特殊器官
大蜘蛛の声が頭に良く響いていたが翔子は聞こえていない振りをしてDの帰りを待った。
丁度その時茂みが動き大蜘蛛が出てきた辺りから2頭の猪を両手にぶら下げたDが現れた。
「でかい蜘蛛でござるな」
「これは敵よD」
Dは猪を地面に落とし蜘蛛次郎に向かって突進した。巨大蜘蛛の口から糸が発射されると、Dの両足に絡み付き前のめりに倒れた。糸を外そうとあがいていると、上半身にも巻き付けてきた。Dは渾身の力で切ろうとするが糸が伸びるだけだった。
「だから俺は重宝されてるんだ」
大蜘蛛の注意がDにいっているうちに翔子はロッカーの中に逃げ込むがあらゆる方向を向いている8つの蜘蛛の眼には気づかれていた。糸をくっつけると扉を引っ張りロッカーが傾くとその勢いで翔子は外に放り出された。
万事休すかと思った時、何でか巨大蜘蛛はみるみる縮んでいき人間の姿になった。身長は185くらい。黒髪の軽いマッシュヘア、ピアスをして賢そうな顔をしている。Dや尊と比べると体型が少しほっそりした印象だった。
「ちょっと待ってくれ。べつに捕まえに来たんじゃないんだ。Dが攻撃してきたから」
「Dの事を知ってるの?」
「まあ研究所で見たくらいだけど。結構目立ってたからな」
翔子は呆気に取られていたが怒って言った。
「それを早く言いなさいよ。あのおっさんは一緒じゃないの?」
「一人だよ。根黒のおっさんはここにいない」
「じゃあなんでここにいるのよ」
「俺も逃げて来たんだ」
翔子はほっとして体の力が抜けると、目の前の青年のある部分に視線がいって慌てて目を伏せた。
「まずは何か着なさいよ。目のやり場に困るでしょ」
蜘蛛の姿の時に腹に括り付けていた袋から服を出して着だした。
「大蜘蛛になると服なんて着れないんだからしょうがない」
「ちょっと待って。なんで元の人間の姿に戻れてるの?」
「ああ、そういうことになってるな。けどそれは研究所の嘘だ。俺たちは普通に元に戻れるんだ。薬でコントロールして出来ないことにしてる。大人って汚いだろ」
Tシャツにサバイバルベスト、カーゴパンツの姿になると改めて二人の方に向き直って言った。
「俺は鈴木次郎。まずは何から話すべきだろうか」
「これから蜘蛛次郎って呼ぶけど」
「それは根黒のおっさんが勝手につけたんだけど、まあいいか」
「何であいつに協力してたわけ?」
蜘蛛次郎は滔々と話し出した。
「研究所に協力しないと脳幹に仕掛けた爆弾を爆破すると脅されてきたんだ。俺は根黒のおっさんと逃げた超人を捕まえるのに協力していたが俺の糸は体内部にも潜り込ませることできると気づいて脳幹辺りの爆弾解除に成功し逃げてきた」
鈴木次郎はリュックに入っている輪の外れた爆弾らしき複雑な構造の金属の塊を見せてきた。
「じゃあグラウンドで会った時はもう爆弾は解除されてたわけ?」
「そうなんだ。後は逃げるタイミングを計っていた」
「ホントに?じゃあ発信機も取ったの?」
「発信機?」
「発信機は特殊器官の中にあるのよ」
「俺には発信機はない。研究所の奴らはそう言っていた」
「それをここで証明できる?」
蜘蛛次郎は慌てて言った。
「どうやって?特殊器官はちゃんとした施設じゃないと開くのは無理だ。デリケートな組織だから下手に傷をつけるともう元に戻らない。下手に触ると俺はもう大蜘蛛になれなくなる」
「特殊器官を抜いてもらわなければ私は信用しない。それが出来なければお別れね」
「抜くって取り出すってことか?」
「彼は自分で取り出したのよ」
Dはいつの間にか糸から体を外して立っていた。
「拙者、実験で弄ばれているうちに人の形を維持できないのは特殊器官のせいだとわかったのでござる」
「元の人に戻れたのは特殊器官を丸ごと取ったからか」
