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VTuber事務所《FMK》 ~宝くじで10億当たったからVTuber事務所作ったらやべえ奴らが集まってきた~  作者: へいん
Chapter 1.5 "Girls in the Interlude"

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【切り抜き】やりたい放題ですわ【FMK/幽名姫依】

「なんであんなことになっちまったんだ……」


 ところ変わってFMKの事務室。

 俺はデスクに額を押し付けて、後悔と言う名の海に航海していた。

 時計の針が逆戻せない以上、過ぎてしまった時間に対して頭を悩ますのは非生産的だ。

 そうと分かっていても、そう簡単に割り切れないのが俺達人類というもの。


 幽名を一人で買い物に行かせてしまったこと。

 幽名の奇行を察知できずに実写での配信を敢行させてしまったこと。

 幽名が配信をちゃんと切れてないことに気付かず、その配信に俺まで生身の出演を果たしてしまったこと。


 今日だけで最低でも三つは選択肢を誤っている。

 これで後悔するなと言う方が難しい。

 というか今日一日は幽名に振り回されっぱなしだったな。

 最近大人しかったので油断していたが、コイツもFMKであることを忘れていた。


「あっはっは! いやぁ、他人の失敗ほど見ていて笑えるものはないわね!」


 一鶴が腹を抱えて爆笑する。これ見よがしに件の配信の、俺がカメラに映り込んだあたりのシーンをリピート再生しながら。

 七椿に捕まって事務所に連行されてきた直後はぎゃーすかと喚いていたのに、俺が落ち込んでいる理由を聞いた途端にこれだ。

 コイツだけは絶対に許せねえ……!


「代表、アーカイブは非公開にしなくても宜しいのですか?」


「ん? そうだな……」


 七椿の進言に俺は少しだけ思考を傾かせる。

 大抵の配信サイトは配信をリアルタイムで見れなかったリスナーのために、配信をアーカイブ化してあとから見返せるようになっている。

 勿論、アーカイブ化するのは強制的ではなく、配信者側の都合で公開にも非公開にも自由に変更可能だ。

 今回のように配信自体に問題があった場合は、非公開に設定して見返せないようにするのが普通なのかもしれない。

 もしくは、編集機能を使って問題のあった部分をカット編集すればいい。

 だが今回は非公開設定もカット編集も使わないようにした方がいいだろう。


「あんな配信をした後に、公式が慌てて配信を非公開にしたりしたら、この配信がガチの事故だったって自分から言ってるようなものだし……何もしないのがベストじゃないか?」


 事故は事故だが、幸いにも幽名も俺も顔だけは映っていなかった。

 首の皮一枚の致命傷で済んだってわけだ。

 なら必要以上に慌てて行動する必要はない。


 配信を見ていたリスナーの中には、配信の切り忘れから始まった一連の流れを仕込みだと疑ってくれている人もいた。ならその疑いに便乗してしまえばいい。

 あえて配信を非公開にしないことで、仕込みだという疑いは更に強まるだろう。

 事故だと思って見られるよりも、ネタなのだと割り切って見てもらえた方が何かと健全感はあるしな。

 代表と言う名の裏方が存在していることを、リスナーに周知されてしまったことだけが心配の種だが、まあなるようになるだろう。大手事務所の社長が所属ライバーにネタにされるのは、VTuber界隈ではよく見る光景だ。俺もその洗礼を受けただけの話。この程度の苦渋は甘んじて受け入れよう。

