規格外
人生の終わりとは、かくも呆気ないものなのだろうか。
と、無慈悲に振るわれるナイフを見て、俺はそんな他人事のような感想を抱いた。
北巳神が持っているサバイバルナイフは、正確に俺の首筋を狙って来ている。
防御も回避も今からじゃ間に合わない。
死ぬ。
今俺がこうして呑気に思考していられるのは、恐らくアレだ、アドレナリンの力的な何かだ。
この間僅か0.001秒……みたいな?
人生の最後に考えるのがこんな馬鹿げた思考なのは自分でもどうかしてると思うが、他に考えることもないのだから仕方がないというものだ。
……いや、ないわけじゃないか。
例えば、俺が死んだらFMKはどうなる?
残りの財産の扱いとかどうなるかは知らないが、抜け目ない両親のことだからあの手この手で全回収してくるはずだ。
俺の金がなければFMKの運営は立ちいかなくなるだろうし、解散するしかなくなるかもしれない。
そして俺の資産の詳細を両親に知られるということは、FMKの存在までもがあの人達に知られてしまうことと同義である。
俺がやっていたことがあの人達にバレれば、芋づる式に瑠璃がVTuberをしていることも明るみに出てしまうだろう。
そうなれば厳格ぶってるあの人達のことだ。薙切ナキの活動終了を命令してくるのは目に見えている。
瑠璃には両親に表立って逆らうほどの力はまだない。
だから瑠璃の夢もここで一旦中断することになるのだろう。
それ以前に、優しい妹のことだから、俺が死んだことでしばらくの間塞ぎ込んでしまうかもしれない。
そこは本当に申し訳ないと思う。
一鶴は俺が死んだらどんな反応をするだろうか。
アイツはあんな性格でも情には厚い部分もあるから、案外怒ったり泣いたりは普通にしてくれるかもしれない。
でも次の日にはケロッとした顔をして、俺の残した遺産をどうにか自分のモノに出来ないか画策しているかも。
そうなったら一鶴と俺の両親が対立することになるのだろうが、それはさぞかし面白い見世物になることだろう。
ただ、FMKがなくなった後も一鶴がVTuberを続けようと思うのかは非常に微妙なところではある。
所属事務所が潰れたところに、誰かが――有栖原辺りが金をチラつかせてVTuberを辞めるように誘導してしまえば、一鶴のことだからアッサリと引退を決意してしまうだろう。
有栖原が俺を殺す理由は恐らくそれだ。
幽名はFMKがなくなったら路頭に迷うことになるのかな。
いや、幽名はもう出会ったばかりの頃の、ドアさえ自分ひとりで開けられないような箱入り娘じゃない。
まだまだ常識のない部分だらけだが、自分のことは自分で解決できる程度には成長している。
それにFMKの仲間が幽名を放って置かないはず。
瑠璃は身動き取れなくなるかもしれないが、それでも奥入瀬さんなんかが助けてあげてくれるだろう。
奥入瀬さんには正直申し訳ないとしか言いようがない。
折角FMKでVTuberとして活動再開したばかりだったのに、今度は事務所そのものが無くなってしまうのだから。
でも笛鐘琴里の権利は有栖原の魔手から奪っているので、活動自体は続けようと思えば続けられるかもしれない。
そこはもう本人次第だろう。
悔やまれるのは、奥入瀬さんの作った曲をトレちゃんが歌うところを聞けないことか。
トレちゃんは何だかんだ一番の常識人だから、きっと俺の葬式ではワンワン泣いて死を悼んでくれることだろう。
俺みたいな人間でも死んだら悲しんでくれる人間がある程度は居ると確信出来るだけ、まだ俺は幸せ者だったのかもしれない。
トレちゃんは、俺が死んでもオリジナル楽曲を完成させて欲しい。
それだけが俺の最期の願いだ。
七椿は無表情のまま次の職場を探しに行きそうな気がする。
蘭月も大して気にせず裏社会に戻っていくことだろう。
あの2人はかなりドライな性格だけど、いつも給料以上の仕事をしてくれていたので感謝しかない。
ここ数か月は本当に毎日が楽しかった。
それもこれも、FMKのやべえ奴らが居たお陰だ。
