旅の始まり
次の日の早朝、大量の荷物をDに固定して背負わせると二人は廃校を出発した。Dは苦も無く軽々と荷物を運び、ピクニック気分で楽しそうに見えた。邪魔な木は蹴り倒し、川があると翔子を荷物の上に乗せて渡った。
「巨獣化した方がもっとスムーズに移動出来るのでござるが、特殊器官を取ってしまったので致し方ないでござる」
「そうだけど良いこともあったじゃない。元の姿に戻れたし発信機があるのも気づけたしね」
「そうでござる。何事も前向きに考えていかなければいけないのでござるな」
Dは晴れやかな表情を浮かべていた。
「雰囲気もだけどいろいろと変わったわねD。学校では十字架背負って生きている感じだったのに」
「学校生活は拙者には窮屈だったでござる。余りにも周りに気を使い過ぎて頭がどうにかなりそうだったでござる」
天気も良く旅の出だしは良好で翔子は移動しながらDと生活するも悪くないと思っていた。しかし段々と未開の森林地帯は現代人にとって過酷だと身に染みてわかってきた。
「血が出てるし、最悪だわ」
ズボンの裾を上げればいつのまにかヒルが何匹か足首の皮膚にくっついていた。マダニらしき小さな虫がズボンにくっついているのも見かけ慌てて払い落とす。さっきから蚊が耳元に纏わついてりわずらわしい音を立てている。
「拙者には何も寄ってこないでござる。血が美味くないのでござろうか」
「あなたの皮膚には針が刺さらないんじゃない。研究所ではどうやって実験してたのかしら」
「硬い合金のドリルで穴を開けて、金属を引きはがすように皮膚をめくったでござる」
翔子は身震いした。
「恐ろしい所よあそこは」
「当然でござる」
さらに歩くと我慢できなくなった翔子は立ち止まり言った。
「あーもう無理。ちょっとロッカー下ろしてよ。虫対策して戻ってくるから」
Dは背負っていた荷物を全て下ろし二人で紐を解いた。翔子はヒステリックな様子で顔の周りの蚊を手で払いながらロッカーの中に入って行った。
「では拙者はここで休憩とするでござるか」
近くにあった大木に何度か蹴りを入れると亀裂が入り手で押すと大きな音を立てて向こう側に倒れた。ささくれを掌で均すと木株の平らな椅子になりそこに腰を下ろした。
「なかなか悪くないでござるな」
二時間後に戻ってきた翔子は赤い上下のレインウェアと頑丈そうな靴を身に着け、全身を虫よけネットが覆っていた。
手にはダイニングチェアーのような椅子を持っていた。
Dは煙を燻らす薪木の上に載せたアルミの鍋の中からキノコを箸でつまんで口の中に入れた。咀嚼しながら横に積んである大量のキノコを手に一杯にぎると熱湯にいれた。
「キノコ鍋してるの?」
見た目が派手なキノコで、赤い傘の上には白い粒が一面に張り付いていた。
「拙者、このキノコが美味すぎて止まらないでござる。翔子パイセンも如何でござるか」
「それってわかりやすい毒キノコじゃない。お腹壊すわよ」
「拙者は先ほどから食べているでござるがなんともないでござる」
「そうね、愚問だったわね」
翔子はコンビニで買ってきた総合栄養食のブロックを食べてペットボトルの水で喉の奥に流し込んだ。
「もう私歩くの疲れたから荷物と一緒にあなたの上に乗ることにするわ」
食後の休憩が終わると、しゃがんだDの背中に荷物とロッカーを紐で縛りつけ上の方に椅子を固定した。
翔子はよじ登り椅子に座ると言った。
「水平にしたままゆっくり立ち上がるのよ。大丈夫?」
「余裕でござる」
油圧式のように危なげなくスムーズに立ち上がった。乗り物が動くと翔子は気分が高揚した。同じような木と笹の退屈な風景の連続でも楽しむ余裕が出てきた。
自分は象に乗って密林を進む探検隊のようだと思いリラックスしているとそのうちうとうとして寝てしまった。気が付くと木々の間から赤い陽が射し細い雲の連なりが見えた。影が長くなりもうすぐ日没だろう。
徐々に闇が迫ってくると翔子は不安になってDに話しかけた。
「私のリュックからヘッドライトと本を取ってくれない」
Dは前に背負っているリュックを開き本をいくつか出した。
「何冊かあるようでござるが」
「適当に一冊取って」