 俺の決定に七椿は眼鏡をくいっと持ち上げた。


「分かりました、今回はそのように」


「ああ」


「ですが、全ライバーに今一度注意喚起をしておいた方がいいかと。プライベートも配信も、どちらも節度を持って取り組むべきだと」


「ああ……」


 最近胃が痛むようになってきたが、そのうち胃潰瘍かなんかになるんじゃないだろうか。 

 好き勝手に暴走するのもほどほどにしておいて欲しいものだ。


「にしてもそのヴァイオリン880万もするってマジ?」


 出し抜けに、一鶴が幽名のヴァイオリンに興味を示した。

 一鶴が何を考えているか手に取るように分かるが、とりあえず黙ってみておく。


「マジ? とは?」


 幽名が言葉の意味を理解出来なかったらしく、疑問符を掲げながら言葉をそのまま反芻する。最近のFMKではよく見られる光景だ。

 一鶴も幽名が本物の箱入りであるとそろそろ理解し始めているらしく「あー、マジが通じないってマジか。本物は一味違うわね」と半ば感心したように頷いている。


「真面目の略ね、本気とか本当って意味で使われてるスラングみたいなもんよ」


「なるほど。それならばマジですわ」


 フランク方向に言葉を調教された幽名が、一鶴の質問に肯定の意を示す。

 その瞬間一鶴の目が分かりやすく輝きを帯びた。


「マジかー、ちょっとあたしに貸してくんない? ヴァイオリンに興味があってさー」


「いいですわよ」


「鑑定書も一緒にね」


「はい」


「はいじゃないが。姫様、そいつに高価な物品を渡したらネットオークションか質に流されて二度と返って来なくなるぞ」


 本当に幽名がヴァイオリンを貸してしまいそうになったところで待ったをかける。

 一鶴が「ちっ」と舌打ちをしたが、こいつどこまで行っても通常運行(クズ)だな。 


「返って来なくなるのは困りますわね」


 言って、幽名はヴァイオリンを愛おしそうに胸に抱いた。

 こうやって見ると絵になるんだよな。

 それこそ深窓の令嬢って感じで。

 喋ったり動いたりすると破天荒すぎてこっちが疲れるんだけど。


「ところで姫様、どうして弾けもしないヴァイオリンを買ったんだ? 楽曲制作の手伝いをって動機は分かったけどさ、ヴァイオリンを選んだのに理由とかあるのか?」


 ふと気になっていたことをなんとなく聞いてみた。


「それは――前に住んでいたお屋敷に、ヴァイオリンがあったからですわ」


 幽名はヴァイオリンの弦を指で軽くなぞりながら、どこか遠くへ思いを馳せるように窓の外へと視線を向ける。


「アレは良い音色のヴァイオリンでしたわ。お父様がたまに弾いているのを耳にすることがありましたが、まるで銀のような品質を持つ不思議な音色をしておりました。それを思い出して、奏でるのならこの楽器しかないと思いました」


 銀のような音色ね。お嬢様の比喩表現は難解で理解しがたい。

 ともあれ、ヴァイオリンを衝動買いしてきた理由はなんとなく分かった。幽名は幽名なりにヴァイオリンという楽器に想い入れがあったらしい。

 目下行方不明中の両親のことまで持ち出されたのでは、こちらとしては口うるさく言うのも憚られる。

 色々と説教のネタはあったが、今回は大目に見てやるとしよう。


「大事にするんだぞ、そのヴァイオリン」


「勿論ですわ」


 どこか嬉しそうに微笑む幽名に、俺は一瞬心を奪われそうになった。

 しかし、騙されてはならぬと自分を戒めるように心を持ち直す。

 どれだけ可憐な笑顔を見せようとも、本質的には触れるモノみな傷付ける存在であることを忘れてはならない。

 油断していたら背中からバッサリと斬りつけられるかもしれないのだから要注意だ。

 背中の傷は剣士の恥だしな。


 そんな俺の警戒を証明するように、幽名の暴走はこの日を境にどんどんとパワーアップしていくことになった。


 ■


 そんなわけで、ネットという集合知を得て、自分だけで配信を始められるようにまでなってしまった行動派のお嬢様は、翌日からすでに暴れ始めてしまっていた。


(料理)作りますわ(FMK・幽名姫依)


 ヴァイオリン弾きますわ配信の翌日。

 舌の根も乾かぬうちから、またもや実写での配信が始まってしまった。

 前日注意された反省からか、料理をする手元のみの撮影となっているが、違うそうじゃない。

 しかし始まってしまった配信を昨日今日と連日途中で止めるのも、それはそれでリスナーに対して不誠実になってしまう気がする。

 そんな理由からその日の料理配信は中断させることなく最後まで見守る運びになった。


 料理配信にて幽名は、どこからか買ってきた材料と、そしていつの間にかネットで注文していたオーブントースター(代引きで俺が立て替えた)を使ってクッキーを焼いていた。

 ネットで拾ったレシピをガン見しながらの調理だったが、意外にも完成品は市販のクッキーと比べても遜色ない出来栄えになっていた。

 味見役として(配信が始まってから突発的に電話で)呼ばれた瑠璃――もとい薙切ナキは『こんにゃのが初の箱コラボ……』と嫌そうな顔をしていたが、幽名のクッキーが普通に美味しかったらしくしっかりと餌付けされていた。


 初めての料理だったはずなのに、レシピを見ただけで問題なく作れていたのは驚きだった。

 黒焦げになった消し炭をナキが泣きながら食べて終了するオチだと思ってたのに。

 最終的には餌付けされたナキが幽名にゴロゴロと猫っぽく甘えて、リスナーが『てぇてぇ』だのなんだとお決まりのコメントを付けて配信は終わりを迎えた。

 同じ部屋で配信を見守っていた俺は、妹が同学年の女の子にデレデレに甘えてるのを見て、何を見せられているんだと頭が痛くなっていただけだ。


 そして当然のように幽名は配信を切り忘れていた。

 以下は配信が終了した(と思っている)後のやり取り。


『終わりましたわ、今日も楽しかったですわね』


『二人ともお疲れさん……さあ、あとは片付けるだけだな。洗い物は俺がやるから二人は――』


『慣れないことをして疲れましたので、わたくしはもう寝ますわ、おやすみなさい』


『後片付けは!? おい! 姫様――本当に帰りやがった。自由かアイツ!』


『ちょ、代表! まだ配信が切れてにゃい!』


『あ、昨日配信の切り方ちゃんと教えてなかった』


 料理配信はそこで終わった。


 ■


 更に日を跨いで翌日の配信。


【ゲーム】遊びますわ【FMK・幽名姫依】

 

