FMKビギニング
「悪い悪い、1000万の支給について話すの忘れてた」
「しっかりして欲しいわね! それが何より一番大事なんだから!」
誰よりも金に貪欲な一鶴がここぞとばかりにデカい声を出す。
コイツは1000万目当てで応募してきたとPR動画の時点でぶっちゃけていたのだから、もう誰からどんな目で見られようともお構いなしって感じだ。無敵か。
「全員必要書類持ってきたか? 通帳の口座番号書かれたページのコピーとか、その他諸々」
「当然」
一鶴が光の速さで書類を提出してくる。
他の面子もゴソゴソと荷物を漁り始める。ちなみに幽名の銀行口座とか印鑑などはこちらで用意したので問題はない。
「そういや契約書とかも書いてもらうの忘れてたな」
「大丈夫かしら、この事務所」
一鶴が不安げに呟くが、本当に申し訳ないと思っている。
最初にも言ったが、こっちも色々と初めてが多すぎるんで手探り状態で運営をしているのだ。
ちょっとくらい大目に見てやって欲しい。
集めた提出物を七椿に見てもらい、問題がないことを確認。
それから各種契約書の内容を七椿から説明してもらってから、ギャラの配分について一鶴が文句を言ってきたりもしたが全員納得の上で判を押してもらった。
それが終わる頃にはなんやかんやで良い時間になっていた。
「で、1000万の件だが、問題がなければ来週の月曜には全員の口座に振り込まれるから安心してくれ」
「やったー! 思ったよりも早い!」
俺の言葉に大盛り上がりしたのは一鶴一人だけだった。
トレちゃんは喜んでいる一鶴を拍手で祝福してあげる天使っぷりで、自分の事よりまずは他人というところに心根の清らかさが見て取れる。
幽名は1000万という額にもイマイチピンと来ていないらしく、そもそも経済感覚すらも多分イカれているだろうから、まずはお金の使い方をしっかりと教えてやらなくてはならないだろう。
そして瑠璃は自分だけは1000万を貰えないと分っているので、表面上は喜んでいる演技をしているが、内心では不貞腐れているのが手に取るように分かった。仕方ないやつだな、後で少しだけお小遣いをやるか。
「1000万の使い道は各々の好きにしてもらって構わないが、名目上は活動資金だからな。なるべく自分達の活動に役立つように使って欲しい」
「はーい」
軽い返事をする一鶴は、もうこれで用は済んだとばかりに帰り支度を始めている。
そんな一鶴の姿に、俺は何故か言いようのない不安を覚えた。
コイツは何かをしでかす気がする。
虫の報せか、それともモナドの力にでも目覚めたのか、何となく俺はそう思ってしまった。
だがそんな言いがかりみたいな理由で声を掛けるのも憚られて、俺は何も言えず、事務所に来たときと同じように変装してから帰っていく一鶴を見送ることしか出来なかった。
後から考えてみれば俺がそんな予感を抱くにたる根拠は十分にあったのだ。
人目を嫌って変装していることとか、コイントス用のコインを都合よく持っていたこととか、お金に固執している点とか、自己PR動画に使用したモデルや機材に掛った費用はどこから捻出したのかとか……。
もう少し一鶴という人間を深く考察していれば、彼女のお金が好きだという特性が上澄みでしかなく、本質は違う部分にあると気付けていたのかもしれない。
気付いたところで一鶴の暴走を未然に防げていたのかと問われれば、無理かもしれないというのが正直な感想だけれども。
答え合わせの時間は直ぐにくる。
■
それから二週間が経過した。
FMK1期生のSNSアカウントは無事に活動を始め、フォロワー数は少しづつ増え始めていた。
とはいえVTuber戦国時代とも呼ぶべき供給過多の飽和状態ということもあり、期待していたほどの伸びは今の所ない。
現在のツブッターのフォロワー数は以下の通り。
スターライト☆ステープルちゃん 2477人
薙切ナキ 1701人
幽名姫依 1031人
金廻小槌 719人
合格者には1000万円支給の話題性はフォロワー数にさほど影響していないように感じる結果だ。
まあ仕方ない事なのかもしれないが。
Tubeでのチャンネル登録者数も上記のフォロワー数に連動してるような順位付けになっているが、あちらはまだ一度も配信をしていない関係上、SNSのフォロワー数以下の数字になっている。
配信サイトでの登録者の伸びは配信次第となるだろうが、SNSでの伸びは日々の呟きの内容や営業努力が如実に反映されており、上位のスターちゃんと下位の小槌とでは、既に三倍以上の開きが生まれてしまっていた。
トレちゃんと瑠璃はVに掛ける熱量がやはり他とは違うらしく、SNSの投稿はVTuberオタクの心を掴みにいこうとする姿勢が垣間見える。
二人ともキャラの方向性が定まってるし、フォロワーに対しても細かく返信を入れてじっくりと地盤を固めていっていおり、何が何でも伸びてやるぞという気概を感じるほどだ。
更に配信サイトよりも先行して、2Dモデルを使って一言、二言声を聞かせるショート動画をSNSに投稿していたが(勿論許可は出した)、その効果も大きかったのかもしれない。やっぱりVTuberは声が付いてなんぼだしな。
特にトレちゃんはお手本のようなカタコト喋りが受け、声も良く、オマケに英語も堪能ということもあって既に国外からのフォロワーも付いている。それもあってかショート動画以降どんどんとフォロワーが増えて行き、それまで首位だった瑠璃を直ぐに追い越して差を付けた。
FMKで今一番勢いが付いているのは間違いなくトレちゃんが魂のスターライト☆ステープルちゃんだろう。
幽名はまだあまりSNSに慣れていないのか、投稿の頻度は上二人に比べて極端に少ない。
というか放っておくと何を呟くのか分からないので、常に付き添っている瑠璃や、マネージャーの七椿に投稿前に検閲してもらっている。
案の定というべきか、この前は自撮りを投稿しようとしていたのを未然に食い止めたらしい。怖すぎる。
未だに介護必須なお嬢様だが、こいつが自立出来る日はちゃんと来るのだろうか……。
最後に一鶴だが、SNSを伸ばすつもりがないのか、それともVTuberに対する熱が冷めでもしたのか、皆無と言っていいほどSNSでの投稿をしていなかった。
まあ、SNSが適当だったとしても、配信の方で力を発揮してもらえればそれで良いんだけど。結局はそこが一番重要なわけだし。
そう、あくまでもSNSの数字は指標でしかない。
肝心なのは配信サイトでの伸びだ。
そして今日、いよいよFMK所属のVtuberの、記念すべき最初の配信が始まる。
トップバッターは、丸葉一鶴こと、金廻小槌だ。
内容としては自己紹介とPRと、あとはリスナー相手に適当に雑談をするだけとなっている。
後に続く他の面子の最初の配信も、大体似たような感じになる予定だ。
この2週間の間にリスナー向けへの自己紹介のブラッシュアップは手伝ってきたし、一鶴もそこは真面目に取り組んでいた。
配信ソフトや2Dモデルの使い方もバッチリなようだったし、後は本番で緊張でもしなければ大きく失敗するようなことはないだろう。
が、しかし、現実は俺の想像の遥か斜め上か下かをぶっちぎることになった。
【馬】自己紹介はさておき……1000万の使い途を知りたいよね?【金廻小槌/FMK】
当日になって、自己紹介だけをするはずだった金廻小槌の初配信予定枠が、このうえなく不穏な配信タイトルとサムネになっていたのだった。




