最終話 勝負の行方
――― 料理対決の日 もしもしバーグ店内
ホール中央の多人数用丸テーブルを囲んで座るのは、店長・バード・シャオミン・陸の4名。周りのテーブルには審査員としてBRガールズとカンフーガールズたちが席についている。
立ち上がった店長が、細い目を少しだけ開いて進行を始めた。
「ではこれからハンバーグのソース対決を始めるぞい。バード君、シャオミンさん、それに陸君も、ここのところずいぶんがんばっていたようではないか。さてさて、どんなソースが出てくるのか楽しみじゃわい。まずはバード君から始めてくれ」
「かしこまりました」
バードはBRガールズにサービス開始の合図を送ると、視線をシャオミンに向けた。
(昨日のメッセージ、もしもシャオミンの気持ちに応えるのなら、適当に手を抜いて中途半端な仕事をすればいい。しかしそんなことをするつもりはない。もし俺がここでわざと負けるような男であれば、いずれ離れていくのは俺ではなくお前の方だろう。だから俺は常にお前の一歩前を歩き続ける。全力で倒しにいかせてもらうぞ。ついてこい! シャオミン!)
数刻後、各テーブルに運ばれてきたのは小さなタワー型の機材と皿に盛られたハンバーグ。
ハンバーグは、あらかじめ一口サイズに切り分けられている。
テーブルの中央に置かれた機材は、人によっては見覚えのあるものであった。ある特定の料理を提供する際に用いられる装置である。
立ち上がったバードはBRガールズに指示を出し、各機材にハンバーグのソースを注ぎ込ませた。
静かに循環を始めた茶色のソースが機材の上部から下部に向かって流れ、銀色の受け皿を茶色に染めていく。
「お気づきの方もおられるかもしれませんが、これはフォンデュ。チーズフォンデュといえば皆さんも一度は名前をお聞きになったことがあるはず。このフォンデュの手法はチーズだけには留まらない。チーズの代わりにチョコレートを流して苺やバナナを付けるチョコフォンデュ。スイスではフォンデュ・ブルギニョンとして加熱した油に肉や野菜を通したり、フォンデュ・シノワーズとしてコンソメやブイヨンのスープにくぐらせる方法もある。今回は見た目の驚きや華やかさを重視して、タワー型で流れるチョコフォンデュの形式を取り入れてみた。名付けて『ナイアガラの滝バーグ!』」
「わーすごい! 流れるハンバーグソースなんてみたことない!」
「いい匂い! ほどよく動きがあることで良い感じに匂いが広がるのね」
「ハンバーグをソースに付けながら食べるのが楽しいわ! みんなで一緒に作業しながら食べる感じも素敵!」
「女子会とかパーティにピッタリ!」
流れるソースを見ながら口々に感想を漏らすカンフーガールズとBRガールズ。
上機嫌で女子たちの反応を見回すバード。
そんな感嘆に満ちた女子たちと同じように驚きの表情を見せていたのは、対戦者のシャオミン。
彼女はハッと我に返ると、開いていた口をきつく結んだ。
(クッ、さすがバード。彼のとんでもない発想力には毎回驚かされる。かといってただのトリッキーなだけの料理にとどまらないのは、料理にしっかりとした基礎の裏付けがあるからこそ。強敵だわ)
苦しそうな表情を見せるシャオミンを横目に、バードが皆に試食を進める。
「さあ、どうぞお召し上がりください。デミグラスソースは見た目の奇抜さとは裏腹に、フォンドボーにこだわって仕上げた正統派です。ハンバーグによく合いますよ」
「美味しい!」
「楽しい!」
ザワつく店内。
「ホントだっ!」
「最高!」
ライブ会場のような盛り上がりを見せる店内。
陸や店長も楽しそうにハンバーグをソースにくぐらせている。
この時点では、勝利は既にバードの物であると皆が思っていた。
一通りの感想が出終わると、店長は次にシャオミンに料理を提供するよう促した。
「次はシャオミンさんの番じゃな。準備かいいかな?」
「はい! いきます!」
気合の入った返事をするシャオミン。
バードに向けられたその目に、まだ光は失われていない。
(昨日はバードに弱気なメッセージを送ってしまった。バードがここから離れてしまうのが怖かったのかもしれない。でも、人の好意にすがって待つなんて私らしくない。今までだって、欲しいものは力ずくで手に入れてきた。それが私のやり方。だから運命を誰かに委ねるのは昨日が最後! 確かにバードは強敵だけど、私はこの手で勝利を掴んで彼のフランス行きを実力で阻止してみせる!)
