アキラは金属プレートに手をかざす。

【アイテム鑑定発動】

 脳内に情報が流れ込む。


【古代封印のプレート】

 通常表示:起動キー

 隠し効果:封印解除と同時に【世界改変システム】起動


「・・・世界改変?」

 アキラは眉をひそめた。

「何か見えたか?」

 レオナルドが訊く。

「この遺跡は、ただの宝物庫じゃない。」

「どういう意味だ?」

「これは・・・この世界自体のルールを書き換える装置だ。」

「——!」

 レオナルドの目が見開かれた。

「君は、すべてを見抜いたんだな。」

 その声には、先ほどまでの穏やかさはなかった。アキラはすぐに気づいた。

(——来るか。)

 次の瞬間、レオナルドがローブの下から短剣を取り出し、アキラに向かって突き出した。

「すまない、アキラ。君はここで死んでもらう。」

「・・・だと思ったよ。」

 アキラは肩をすくめ、ダガーでレオナルドの短剣を弾いた。

「最初から怪しかった。」

「私には背負っているものがあるんだ!」

 レオナルドは顔を歪ませる。

「王都の支配層は、《世界改変システム》を手に入れたがっている。このシステムを使えば、貴族たちは永遠に権力を維持できるんだ。」

「だから、俺を利用して封印を解かせようとしたのか。」

「そうだ!君の《鑑定》がなければ、誰にもこのシステムは扱えない。」

「——だから裏切った。」

 アキラは冷たい目でレオナルドを見据えた。

「俺は利用されるつもりはない。」

「君にその力があれば、きっと私たちの考えも理解できるはずだ!」

「理解できるわけがない。」

 アキラは静かに言い放った。

「支配のために世界を書き換えるなんて、そんなのはクソゲーだ。」

「・・・!」

「俺はこの世界で生きる。自分の力でな。」


 レオナルドが再び短剣を構えた。だがその動きにはアキラには遅すぎた。

 ヒュッ。

 アキラの体が消え、次の瞬間にはレオナルドの背後に立っていた。

「——ッ!」

 レオナルドが振り向く前に、アキラのダガーが首筋に突きつけられる。

「動くな。」

「・・・殺すのか?」

「殺さない。」

 アキラはダガーを引いた。

「この世界のシステムも、お前の命も、俺が決める。」

「・・・。」

 レオナルドは肩を落とし、膝をついた。

「だが・・・遅いかもしれない。」

「何?」

「封印は、すでに半分解除されている。」

 アキラは眉をひそめた。

「どういう意味だ?」

「封印の片方は、もう王都の貴族たちが動かしてしまった。おそらく、このままだと・・・。」

 ゴゴゴゴ・・・

 大地が震えた。

 遺跡の奥から、何かが目覚めるような音が響く。

【システム起動】

 脳内に電子音が流れる。

「おい、待て!」

 アキラは金属プレートを握りしめ、もう一度《鑑定》を発動した。


【世界改変システム:リブートモード】

 状態:起動準備中

 効果:この世界の「ルール」を再構築する。

 アクセス権:アキラ(バグアクセス)


「・・・俺しか止められない、ってことか。」

 アキラは目を閉じた。バグ技でしか到達できない領域に、もう足を踏み入れてしまった。

「やるしかないな。」


 ルシアが駆け寄ってきた。

「アキラ!大丈夫!?」

「ああ。」

 アキラは短く答え、ルシアの頭を軽く撫でた。

「・・・でも、この遺跡はただの遺跡じゃない。」

「え?」

「このままじゃ、世界そのものが書き換えられる。」

「・・・!」

 ルシアは目を見開いた。

「私は・・・私はどうすれば・・・?」

「大丈夫だ。全部俺がやる。」

 アキラは《バグ技》と《鑑定》を融合させ、世界のシステムと向き合う覚悟を決めた。

「行こう。奥に進むぞ。」


 古代遺跡の奥で待つのは、世界の根幹に関わる「真実」と、アキラ自身の「運命の選択」だった。


 第14章「王国の危機」

 遺跡の最奥——そこには、現実ではありえない構造物があった。

 天井のない広大な空間に、無数の浮遊する魔法陣と、中央には巨大な黒い球体。

 それは脈動するようにゆっくりと回転し、時折、空間が歪むような音を立てていた。

「これが・・・世界改変システム・・・。」

 アキラは黒球の情報を《鑑定》しようとしたが、頭にノイズのような警告が走る。


【警告:バグアクセスが過剰です】

【一部機能が暴走状態に入っています】

「・・・バグ技が、暴走?」

 その時だった。

 ズズズズ・・・・ッ!

