北風オールバック -天帝ゼウス徹底的にサンドバッグ-
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北風と太陽という童話を皆さんは御存知でしょうか。
わたくしの記憶が正しければ、えーと、えーと、あれ、これで合ってましたっけ。
まぁいっか!
北風と太陽とは、美しい旅の女騎士の着衣をどうやって脱がせるかというおはなしです。
……ん、旅の女騎士で合ってますよね?
馬に乗って一人旅している人物の着衣を脱がそうという話なのですから、どうせ脱がすのなら脱がせる甲斐のある美しくガードの固い女騎士こそふさわしいと皆さま思いませんか?
だって無防備な水着の美少女を脱がせてはすっぽんぽんになってしまいます。
エッチすぎます!
え、全然ちがう? 旅人は男?
いやいや、そんなことはあろうはずがありません!
だって旅慣れた商人のおじさんや屈強な筋肉マッチョの兵士が旅人だったとして、北風と太陽はなぜ殿方二人して殿方の着衣をどうやって脱がそうかと競い合わねばならないのか説明がつきません。
まさか男のハダカを見たいがためにやったとでも?
……その可能性は無きにしもあらず。
わたくしも女同士の恋愛を好む以上、男同士の恋愛についてとやかく申し上げる立場にはなく。
皆さまがどうしても男のハダカをいかに脱がすかについて激論をかわす北風と太陽という男による男のための男の脱衣ショーをお望みとあらば、この吟遊詩人カラット・アガテールお客様のご要望に応えて喉の枯れんばかりに歌い上げてみせましょう。
……あ、やっぱいい? 旅人は美しい女騎士だった気がする?
そうでしょうそうでしょう、わたくしの記憶が正しければ、女騎士であったはずですからね。
いやーよかったですよ、大理石の彫刻像に描かれるような美男の全裸ならば無修正でも芸術として鑑賞に耐えるのですが、そんじょそこらの月並みな殿方の生ヌードでは要修正でございますからね。
では、北風と太陽は女騎士を脱がす話であったとして物語らせていただきます。
その昔、北風の神ボレアスと太陽の神ヘリオスはつまらないことで口論を繰り広げておりました。
ボレアスとヘリオスはどちらの力が強いかを力強く力説するのでございます。
普通に考えたら太陽神の方がすごくない? と皆さまお思いでしょうが、ここにはちょっとややこしい事情があるのでございます。
偉大なる天体である太陽を司る神様は、じつは複数いらっしゃるのでございます。
太陽神アポロン、太陽神ヒュペリオン、太陽神ヘリオス、ついでに暁の女神エーオースも太陽にちなみます。太陽の威光を独り占めにすることは神々さえもできず、時と場合によって誰が太陽を司る神様なのかはゆらぎがあり見解が分かれるのでございます。
一方、北風の神はボレアスただ一人なので、ここに議論の余地が生まれるのでございます。
さて、じつは太陽の神ヘリオスと暁の女神エーオースは兄弟姉妹の間柄、そしてエーオースの子供こそ北風の神ボレアスなのでございます。
ヘリオスは叔父さん、ボレアスは甥っ子という血縁関係なわけですね。
きっと親戚の集まりや宴会の席で、若くて血気盛んなボレアスが自分はすごいと息巻いて、叔父のヘリオスがこいつ生意気だわからせてやると揉め、周囲は面白がったり呆れたりしたことでしょう。
ああ、記憶にこそないのですが、あるいはわたくしが居合わせた可能性もありますね。
吟遊詩人としては誠にどーかなと思うのですが、なにせわたくしの前世は神のきれっぱしであるハルピュイアでございますから、神々の宴会の席にひょっこりまぎれてないとも限りません。
そう、例えば……。
「そうだ! 美しい女騎士の着衣をどちらが脱がせるかで勝負なさってはいかがでしょうか!」
等と、わたくしが平和的解決を計ったとしても不思議ではないのです。
いやだって北風と太陽の水掛け論をずっと酒盛りの席でやんややんや続けるよりはずっと面白いじゃないですか。きっと神々も賛同したことでしょうとも。
ええ、とくに聡明なる天帝ゼウス様であれば「なるほど! 見事な妙案じゃ! 争いをやめ早う女騎士を脱がしに行くがよい! わしがしかと勝負を見届けよう!」とおっしゃるはずでございます。
この神語り一番えらい人が一番エロい人ですからね! そうなりますとも!
さてさて舞台は地上に移ります。
季節は北風と太陽にとって公平なる涼しい秋の日でございました。
立派な馬にまたがった勇壮で優美なる女騎士は外套を羽織り、旅路をのんびり進んでおりました。
この場合、女騎士のいでたちは妥当なところで防具は革鎧がせいぜいでしょう。
いかに騎士といえど、一人旅の移動中には重厚な鉄や鋼の鎧甲冑を身につけてはいないでしょう。ああしたものは堅牢なれど重く動きづらいので、これから戦うならばいざしらず、移動中に着込んでいくようなものではございません、しかし無防備にするわけにもいかないので、軽装かつ防御に優れた革鎧であったとしましょう。
さぁ役者は揃いました! いよいよ神々による世紀の大勝負のはじまり、はじまり。
実況解説その他はわたくしハルピュイアのカラット・アガテールが務めさせていただきます。お弁当にポップコーン、ドリンクの販売もやってますのでぜひご用命あれ。
あ、盗撮と騒音はおやめになってくださいね。携帯電話の電源もお切りになってくださ――おっと失礼、それでは困る方もいらっしゃいますね。
とにもかくにも勝負のはじまり! 先攻は北風の神ボレアスでございます。
北風は勇んでびゅーびゅーと寒い風を吹きつけることで女騎士の外套を脱がそうとします。
こんなもの邪魔ですからね! せっかくの美貌が隠れて見えない! さぁ吹き飛ばしておしまい!