「カンフーガールズ、お願い!」
合図と共にテーブルに運ばれてくるハンバーグ。
既にかけられているソースは、白と黒の2色で構成されていた。
「あっ! パンダ!」
「パンダのハンバーグだ! 可愛いー!」
薄く広く焼き上げられたハンバーグの上に描かれていたのはパンダの顔。
シャオミンはハンバーグがみんなにいきわたると、料理の解説を始めた。
「見てのとおり、外見はパンダを模して仕上げました! 少しトロミのあるソースでハンバーグを覆うという手法は決して珍しいものではないけど、2色のソースで絵を描くように仕上げた料理というのは、みんなもあまり見たことがないんじゃないかしら。そして、この2色にしたのには理由があります」
シャオミンはポケットから黒酢醤油とツバメの巣を取り出すと、両手に掲げて皆に見せた。
「黒色は黒酢あんをベースにした上海風のあっさりした酸味のある味付け。白色はツバメの巣を用いた少し甘めの広東風ソースに仕上げました。まずは食べてみてください」
「おお! 黒ソースウマッ!」
「ホント! 程よい酸味がすごく食欲をそそるわね!」
「いや、待って。白ソースもめちゃめちゃ美味しいわよ!」
「ツバメの巣の触感も、ハンバーグと相性バツグン!」
口々に感想を伝え合うガールズたち。
シャオミンはニヤリと微笑みながらその様子を見守ると
「では、白と黒、混ぜて召し上がってみてください」
思い思いにパンダの絵を崩しながらハンバーグを頬張る審査員。
「まさか! こんなことが!」
「味に深みが出た!」
「個性のあるソースが混ざって、味が濁るどころかお互いがお互いを引き立て合ってる!」
シャオミンは陸の方を振り返ってウインクした。
「今回一番こだわったのは味の調和。確かに2色で彩ったソースは見た目がオシャレ。でもハンバーグは子供達の大好物だから、白と黒を綺麗に食べ分けるなんてできないと思ったの。ソースをぐちゃぐちゃにしながら食べる陸君が、そのことを教えてくれた。混ぜてもおいしい上海流と広東流の2つの味。今回は我ながらいい味に仕上がったわね」
「おー! そんなことまで考えてたのか!」
「1食で3通りの味が楽しめるなんて!」
「スゴイ!」
どよめく会場。
湧き上がる絶賛の嵐。
心地よいどよめきが、まるで砂浜に打ち寄せる波の音のように辺り一面を満たす。
「さあ! 勝負よバード!」
自信に溢れた表情でバードを指差すシャオミン。
指名を受けたバードもまた、その場に立ち上がってシャオミンを指差した。
「いいだろう! 勝負だ!」
2人は店長に視線を送った。
店長は目を細めたまま顔を上げると、2人を交互に見た後でこう言った。
「勝敗は、お客さんたちの反応を肌で感じたお主らが、自分自身で一番よく分かっておるじゃろう?」
そう言うと、空になった皿に手を合わせた。
今だざわめき立つホールを見渡すバードとシャオミン。
先攻後攻の条件の違いのせいもあっただろうが、ホールはパンダバーグを推しているように感じられた。
バードはゆっくりとシャオミンに歩み寄り、握手を求めた。
「俺にはまだ、フランスで修行をするほどの実力は備わっていなかったようだ。おめでとうシャオミン。パンダバーグ、美味しかったよ」
目を潤ませながら安堵の表情を浮かべるシャオミン。