俺には勿体ないくらいの最高の仲間に恵まれたと思っている。
だけども、まあ、それもここまでのようだ。
みんな――
「わりい、俺死んだ」
搾り出した最後の言葉に、北巳神が怪訝そうに眉を寄せた。
あ、クソッ、こいつさてはワンピ読んでねえな。
ワンピ読んでたら笑って手元が狂って、ワンチャンまだ生き残る可能性もあったかもしれないのに。
マジでこんなのが俺の最後の言葉かよ。
ハンターネタに続いてワンピネタを擦り過ぎた罰か。
最悪だ、もっかいだけやり直させて欲しい。
最後のセリフくらいはまともなのが良い。
誰かマジで助けてくれ。
「マッタク――」
果たして、その願いは聞き入れられた。
「バカなボスを持つと部下は苦労するアルね」
肉眼で捉えられないほどの速度で、俺と北巳神の間に何者かが割り込んできた。
わざとらしいカタコトの日本語に、場にそぐわないチャイナ服。
そんな存在自体がおふざけの塊のようなその女は、信じられないことに北巳神のナイフを手刀でへし折ってみせた。
「――!?」
北巳神は驚きながらも、逆の手に隠し持っていたもう一本のナイフを突き出してきた。
恐ろしく早いスイッチング。一般人の俺では反応さえ出来ないほどの卓越した技術を感じる。
北巳神はナイフを持っただけの素人じゃない。
それは明らかだ。
だが、
「そんなオモチャでワタシを刺せるとオモッテルアル? 舐められたモノネ」
だがそれ以上に、FMKマネージャーの李蘭月は規格外だった。
2本目のナイフすらも素手で叩き折り、そのまま流れるように反撃へと転じる。
無手同士の攻防になるが、北巳神はもはやまともな防御姿勢すら取らせてもらえない。
蘭月は、俺の視点では何をしてるか分からないほどの腕の動きで北巳神のガードを崩し、がら空きになった胴体にポンっと軽く拳を当てた。
「ぶっ飛ぶアルヨ」
ズドン。
と、大砲でも打ったかのような轟音と共に、北巳神の身体が宣言通りにぶっ飛んでいく。
これはアレだ……漫画とかで見たことがある。
寸勁とかワンインチパンチとかそういう類の、ゼロ距離から威力マックスの攻撃を放つ大技だ。
とんでもねえ。
これは一鶴が恐れ戦くのも理解出来る。
蘭月は正真正銘の化け物だ。
「蘭月」
「ナンネ」
「正社員にならねえ?」
「カッカッカ! お断りアルヨ」
一巻の終わりかと思ったが、頼れる仲間に助けられた。
やはり持つべきものは優秀な部下だ。
俺は一先ず安堵の息を吐いてその場にへたり込む。どうやら今更腰が抜けたらしい。
だが、まだ全てが終わったわけじゃない。
話すべき相手がこの場に残っている。
「有栖原」
「っ……覚悟は出来てるのよ」
勝手に覚悟完了しているところ申し訳ないが、俺は別に有栖原をどうこうするつもりはない。蘭月の手を汚させるような真似もしたくないし。
「お前がどんな手を使おうが、俺の答えは変わらない。それを言いたかっただけだ」
「――――あっそ、なのよ」
あまりにも短すぎる決別の会話。
でもそれ以上は何も言う気にはなれなかった。
有栖原が倒れて動けない北巳神の頬をペチペチと叩いて無理やり意識を取り戻させて、連れだってキャンプ場に戻っていく。
結局闇に溶けて見えなくなるまで、北巳神は一言も喋らなかった。
無駄だから、か。
『私は無駄なことはしない主義、社長とは違って』
お前の言う通りだったかもな、北巳神。
こんな形で敵対すると分っていたら、馴れ合いなんて時間の無駄としか思えないだろう。
俺がいくら馬鹿でも、本気で命を狙ってくるような輩と仲良くしようなんて平和ボケした脳みそは持っちゃいないしな。
その脳みそもクタクタだ。
そろそろ本気で眠い。緊張の糸が切れて一気に眠気が押し寄せて来た。
考えたいことが色々と増えてしまったが、今日のところはいい加減休みたい。
「蘭月、わりいけどおぶって連れてってくれ」
「ダッサい男アルネー。デモまあ、命令とあらば仕方ナイネ」
こうしてキャンプ場の夜は終わりを迎えた。