と応援したものの、そこはガードの固い女騎士、強風に負けず外套を深く羽織ってしまいます。
「くっ、なんて寒風だ! しかし負けてなるものか! 私は誇り高き騎士だ!」
と凛々しく耐え抜く女騎士。
カンタンに屈してしまっては強く気高い女騎士である意味がございませんものね。
北風の努力虚しく女騎士はいつまでも強風に負けませんでした。
「風強すぎても終わりはしない! たとえ北風でこの髪がオールバックになろうとも!」
ここで攻守交代でございます。
真夏の甲子園球場が如く、寒風荒む街道はいつの間にやら炎天下に。
ああ、もう秋だというのにこれでは夏日でございます。恐ろしきは偉大なる太陽神ヘリオスよ。
しかしカンタンに屈さないのが女騎士。
「夏暑すぎても終わりはしない! たとえ日光でこの体が汗だくになろうとも!」
けれどもやせ我慢で耐えられないのが猛暑の怖さ。
はじめのうちは強気に耐えるのですが、やがて女騎士にも限界が訪れます。
「くっ、燃やせ! 太陽よ! 私は絶対に負けないぞ!」
いや、どんだけ耐えるんでしょうねこの人は。
この強情な女騎士は徹底して着衣を脱ぎません。これには北風と太陽どころか見守っているわたくしや天帝ゼウス様までも困ります。
カンタンに脱がれては困るがいつまでも脱がないとがっかり、いえ、おはなしが終わりません。
ここでわたくし一計を案じて、ハトの群れに化けて女騎士に近づき、こうそそのかします。
「おお、なんと素晴らしく我慢強い女騎士様であらせられるのでしょう! この炎天下を耐えしのぐとは! しかし残念です、貴方様は寒さには弱いのですね」
「なんだと!? なぜ私が寒さに弱いというのだ!」
「貴方様は暑いときには耐えて着込んでいらっしゃるのに、寒いときには耐えられず着込んでいらっしゃるではありませんか。本当に我慢強い騎士様ならば、秋の寒風くらい薄着で過ごせましょう」
「む、こいつ小鳥の分際で!」
女騎士はぶんぶんと剣を振り回してわたくしを追い払おうとハトの群れと大乱闘を繰り広げます。
攻守交代、再び北風の手番になりますれば、またもや寒々とした冷風が女騎士を襲います。
しかし直前まで熱射に耐えていた女騎士にはまさに救いの寒風にございました。
そこにつけ、先ほど小鳥の与えた口実が女騎士にとっては甘い誘惑となりました。
「くっ、脱ぐしかないか……!」
女騎士は外套を脱ぎ、軽装鎧を脱ぎ、その柔肌を涼風に晒してしまわれます。
ぐっしょりと濡れ透けた着衣の汗がすっと気化して冷え、なんとも気持ちよくて恍惚とします。
「ああ、きっもちいいぃぃ……っ!! なんて冷たいんだ!」
これには見守りし神々は沸き立ちます。
神々の名誉のために申し上げますが、ついに勝負が決したことにであって、女騎士のセクシーサービスショットに色めき立っているわけではございませんとも、ええ。
「私は負けていない! 北風に勝つためにあえて寒さにこの身を晒しているだけなのだ!」
キリッ。
女騎士は天の神々に勝ち誇り、豊かなる胸を張って凛々しく御髪乱れても強風に抗い続けます。
北風オールバックにございます。
ああ、何度でも見返したくなるこの素晴らしき美しさよ。
ぱたぱたと襟首つかんで蒸れたカラダに冷風を送り込まんとする女騎士の仕草の艶めかしさよ。
かくして北風と太陽の戦いは北風の勝利という形で幕を閉じたのでございます。
「むひょー! たまらんのう! 美女を肴に呑む冷えたアムブロシアが美味いのなんの!」
「ゼウス、何をやってるの……?」
「ひっ、へ、ヘラ! これには深い訳が……」
なお、ゼウス様ともども二柱は暁の女神エーオースやゼウス様の正妻ヘーラーなどのお怒りを買い、こっぴどく叱られたのでした。
「問答無用! 往生せいやァ!!」
「――ヨメ、強すぎて終わったわ」
なにやら海辺でドでかいイカの怪物クラーケンにタコ殴りにされておりましたね、ええ。
徹底的にサンドバッグでございます。
……え、教訓?
えー、あー、うーん、教訓、教訓でございますか。
あ、大事な教訓を思い出してございます! これでどうでしょう!
――どうか暑い日は無理せずひんやり涼しくお過ごしを!!
お読みいただきありがとうございました!
夏は暑いですね!
連載作の続きを書こうとしてたら気づいたらほとんど無関係のショートコメディ書き上げちゃってたので供養がてらに投稿しておきます!
お楽しみいただけましたらぜひ感想、評価、ブックマーク等ごひいきにお願いいたします!
もしくはせっかくだからシーフード的なものだけでも食べていただければ幸いです!