バベルの塔
翔子の声が尊に聞こえて来た。
「尊君、あなたはもう逃げるのは無理かもしれない。Dと違ってあなたの巨人は鈍くて遅そうだから」
「俺はDが自由になってくれたらそれでいいんです。ここを破壊して俺は終わるだけです」
「そんなことにはならないわよ。あなたは無理やり人に戻されて、実験動物としてここで余生を送ることになる」
「それなら自分自身で終わりにするまでです」
「自決も出来ない。その体は簡単に死ねるようにはできてないから」
「いちいち否定しますね。じゃあ俺は実験動物として生きる以外に選択肢はないということですか?」
高揚して気づかないふりをしてたが翔子に言われて尊は現実に引き戻された。やってしまったことはもう取り返しがつかない。これは大人達への恐るべき敵対行為だ。研究所の崩壊により死者も多数出ているしどれだけの規則を破っているかもわからない。尊は恐怖に震えてきた。
「もう一つだけ選択肢があるわ」
「それをすぐに教えてください翔子先輩」
「研究所の最重要施設がここの近くにあるの。そこへ行って保管されているゲートに入りなさい」
「ゲート?なんですかそれは」
「校門に現れたゲートを覚えてない?」
校門で事件があったのを思い出した。翔子と警察官がゲートに入って消えた。
「死のゲートとか言われてましたよね。俺が入っても大丈夫なんですか?」
「どうなるかはわからない」
「どうゆうことですか?」
「まずゲートは私の能力なの。一度行った場所に瞬時に移動することが出来る」
「世間を騒がせていたのは翔子先輩だったんですか?」
「そう。私の芸術的センスに世間は驚いていたようだけど、あのオブジェは目立たせるためにあえて奇抜なデザインにしたの」
「それはいいんですけど、なんで校門前にあったんですか?」
「あえて目立つ場所にゲートを設置して意図的にゲートに入った私は行方不明になった。もう家にも学校にも戻るつもりはなかったからゲートを使ってDを研究所から連れ出した後、人知れずどこかでひっそりと暮らすつもりだった」
「でも結局Dを助けるのは失敗したんですよね」
翔子は悔しそうに言った。
「自分がゲートを使って移動出来るから他人も同じように移動出来ると思い込んでいた。でも警察官が行方不明になった時に私以外はゲートを使えないという事が分かったの。それでDを連れてゲートを通ることを断念した。私は諦めきれずDを連れ出す他の方法がないか研究所でずっと探っていたの」
「それじゃあ俺がゲートに入ったら警察官のように消えてしまうだけなのでは?」
「そうかもしれないし違うかもしれない。警察官は何もイメージしてなかったと思うけど、あなたは目的地を強くイメージすることで違った展開になるかもしれない」
「それにかけるしかないんですね」
「そうよ」
尊は暗澹たる気持ちになった。警察官は今もゲートに入ったきり帰ってきていない。助かる可能性はとても低い気がする。
だが、それはそれとして尊は目の前で起こっていることに集中した。大きな音を立て巨大化したモンスターは至る所で研究所の建物を破壊している。加勢すべきか迷っていた。
尊の目に留まったのは4つの鈍い光を放つ黒いレンズだった。レンズの周りに細かいふさふさした毛が生えている。
それが建物の陰から現れた時、巨大な蜘蛛だということがわかった。この中の一人は蜘蛛が強い存在だと認識していたらしい。
違う所では巨大なカバが建物を噛んで破壊していた。カバ最強説を信じた者がいたのだろう。犬猫系は結構多いようだがDはたしかオリジナルの獣だった。
蛇になって建物に巻き付いている者もいる。ティラノサウルスと思われる恐竜もいた。
出現したモンスター達はどことなく元気はなかった。それもそのはず彼らは実験でボロボロなのだ。
研究所にアラームがけたたましく鳴り響いている。制服を着た警備員が数人チームになり建物の中から現れた。
銃らしき物を構えると同時に上からの激しい炎を浴びて警備員はもだえ苦しんだ。
火炎放射器から出るような長い炎は容赦なく頭から降り注ぎ警備員は黒く焼け焦げ硬く固まった死体になった。
尊は炎の出どころを見て驚きに声を失った。
ドラゴンが空を飛び火を噴いている。あのファンタジーでお馴染みのドラゴンだった。
理解が追い付かない。現実なのか疑うほど異様な光景だった。
「翔子先輩、どうやってドラゴンが火を吹いているんですか?」
「そんなのわかるわけないでしょ。学者が言うように本当にこの世の終わりが近づいているのかもね。地獄でも生きられるように遺伝子が変異してしまったのかも」
「地獄でなんか生きたいと思います?」
翔子は少し考えて言った。
「それどころじゃないでしょあなた。大暴れしていても直ぐに彼らは捕らえられる。混乱状態のうちに早くあなたはゲートにたどり着かないと」
「わかりました先輩」
翔子が送ってくれた目的地の位置を目指して尊は建物を跨ぎ走った。300メートル程進むと背の高い建物の集合体が目の前に聳え立っていた。
「ここがゲートがある最重要施設、彼らはバベルの塔と呼んでいるわ。部屋に最も近い場所の壁を破壊して中に入って」
「バベルの塔なんて御大層ですね」
尊の視線の先にドーベルマンのような黒い巨獣がいた。悶えながら人に戻ると黒いプロテクターを身に着けた集団に囲まれ、何かをされて気を失ったようだ。
「恐れていた特殊部隊だわ。彼らは巨大化モンスターに対応できるように訓練されている。銃からでる金属シリンダーの注射針が刺さるとモンスターは強制的に人に戻される。その後強力な麻酔薬を打ち込まれると意識が無くなり簡単に捕らえられる」
尊は身震いした。Dと戦った後に意識が無くなったのはこの部隊が近くにいたからだろう。
最重要施設の周りには特殊部隊が配置されつつあった。尊はそれを避けるように建物にジャンプして張り付くとよじ登り、翔子に指定された4階の地点まで降りると外側から壁を破壊して中に入った。
床、天井、壁の分厚い金属をベニヤ板のように容易くを破壊しながら進んだ。けたたましくアラームが鳴り響き、白衣を着た研究員が逃げ惑っている。尊はゲートを目指して猛進した。