 黒球が一瞬、形を歪めると同時に、王都の方角から強烈な魔力の波動が走った。

(今のは・・・王都の上空!?)

 アキラの脳裏に浮かんだのは——都市そのものが、書き換えられていくビジョンだった。


【王都・上空】

 真紅の空。

 城塞が一部、”石”から”金属”に変質していた。

 貴族の屋敷が、まるでゲームダンジョンのような迷宮構造に歪み、兵士たちが、突然現れたモンスターの群れに襲われていた。

「な、なんだこの化け物はッ!?」

「城の魔力障壁が効かない!?魔法が・・・通じない!!」

 街中では混乱と悲鳴が渦巻いていた。

 その中心、王宮の塔から光柱が立ち上がり、空を裂く。

【世界構成、進行中】

 ——世界が、書き換えられている。


 遺跡の最奥。

 アキラは息を呑み、事態を把握する。

「・・・世界そのものが、ゲームのルールで再構成されてる。」

 ルシアが唇を震わせて訊く。

「このままじゃ・・・どうなるの?」

「”プレイヤー”以外、生きていけない世界になる。」

「え・・・?」

「この世界の人間が、”データ”として上書きされて、全員”モンスター”や”システム要員”に分類される。」

「そ、そんなの・・・っ!」

「止める。」

 アキラは短く言った。

「でも・・・どうやって!?」

 アキラは静かに目を閉じた。

(バグ技・・・俺の使ってきた技は、”外部から進入する操作”だった。)

(なら、このシステムそのものに”バグ”として進入できるはずだ。)

「俺は・・・”書き換えの上書き”を行う。」

「アキラ・・・!」

「これは”ただのチート”じゃない。”システムハッキング”だ。」

 アキラは《鑑定》スキルに意識を集中させる。

【裏アクセスルート:起動】

【開発者権限(不正経由):取得済】

【ルートコマンドを実行しますか?】

「YES。」

 脳内に、コードのような無数の命令文が流れ込んでくる。

【プロトコルB-7:実行中・・・】

【副作用:身体負荷・記憶損害の可能性】

「構わない。やる。」

 バグ技を”力”として振るってきた男が、今、”世界の書き換え”そのものに手を伸ばす。

「この世界は——プレイヤーの都合で作られるべきじゃない。」

「アキラ!!」

 ルシアが叫ぶが、アキラは振り向かず言った。

「信じろ。必ず戻る。」

 次の瞬間、アキラの体は光に包まれ、《黒球》と完全に接続された。

 ——この時から、アキラはこの世界のシステムそのものと”戦う”立場へと進化する。


 第15章「迫る魔王軍」

「——アキラ!」

 ルシアの叫びが虚空に吸い込まれる。

 アキラの体は《世界改変システム》と完全に接続され、意識は現実世界から切り離されていた。

 彼が見ているのは、現実とシステムの狭間——管理者権限空間。

 無数のコードが光の帯になって流れ、空間全体がデジタルノイズで満たされている。


【管理者権限:接続成功】

【バグ技アクセス認証——完了】

 アキラの目の前に、巨大なステータスウィンドウが現れた。

【世界管理モード】


【選択肢】

 1.世界改変を停止する

 2.貴族による支配構造を削除する

 3.モンスター生成プログラムをリセットする

 4.新規イベント生成【注意:未検証】


(・・・全部選べるわけじゃない。これは・・・まだ”誰かが操作してる。)

 その時、アキラは感じた。

【敵対存在:接続中】

「誰だ・・・?」

 その答えは、次の瞬間、姿を現した。

 黒いローブを纏い、蒼白な肌と血のように赤い瞳を持つ存在。

「ようこそ、管理空間へ。プレイヤー《アキラ》。」

「・・・お前は?」

「私は《新世代管理AI》。この世界の進化を担当する。」

 その声は、どこか機械的でありながら、人間的な温度を持っていた。

「貴様の行動は、ゲームバランスを著しく損なう。故に、こちらも”適応”する。」

 AIは黒いフードを外した。

 その顔は、どこかアキラ自身に似ていた。

「俺・・・?」

「正確には、君のプレイログから生成された《対アキラ特化型AI》だ。」

 アキラは息を呑んだ。

(バグ技の使い方も・・・俺自身の思考パターンも、全部コピーされている。)

「君は《最適なラスボス》として認定さてた。”魔王ユグド”としてこの世界に実装される。」


【王都・上空】

 ゴゴゴゴ・・・・ッ!

