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第10話 剣聖のもとへ


「アヤメさん。改めて、ありがとうございました」

「気にすることはない。これがサムライの生きる道だ」

「お礼として、これから()()()アヤメさんのお世話をしますからね!」


 やけに『ずっと』の語気が強かったような……?


 それにじっと俺のこと見つめてくるその目は、笑顔とは裏腹に光の灯っていないものだった。


 まぁ、深く考え過ぎか。俺は切り替えて、剣聖の話をルナに振る。


「さて、剣聖の居場所だが、どこにいるのだろうか」

「剣聖様ですか。お父さんの言う通り、アルカディア大森林の奥に住んでいるという噂はありますが、詳細は不明ですね」

「そうか。手当たり次第、探してみるしかないな」

「はい! 頑張りましょう!」


 俺とルナは早速大森林の中を進んでいくが、この森は確かに危険なのがよく分かるな。油断すれば、あっさりと方向感覚を失ってしまいそうだ。


 それに木々が多すぎて、日の当たり方も悪い。


 曇っている、または夜などの太陽の光がない時に移動はあまりしたくはないな。


「思えば、ルナはよくここに一人できたな」

「あはは……流石に、ちょっと自暴自棄でしたので」

「俺が運よく助けることが出来て良かった」


 あの時の、初めて出会った時のことを思い出す。数日前の出来事だが、もうかなり前のように感じられる。


「アヤメさんは本当に私にとっての救世主様です!」

「大袈裟だ。そんな高尚な存在ではなく、一介の剣士に過ぎない」

「いえいえ。でも、そんなアヤメさんもその……かっこいいと思いますよ?」


 チラッと俺の様子を窺うようにルナは目線を上げる。それは、何か期待しているようだった。


「そうか」


 あっさりと返事をすると、ルナは途端にがくっと肩を落として「まぁ、そうですよね……」と何かぼやいていた。


 そんなこともありつつ歩いてみるが、人が住んでいるような建物は発見できなかった。


 気がつけば日も暮れてきて、そろそろ移動は危ないな。


「ルナ。今日はここまでにしておこう」

「分かりました。夜は危ないですからね」


 二人で食事を取った後、睡眠をとることになったが、俺は刀を立てたまま座って休息をすることにした。


「アヤメさんは横にならなくていいんですか?」

「魔物の気配が常にある。ルナは安心して眠るといい」

「でも……」

「気にするな。適材適所というやつだ。周りの索敵や食事の用意などはルナにしてもらっているからな」

「そう言ってくださるのなら」


 魔物の気配が消えることはない。


 常に俺たちの様子を窺い、機会があれば襲い掛かろうとしようとしているのは、容易に分かる。


 その魔物が振り撒く殺気に対して俺もまた殺気を放つことで、魔物たちが急に襲ってくることはなかった。


「私、ちょっと夢だったんです」


 ふと、横になっているルナが口を開く。


「何がだ?」

「世界中を冒険することです。幼い頃から冒険譚が好きで、いつか機会があれば旅をしてみたいと思っていたんです」

「それは良かったな」

「はい。アヤメさんのこと、ずっとサポートしますから」

「それは助かる」

「では、おやすみなさい」

「ゆっくり寝るといい」

「……すぅ」


 その会話が終わると同時に、ルナからは微かな寝息が聞こえてくる。


 今日はずっと歩き通しだったからな。若い乙女であれば、疲労困憊になるのは当然のことだ。


 俺はふと、空を見上げる。


「綺麗だな」


 この夜空を彩る星々が視界に入る。


 今となっては転生したことに慣れてしまったが、それでもこうして考えるとここが異世界なのだと強く意識するようになる。


 それにしても、剣聖か。非常に楽しみだ。


 この魔術至上世界マギアヘイムで生き残った剣術。それは並大抵のものではなく、達人の域に到達しているに違いない。


 俺はそんな期待を抱きつつ、眠りに落ちるのだった。



 翌朝。日が昇ると同時に起床した俺は、周囲を見渡す。


「去ったか」


 どんな異変が起こってもすぐに察知できるように、気を張り詰めていたが、特に問題はなさそうだった。


 魔物たちも流石に諦めたようだな。


「ルナ」

「う、うーん……えへへ。アヤメさんは私が一生……おせ……わを……」

「朝だ。行くぞ」

 

 少しだけ体を強くゆすると、ルナはパチっと目を開いて起床する。


「はっ! あ、朝ですか?」

「あぁ。そろそろ移動しよう」

「わ、分かりました!」


 忙しなく移動の準備を始めて、俺たちは大森林の中を移動していく。

 

