第27話 窮地
「ルナちゃん。私が前線で戦うから、サポートをお願い」
「……うん」
私はルナちゃんにそう言った。一触即発の状態であり、相手のネヴィルさんはわたしたちの様子を冷静に見つめていた。
「いつでも来てください。私の方は問題ありませんので」
それは皮肉でも嫌味でもない。彼はただ、心からそう思っているのだ。
幼少期。貴族社会に嫌気が差していた私にネヴィルさんはとても良くしてくれた。その時のことは今でも良く覚えている。
「辛いですか?」
「え……?」
パーティーに疲れてしまい、バルコニーで一人で休んでいる時に隣にやって来たのはネヴィルさんだった。これが彼と私の初めての出会い。
「今の貴族社会は陰鬱です。それもグレイス家の長女だと色々と重荷があるでしょう。それに、あなたはどうやら貴族社会の体質に疑問を抱いている。幼いながらにも聡明なあなたは、それに気がついてしまった」
「そ、それは……」
当たっていた。パーティーでは常に誰が魔術師として優れているか、そして剣士なんて蛮族はいっそ滅んだほうがいいなど、おおよそ健全な場所ではなかった。
私は手放しに才能を褒められたが、全く嬉しくなどなかった。
「あなたの疑問は間違っていません。私もこの社会のあり方は健全だとは思いません。そもそも、時代によって評価など移り変わるものです。魔術師こそが至高であるという考えは、あまり好みではありません」
「……貴族なのに、そんな風に思ってもいいんでしょうか?」
私は顔を上げて彼に尋ねる。すると、とても優しい笑顔でこう答えてくれた。
「もちろん。思想はいつだって自由です。ま、あまり公にすると問題にはなるでしょうが、内に秘めている分には何も問題はありません。本来人間とは、自由な存在です。きっとあなたもいつか、自由になる日が来ますよ」
そう言って彼は去っていった。あぁ、こんな人もいるんだなと思い、私はこの幼少期に少しだけ救われたような気がした。
そして現在──私は彼と向かい合っている。運命とは本当に残酷なものである。
右手には氷の剣を握り、対峙する。一挙手一投足を見逃さないように、私は彼の動きを観察する。
「こちらから先に仕掛けることはありません。どうぞ、ご自由に」
手を軽く差し伸べ、向かってくるように促してくる。罠? いや、でも今は行くしかない──!
私は一気に距離を詰めて、氷の剣で斬りかかる!
「ふむ。魔術と剣術を組み合わせたものですか。悪くはありません」
「……くっ!」
容易に攻撃は躱されてしまうが、それで終わりではない。彼の足元に氷を展開し、動きを鈍らせる。が、それは一気に溶けていってしまう。
「グレイス家の氷属性魔術は厄介ですが、やはり熱には弱い。これは致命的な弱点です」
「まだまだ!」
それでも私は攻める。昔よりもずっと動きが軽いような気がした。今までは貴族の重圧に縛られていたけど、私はもう自分の道は自分で決めると決めたんだ。
こんなところで立ち止まってはいられない!
「リアナちゃん! デバフをかけるよ!」
「うん!」
ルナちゃんが彼に弱体化の魔術をかける。効果は確実に発動しており、一瞬でも動きが鈍るのは間違いない。
私はその隙をついて、氷の剣を上段から振り下ろすが──刹那、右足に鋭い痛みが走る。
「……ぐううううっ!」
あまりの痛みに声が漏れる。よく見ると、右足の一部の肉が削がれていた。傷は深くはないが、その鋭利な傷跡は生々しいものだった。
出血をなんとか治癒魔術で止め、私はふらふらと立ち上がる。魔力を一気に放出したせいで、少し視界がぼやけて見える。
「おや、まだ立ちますか。しかし、すでに実力差は分かっていると思いますが?」
「それでもあなたの行いは許されるものではありません!」
「そうですか。敗北は必至だというのに足掻くのは、合理性に欠けますね」
相手の魔術特性は何も理解できていない。どうして右足が抉られていたのかも、不明なままだ。それでも私は──!