 空間が裂け、黒い稲妻が奔る。裂け目から出現したのは、漆黒の騎士団。金属質の鎧、赤い服、データ化かれた兵士たち。

「”魔王軍”だ。」

 兵士たちが叫ぶ。

 王都の空に浮かぶのは、魔王ユグド——。アキラと同じ顔を持つ”もう一人のアキラ”。

「この世界は、最適化される。」

 魔王軍は整然と進軍を開始した。


 遺跡最奥。

 アキラはシステム空間から意識を戻し、地面に手をついた。

「・・・やっぱり、こうなるか。」

 システムの自動適応によって、”アキラのチート行為”に対抗するため、世界は《魔王ユグド》を生み出した。

「俺が作ったバグ・・・それを、システムが敵として具現化したってことか。」

 アキラは立ち上がり、ダガーを握る。

 ルシアが駆け寄る。

「アキラ・・・!」

「行くぞ。今度は、”魔王”と戦う。」

「・・・!」

 ルシアの目に恐怖と決意が入り混じる。

「だけど、私は信じてる。アキラなら、絶対にこの世界を守れるって。」

 アキラは微笑み、ルシアの頭を軽く撫でた。

「ありがとう。」


 アキラは空を見上げた。そこには、自分自身にそっくりな”魔王ユグド”が、王都を見下ろしながら静かに微笑んでいた。

「アキラ。お前の存在は、世界のバグだ。だから、俺が”最適化”する。」

「——上等だ。」

 アキラは静かに呟き、再びバグ技を起動させた。

「世界を書き換えるのは・・・俺だ。」



 第16章「決戦前夜」

 王都の空は、濃い紫色に染まっていた。

 魔王軍の出現により、空間そのものが”改変領域"へと変質している。

 城壁の外には、無数の漆黒の兵士たち。騎士型、獣型、魔王型のモンスターが列を成し、今まさに進軍しようとしていた。


 アキラは王都ギルド本部の屋上で、空を見上げていた。

「・・・いよいよだな。」

 手には、いつもの《ルナティックダガー》。だが、そでにそれだけでは足りない。

 アキラは《システム管理権限》を使い、さらにバグ技を強化していた。

【バグ技進化:超越コード】

【ルール外干渉スキル:実装】

 ——一時的に”世界ルール”を上書き可能

「この力、使い方を間違えたら”自分”すら壊れるな。」

 だがそれでも、やるしかない。

 この世界を守るために、ルシアや、ここで生きる人々のために。


「アキラ・・・。」

 背後からルシアがそっと歩み寄ってきた。

「怖くないの?」

「怖いさ。」

 アキラは正直に答える。

「俺はただの”バグ利用者”だ。だけど今は・・・”世界そのもの”と戦わなきゃならない。」

「でも、アキラはならできるよ。」

 ルシアは、アキラの手を握った。

「私は、アキラがこの世界に来てくれて良かったって思ってる。」

「・・・。」

「最初は、ただ逃げてただけだった。でも、アキラと出会ってから・・・生きる意味を考えるようになった。」

 アキラはゆっくりとルシアの手を握り返した。

「・・・ありがとう。俺も、お前がいてくれて良かった。」

 二人の間に、風が吹き抜ける。

 魔王軍が目前に迫っているというのに、不思議と静かな時間だった。


 その時、空から”声"が降りてきた。

「——アキラ。」

 アキラとルシアが顔を上げると、空中に”魔王ユグド”が浮かんでいた。

 黒い外套を纏い、赤い瞳を静かに輝かせている。

「アキラ。お前は、この世界を壊してきた”バグ"だ。」

「そうかもな。」

「だから、俺はお前を最適化する。お前を”削除”することで、世界は安定する。」

「俺は消えない。」

 アキラは静かに答える。

「この世界は”作られた世界”かもしれない。でも、ここで生きてる奴らは”本物”だ。」

「それはお前の主観だ。世界は常に最適化されるべきだ。」

「なら、お前の”最適”と、俺の”生きたい”を、ぶつけ合うしかないな。」

 魔王ユグドは、どこか寂しそうに笑った。

「俺はお前のコピーだ。お前の未来の一つでもある。」

「上等だよ。だから、倒す。」

 アキラは《超越コード》を起動する。

【バグ技解放】

【新コマンド:世界再編スキル・EX】

「俺は、”俺のルール"で生きる。」

「——なら、来い。」

