翔子の顔
危険を避けて研究所内を調査していた翔子だったが尊が巨大化してDを助けたことに感化され自らも危険を顧みず尊を死のゲートに誘導した。重要施設のセキュリティドアを解除した後、遠隔操作する為の端末はロックされ尊がゲートに入れたか確認する余裕はもう無かった。
翔子は部屋を出ると周りに警備員が居ないことを確認し近くにある女子トイレに駆け込んだ。ロッカーから清掃用具を乱暴に取り出すと薄い金属板を外してゲートスペースに入った。翔子のゲート能力は金属等の無機物を媒介にしてゲートを作成することが出来る。何かあったとき直ぐに逃げられるように清掃ロッカーの奥にゲートを作っておいた。板を内側から元に戻すと自宅を思い浮かべた。
周りが明るくなり一瞬で翔子の自室に変わる。家全体が静まり返っていて研究所でモンスターが暴れていたあの騒ぎが嘘のようだった。翔子は安心すると脱力しそのままベッドに倒れ込んだ。
目を閉じると研究所にいた時の様子が走馬灯のように思い出された。あそこで拷問のような実験をされて絶叫していた超人小学生を思い出すと身震いする。研究員たちは知的好奇心を満たすために人道など忘れてしまったかのようだった。翔子はベッドから起き上がり嫌な光景を振り払うとこれからの事を考えることにした。Dに向かうように言った岩柳小学校に翔子も行かなくてはならない。
岩柳小学校は翔子とDが入っていた合唱団が合宿に行った場所で山奥の自然豊かな場所にあった。学校の先生も生徒達も人柄が良く親睦を深め、学外から来た生徒達はとても良い印象を持っていた。今は廃校になり人の気配はないので隠れるのに絶好の場所だと思った。
Dの到着は早くても明日以降になるだろう。目的の場所は研究所から山々を超え500kmも離れた所にある。Dの体の状態を考えると予想より遅くなるかもしれない。もしかしたら途中で力尽きることも考えられる。
たどり着いたとしてもDは原型が無いほどに変わり果てていた。彼の世話をしたところで元の状態に戻ることは出来るのだろうか。
時計を見ると14時30分になっていた。壁のラックからバックパッカーが使うような大きなリュックを下ろすとレトルト食品を詰め始めた。この時の為にスーパー等で少しづつ買い部屋の隙間などに隠しておいた。災害用のグッズも用意してあったのでそれも一緒に入れた。もう何回かはゲートで往復する必要があるかもしれない。緊張から解放されて眠気の為に手が止まるが仕事から叔母さんが帰ってくる前に翔子は家を出て行かなくてはならない。翔子は行方不明でもうこの世界に居ないはずの人間なのだから。
全ては顔の異変が始まりだった。
翔子は焼芋小学校に転校してくる前は鉄板第二小学校に在学していた。両親と三人暮らしで、学校生活は楽しく上手くいっていたし自分には素晴らしい未来が待っているのだと思っていた。ところが合唱団の合宿に行った時にそこで仲良くなった生徒から、岩柳小学校が町の学校と統合して廃校になると悲痛な声を電話で聞かされた後、間もなく翔子の顔が崩れ始めた。診察で皮膚病の類ではないかと言われたが検査すると顔を構成する筋肉も骨も全て崩れていた。こんな病気は前例がないので治療方法も無いと言われた。
両親は大きな病院で精密検査を翔子に受けさせることにした。異常は見当たらないが腫瘍のような塊が体内に二つあると言われ、それが超人特有の特殊器官だと判明すると翔子は直ぐに研究所に移された。
翔子が案内された大部屋は大人のアスリートのように大きな体をした小学生が十数人いて窮屈な感じがした。各地で誕生した小学生超人は検査を受ける為に研究所に集合させられていた。部屋を見回すとどうやら女子は自分しかいないようで所在なく部屋の隅に目立たないように座っていた。すると落ち着きのない粗暴な男子が翔子を見つけ顔をしつこく覗き込んできた。背を向けると髪をつかまれ正面を向かされた。
「うわっ、なんだこいつ。顔が腐ってる」
大きな声が部屋に響き他の男子の興味を引くと翔子の周りに集まってきた。翔子は慌てて外に逃げ出そうとしたが自動ドアはロックが掛かっていて叩いても反応が無かった。隠れる場所がないか部屋を見回し見つけた女子トイレに逃げ込もうとすると一人の男子が翔子の襟を掴み部屋の真ん中に引き戻された。待ち受けていた男子達は翔子を囲むと一人ずつ顔を覗き込んで下品な笑い声を上げた。翔子は為す術もなくその場に泣き崩れた。その時翔子の前に誰かが飛び出して影を作った。顔を上げると薄手の生地の上からでもはっきりわかる筋肉質な広い背中が見えた。彼は他の男子を追い払い振り向くと青白い生気の無い顔を見せた。
「大丈夫、きっとよくなるよ」
それだけ呟くと前を向いた。
少しすると翔子は廊下の先の小部屋に案内され数人の研究員達に囲まれた。女子の超人は初めてだと研究員は興奮し翔子の顔を触ってきた。翔子は目の前の大人達の異様なはしゃぎように違和感と不気味さを感じた。いくつかの質問に答え長い検査を終えると彼らの気に入るようなデータではなかったようで、先ほどのはしゃぎようが嘘のように事務的な態度に変わり翔子は家に帰された。人に危害を加えるような暴力的な要素は無いと判断され、男子とは違い研究所に通う必要はないと言われた。
翔子の顔はいつまでたっても治らなかった。治るどころかますます顔が崩れて最終的に驚くくらい平面で単純な形になった。生活するのに必要な穴がいくつか開いているだけで翔子はこれでは学校に行けないと不登校になりひきこもるようになった。マスクとサングラスをして近所のコンビニくらいは行くこともあったが、だんだんとそれも億劫になってきた。
家の鏡を全て裏返しにして翔子はスマホばかり見ていた。とある広告が目に留まった時こんな綺麗な顔になりたいと思っていると顔が引きつり筋肉が痙攣するのを感じた。指で触ると自分の顔に凹凸があった。驚いて近くの鏡をひっくり返してみるとそこには人の顔があった。ある角度で見ると広告の芸能人に似ていた。
思い浮かべるだけで顔が変化させられるという自分の能力に気づき、それからは鏡と向き合う時間が一日の大半を占めることになった。どんな顔にも変えれるというわけではなく男性と元の自分の顔に変える事が出来なかった。
人の顔に戻ると翔子は自信が出てきて直ぐにでも学校に戻りたいと思った。しかし事情の知らないクラスメートに今までと違う顔を晒しても困惑させてしまうだけだった。それだけではなく顔の変化について騒がれると研究所に伝わり今度は研究対象にされてしまうかもしれない。翔子は研究所に二度と行きたくはなかった。研究所での嫌な体験に加えて恐ろしい実験の噂を耳にしていたからだった。研究者の興味を引かなかったという幸運を一時の感情で台無しにしてはいけない。翔子は悩み抜いた末に新しい学校に転校することにした。両親に伝え別人として生きていくことに決めた。みんなと別れるのはつらいがこれからは新しい自分として前を向いて生きていくしかない。いつか元の自分の顔を取り戻したときクラスメートとの再会を喜ぶことにしようと翔子は思った。




