第3話 メッセージで送る思い
――― 決戦前夜 シャオミンの部屋
お風呂から上がってパジャマに着替えたシャオミンは、ベッドに横になってスマホのメッセージを確認した。
(バードからのメッセージだわ。何かしら)
Lineには次のようなメッセージが送られていた。
「明日は勝負だな。ソースの仕上がりはどうだ?」
大切なことも、そうでないことも、バードとシャオミンは昔からよくメッセージを交換してきた。
シャオミンは「少しだけ本気出してみた!」とキャラが発言しているスタンプと、続けてメッセージを送った。
「やれることはやったし、いい感じに仕上がっていると思う。あなたの方はどう?」
「もちろん準備万端だ。みんなに披露するのが楽しみだ」
「それは良かったわね。ところで……」
シャオミンは寝返りをうってから、メッセージの続きを入力する。
「勝負に勝ったらフランスに行くって、本気なの?」
「もちろん」
「みんなと離れるのは不安じゃない?」
「不安だよ。頼れる人が周りに居なくなってしまうんだから」
「じゃあ、なんで行くことにしたの?」
少し間をおいて、長文のメッセージが送られてきた。
「俺もお前も、昔は今の仕事ができるようになるまで1日1日を必死でがんばってよな。だけど、そんな必死に生きていた毎日がいつの間にか平和で余裕のある毎日に変わっていたってことに、ある人との出会いで気が付いたんだ。試練の無い毎日って気楽だけど刺激もないから、だから新しい環境に身を置いて自分を試してみたいって思ったんだ」
シャオミンは少し考えてから返信した。
「自分から試練を求めるなんて、あなたM?」
「人をマゾ扱いすんな。ていうか、不安を感じてるのはお前の方じゃないか? これからは今までみたいにお前のミスの尻ぬぐいはできないからな」
送られたメッセージに納得がいかないシャオミン。
(まるで私ばっかりが助けられてきたみたいな言いっぷりじゃない)
しかし、バードの言うことに心当たりもあった。
――― 2年前 もしもしバーグ店内
その日は週末で、子連れのお客さんが店内を賑わしていた。
店内には美しい装飾や珍しい置物が所々に飾られており、ちょっとした非日常を楽しめる空間となっている。
子供というのは1分目を離せばその場に居なくなっている生き物である。
料理が届くまでの数十分の待ち時間に店内を探索して回る人もいる。
そんな中、まだ研修を終えたばかりのシャオミンは、注文を取ったり料理を運んだりと、まだおぼつかない手つきで目の前の仕事に追われていた。
出来上がった料理を少しでも早くお客さんのテーブルに届けたい、と急ぐシャオミン。
しかし、そんなシャオミンに、はしゃいで歩き回る小さな女の子がぶつかってしまった。
お盆を落とすシャオミン。
金属のお盆はバッシャンと激しい音を立てた。
幸いにも子供にケガは無かったが、ホール係の先輩がその音を聞いて駆け付けた。
「あなた! 何やってるのよ! ただでさえ忙しいっていうのに!」
シャオミンを怒鳴りつける先輩。
「す、すみません。お盆で子供が見えなくて」
シャオミンのこの発言は先輩の怒りに火を点けた。
「子供のせいにするんじゃないわよ! あなたはいつもそう! 言い訳ばっかり!」
別のスタッフが床を掃除している間も先輩の厳しい罵倒は続いた。
シャオミンは、ただジッとうつむきながら、彼女の恥辱にまみれた言葉に耐えるしかなかった。
周りの人々が指導係の長すぎる叱咤にうんざりし始めたその時、ハンバーグセットを持ったバードが悠然と姿を現した。
「いつまでもケンカしてるんじゃない!」
2人に向けて言い放つバード。
「ケンカじゃないわよ! この新人が仕事でミスばっかりするから私は注意を……」
言い返す先輩の言葉をバードが遮る。
「ケンカみたいなもんだ! シャオミンを見てみろ。もうとっくに反省してる」
指摘されて悔しがる先輩。
彼女は恨めしそうにバードを睨み付けるが、バードの視線はすでに先輩から離れてシャオミンに移っていた。
「作り直したハンバーグだ。提供が遅れたお詫びとして、新作のデザートも用意した。これを持ってお客様にお詫びしてこい。できるな? ここからはお前の仕事だ」
うつむきながら何度も頷き続けるシャオミン。
――― 現在 シャオミンの部屋
シャオミンは、バードへの返信文を何度も書き直していた。
「私の役に立てるなんて、すごく光栄な……」
「私だって今まであなたのことすごくフォローして……」
『助けて』なんて言った覚えは……」
時計の針が0時を回る頃、ようやく彼女は文章を完成させた。
「もう失敗してもあなたを頼らないって約束する。だからお願い。一人にしないで」
メッセージを送ると、電源を切ってそのまま布団に潜ってしまった。