「今日勝てたのは、私1人の力じゃない。陸君も、カンフーガルズも、みんなが私に協力してくれたから。だから、あなたに実力が無いなんて思わないで」
シャオミンは差し出された手を握り返した。
「正直言うとね、私最初にナイアガラバーグを食べた時に思ったの。もしあなたがフランスで修行を積んだとしたら、世界でまだ誰も作ったことのない料理を作りだせるんじゃないかって。あなたにはその可能性がある。だから、私1人のワガママであなたの才能を潰すなんてできない」
「俺のフランス行きを応援してくれるのか? それとも、俺と一緒に行ってみるか?」
真剣な眼差しでシャオミンの気持ちを探るバード。
「本当は、私もちょっぴりフランスに行ってみたかったんだけど、でもイザとなると勇気が出なくて。私ってダメね。本当は臆病者なのかも」
「ふぉっふぉっふぉっ。ヨーロッパでの研修に勇気なぞ必要ないぞい」
店長が話に割って入ってきた。
「実はな、今度ワシもフランスに保養所を作ろうと思っておる。職員たちも喜ぶだろうし、料理の技術も上がって一石二鳥じゃ。どうじゃシャオミン。お主最初の研修生になってみんか?」
「わ、私が!?」
「費用はレストラン持ちじゃ。レベルアップして戻ってこい」
「おお! いいじゃんか。フランスに来たら一緒に観光地巡りでもしようぜ!」
乗り気のバードが目を輝かせる。
「ところでバード君」
店長が長い眉毛の奥で目を光らせた。
「保養所の整備と講師の手配はお主の仕事じゃぞ」
「お、俺ですか?」
驚くバード。
「当たり前じゃろ。お前はまだ『もしもしバーグ』のスタッフじゃ。最後の仕事は保養所の立ち上げじゃ。しっかり仕事を終わらせてから退職するのじゃぞ。いいな?」
責任感で気を引き締めるバード。
話が進む中、今まで静かに様子を見守っていた陸がおずおずと手を挙げた。
「あ、あの~、お取込み中のところ申し訳ないんですけど。バードさんとシャオミンさんが同時に居なくなっちゃったら、ここのお店は大丈夫なんですか?」
心配そうにモジモジする陸。
それを見た店長、シャオミン、バードの3人は、やれやれといった表情で順番に答えた。
「お主が居るじゃろ」
「そうよ。あなたが何とかしなさいよ」
「お前ならできる!」
「で、でも~」
自信なさげに渋る陸をシャオミンが後押しする。
「そういえば、カンフーガルズがここでアルバイトしたいって言ってたわね。もしかしたら一緒に仕事できるかもしれないわよ」
「え! カンフーガルズが!」
急に背筋を伸ばしてキョドり始める陸。
「あなた、ソース開発の時、ずいぶんとカンフーガルズと楽しそうに作業してたわよね。逆に楽しみなんじゃないの? 『陸先輩!』って呼ばれて囲まれちゃうかもね」
品定めするような表情を作って、舐めるような視線で全身を見つめるシャオミン。
陸はそんな視線に気づきもせず、恥じらいながら頬を赤めている。
(せ、先輩……? 僕がガールズの先輩……。)
緩みきったニヤケ顔で3人を見回した。
「ぼ、僕……、やってみようかな? なんとかなりますよね? なんとかなりますよね?」
心ここにあらずで鼻の下を伸ばしている。
(この人、完全に仕事を舐め切っているわね)
(やっぱり、コイツじゃダメかもしれん)
(この子は何も考えずに突っ走るタイプじゃな)
陸以外の3人は、みんなそう思った。
激突! レストランもしもしバーグ 第2章
終わり