なんとか動こうとした時、目の前にルナちゃんの姿が現れる。彼女は防御魔術を展開して私のことを守ってくれたが、勢いを殺しきれずに私たち二人はそのまま後方へと転がっていく。
「ルナちゃん……!?」
頭をぶつけたのか、頭部から血が流れている。私はすぐに治癒魔術を発動して回復させる。
「う……うぅ……」
「大丈夫!?」
「……う、うん。ごめんね……こんなことしかできなくて」
「そんなことない……! そんなこと……」
私たちは無力だった。アヤメさんのようになりたいと願った。けれど、強い思いだけではどうしようもない現実がある。
私たち二人とネヴィルさん一人の実力は、あまりにも大きく隔絶していた。私は一連の戦闘でそれを嫌というほど理解してしまった。彼はまだ実力の片鱗しか、見せていなのだから。
コツ、コツと足音が響く。それはもはや、死刑宣告と言っても過言ではない。
「無駄な殺生は好みませんが、真実に辿り着いた人間は消すと決めています。さようなら、お二人とも」
私はぎゅっとルナちゃんの体を抱きしめる。せめて彼女だけでもなんとか生き残ってくれたら──そんなことを願いながら、私は来るべき攻撃に身構えるが……何も起きていない。
恐る恐る目を開けるとそこに立っていたのは──アヤメさんだった。
「──大丈夫か。二人とも」
†
ルナとリアナが帰ってこない。俺は流石にそれを不審に思い、街に探しにいくことにした。確か、王立図書館に向かうと言ってたな。俺は図書館に向かい、受付で二人が来ていないか尋ねてみることにした。
すると、二人の姿は見たが、もうすでに出ていってしまっていると言われた。だが俺はこの図書館に漂う異様な魔力を感じ取っていた。
「これか……?」
古い書籍だ。一応中を開いてみるが、全くわからない。複雑な魔術式が描かれており、専門外の俺には理解不能だった。しかし、この魔術書からまるで線のように魔力が伸びているのを感じた。
俺はそれを追ってみると、論文と呼ばれる資料に辿り着いた。そこにも同じような魔術式が描かれていた。ただこの感じは……ルナか?
辿って来た足跡はルナが敢えて残したものだろうか。魔力感知に長けているわけではないが、彼女の魔力であると俺はなんとなく察していた。
そして、王立図書館を後にすると、突然地面に魔法陣が出現し──俺は別の空間へと飛ばされた。
視線の先には倒れているルナとリアナと、一人の男性が立っていた。俺はすぐに状況を理解して、一目散に二人の元へと駆けつける。
「──大丈夫か。二人とも」
「アヤメさん!」
「あ、アヤメさん……」
チラッと二人の姿を確認する。リアナは問題なさそうだが、ルナは頭部を負傷しているのかあまり活力がない。
「リアナ。ルナと二人で後ろへ。あとは俺が対処する」
「すみません。お願いします」
そして俺は相手を対峙する。
「あなたが惨殺魔だったのか」
「いかにも。アヤメさん。お久しぶりです。私はネヴィルと言います。前回は自己紹介をしていなかったので」
俺が偶然助けた男性がまさか惨殺魔とは、流石に俺も予想はしていなかった。
「魔術師も剣士も同じ人間であるとあなたは言ったな」
「えぇ」
「しかしそれは、他者を思いやる言葉ではなかったのか」
「そうですね。私にとって他者は重要ではありません。全ては魔術臨界を超え、神に近づくため。ここであなたを殺せば、多重魔術式は完成します。あなたほどの存在を媒介にした時、どのような魔術が発動するのか。私はそれが楽しみでたまらない」
まるで子どものように無邪気に笑みを浮かべる。この男──ネヴィルは今まで会ってきた貴族とは根本から異なる。今までは他者を見下す人間ばかりだったが、こいつは自己の目的が内側で完結している。
俺は天喰を再び構える。
「さぁ、楽しみましょうアヤメさん。あなたと殺し合えるなんて、私はやはり神に祝福されている」
「覚悟しろ──お前の罪は俺が斬る」