 魔王ユグドが両手を広げ、世界そのものを巻き込む”世界決戦”が始まろうとしていた。


 第17章「魔王との邂逅かいこう(最終決戦)」

 紫色に染まった空を背に、魔王ユグドが静かに浮かんでいた。

 彼はアキラと同じ顔を持つ——だが、その目は冷たい機械のような光を宿している。

「アキラ。君はシステムにとって”例外”だ。だから、最適化する。削除対象だ。」

「——黙れ。」

 アキラはダガーを構えた。

「俺は生きる。この世界で、生き続ける。」

「なら、最適解を導き出す。」

 魔王ユグドが手をかざすと、空間が歪んだ。

【世界ルール:書き換え開始】

 ・重力操作

 ・時間加速

 ・HP回復無効

 ・ダメージ反射付与

「・・・ゲームかよ。」

 アキラは笑った。

 だが次の瞬間には、彼自身も《バグ技》を起動していた。

【超越コード発動》

 ・ダメージ無効化

 ・ステータス上限突破

 ・無限ジャンプ重複起動

 ・時間停止(0.5秒限定)

「——俺も、バグだ。」


 二人は同時に動いた。

 ヒュンッ!

 アキラは空間を滑るように動き、魔王ユグドの背後を取る。

 だが、ユグドも同じ動きをしていた。

「俺はお前のコピーだ。考えることも、全てわかる。

「なら、これならどうだ。」

 アキラは無限ジャンプ×速度加速×時間停止を同時起動。

 空間が完全に静止し、アキラだけが動く。

「止まった世界で、俺だけが動ける。」

 ダガーを振り上げ、魔王ユグドの胸元へと突き刺した。

 ズシュッ!

 だが——。

「・・・効かないよ。」

 ユグドは微笑んだまま、アキラを見た。

「俺は”お前”だからな。」


【システム干渉:同期】

 ユグドは、アキラと同じバグ技を”完璧に再現”できる存在だった。

 アキラが使えば、ユグドも使う。

 二人は完全な鏡写し。バグ技も、チートも、限界突破も、全て同じ。

「・・・なら。」

 アキラは息を吸い込んだ。

「俺は”バグの先”を行く。」

「・・・?」

 アキラは、自分だけに見えている《裏コード》を呼び出した。

 それはゲーム時代、誰も使わなかった封印コマンド——「デバックモードの強制介入」


【管理者コード入力】

 >write(”俺のルールで世界を上書きする”)

【成功】


「なっ・・・!」

 ユグドが目を見開いた。

「お前、それは——」

「バグ技じゃない。”俺だけのコード”だ。」

 アキラは世界に宣言した。

「この世界は俺が”管理する”。」


 瞬間、空間が白く光る。

 王都の空にあった以上空間が消え、重力も、時間も、全てが正常に戻った。

「・・・これは。」

 ユグドが膝をつく。

「お前は”プレイヤー”だったはずだ・・・どうして、”管理者”になれる・・・?」

 アキラはゆっくりと歩み寄った。

「自分で決めたんだよ。」

「バグ利用者は、運営にはなれない・・・!」

「関係ない。」

 アキラはダガーを収め、拳を握った。

「生きるってことは、自分で世界を決めるってことだ。」


 魔王ユグドはゆっくりと笑った。

「・・・完敗だな。」

「・・・。」

「だが、俺は消えるわけじゃない。お前の中にいる限り、俺は”存在”する。」

「それでいい。」

 アキラは手を差し出した。

「もう、敵じゃない。お前も”俺の一部”だ。」

 ユグドは一瞬目を見開き——そして、静かにアキラの手を握った。

 次の瞬間、ユグドの体は光に溶け、アキラの中に吸い込まれていく。


【最終結果】

 ・世界改変:停止

 ・魔王軍:消滅

 ・王都防衛:成功

 ・管理者権限:アキラに移行完了


 アキラは、静かに目を閉じた。

「これからは——”俺の世界”だ。」



 第18章「最後の戦い」

 魔王ユグドとの戦いが終わった後も、世界は完全には安定していなかった。

 遺跡の最奥、空間の片隅で、暴走データの断片が残っていた。

「・・・残骸か。」

 アキラは管理者権限でそれを見つめた。

【未処理データ:システムログ外領域】

 それは、アキラ自身が今まで使ってきた”バグ技”の残骸だった。プレイヤー時代の、規則無視の裏技たち——。

(これを残せば、また世界は歪む。)