研究所に利用されているのは蜘蛛次郎の蜘蛛の能力が有用だからだ。それを捨てる事が出来てはじめて仲間として向かい入れる事が出来ると考える。その決意が蜘蛛次郎にあるのか確かめなければならない。
焦れてきたDは蜘蛛次郎の目の前に行くと指を鳴らし微笑んだ。
「拙者が手伝ってもいいでござるよ」
鈴木次郎は露骨に嫌な顔をした。
「それしかないのか。重大な決断だから考えさせてくれ」
「時間が無いわ。発信機があればここがばれてるから早く移動しなければならない」
蜘蛛次郎は腕を組み上を向いたり下を向いたりうろうろとしていたが、上着を脱いで草むらに置いた。
「わかった。しょうがない。やってくれD」
蜘蛛次郎の横に来ると、Dは皮膚の上で太い指を滑らせ特殊器官の位置を探り、当たりをつけると勢いよく指をめり込ませた。
「痛てて、手は洗ってるんだろうなD」
「見つけたでござる」
黒い血が噴き出した。特殊器官を掴み引きずり出すと傷口の周りの皮膚を指で寄せて傷口をふさぎ止血した。
「痛えええええ。雑過ぎるだろ」
Dは血まみれの特殊器官を指で割ると翔子に手渡した。
「翔子パイセンお願いするでござる」
顔の前に差し出された臓器に翔子は顔を顰めたが、受け取ると中を見た。
「思った通り中に発信機があった。すぐに捨ててくるから手当は後でね」
翔子はロッカーの中に入りゲートから移動した。翔子は一度行ったところしかゲートで移動できない。思い浮かぶ遠い所、北海道宗谷岬は昔家族旅行で行ったことがある。あり得ない距離を発信機は一瞬で移動してしまうことになるがもうしょうがないだろう。
翔子は三角モニュメント裏から海に向かって特殊器官を遠くに投げた。男子超人のように腕力があればもっと遠くに投げれたのにと悔しい思いをしながら、近くの観光客相手の店のトイレの奥に清掃ロッカーを見つけゲートを作るとD達が居る場所に戻った。
蜘蛛次郎は顔色が悪く原っぱに力なく座っていた。Dは先ほど捕まえてきた猪を捌くのに専念しているようだった。
「よく頑張ったわね。仲間に入れてあげるから」
翔子は蜘蛛次郎の肩に手を置くと蜘蛛次郎は力なく倒れた。翔子は救急箱からガーゼを取りだし患部に当ててテーピングした上から包帯を巻くとマットの上に蜘蛛次郎を寝かせた。
「なんかいい匂いがする」
Dは包丁で捌いた猪の塩コショウしたブロック肉を串に刺して焚火の近くで炙るように丁寧に焼いていた。
「発信機は遠くに投げて来たけど、ここの位置は奴らに知られたから食べたらすぐに移動しましょう」
猪を二人で平らげたがそのほとんどはDの胃袋に入った。少し休憩するとるとDに荷物を背負わせ縛って安定させ蜘蛛次郎用の椅子も追加で用意して動かないようにベルトで固定した。翔子も座り合図するとさらに山奥に向かって出発した。
改めて座ってる椅子の下にある積み荷の多さを見て翔子は言った。
「普通の人間だったら腰が折れてるわよ」
途中大きなヒグマが大木の横から飛び出してきて襲ってきた。爪の激しい攻撃がDの顔面をとらえるが傷一つつかなかった。熊の顔面に一発拳を入れると鼻がつぶれて割れ、太い首から上が土台から外れたように大きく後ろに湾曲した。尻もちをついた熊はうまく歩けない様子で坂を転がり落ちていった。
「しまった。胆嚢を抜いとけば良かったでござる。乾かして薬として使うことが出来たでござる」
「ほんとに無敵超人ね、心配して損した」
翔子は嘆息した。
Dはそれからもどんどん奥に進んでいった。標高が高くなってきたようで翔子は息苦しくなってきた。
「もっと低い道から進めないの?」
「険しい道ばかりでござる。もう少しで下山出来るので辛抱してほしいでござる」
その日は深夜になってもDは止まらなかった。翔子は毛布に包まり寒さに震えていたがDは鼻歌まじりに時折激しい音を立てて何かを破壊しながら進んでいた。暗闇の中、蜘蛛次郎の体調を心配しライトを当てるとTシャツ姿のまま寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。