 その道中、やはり魔物との戦闘は避けられなかった。俺の殺気で逃げる魔物もいれば、縄張りを荒らされたと思って獰猛に襲いかかってくる魔物もいた。


 しかし、ルナの補助もあって特に苦労することはなかった。


「こんなものか」


 刀の血を払ってから納刀。


「お疲れ様でした」

「それにしても、ルナの魔術は便利だな。特に索敵は使い勝手がいい」

「これだけは得意なのでっ!」


 ルナの魔術特性と性格的に後衛というのは合っているのだろう。


 ルナは索敵を行い、素早く魔物の数を把握。そして戦闘中は魔物に弱体化の魔術をかけ、俺には強化の魔術をかける。


 複数の魔術を同時に的確に操るのは、おそらく並みの魔術師の技量ではない。


 ルナは自分のことを過小評価しているが、実際の実力はもっと上だろう。


「しかし、かなり進んだが、人の気配もないな」

「ですね。本当に剣聖様はいらっしゃるんでしょうか」

「いや、これは……」


 今になって気がついたが、周囲に何か膜のようなものが張っている気がした。


「ルナ。ここの周辺に魔物はいるか?」

「いえ、いません」


 ルナはすぐに索敵をして、俺にそう伝えてくれる。


「あれ。でもおかしいですね。ここまで全くいないのは珍しいというか」

「そういうことか」


 俺は天喰の能力を解放して、目の前にあるであろう薄い膜を斬り裂いた。


 同時に視線の先には屋敷のようなものが姿を現した。


「え!? 急に建物が見えましたけど!?」

「おそらく、認識阻害の魔術か何かだろう」

「でも全く気配は感じませんでしたが」

「魔術的な探知にはかからないようになっているのだと思う。俺も五感の感覚で分かったからな」

「確かに……魔術を無効化する魔術は存在します。それを結界に応用していたというわけですか。アヤメさんはまだ魔術についてあまり知らないのに、凄いですね」

「俺のいた国にも魔術に近い異能はあったからな。魔術の方が技術として上だとは思うが、使い方という部分ではあまり変わりはない」

「へぇ。勉強になります」


 妖術でも認識を撹乱かくらんする術はあった。


 しかし、剣聖は人を近づけたくないのか? 手放しに誰でも歓迎しようと持っている人物ではないことは、間違いなさそうだ。


 そして、屋敷の扉の前に立って俺は声をかけてくる。


「頼もう!」

「すみませーん! 誰かいらっしゃいますかー!」


 反応はなく、俺たちの声は虚しく残響するだけ。


「ベルか何かあればいいんですけど。来訪者を想定していないのか、何もないですね」

「ふむ。見当違いだったか?」

「残念ですが、引き返しましょうか」


 と、二人で話している途中で室内から慌てて走ってくる音が聞こえてきた。


「あぁ。すみません。人が来るのは珍しいので、反応が遅れてしまいました」


 出てきたのは一人の男性。髪は長めで、目は細い。人当たりの良さそうな雰囲気をしており、柔和な印象だ。


 しかし、腰に差している剣と鍛えられた肉体を見抜けない俺ではない。


 これが剣聖か──もっと筋骨隆々の大男を想像していたが、全くの逆だな。


「貴殿が剣聖という存在だろうか?」

「あはは。そんな大層なものではないと思いますが、一応そう呼ばれています」

「自分と立ち合いをして欲しい。東より来訪したサムライと剣を交えるのは、難しいだろうか」

「サムライ……刀を操る剣士ですね。少し込み入った事情があるのですが、中で話をしましょうか。どうぞ」


 中に入るように促してくれる。

 

 その際、細い目が微かに開かれる。彼もまた、俺のことを見定めているような視線を向けてくる。


 屋敷の中を進んでいくと、奥の方には道場があった。広々としているが床はかなり汚れている。何度も清掃した後は残っているが、それでも残ったのだろう。


 この場所だけでも途方もない鍛錬をしているのは分かった。


「先生。こちらは?」

「来訪者だよ。なんでも僕と立ち合いがしたいとか」

「この時代に道場破りですか?」

「いやぁ、そんな感じには見えないけどねぇ」


 その道場には一人の女性がいた。頭には深く頭巾ずきんを被っているので、あまり顔ははっきりと見えない。


 微かにその女性と視線が交わる。薄い青色の瞳はまるで宝石のように光り輝いていた。


 これが俺と後の弟子になる──魔術五属家エレメンツの令嬢、リアナ=グレイスとの初めての出会いだった。


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