手を上げ翔子にライトと本を手渡した。
辺り一面闇で覆われるようになると距離感が失われ自分の存在が不確かに感じられた。文字に視線を移し恐怖を和らげるために読むことに集中することにしたが同じ行を繰り返してちっとも先に進まなかった。それよりも周りのざわついた音が風に揺れる葉なのか生き物の生活音なのか気になってしょうがなかった。
唸り声がすると心が乱され本を閉じてしまった。
とりあえずDにライトを当ててそこにいることを確認し安心した。唸りがする方にヘッドライトを向けると二つの眼が光りこちらを見ているようだった。
「ねえ、右の方に何かいるみたいなんだけど」
「あれは野犬でござるな」
「なんでわかるのよ」
「拙者は夜でも余裕で見えるでござる」
Dの歩く速度は昼間と全く変わっていない。
「尊パイセンと戦った時も闇の中だったでござるが拙者が噛みついたらバックドロップされたでござるな」
「なんの話よ」
また尊の話かと思ったが、Dに気持ちよく話し続けさせたほうが不安が紛れるかもしれない。
「ねえ、私がゲートを移動するとき尊君が居るような感じがしたんだけど何でだと思う?」
「尊パイセンはみんなの心の中にいるのかもしれないでござる」
「そういうことじゃなくて」
翔子は研究所で尊を死のゲートに導いたことをまだDに言ってなかった。Dが聞けばゲートの中に助けに行くと言うに決まっている。ゲートの中はロッカーから直ぐに入れるが今はまだその時ではないと思う。
「尊君といつも一緒だったわよね。何か私の知らないエピソードとか話してよ」
道すがらDは尊との思い出を順に話していった。
「そう、尊君が高校生5人を殺した超人小学生だったのね。それが超人少年法が出来るきっかけになった」
「尊パイセンは何かの拍子に思い出したようで苦悩していたでござる。拙者は尊パイセンによって救われたので拙者も尊パイセンを救いたいのでござる」
翔子ももちろん尊を助けたいという気持ちはあった。ゲートの世界も研究所も関わりたくないという気持ちの方が強くて行動するような気はしなかった。
話しているといつの間にか翔子は寝ていて数時間後に寒さを感じて目を覚ました。周りがうっすら白んで霧がかっているので見通しが悪かった。Dは開けた平らな場所を見つけると屈んで言った。
「ここで休むでござる。拙者もうエネルギー切れでござる」
翔子は椅子に固定していた腰のベルトを外すと下りて地面に足をつけた。短い草には朝露が付いていて少し歩いただけでも靴がずぶ濡れになっていた。
固定されている荷物を二人で紐を解いていくと広げたレジャーシートに並べて置いた。
Dは近くの木を蹴り倒し、手で折ってちぎると一か所にかき集めて積みライターで火をつけた。直ぐにキャンプファイヤーのように燃え上がった。
「ちょっと量が多くない?」
「翔子パイセンは顔色が悪いので血行を良くするでござる」
Dは気遣ってくれているようだ。もともとDは繊細なタイプだったことを染み込む温かさと共に思い出された。
そのうち冷え切った体はすっかり温まり体の硬さがほぐれて緩んだ。
「腹が減ったでござるな。拙者は何か朝食を捕ってくるでござる」
Dは一昼夜荷物を背負って山を歩いていたにも拘わらすまだまだ余裕があるようだった。
「まだレトルトがあるからそれを食べてもいいのよ」
「たまにはガッツリと肉を食べたほうが力が出るでござる」
Dは茂みから森に入って行った。
「あの繊細な子がこんなマッチョになるなんてね」
翔子は座ってばかりいたので少し横になりたかった。ロールマットを巻いている紐を荷物から外し広げて寝転がった。
少しして茂みから音がしたのでもうDが獲物を捕まえて帰って来たのかと思って見ると、巨大な蜘蛛がのっそり出てきた。翔子は意外過ぎる存在を見て眼が点になっていた。
「驚いただろ。糸をつけて追ってきたんだ」
出てきたのが一匹な所を見るとどうやら廃校で一緒に行動していた男は居ないようだった。
大蜘蛛は翔子の元にゆっくりと近寄ると4つの眼を近づけて言った。
「あんたは女の超人なんだろ。俺の話すことはわかってるんじゃないのか?」