「何の心配もいらないってことが良くわかったわ」
次の早朝翔子が目を覚ますと森の中の少し開けた平地に荷物と共に下ろされていた。蜘蛛次郎とDはそこに居なかった。翔子は急に不安になってきたが足音が近づいてくると二人は川魚が沢山入ったバケツに持って現れた。蜘蛛次郎は体調が元に戻り顔色が良くなったようだった。
「もう体は大丈夫みたいね」
「まあそうですね。血を洗い流してすっきりしてきました」
「どうして。礼儀正しくなったんじゃない」
「さっきDに聞いたら、1つ上なんですね。これからは翔子姉さんと呼ぶことにします」
「そう、改めてよろしく蜘蛛次郎」
「もう蜘蛛になれないからそのあだ名はおかしいんだけど、まあいいか」
蜘蛛次郎は頭を掻いた。
「さあ、みんなで仲良く魚を食べるでござる」
最近のDのお気に入りは木の棒を使ってきりもみで火を起こすというものだった。筋肉のパワーとスピード持久力があれば、とても容易いことだった。
火を起こし塩を振った川魚を串に刺して焼いた。食べながら三人で休憩していると蜘蛛次郎が思い出したように言った。
「今研究所のお気に入りは親王時尊っていう奴の体なんだ」
夢中で魚を齧っているDの手が止まった。蜘蛛次郎に飛びかかり襟を掴むとシャツが少し破けた。
「尊パイセンは無事なのでござるか」
「落ち着けよD、親王時尊と親しいのか?」
「もちろんでござる。尊パイセンと拙者はバディなのでござる」
「それならお前にとっては辛い話になるだろうな。親王時尊は皆が暴走した原因を作ったということで、罰として体をバラバラにされた」
「バラバラとは?」
「パーツごとに切り離されて実験体にされたんだ」
「それは死んだということでごさるか?」
「普通に考えたらそうだな」
Dは全身の力が抜けその場に膝をついた。木々の間から空を見て手を組むと何かに祈るようなポーズのまま動かなかった。
「彼は大丈夫なんですか姉さん?」
「尊君はDの生きる目的だったから」
突然立ち上がると猛然と走り出した。
「拙者そんなことは絶対に信じないでござる」
絶叫して巨木にタックルすると次々と木を倒していった。
「落ち着いてD」
それからのDは周りの木々をひたすら倒し、株を引っこ抜いて狂ったように暴れまわった。二人はただ傍観していることしかできなかった。いつのまにかDの周りは整地されていた。
「よかったわ。ここが町の中ではなくて」
Dの嗚咽を聞きながら翔子は尊の事を考えていた。ゲートを通るたびに尊の事を感じたのは彼の霊が彷徨っていたからだろうか。
「あ、そういえば、研究所の奴らが親王時尊の頭だけがどこかに消えたと悔しそうに話してましたね」
蜘蛛次郎が魚を頬張りながら言うと翔子ははっとして立ち上がりロッカーに向かって行った。
「どうかしたんですか姉さん」
呼び止める蜘蛛次郎の声は耳に入らなかった。翔子は行き先をイメージするのではなく微かに感じる尊の存在を探り始めた。こんな試みは初めてだが手繰り寄せるようにしていくとその場所は焼芋小学校の校門だとわかった。
以前からゲート内の世界に干渉したくなかった。何が起こるかわからないし帰ってこれる保証もない。しかしDの狂乱ぶりを見ていると居てもたっても居られなかった。結局尊を救えるのは翔子しかいなかった。
ゲートの中に踏み込むと広がった世界は焼芋小学校の校門前だった。
翔子は周りを見回ししみじみ言った。
「現実とそっくりの世界があるなんてね」
だが良く見てみると薄暗く何かが違うようにも感じられた。校門の前には尊だと思われる大きな体の人物が膝を抱え下を向いて座っていたので翔子は急いで駆け寄った。