 なんと初めてのゲーム実況配信。

 庶民の遊びを学びたいという導入から入ったのだが、ガチのPC初心者である幽名には、流石にPCゲームのインストールなどは難しかったらしく、まずそこで数十分ほど躓いていた。事務所にはゲーム機もキャプボもまだ置いてないから家庭用ゲームも出来ないしな。

 結果、リスナーからの提案でDL不要なブラウザゲーをプレイすることとなった。


 チャットで色々と候補が上げられる中で幽名が選んだゲームはタイピングゲームだった。

 画面に表示される文字列を打ち込めば得点が入り、タイプミスをせずに一定文字数を打つとゲーム終了までの制限時間が伸びるという分かりやすいシステムのタイピングゲームだ。

 シンプルながら競技性のあるゲームになっているので、流れからリスナーとスコアを競い合うことになってしまったのだが……。


『あら、ランキング……2位? 残念、一番を取り損ねてしまいましたわ』


 幽名はまさかのプレイ初回でオンラインランキング2位を取るという快挙を果たしていた。

 この日も同室で配信を見ていたが、幽名のタイピング速度は常軌を逸していた。

 つい数日前までは人差し指でキーボードを叩いていたはずなのに、成長速度が有り得ない……。

 リスナーの中に偶然ランキング1位が紛れ込んでいるはずもなく、チャットに流れるスコア報告は幽名のスコアを大きく下回るような点数のみ。

 そんなチャットを見た幽名は満面の笑みで


『皆様とってもお上手!』


 と健闘を称えたのだが、残念ながらリスナーにはその一言が煽りにしか聞こえなかったらしい。

 しかしリスナーを皮肉たっぷりに煽るお嬢様というキャラが普通にウケたようで、チャットには草が溢れかえっていた。


 ■


 その後もお嬢様の自由な配信は続いた。

 FMKの事務所内を勝手に案内する配信(俺と七椿が留守の間に敢行された)とか、通販サイトで買い物する配信(100万ちょっとあった幽名の残金はここで消し飛んだ)とか、懲りずにヴァイオリン演奏配信とか……もうやりたい放題だ。

 リスナーが作った幽名の切り抜き動画も、やりたい放題ですわと銘打たれていたし、世間の印象もそんな感じだったのだろう。


 俺も七椿も常時幽名を見張れるわけではないので、余計な知恵を付けてどんどんとパワーアップしていくお嬢様を止める方法は直ぐに失われた。

 もう後半はほとんど諦めて、とりあえず致命的な放送事故さえ起こさなければそれでいいとさえ思っていたほどだ。


 それに幽名は無軌道的で破天荒な配信を繰り返していたが、それがかえって功を奏したらしく、チャンネル登録者はどんどんと増えていっている。

 ここでFMKのライバーたちのチャンネル登録者数を見て行こう。



 金廻小槌ch. 8.2万人


 スターライト☆ステープルちゃんnel 2.3万人


 幽名姫依 1.7万人


 薙切ナキ / Nakiri Naki Channel 1.3万人



 小槌が相も変わらずぶっちぎりのトップだが、ここ最近の伸び率だけで言えば幽名はダントツだ。

 一週間ほど前に確認した時から一気に1万人以上も登録者数を伸ばしたのは幽名だけ。

 これは決して無視できない数値といえる。


 純粋にチャンネルが育ってきていることは素直に喜ぶべきだろう。

 小槌一強だったFMKにも新たな光が見えたわけだしな。

 ただし、これはリスナー達が気付き始めたという証でもある。


 FMKのヤバいやつは、金廻小槌だけではなかったということに。


 しかもリスナーの中には、幽名のお嬢様キャラが偽りではなく素であるということに気付き始めている者もいる。

 幽名は天然のお嬢様で、オマケに性格まで天然だ。その天然は彼女にしかない個性であり、かつて自己PR動画にて俺に可能性を感じさせた幽名最大の武器でもある。

 その武器の切れ味を最大限に活かすための舞台は整いつつあるが、しかし俺や瑠璃の想定になかった要素も現れ始めているのが気になる。

 その中でも最も想定外だったのが幽名の成長速度だ。


 何も出来ないお嬢様だからと甘く見ていたが、料理配信といい、タイピングゲームの件といい、幽名はその気になれば大抵のことは一瞬で会得出来る程度の才覚を持っている。

 場合によっては一鶴を超えるほどのイレギュラーになってしまう可能性すらあるほどに、幽名の進化は早い。

 そして何をしでかすか分からないモンスターが二人になったことで、俺の胃痛はマッハになっている。

 頼むからこれ以上の想定外だけは止めて欲しいもんだ。


 なんて願いを聞いてくれないからモンスターなのであって、幽名はV界隈を大きく揺るがす事件の引き金になるのだが、それはもう少し先の話となる。

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