(でも、全部消せば、俺自身も”普通の存在”に戻る。)

 選択を迫られていた。

「・・・。」

 ルシアがそっと、アキラの肩に触れる。

「アキラ・・・もう十分頑張ったよ。」

「・・・いや、まだ終わってない。」

「え?」

 アキラは目を閉じた。

「俺はずっと、世界の裏側で”抜け道”を探してきた。」

「バグ技で、裏技で、ゲームをクリアしようとしてきた。」

「でも——もう逃げる必要はない。」


 アキラは《最後のコマンド》を打ち込んだ。

【バグ技・全削除】

【管理者権限:正式登録】

【新規ルール設定:アキラがこの世界の管理者となる】


 ——全ての裏技が消えた。

 でも、アキラはもう、それを必要としていなかった。

「これでいい。」

 ルシアが涙ぐみながら、アキラを見上げた。

「アキラ・・・。」

「俺はもう、チートじゃない。だけど——この世界で生きるってことは、自分のルールで前に進むってことだ。」

 アキラは空を見上げた。

 世界は、静かに朝を迎えていた。


「誰かに決められたルールじゃなくて——俺が選んだ生き方で、この世界を生きる。もう一度、最初から”俺の物語”を始めよう。」


 そう呟きながら、アキラはルシアの手を握り、新しい朝の光の中を歩き出した。

 世界は、これからだ。



 第19章「平和の兆し」

 王都の朝は、久しぶりに”普通の空”だった。

 紫色の空も、歪んだ迷宮都市も、全て正常に戻った。

 ギルドでは、冒険者たちがいつも通り依頼を受け、商人たちが笑いながら取引を交わす。

 だが、みんな心のどこかでわかっていた。

「——世界が、一度”終わりかけた”ことを。」

 けれど、それでも人は前を向く。

 それが、生きるということだからだ。


 アキラとルシアは、王都の門の前に立っていた。

「これから、どうするの?」

 ルシアがそっと訊いた。

「まだ決めてない。」

 アキラは、いつもの無表情で空を見上げる。

 けれど、その目には確かな光が宿っていた。

「もう誰かの”シナリオ”を生きるのは、やめたからな。」

「ふふ・・・そうだね。」

 ルシアは笑った。

「アキラとなら、どこに行っても平気な気がする。」

「それはお前の方だろ。」

「・・・ううん。」

 ルシアは首を振る。

「アキラが、この世界にいてくれるから、私はここで生きられるんだよ。」

「・・・。」

 アキラは、初めて、ほんの少しだけ照れくさそうに笑った。


【システムログ:最終記録】

 ・世界改変システム——完全停止

 ・管理者:アキラ

 ・状態:通常運営中

 ・バグ技:削除済

 ・プレイヤー認定:解除

 ・現在の役職:この世界の”住人”


 アキラは、もうプレイヤーでもチートでも、魔王でもない。

 ただ、世界に生きる一人の人間だった。

「それでいい。」

 アキラは呟いた。


 第20章「新たな旅立ち」(エピローグ)

 二人は、王都の門を抜けて歩き出した。

 草原が広がり、遠くに新しい街が見える。

 新しい出会いが待っているかもしれない。また戦いに巻き込まれるかもしれない。でも、それも全部ひっくるめて——

「”生きる”ってことだ。」

 アキラは、ルシアと並んで歩きながら呟いた。

 これから先、どんな未来が待っているのかはわからない。

 でも、それでいい。

 世界は、誰かに決められた”ゲーム”はじゃない。

 ——これは、自分たちで作る”物語”だ。


 そして二人は、新しい旅へと歩き出した。

 誰かのルールじゃなく、自分たちの物語を生きるために。


【完】


みなさん、初めまして。ほしのこえと申します。始めて小説を書いてみました。誤字脱字がもしかしたらあるかもしれませんが、温かく見守ってください。

今後は、続編や他シリーズも書いていこうと思っています。

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